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第7話 氷魔法のキャミーシャ

数分後。水やりが終わった途端、ルチカのお腹がくぐっと鳴る。

どうやらランプキンに聞こえたらしく、カカカッと笑うと、ルチカの分のじょうろを片付けてから言った。


「ふむ、そういえば朝食がまだだったね」


「ご、ごめんなさい……」


「別に謝る必要はない。人は何か食べないと生きていけない生物だからね。さ、共に行こうか」


ランプキンはマントを翻しルチカに背を向けると、鼻歌を歌いながら屋敷に入っていった。

ルチカも花壇を横目に見ながら、ランプキンの後に着いていく。


「にゃっ!」


日向ぼっこをしていたキャミーシャも、ルチカとランプキンの足音がどんどん離れていくことに気付いたのか、慌てて起きてルチカの足の間をくぐっていった。


「うーん……」


ルチカは前にいるランプキンとキャミーシャを交互に見ながら、さっきの黒い靄について考えるのだった。


〇〇〇


「朝は胃に優しく軽い料理が良いと聞く。ということで、今回はこんな感じにしたのだが……」


そう言ってランプキンがルチカの前に置いたのは、皿に乗せてあるパンとスープ、そして木の実だった。

ちなみに朝食はルチカがおきる三時間も前に出来上がっていたらしく、それを温め直したようだ。


(もっと早く起きていれば、あたしも手伝えたのかしら)


ルチカはほんの少し後悔しつつ、ランプキンの方を見て、思わず顔をしかめた。


「えっと、その格好……」


「む? 何かおかしなところでもあるかな?」


自慢げに胸を張るランプキンは、身体を覆うマントの上にハートの模様が描かれたエプロンを着けていた。

サイズがいかにも子ども向けなのも相まって、何か芸をするんじゃないかとルチカは身構える。


しかし、どうやら当の本人はふざけているわけでなく、料理を作る際の衣装があの個性的なエプロンのようだ。


(あたしの格好が云々言ってたけど、ランプキンさんもランプキンさんじゃない……)


「……な、なんでもないです」


ルチカは呆れたように息を吐くと、いただきますと言ってパンをちぎって食べる。


(とっても柔らかい……本当に三時間前に焼いたものとは思えないわ)


ルチカはちぎったパンを飲み込み、ほふぅと息を吐くと、何やらランプキンから視線を感じ首を傾げた。


「そんなにあたしを見てどうしたの?」


「おっと、失礼した。いや、なに、ルチカさんが幸せそうに食べているから私も嬉しくなってね」


「そんなに顔に出ていたかしら。……恥ずかしい」


そう言いながらルチカは身体を少し斜めにしてスープを口にしようとする。


「にゃー……」


ルチカの視線の先には机の上に座っていたキャミーシャが、よだれを垂らしてスープを覗いている。


「キャミーシャ、お腹がすいているの?」


キャミーシャは首を振ってよだれを吸うも、またすぐに垂れてきてしまっている。

あげようか迷っているルチカに、すかさずランプキンは言った。


「だめだよルチカさん。キャミーシャはそのスープを飲めないからね」


「それならこのよだれは……」


「ルチカさんが美味しそうに食べているからだろうね。ついさっき食べたばかりだから、本当はお腹が吸いてないはずなんだが……」


(食いしん坊さんなのかしら)


とは言えこのままスープをあげるわけにもいかない。ルチカはスープが入った容器を置くと、キャミーシャの頭を撫でた。


「これ以上食べたら今度はお昼が食べられなくなるわよ? だから我慢してね」


「にゃーん」


「甘えてもだめ。……ね?」


キャミーシャはしっぽを下げつつ頷くと、机の上に丸まってしまう。

ルチカは触れた手を手拭いで拭くと、再びスープに手をつけゆっくり味わう。

それからスープを飲み干したところで、ルチカはランプキンに質問した。


「ランプキンさんはいつ朝ごはんを食べているんですか?」


「ほほう、そんなに気になることかい?」


「だってここへ来てから一度もランプキンさんが食べているところを見ていないんだもの」


「ふむ……」


ランプキンは顎を撫でて考えると、しばらくしてから言った。


「秘密だ」


「……」


「すまないがこちらも答えることはできない。……君を怖がらせたくないからね」


どうやらランプキンにとってあまり聞かれたくない質問だったようだ。


「……ごめんなさい」


ルチカが謝ると、ランプキンは大丈夫さ、と手をひらひら振って、料理を楽しむよう促した。

ルチカは頷き、ちぎったパンを口に入れた。


(──気になるわ、ランプキンさんのこと)


〇〇〇


それからしばらくして……。ルチカは料理を食べ終え隣の部屋でお皿を洗うことにした。

ちなみに水は近くの川からバケツに汲んできたものを使用している。


(昨日はランプキンが洗ってくれたけど、せめてこれくらいはやっておきたいわ)


