第3話 屋敷に潜むパンプキン
「ん、むにゃ…………うん?」
ルチカは目を覚ますと、何度か瞼をこすり大きなあくびをこぼす。
それから身体をゆっくり起こすと、ぐいっと伸びをした。
(……なんだかすごく変な夢を見ていた気がする)
苦しい現状に嫌気が差した自分が、商人の馬車に乗って遠い町へ家出をする。その後迷森の中で迷子になったルチカが白猫のあとを着いて行き、ランプキンと名乗るかぼちゃ頭の怪人と出会う。
そんなやけに現実味がありそうでない不思議な夢だった。
(久しぶりに見たけど、こんなに鮮明に覚えているものなのかな……)
疑問に思いつつ、ルチカは毛布をどかしてベッドから出て、もう一度伸びをする。
しかし、そこで誰かに見られているような気配を感じた。
(もしかして、またとーさまがあたしの寝顔を見ていたのかな?)
ルチカの父は仕事が忙しく、帰ってくるのが早朝のことも少なくない。
そのため昼間見れない娘の顔を、眠っている時にこっそり覗いてくることがある。
正直やめてほしいのだが、父は「んなことやってねえよ」としらばっくれているのだ。
「まったく、とーさまったら」
ルチカはため息を吐くと、まだぼーっとする頭を振りながらドアを開けた。
「ちょっととーさま、そういうのはもうやめてって何度も……」
「やあ」
「……」
ドアから少し離れたところにいるのは、夢に出てきたかぼちゃ頭の怪人にそっくりだった。
「にゃあ」
その隣には白猫がドアからひょっこり顔を出して片方の前足を上げている。こちらもまた夢に出てきた白猫にそっくりである。
てっきりまだ夢の中にいるのかと思い、ルチカは頬をつねってみる。
(い、痛い……。夢ではないってこと……?)
赤く染まった頬を撫でながら、ルチカはランプキンを上から下まで見つめる。
黒色のかぼちゃ頭にはくり抜いてできたであろう目と口がある。時折動いているように見えるが、おそらくルチカがまだ寝惚けているからだろう。
百四十五センチのルチカをもう一人足してやっと届くくらいの長身の身体には、黒一色のマントを羽織っている。
その見た目は絵本から出てきたお化けそのもので、ルチカは思わず数歩後ろに下がった。
「ふむ……」
怯えた様子のルチカに、ランプキンは不服に感じているようには見えない。そもそもランプキンはルチカではなく、その横にあるカーテンを思案げに見つめていた。
「すまないがキャミーシャ、あそこのカーテンを開けてくれるかい?」
「にゃっ!」
白猫──キャミーシャは任せろとばかりに深く頷き部屋に入ると、軽々と跳んで片方のカーテンを勢いよく開けた。
「ありがとうキャミーシャ。今度からカーテン係として、この屋敷の全てのカーテンを開けてもらおう」
「にゃあにゃ!」
やだねとキャミーシャは顔をそらすと、ルチカの足元にやって来てそのまま丸まってしまった。
「ふむ、どうやらキャミーシャは君のことをいたく気に入っているようだ。妬ましくそれでいて羨ましくもある」
「は、はぁ……」
どう反応すれば良いのか困るルチカ。それに気付いたのか、ランプキンはこほんと咳払いをすると胸に手を当てた。
「改めて……私の名前はランプキン。この屋敷を管理する主人であり、住民であり、かぼちゃでもある。君の名前は?」
「え、えっと……」
(は、話していいのかな。見たところ怖いお化けじゃなさそうだけど、良いおばけか分からないし。……でも名前を言わないのは失礼、よね)
ルチカは何度か深呼吸し、意を決して名前を言った。
「あ、あたしの名前はルチカ。魔法学園の二年生で──」
治癒術師を目指しています。そう言いたかったが、思うように言葉が出ず、ルチカは服の裾を強く握った。
「魔法学園の二年生、です。よろしくお願いします、ランプキンさん……」
「なるほど、ルチカさんだね。こちらこそよろしく頼むよ」
ランプキンはルチカの自己紹介について特に何も言及せず、黒い手袋を着けた手で握手をした。……ルチカではなく空気に。
(ランプキンさんも寝起きなのかしら?)
ルチカが不思議そうに首を傾げていると、ランプキンはキャミーシャの名を呼びながらパチンと指を鳴らした。
キャミーシャは面倒くさそうに立つと、ルチカの足を名残惜しげに振り返りながら、ランプキンの所へ戻っていった。
「さて、ルチカさん。体調はどうかな? 昨夜は急に倒れたから、てっきり風邪でも引いたんじゃないかと心配だったのだが」
あれは風邪でも疲労でもなく、単純にランプキンの姿に驚いたからなのだが、当然言えるはずもない。
ルチカは一瞬目をそらしてこくこくと首を縦に振った。
「それなら安心したよ。……ところでルチカさんはお腹をすかせていないかい?」
「あ……」
(言われてみれば、昨夜は何も食べていなかったわ。お昼も勉強をしていたし……)
そんなことを考えていたからか、ルチカのお腹がきゅるると音を立てる。
ルチカがお腹を抑えて顔を真っ赤にすると、ランプキンは「ふふふ」とくすりと笑った。
「わ、笑わないで、下さい……」
「いや、すまないすまない。ついさっき、私とキャミーシャで朝食を作ったんだ。食堂に案内するから良かったら一緒に来ないかい?」
まぁ、軽食だけどね、とランプキンは頭をかきながら言った。
ランプキンの好意に、しかしルチカは嬉しさと同時に申し訳なさを感じる。
(そもそもこんなだめなあたしが、料理を食べていいのかしら……)
昨日だけでも父や学園に迷惑をかけ、商人に嘘をついて乗せていってもらった。
そんな悪い子が食べる資格などあるのだろうか。
急に押し黙るルチカに、ランプキンは何も言わずに待っている。
早くしろと怒っているのか、どうかしたのかと困っているのか。何にせよ早めに決断しなければならない。
「えっと……その……」
ぼそぼそと呟くルチカ。それに痺れを切らしたのか、キャミーシャはもう一度戻ってくると、ぴょんとルチカの肩に乗った。
「にゃーにゃ。にゃにゃーにゃ」
「……いいから行けって?」
「にゃ!」
キャミーシャは獲物を狩るような目でルチカを見ると、ぺしぺしと猫パンチを頭に叩いてくる。
思ったより痛く、やめてと言っても無視を決め込んで変わらず攻撃してきた。
「も、もう。分かった! 分かったから!」
これでは降参するしかない。ルチカは半強制的に了承すると、頭を抑えながらランプキンに言った。
「い、一緒に行きます……」
「ふふふ、キャミーシャが失礼したね。それじゃあ行こうか。私に着いて来て」
「は、はい」
ルチカはキャミーシャを床に置いて、一度部屋を確認する。
ベッドと書き物用の小さな机以外何も無い質素な空間。肩下げカバンと三角帽子を探していると、どこからかキャミーシャが背に乗せて持ってきてくれた。
肩下げカバンをかけ、三角帽子を胸に抱くと、ルチカは既に移動しているランプキンの後を慌てて着いて行く。
「おっと、一つ伝え忘れていることがあった」
ランプキンは背中を向けたまま、ルチカの方をチラリと見た。
「私にあまり近づかない方が良い。半径一メートル……と言ったところかな?」
「……どうして?」
「秘密さ」
ランプキンは人差し指を口元に当てると、再び歩き出す。
「……」
ルチカは一瞬見えたランプキンの顔がどこか寂しそうに感じるのだった。
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