第8話 書庫の整理
「わぁ……」
ルチカの客室や食堂よりはるかに広い部屋には、至るところに書棚が設置されていた。
そこには当然ながら本もあり、少なくとも数百冊は軽く超えている。
ルチカが感嘆の息を漏らしているのを見て、ランプキンはどこか誇らしげに腰に手を当てた。
「見ての通りここは書庫だ。絵本、小説、歴史書、参考書……多くは昔のものばかりだけれど、一通りのジャンルは揃っているよ」
「ランプキンさんは本が大好きなんですね!」
「好き……というか、まぁ、よく読むけど」
ランプキンは曖昧に言ってから、本棚の前に立つ。
「さて、君に手伝ってもらいたいのは他でもない、この書庫の掃除だよ」
言いながら、ランプキンは本棚の上にあるほこりを人差し指で取り、ふっと息を吹きかけて払う。
「最近、他の部屋ばかりやっていて、書庫のことをすっかり忘れていたからね。汚いものが嫌いな私としては見過ごせない状況だ。しかし──」
「部屋が広すぎで一人だと大変?」
ランプキンは「その通り!」とばかりに指を鳴らして、本棚の側面をコツコツと叩いた。
「二階は私がやるから、ルチカはここの掃除をしてほしいんだが、大丈夫そうかい?」
「もちろんよ」
ルチカは気合い十分といった様子で頷き、直後眉を寄せて首を傾げた。
「……え、いま、なんて言いました?」
「一階は私がやるから、ルチカは二階の掃除をしてほしいんだが、大丈夫そうかい?」
(一言一句変わってない……)
心の中でツッコミを入れつつ、ルチカはあたりをきょろきょろと見回した。
「二階? 書庫に二階があるの?」
「そりゃあ書庫だからね。ほら、あそこに階段があるだろう?」
そう言ってランプキンが指を指した先には、確かにはしごの階段が設置されていて、その上にはロフトのようなものがあった。
「掃除用具は上にもあるから、ここから持っていかなくて大丈夫だよ」
ルチカは頷くと、早速年季の入ったはしごを上る。ぐらぐら揺れるんじゃないかと危惧していたが全くそんなことはなく、すんなりと二階に登れた。
二階はやはりロフトであり、すぐ真上には天井が見える。部屋はルチカの客室より少し狭く、窓から入ってくる日差しのおかげで埃が舞っているのが見える。
「ランプキンさん、どれくらい掃除してなかったのかしら。あたしのお家の部屋よりは綺麗だけど……」
ルチカは顔をしかめつつ、早速掃除を始めることにした。
「……どこに掃除用具があるのかしら」
聞いておくのを忘れていたな、と後悔しつつ、ルチカは左右に瞳を動かす。
すると、足元で何やらふにふにとした感触を感じ、ルチカは目線を下げた。
「にゃーん」
「って、キャミーシャね。いつ登ってきたの?」
ルチカはキャミーシャを抱っこして目線を同じ位置にする。
「にゃーにゃにゃーにゃ」
「……? もしかして、どこにあるのか知っているの?」
キャミーシャはこくこくと首を縦に振ると、手の代わりにしっぽで掃除ロッカーの場所を指した。……まさかの目の前、本棚のすぐ隣である。
ルチカはキャミーシャを床に置いて誤魔化すように咳払いをした後、掃除ロッカーを開けてほうきを持つ。
(軽い……。確か魔女のほうきはもっと重たいのよね)
ルチカの選択授業は当然治癒術なのだが、魔女はもちろん、それ以外の分野の知識もある程度頭に入れている。治癒術以外の勉強もしなければ父のようにはなれないと考えているためだ。
(知識はあるのに、結局何も役立ててないなぁ。そんなんじゃいつまでたっても普通の治癒術師にすらなれないのに……)
「にゃにゃにゃ?」
キャミーシャの声が聞こえ、ルチカは慌てて首を横に振って考え事をやめると、床のゴミをはいていく。
最初こそ言うほどないんじゃないか、とも思ったが、徐々に増えていく埃の山を見て、ルチカは前言を撤回した。
「天井に近いからよりゴミが多いのかしら……」
そう言いながらゴミが多い理由を探っていると、本棚から何冊か本が落ちてきた。
どうやらキャミーシャが本棚を上ろうとしたところ、身体に本が当たってしまったようだ。
ルチカは本を一冊持って、本棚の上でこちらを申し訳なさそうに見ているキャミーシャへ視線をやる。
「もう、キャミーシャったら……」
「にゃ……」
「別に怒ってないわ。ただ、そこにいたら危ないから降りたほうがいいんじゃない?」
「にゃにゃ……」
キャミーシャはゆっくり首を横に振って、そのまま身体を丸めてしまった。
(お気に入りの場所なのかもしれないわね)
ルチカはこれ以上追求するのをやめて残りの落ちている本を本棚へ入れようとする。しかし──
(古い本がほとんどだって言ってたけれど……この本もそうなのかしら)
ルチカはランプキンと違って特別本が好きというわけではない。けれど、昔の本と言われると、不思議と気になってしまうのだ。
(……サボってないサボってない。本のページの間に虫の死骸がいないか確認するだけ……)
ルチカは自分自身を念じつつ、四冊の本の題名を見た。
『一年後に死ぬ魔法使いの物語』
『子どものための魔法入門書──基礎編』
『本当にいた偉大な魔法使い百選』
『魔法使いになって分かったこと』
(絵本、参考書、歴史書、エッセイ……どれも魔法がテーマだけど、色んなジャンルがごちゃ混ぜね)
てっきりランプキンは美しいものが好きと言っていたので、本棚もジャンルごとに綺麗に並べているものだと思っていたが、そうでもないらしい。
一応他の本棚も見たが、やはり魔法という共通点はあれどばらばらに並べられていた。
(どれも魔法魔法魔法……。そういえば、ランプキンが魔法を使っているところ、見たことがないわね)
ジージャ魔法国は、文字通り魔法によって文化が発展した国だ。そのためこの国に生まれた国民の多くは生まれた時から魔法を使えるケースがほとんどだ。
稀に生まれて数年後に魔法が使えるようになるものや、そもそも亡くなるまで魔法を使えない人もいる。
ちなみにルチカは後から使えるようになった稀な魔法使いの一人である。
(ランプキンもあたしと同じなのかしら。もしくは……)
黒いもやが頭によぎる。ルチカは一瞬壁に立てかけてあるほうきを見てから、『子どものための魔法入門書──基礎編』の本を読み始めた。
題名に子どものためとある通り、一枚のページに、文字よりもイラストが大きく使われている。
日に焼けているせいで、時折読みにくかったり、途中破れている箇所もあったが、ルチカは気にせず読み進めた。
途中から時間がかかると踏んだルチカは、目次のページに戻って自分が読みたいページまでめくった。
(第四章。魔法になれなかった魔法……)
ルチカはごくりと唾を飲み込み、まるでランプキンの料理を味わうかのようにゆっくりと読み進める。
(やっぱりランプキンは……)
ルチカが真相に迫っていたまさにその時──
「にゃ、にゃにゃああああ!?」
キャミーシャの甲高い悲鳴が耳を貫いた。
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