第6話 水やりランプキン
「んぐ……むぅ?」
ルチカは目が覚めると、のんびり身体を起こしてぐいっと伸びをする。
しばらくぼーっとしていたがくしゃみで意識が覚醒し、きょろきょろと部屋を見回した。
「ここって……客室だったかしら」
どうやらルチカは食堂で泣き疲れて眠ってしまい、この部屋まで運ばれてきたようだ。
(二回も運ばれるなんて少し恥ずかしいわ)
ルチカは床に立って毛布を適当に畳むと、緑色のカーテンをそっと開けた。
天気は快晴。つい一昨日まで雨だったのがまるで嘘みたいだ。
「……とーさま、元気かしら」
父のことを思い出し物憂げに視線を下げると、屋敷の庭でランプキンが歩いているのが見える。
ルチカの視力は良いものの、ここから庭まで大分距離があるため、何をしているのか分かりずらい。
ルチカは首を曲げて壁にかけられている時計を見た。
時刻は八時四十五分。どうやらランプキンは見た目こそお化けのようだが、朝から活動しているようだ。
(……ちょっと気になる、かも)
ルチカは大きなあくびをこぼすと、ぶんぶんと首を振って眠気をはらう。
そして部屋のドアを開け、ランプキンの元へ駆け足気味に向かった、のだが……。
「ここは……どこかしら?」
……またしても迷子になった。そもそもルチカが知っているのは客室から食堂までのルートだけで、それを除けばどこに何があるのか分からない。
外に出ようにも出られない。自分がどこにいるのか分からない。これはまさにお化け屋敷といっても過言ではないだろう。
「どうしよう……」
八方塞がりの状況に、ルチカの足が止まっていると──どこからか「にゃーん」と可愛らしい声が聞こえた。
右を向くと、そこには薄暗い廊下に青い瞳を光らせて走るキャミーシャがいた。
キャミーシャはルチカの足元に来ると、「にゃにゃにゃ!」と鳴きながら頬擦りをしてくる。
(か、かわいい……)
その光景に思わず頬が緩みそうになり、ルチカは慌てて首を横に振る。それから膝に手をついてかがむと、キャミーシャの名を呼んだ。
キャミーシャは頬擦りをやめてルチカを見上げると、「にゃーん」と左の前足を上げてあいさつのようなものをする。
それから、こんなところで何してるんだよ? とでも言いたげに小首を傾げた。
「あ、えっと……。実はランプキンさんの所へ行こうと思ってたんだけど、途中で迷子になっちゃったの」
キャミーシャは理解したのかしていないのかこくこくと首を縦に振ると、しっぽを振りながらとてとてと歩いて行く。
「ついてこいってことかしら……?」
なんだかつい先日も同じようなことがあったな、と思いつつ、ルチカはキャミーシャの後に続いた。
しばらく屋敷の薄暗い廊下に怖がりながらあとを着いていると、「にゃん」と鳴いてキャミーシャは止まった。
見ると目の前には鉄製のドアがあり、その隙間からは光が零れていた。
「このドアを開けるの?」
「にゃん!」
キャミーシャは頷くと、ドアを肉球でぽむぽむと叩く。
ルチカはやや重いドアを開け、額の汗を拭うと、途端に現れた日差しに思わず目を閉じた。
再びゆっくり目を開けると、そこには色とりどりの花が沢山植えられている。
どれも綺麗に咲いており、枯れている花は全くない。どんな管理をしたらこんなにも生き生きとした花が咲くのだろうと、ルチカは考えてしまう。
「む? そんなところで何をしているんだい?」
棒立ちになっているルチカへ不思議そうに声をかけたのは、誰であろうランプキンである。
しかし、ランプキンはルチカを見るなり急に背を向けてしまった。
(どうしたのかしら)
きょとんとするルチカに、ランプキンはかぼちゃ頭をかきながらこほんと咳払いをした。
「私のこの目は、かぼちゃを目の形にしてくり抜いただけのものに見えるかもしれない。しかし実際は人やモンスターと同じく今あるこの光景が見えているんだ」
「え、あ、うん。そうなんですね」
いきなり語り出したランプキンに、ルチカはどう反応すれば良いのか分からずとりあえず頷く。
するとランプキンは何やらムムゥと唸ってからどこからか手鏡を出した。
「……ルチカさん」
「な、なに?」
「……私に会いに来てくれたのは嬉しいが、レディがそんな格好をしていたら社交界にも呼ばれないよ?」
「…………あ」
ルチカ、そこで気付く。自分の見た目が人様に見せられるようなものではない寝起き姿のままだったということに。
鏡に映るのは、びょんびょんに跳ねた寝癖、しわくちゃな制服、太ももまでめくれたままのスカートと散々なものだった。
「ひゃっ!」
ルチカはランプキンから手鏡を受け取り、玄関口のドアに隠れると、大急ぎで直していく。
(ばかばかばか! あたしの大バカー!)
