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ひかりの恋 卒業  作者: ひなたひより
第二章 日陰に咲く花
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第4話 先輩と猫2

 急いで昼食をとった悦子は、猫のいる校舎裏へと急いだ。

 スケッチは先輩がするから、別に自分が急ぐ必要はない。

 それでも、憧れの先輩が本気でスケッチをしようとしているのを見逃がすなんてできなかった。


「お昼ご飯、抜いたほうが良かったかも」


 悦子が駆け付けた校舎裏には、もう先輩の姿があった。


「あ……」


 そこにはビニールシートが敷かれ、先輩が弁当箱を広げていた。そして、猫に普通に餌をやっていた。


「田丸さん、早いね」

「先輩こそ、ここでお弁当食べてたんですか?」

「まあ、ちょっとね」


 苦笑しながら自分の弁当を分けてやっている先輩に、悦子は苦言を呈しておいた。


「餌付けしちゃまずいんじゃないですか? 先輩の猫になっちゃいますよ」

「そうだよね。ハハハハ……」


 猫と絡む先輩も、ちょっとお宝かも。


 そんなことを内心思いつつ、悦子は先輩がお弁当を食べ終えるのを待ったのだった。


「お待たせ。ところで田丸さん、君ならどういった構図が適してると思う?」

「私ですか? そうですね……」


 全体が分かるようにサイドからの画がいいだろう。しかしただ横から描いただけでは絵の迫力に欠けるかも知れない。


「やや斜めの横向きで、ほんの少し下から見上げるような角度で歩いている画はどうでしょうか。足を上げている画なら、足先の白い靴下の部分もよく分かるでしょうし」

「そうだね。その目線なら迫力が出そうだね。尻尾の先も入るように描けば特徴は全部描き込めそうだ」


 そしておもむろに、先輩は新緑の雑草生い茂る地面にうつぶせに寝転がった。


「田丸さん、そっちから猫を歩かせてくれないかな。多分呼んだら歩いてくれると思うんだ」

「やってみます」


 言われた通りやってみると、けっこう思った通り猫は動いてくれた。

 何度かそれを繰り返しているうちに、うつぶせになっていた先輩はようやく立ち上がった。


「ありがとう。じゃあ描き始めるよ」


 服についた汚れを手ではらい、先輩はスケッチブックを手に取った。

 そこからは本当に凄かった。

 スケッチブックを手に写生に入った先輩は、特別な集中力を悦子に見せつけた。

 さっきの猫のイメージを記憶しているのだろう。

 先輩は繊細なタッチでイメージしていたとおりの画を描いていった。


 これが高木誠司か。


 圧倒されながら、悦子は今そこで鉛筆を振るう存在に魅了される。


 こんな人に私は追いつけるのだろうか。


 予鈴のベルに邪魔されるまで、悦子は少年の姿を眼に焼き付けたのだった。


 放課後の校舎裏で、悦子と誠司の二枚目の合作は完成した。

 先輩に引っ張られるように夢中で色を乗せたその絵は、恐らく悦子がこれまで描いてきた作品の中で、最高の出来栄えだったに違いない。


 一枚目の絵と二枚目の絵を並べて掲示し、生徒会が作成した迷い猫の文言を載せたことで、あの猫の情報は簡単に集まった。

 そして、あの猫の飼い主であったおばあちゃんが、もう亡くなってしまっていたことを悦子は生徒会を通して聞かされたのだった。


「引き取り手が無くて、捨てられた猫だったなんて……」


 その事実を知ったことで、先輩と絵を仕上げた高揚感はすっかりなくなり、空しさだけが悦子の胸に残った。

 あれから先輩は、お昼休みに毎日餌をあげに行っている。

 心の痛みを覚えていたのは悦子だけではなかった。


 お昼休み、お弁当を食べ終えた悦子が、校舎裏に来てみると、今日も先輩は小さなビニールシートを敷いて、自分のお弁当を分けてあげていた。


「先輩の猫になっちゃいますよ」

「そうだね……それもいいかも……」


 一人ぼっちになってしまった猫に、先輩は共感を覚えている。そのとき悦子は何となくそう感じた。


「先輩の家で飼うつもりなんですか?」

「そんな簡単にはいかないけど、何とかしてあげないとね」


 すっかり懐いてしまった猫を撫でる先輩に、悦子は少し胸が苦しくなる。


「そうだ。あの掲示板、まだそのままでしたよね。事情を書いて生徒たちから飼い主を募ってみたらどうでしょうか」


 猫に向けていた顔を上げて、先輩は少し明るい表情を見せた。


「そうか。生徒会だって乗り掛かった舟だし、先生が認めてくれさえすればいけそうだね」

「そうですよ。学校側もいつまでもこの子を放っておけないだろうし、きっと許可してくれますよ」


 それから、二人で生徒会に直談判に行ってみると、向こうも同じことを考えていたらしく、すぐさま行動に移してくれた。

 学校側の許可もすんなりと出て、大きく張り出されたあの二枚の絵は、二日後には「情報求む」から「里親募集」に替えられたのだった。


 そして、さらに三日後。


「良かったですね。先輩」

「うん。本当に」


 生徒たちの関心を集めた猫のことは、意外とあっさりと解決した。里親になってもいいという生徒が三人も名乗りをあげたため、結局じゃんけんで決めたと生徒会長から聞かされた。


 そして、その翌日のお昼休み。

 お弁当を食べ終えたあと、悦子はなんとなく、あの猫のいた別棟の校舎裏に足を運んだ。

 当然もうそこに猫の姿は無かった。

 しかし、どうゆうわけかビニールシートの上で弁当を食べている先輩がいた。

 悦子は苦笑をしつつ先輩に声を掛けた。


「生徒会長が言ってたとおり、もうあの子はいませんよ」

「うん。でも、なんとなくまだいる気がして」


 何となく気恥ずかしそうに弁当を食べるその姿が、少し可愛かった。


「あの、先輩」


 悦子はここで、小さなお願いを切り出した。


「生徒会から帰って来たあの絵、私に一枚もらえませんか?」


 それはあの絵を二人で描き始めた時から考えていたことだった。


「そうだね」


 先輩は一旦箸を止めて、ニコリと笑った。


「じゃあ、一枚ずつ持って帰ろう」

「はい」


 頭上の楓の葉が、通り過ぎていく風に揺られる。

 明るい陽光の下で、涼し気なコントラストに浮かび上がった先輩をスケッチしてみたい。

 ふと、悦子はそう思った。

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