第5話 とあるカフェにて
今回は主人公のお父さん視点です。
早朝。まだ日が昇り始めようともしていない頃、ルモント市内を駆け回る一人の男がいた。
赤が混じった黒色のぼさぼさな髪。魔法使いの象徴である宝石の形の紋章が入った三角帽子を被っているが、それに似合わないスーツ姿の格好に目がいってしまう。
彼の名は ヤクード・オルテクス。ジーシャ魔法国を守る国家組織、魔法協会特別班の班員であり、優秀な治癒術師だ。そして──、
「どこ行きやがったんだ、ルチカ!」
家出真っ最中のルチカ・オルテクスの父親である。
〇〇〇
ルチカが家出をした日。ヤクードは魔法協会の仕事……とは別に趣味で始めた訪問診療の仕事でルモント市のあちこちへ足を運んでいた。本当なら魔法学園が終わる夕方頃にヤクードも帰れるはずだった。
しかし、翌日、人手が足りないと他の班に呼ばれ、仕方がなく付き合わされていた。
「確かに俺もその場にいたが、なんで他の班の仕事に巻き込まれなきゃなんねえんだよ……」
などと愚痴をこぼしつつ、途中から少し楽しくなって追加で他の仕事も手伝ったのはここだけの秘密である。
それから家に帰ったのは、ルチカが家出をして二日が経過した夜のことだった。
ヤクードはすぐに魔法学園に行き、担任と話をした。
何故手紙で連絡してくれなかったのかと問うと、担任は何度もしたがヤクードから返事が来なかったとのこと。
当然ながら宛先は家のため、ヤクードが気付かないのは無理もないことだった。
それからヤクードは謝罪したあと、魔法学園を出て早朝から市内を走っている……というわけである。
「クソが。なに大事な娘をほったらかして他人の仕事なんざ手伝ってんだ。お前はそれでも父親かよ!」
ヤクードは吐き捨てるように言い、チッと舌打ちをした。
国を背負う立場ということもあり、今までもヤクードは家に帰れない日が続いたことはあった。
しかし、今回の仕事は本来ヤクードが必ずしも関わる必要はない案件だった。つい親切心で手を貸した結果、肝心の娘を見ていなかったのである。
「国を守る前にルチカを守れっての……」
ヤクードが苛立たしげに呟いていると……、少し離れたところにある、立て看板に目が入った。
それはヤクードが休憩時間によく行くカフェであった。
(休んでる暇はねぇ。……が、聞き込みをするには丁度いいかも知れねえな)
カフェの近くには魔法協会の本部があり、ヤクードだけでなく、他の協会の者たちもよく利用している。
知り合いに聞けば、もしかしたらルチカの居所が分かるかもしれない。
ヤクードはカフェの前に立つ。ドアノブには『開いてます』と書かれた看板がかけられている。こんな早朝に開店しているのはここくらいだろう。
ドアを開け店内を見回す。木製の四つのテーブルの奥にはカウンターがあり、磨かれたカップにマスターがコーヒーを入れている。
その手前には足を組んで鼻歌を歌う男がいた。
ヤクードはズボンのポケットに手を入れて、男の隣に座る。
「ちょっと良いか?」
男は自分が呼ばれたことに数秒遅れで気付くと、鼻歌をやめてヤクードの方を見た。
「誰かと思えばヤクじゃないか。おはよう!」
「その名で呼ぶなといつも言ってるだろ、ペリアルト」
ペリアルト・エンペルタ。ヤクードと同じ特別班に所属しており、国随一の風魔法の使い手である。
さらさらとした白い髪に宝石のような緑色の瞳。紳士的で顔が良いため、すれ違っただけで異性から黄色い悲鳴が溢れる。ちなみに本人は十年前に婚約済みである。
そしてヤクードの唯一の友人──元言い腐れ縁だ。
「こんな朝早くに珍しいね。ま、マスターのコーヒーは朝が一番美味しいから気持ちはわかるけど」
「すまんが優雅にコーヒーを飲んでられるほど俺は暇じゃないんだ」
「ふーん。もしかして、また変なところに首突っ込んだの?」
