第4話 あたし、落ちこぼれなの
「ここだよ」
そう言いながら、ランプキンは両開きのドアを優雅に開けて入っていく。
ルチカはびくびくしながらランプキンの後を着いて行く。──そこには横に長い机に向かい合うように椅子が並べられていた。
向かい側の椅子の前には皿に並べられた肉料理があり、ルチカは思わず垂れそうになる唾を飲み込む。
そして部屋の中央には豪奢なシャンデリアがかけられていてその美しさと光にルチカは目を細めた。
「どうかしたのかい?」
ドアの前で立ち尽くすルチカに、ランプキンは小首を傾げる。
「……綺麗だなって思っただけです」
「そう言って貰えると嬉しいよ。何せこの部屋は毎日掃除しているからね」
「毎日? すごいですね……」
毎日どころか、かれこれ半年も自分の部屋を掃除していないルチカにとって、ランプキンの行動は素直に尊敬してしまう。
「さて、君の席はあの料理が並べられてあるところだよ。さぁ、早くしないと冷めてしまう」
ランプキンに急かされ、ルチカは慌てて椅子に座る。どうやら肉料理だけでなく、スープや木の実もあるようだ。
(流されるままここまで来たけれど……本当に食べていいのかしら?)
ルチカの本心とは裏腹に、お腹はぐるぐると音を奏でている。目をそらそうにも溢れ出る肉汁に目が釘付けで、口元に垂れるよだれを拭いてもまた垂れてくる。
「食べたらどうだい?」
いつの間にか向かい側に座ったランプキンは、背中を真っ直ぐにして姿勢を正し、ルチカが口に運ぶのをじっと待っている。
「じゃ、じゃあ……」
いただきますと手を合わせ、ルチカはステーキをナイフで切ってフォークに刺した。
木の実のように小さい肉片。ルチカは少しずつ味わって食べるのが好きなのだ。
ルチカは小さなステーキを口に入れて優しく噛む。
(お、美味しい……)
蕩けるような柔らかさと肉汁に、ルチカは密かに感動した。
「その様子だと上手くいったみたいだね。安心したよ」
「このステーキ、ランプキンさんが作ったんですか?」
「そんなところだね。いやー、誰かに手料理を振る舞うなんて久しぶりだよ」
ランプキンは片手を握ったり戻したりしながらカカカッと高らかに笑う。
その様子を見ていたルチカは、ランプキンの前に料理がないことに気付きいた。
(あたしが起きる前に食べたのかしら?)
ルチカは壁にかけられている時計の針を見る。
時刻は十四時を過ぎた頃。流石にまだ食べていない……というわけではないだろう。
その後、ルチカはランプキンと言葉を交わさず夢中になって料理を食べ続けた。
ランプキンの作った料理はどれも美味しかったが、やはりステーキが一番ルチカの舌に合った。
「いただきました」
「お粗末さまでした」
ルチカが手を合わせたのを見て、ランプキンは満足そうに頷くと、すっと目を細める。
「ルチカさんに一つ聞きたいことがあるのだが、大丈夫かい?」
睨みつけられているような気がして、ルチカが肩を上げて頷くと、ランプキンはぽつりと言った。
「昨夜、どうして君は一人で森に来ていたんだい?」
「……」
押し黙るルチカに、ランプキンは優しげな口調で机に腕を置いた。
「キャミーシャは迷子でこの森に来ていたと言っていた。確かにそれもあるだろうが、根本的な説明にはならない。この屋敷から村は大分離れているし、木の実を取りに来たのなら明るい時間帯の方が良いだろう」
「……」
「あぁ、いや、失礼。別にルチカさんを脅かすつもりはなくてね。ただ気になっただけなんだ。ただの迷子ならそれでいいのだが……」
「ううん、話します。……話さないと、だめだわ」
謝罪するランプキンに、ルチカはゆるゆると首を横に振り、お皿の縁を撫でつける。
「──家出、してきたんです、あたし」
ルチカは目をそらして乾いた笑みを浮かべた。
「あたし、魔法学園に通っているんです。魔法学園って言うのは、その名前の通り魔法を学ぶ学園で、四年間通うんですけど」
「ルチカさんは何年生なんだい?」
「……二年生。それも落ちこぼれの、ね」
ルチカは隣の椅子に置いてある三角帽子を膝に乗せて、愛おしむように撫でる。
「謙遜しているわけじゃないですよ。実際、毎回試験の順位は下の方だし、実践の授業はついていけないから補習が多いし」
それでもルチカは諦めず努力を続けた。筆記は沢山の本を読んだり参考書を買って何度も問題を解いた。苦手な実技だって、家で練習したり、時には治癒術師の父と一緒に成功するまで何度もやった。
ルチカはその場で止まらなかった。全ては父のような沢山の人を救える治癒術師になるために。
「少し前に、定期試験がありました。筆記と実技が両方あって、筆記の方は上手くいきました。でも……実技は今までで一番酷いものでした」
悔しかった。悲しかった。クラスメイトはほとんど合格していて妬ましく思った。
でも、それはいつものこと。また再試験をやれば、ギリギリ合格くらいにはなるかもしれない。そう思っていた。
「昨日再試験があって。今度は失敗しないようにって何度も練習しました。とーさまも『これなら大丈夫だな』って認めてくれたんです。少しだけ、自信があったんですけど……」
もしくはあまり家に帰れない父に久しぶりに褒められて、浮かれていたのかもしれない。
「……結果は不合格。当然です。だって、試験中に魔力が切れて倒れてしまったんだもの」
ルチカは元から魔力量──大気中の魔力を体内に入れられる量が少なかった。
今回の実技試験は魔力を多く必要とする試験。他の魔法使いにとっては簡単なものでも、ルチカにとってこれほど厳しい試験はない。
「再試験は二回。次失敗したら留年が確定する。あたしは魔法使いになれない将来に怖くなりました。……そしたら何もかも捨てたくなって。……だから家出をしました」
ルチカは三角帽子の先を強く握る。
(そんなことしたって、現実が変わるわけでもないのに。自分が努力しないと、現実は変わらないのに)
そう分かっているのに、ルチカは逃げたのだ。楽な道へ、楽になれる道へ歩いてしまったのだ。
「ごめんなさい、こんなみっともない理由で……」
「逃げることは、悪いことなのかい?」
「……え?」
予想外の返答に、ルチカは目を丸くする。
「辛いことがあったら、悲しいことがあったら、誰だろうと逃げ道を探すのは当たり前だ。何故ならそれは心が悲鳴を上げているからだ。もう無理だ、もう傷付けないでくれと叫んでいるからだ」
「そんなの、言い訳ですよ……」
ルチカは落ちこぼれだ。落ちこぼれは一生懸命努力しなければならない。だってそうしないと、秀才は愚か凡才にすらなれないのだから。
(逃げている時間なんて、ないのに)
自分を責めるルチカに、ランプキンは胸に手を当てて言う。
「人の心は脆い。君の心も私の心もちょっとしたかすり傷で致命傷を負ってしまうものなんだ」
「……」
「ルチカさん。君の瞳から溢れるそれは、今の君の心を現しているんじゃないのかい?」
ルチカは目元に触れてみる。人差し指を見ると、そこには温かい滴が濡れていた。
「う……ひっぐ、うぅ……」
途端、堤防が決壊する。いくら袖で拭っても溢れるそれは、涙であった。
「ルチカさん、今までよく頑張ったね」
「……う、うあああん……!」
ランプキンの優しい言葉に、ルチカは産まれたての赤子のように泣き続けるのだった。
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