正直なところ家事全般が苦手なルチカだが、皿洗いは父がいない日によくやっているのでそこまで苦ではない。


(いつだったか、とーさまにお気に入りのお皿を割られて怒ったこともあったわね……)


あのあとしばらく口を聞かなかったけれど、すぐに父が同じ皿を買ってきてくれて、仕方なく許したものだ。


ルチカは皿を拭いて食器棚に入れると、はぁ、とため息を吐いた。


(そろそろ帰ったほうがいい、よね……)


おそらく父も学園の先生も、ルチカの行動に対して怒るだろう。

何をやってるんだ、何かあったらどうするんだ、と。


でも、ルチカは別に怒られるのが嫌だから帰りたくないというわけではない。

戻ったところで、結局家出をする前の自分と何も変わらない、辛い日々を過ごすことを恐れているのだ。


(あたし、本当に治癒術師になりたいのかな……)


そうやって自問自答を繰り返していると、食堂にいたはずのランプキンとキャミーシャがやってきた。

何もしなくて良いと言ったはずだが、用があるのだろうか。


「何かあったんですか?」


「キャミーシャが水を飲みたいとうるさくてね。ルチカの皿洗いが終わったらと何度も言ったんだが……」


「ニャンニャー!」


見るとキャミーシャは後ろ足で飛び跳ねて、物欲しそうに前足を叩いている。


「……この通り騒がしくてね。よっぽど喉が渇いているようだから、少しだけ使わせてくれないかい?」


「う、うん、いいけど」


ルチカはキャミーシャに驚きつつ、洗い場から一歩右へ離れた。

ランプキンは飲用の水が入ったバケツに、モンスター用の桶でくむと、足元に置く。

すると、キャミーシャは待ってましたと言わんばかりに桶がある所へやってきて、舌でぺろぺろと舐める。


しかし、何やらキャミーシャは不満そうにじっと水を見つめている。


(虫でも入っていたのかしら)


そう思いルチカは確認するが、これといって虫らしき生き物は見当たらない。

ルチカが不思議に思っていると、突然、キャミーシャは低い唸り声を上げながら、背中を丸めた。


怒っているのかと思いランプキンを見たが、ランプキンは何食わぬ様子でルチカのお皿を拭いている。


ルチカはどうなるのかハラハラしていると──、


「にゃにゃっ!」


「……え!?」


なんとキャミーシャは首元から数個の氷を出して宙を舞ったかと思うと、そのまま水が入った桶にぽとぽとと落ちていった。


ルチカが目を白黒している間にも、キャミーシャは何食わぬ顔で水を舐めると、嬉しそうな声を出してさっきよりも早いスピードで飲んでいく。


「ら、ランプキンさん、キャミーシャって氷魔法が使えるんですか?」


「おや、言ってなかったかい?」


無言で首を縦に振るルチカに、ランプキンは拭いていた皿を置いて、キャミーシャを見つめる。


「種族としての名はキャテーゼ。彼らは氷魔法を使えるけど攻撃性はほとんどなく、変わりに自分や仲間を守るための氷の壁を作るのが得意なんだ」


「痛くないってこと?」


「他の氷魔法使いのモンスターと比べるとね。でも、怒らせると氷の刃で襲ってきたり、強固な壁で押し潰そうとしてきたりするらしいよ」


「お、押し潰されるって……」


可愛い見た目と声をしてやってることは物騒だ。

ルチカは怒らせないように注意しようと心に誓った。


それからというもの、結局皿洗いはランプキンとやることになった。

部屋にはカチャカチャとなる皿の音と、ぺろぺろと舐めるキャミーシャの舌の音が響いている。


しばらくして、ランプキンは最後の皿を拭き終えたところで、ぽんと手を打った。


「ルチカに一つお願いがあるのだけど、大丈夫かい?」


「も、もちろん大丈夫ですけど……」


「お皿を拭いていてふと思い出したことがあってね、一緒に来て欲しいんだけど」


突然だなと思いつつ、ルチカは部屋を出ていくランプキンの後に続いた。

横に長い廊下を歩き、綺麗な階段を上るとその先に部屋があった。

厚い木造のドアには暗証番号付きの鍵がかけられている。


ランプキンはマントのポケットから鍵を取り出すと、ルチカに暗証番号が見えないように身体で隠してかちかちと打っていく。

解除ができドアを開けると、ランプキンは部屋の中で入ってくるよう伝える。


「にゃん」


「きゃっ!」


入る手前、キャミーシャが肩に乗ってきたので少し驚きつつ、ルチカはおずおずとその部屋に足を踏み入れるのだった。

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