「……そうかもしれねえな」
そう言って肩を落とすヤクード。ペリアルトはやれやれと息を吐くと、マスターにコーヒーを注文した。
「まだ飲むのかよ」
「オレじゃなくてヤクの分だよ。マスターのコーヒーは朝に一杯だけって決めてるんだ」
そうこう話しているうちに、マスターが小皿の上にコーヒーが入れられたカップを置いて、ヤクードの前へ置いた。
「冷めないうちに……どうぞ」
「……あいよ」
ヤクードは奪うようにカップを持ち、コーヒーを一口飲む。
(砂糖なし、ミルクなし。……苦いな。だがこれがいい)
ヤクードはカップを皿の上に置くと、早速話を切り出した。
「実は、家に帰ったら娘がいなくてな」
「ブフォッ!」
予想外の話題に、ペリアルトは飲んでいたコーヒーを思わず吹き出した。
彼が「し、失礼」と言って布巾で机を吹いている間にも、ヤクードの話は続いた。
「魔法学園に行って聞いてみたが、担任も知らないらしくてな。警史と一緒に探しているらしい」
「……で、魔法協会がよく利用するこのカフェに来て情報を探ろうってとこか?」
無言で首を縦に振るヤクードに、ペリアルトはため息を吐く。
「今四時半だよ? 徹夜組は帰ってるし、そもそもまだ出勤する時間じゃない」
「んなこたぁ分かってる。だが娘がいない以上、何もしないわけにはいかないだろう」
「ま、確かにそうだけどね……」
ペリアルトはスプーンにミルクを入れて、コーヒーをかき混ぜながら再び足を組んだ。
「家出かあるいは誘拐か。緊急性は後者だけど、行方知らずなのは変わらないね」
「チッ……」
「舌打ちしないの。ほらほら、コーヒー飲んで落ち着けって」
ヤクードは言われた通りコーヒーをぐびぐびと飲む。
それから頭をかきむしってから、「クソが」と吐き捨てるように言った。
「んで、ペリアルトは俺の娘がどこにいんのか知ってるか?」
「知ってたら、こんな悠長にコーヒーを飲んでないでしょ」
(それもそうだな……)
ペリアルトは顔が良いのが鼻につくが、根は優しく子どもが大好きだ。
そんなペリアルトが、腐れ縁のヤクードに報告しないのはおかしな話だろう。
「……もし家出だってんなら、俺のせいかもしれないな」
「なんでそう思うんだい?」
ヤクードはだらだらと机に突っ伏した。
「ちょいと前に厳しめに指導しちまったんだよ……。ルチカ、すげぇやる気に満ち溢れてたからさ、こっちも本気になっちまって……」
いくら将来治癒術師を目指すルチカでも、「だめだ!」だの「もっと集中してやれ!」だの「基本ができてねーってどういうことだ!」だの言われ続けていたら嫌になるのも無理はない。
(もっと抑えたほうが良かったか……? でもルチカ、甘い指導にするとしかめっ面するんだよなぁ)
悩みに悩むヤクード先生に、ペリアルトは苦い笑みを浮かべる。
「何にせよ、ルチカちゃんに聞いてみないと分からないね。……よし、オレも協力するよ」
「……いいのか?」
顔を上げるヤクードに、ペリアルトは足を戻して太鼓判を押した。
「オレは君の幼馴染件親友だからね。困っていたら助けるのは当たり前さ。妻にも協力してもらえないか聞いてみるよ」
ペリアルトの妻、サテラは国家機密や犯罪の情報を調査・管理する、情報班の一人でもある。
「すまんな、助かる」
ヤクードはペリアルトの手を握ってほっと胸を撫で下ろした。
「……って、痛い痛い痛い! 握るならもっと優しくしてってば!」
そんなペリアルトの悲鳴に気付かず、ヤクードは脳裏に浮かぶ愛娘のルチカに言った。
(沢山話がしたい。謝りたい。だから、どうか無事でいてくれ……ルチカ!)
「いっだああい!!」
ペリアルトの手からゴキッと鈍い音がした。
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