普段は家にいるため父に見られても何とも思わなかったが、流石に出会って二日目のランプキンに見られるのは恥ずかしいどころではない。
ルチカは心の中で悲鳴を漏らしながら、全く戻る気配がないびょんびょんの寝癖に若干イライラ苛立たちを感じるのであった。
〇〇〇
「──改めて。おはよう、ルチカさん」
「お、おはよう、ございます……」
ルチカは外へ戻ると、頬を赤く染めながらぼそりと挨拶をした。ランプキンがからかってこないだけまだマシかもしれない。
ランプキンは空を見上げると、眩しそうに目を細めた。
「今日は良い天気だね。たまには雨もいいけれど、やはり日が昇らないと調子が出ないものだ」
「……昨日は体調が良くなかったんですか?」
もしそうなら悪いことをしてしまったな、とルチカは胸が痛む。
しかしランプキンはおちゃらけたようにカッカと笑った。
「気分だよ、気分。雨が降って空が曇るとこちらも同じ気持ちになってしまう、ということさ」
「そう、かしら。あたしは雨の音が心地良くて好きだから、自然と心が弾んでしまうけれど」
「ふーむ、どうや天気の話題ひとつを取っても、私と君とでは考え方が大分異なるようだ。面白いものだね」
ランプキンは再びカッカと笑うと、花に水やりを始めた。
「ここのお花、ランプキンさんが育てているんですか?」
「屋敷にこのお花たちの面倒を見られるのは私しかいないからね。やれやれ、本当に困った子たちだよ」
そう言ってランプキンは肩を回すものの、その空洞の目は光り輝いているように見える。
(あたしもやりたいな)
ルチカはどこかにないかと目線を動かしていると、ベンチの隣にじょうろが置いてあることに気が付く。
じょうろを持ってみると、水が入っており想像以上に重く、両手で取っ手を握って、よっこらよっこらとランプキンの隣りの花壇に水やりを始めた。
「おや、手伝ってくれるのかい?」
「お花、好きですから。それになんだか大変そうですし。……だめですか?」
「そんなことはないさ。ありがとう、ルチカさん」
何気ない感謝の言葉に、ルチカは思わずじょうろを止めて半分に開いた瞳を丸くした。
だって、ランプキンが心の底から言っているような気がしたから……。
(ずっと、ひとりだったのかしら)
確かにキャミーシャはいるけれど、話は通じないこともあるし、一緒に出来ることも少ないだろう。こうやって、花に水をあげることも。
「むむ? 私の顔に何か付いているのかい?」
「あ、えっと……ランプキンさんもお花とか好きなのかなって」
適当に思いついたことを言うと、ランプキンは少し考え込んでから答えた。
「花……というより、美しいものが好きなんだ」
「美しいもの?」
「汚れがなく、見ているだけで人の心を癒してくれるだろう? だから君とは違い、花そのものに興味はないのかもしれないね」
ランプキンは苦笑しているが、ルチカはランプキンが興味がないとはとてもではないが思えなかった。
(本当にお花に興味がないのなら、色々な種類のお花をたくさん育てられるわけないもの)
そう思いながら花壇に目をやると、そこには花びらが宝石のようにきらきらと輝いていた。確かクリティアという名で、ルチカが特に好きな花だった。
(……なんだか懐かしいなぁ)
懐かしいと言えるほど生きてはいないけれど、とルチカは心の中で自分にツッこんだ。
「何やら穏やかな笑みをこぼしているが、ひょっとしてその花に思い出があるのかい?」
「そう、ね。とっても大切で、忘れられない、とーさまとの思い出がいっぱい詰まっているわ」
どこか寂しそうに呟くルチカ。ランプキンは深堀はせずに「そうなんだね」とだけ言うと、水やりの場所を変える。
その時、たまたまランプキンがルチカの肩に当たってしまった。
ルチカは気にせず水やりをしていたが──ランプキンはじょうろを慌てて置くと、後ろ向きのまま、ルチかの元から離れて行ってしまった。
何やら顔が青ざめているように見えて、ルチカはランプキンの方へ身体を向けて首を傾げる。
「ど、どうしたの? あたしの肩に何か……」
「だ、大丈夫なのかい?」
「……え?」
ルチカは眉を寄せつつ、当たった肩をじっと見つめる。
見たところ服が破れているわけでも、怪我をしているわけでもないようだ。
何故ランプキンが慌てているのかルチカは腕を組んで考えていると……ふと思い出す。
(そういえば昨日、ランプキンはできるだけ離れるように言ってたわ)
もしかして偶然とはいえ接触してしまったからなのかもしれない。
(……なんで近くにいてはいけないのかしら)
ルチカが疑問に思っていると──肩に一瞬、黒いもやのようなものが見えた。
「ほ、本当に大丈夫なのかい?」
念押してくるランプキンに、ルチカは誤魔化すように笑みを浮かべて深く頷く。
「なら良かった……」
ランプキンはほっと胸を撫で下ろすと、じょうろを震える手に持って、ルチカから離れたところにある花に水やりを始めた。
ルチカは肩に手をやり軽くさする。さっきのような黒いもやは出てこない。何かの間違いだったのだろうか。
(もしかしてだけど、これって……)
ルチカは水やりをしながら脳にある記憶を引き出すのだった。