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第2話 白猫を追って

ルモント市を出てから数時間。ルチカと荷物を乗せた馬車はレスティアと呼ばれる小さな町に辿り着いた。


商人に呼ばれ馬車から顔を出すと、外はすっかり暗闇に覆われていた。おそるおそる地面に降り空を見上げれば、そこには雲に半分隠れたお月様がこちらを見下ろしている。

再び目線を前にやると、すぐそこにはレスティアと書かれた立て看板があり、その奥に平屋建ての建物がいくつも建てられていた。


「遅くなってすみませんね。うちの馬はのんびり歩くのが好きなもので」


商人は後頭部を撫でながらルチカの方へやってくると、申し訳なさそうに何度か頭を下げている。


ルチカは肩下げカバンを胸に強く抱いて、商人から目をそらした。


「いえ、大丈夫です。……ごめんなさい」


「どうして謝るんです?」


だってあなたに嘘をついてしまったから──とは言えず、ルチカはわざとらしいくしゃみをしたあと話題を変える。


「これから宿に泊まるんですよね」


「そうですね。本当は今すぐにでも商談がしたいところですが、明日やる予定ですし。……何より今は休みたいですから」


商人の言葉に反応するように、野草の匂いを嗅いでいた馬は首を上げて大きなあくびをした。


「あいつも眠たそうだし、そろそろ行きますね。ルチカさんも躓かないようお気を付けて」


「……はい。ありがとう、ございました」


ルチカが頭を下げると、商人は再び馬車へ乗り、手綱を握って馬の背を何度か叩く。馬は気合い十分といった様子で鼻を鳴らすと、荷台を引きながらのそのそと町の奥へ進んで行った。


ルチカは見えなくなるまで胸の辺りで手を振ってから、地面に刺さった看板の木目を人差し指で撫でる。


「……何してるんだろう、あたし」


馬車の中で何度もこれでいい、これでいいと言い聞かせていたけれど、実際に町まで来ると後悔と罪悪感しかなかった。

しかし、明日にでも、商人か魔女にでも頼んで帰ろう……とは不思議とならなかった。


「とーさま、きっと心配しているわ。学園の先生も、クラスメイトも。……なのに、どうして」


(いつからあたしはこんなにも自分勝手になったのかな。いつからこんなに悪い子になったのかな……)


ルチカは看板から人差し指を離すと、目的もないまま無我夢中に走り出した。


逃げている。ルモント市から離れ、学園や父から背を向けたにも関わらず、まだどこかへ逃げようとしている。


(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!)


だめだと分かっているのに、こんなことをしていてはいけないと気付いているのに、ルチカの足は変わらず動いている。


「悪い子で、だめな子で、ごめんなさい……」


ここにはいない誰かに謝り、謝り、謝り続け──ルチカは雨でぬかるんだ泥に滑り、されるがままに顔から地面へ倒れた。


「いてて……」


額の辺りからヒリヒリと痛みを感じ、ルチカは身体を起こしてその場であぐらをかく。

中指で額に触れ、親指をくっつけては離してを繰り返す。周りが暗いので分かりにくいが、おそらく泥ではなく血だろう。


ルチカは肩下げカバンのチャックをゆっくりと開け、奥の方に入れた杖を手に持つと、先端を額に近づけた。


「……ヒール」


誰か聞いているわけでもないのに小声で魔法の詠唱をする。

何秒か経つと、杖の先端から黄緑色の淡い光が現れ、額の傷を少しずつ癒していく。

痛みが消えたのを感じたルチカは、もう一度額に触れて安堵の息を漏らした。


「みんななら、もっと早くできるのにな……」


ルチカは小さく息を吐くと、杖をカバンの奥へ入れてチャックを閉め、三角帽子を目元へ下ろそうとした。

しかし。


「……あれ?」


三角帽子がない。まさかと思い何度か頭の上を掴んでみたが、やはりそこには何もなかった。


(もしかして走っている途中で落としたのかな)


だとしたら大変だ。あの帽子はルチカの父が譲ってくれたもので、ルチカにとっては大切な宝物なのだ。


慌ててルチカは立つと、今来た道を戻ろうとした。しかし、周囲を見渡し、ルチカはコートの裾をぎゅっと握った。


(ここ、どこ……?)


建物の明かりはなく人の声も聞こえない。さっきまで町にいたはずなのに、一体どこにいるのだろう。

空を見上げる。そこには月があるけれど、木の枝や枝についている葉っぱがあるせいで少々見えにくい。


(……って、きの、えだ? もしかして森に入っちゃったの!?)


だとしたら急いで町まで戻る必要がある。何故なら森にはモンスターが住んでいて、中には人を襲う凶暴なものまでいると、父から何度も聞かされていたからだ。

しかしここがどこなのか分からない以上、下手に動けば命を落とす可能性がある。


(ど、どうしよう、どうしよう……)


意味もなく瞳をあちこちに動かしながら、ルチカは必死に考える。

しかし、暗闇の中誰もいない不安と恐怖から良い案を思いつくことができずにいた。


(な、何か、なんでもいいから何か……)


頬に熱い雫が伝う。もう今日は何度も泣いたのに、まだ瞳から流れてくるなんて。

恐怖のあまり足が震え始めた、まさにその時──。


「にゃあ」


「……え?」


どこからか猫の鳴き声がした。つい頬が緩んでしまうような、そんな愛らしい鳴き声に、ルチカの涙は自然と引っ込んだ。


「どこ? どこにいるの?」


「にゃー!」


猫はさっきよりも声を上げるが、この暗闇ではどこにいるのか分からない。

もしかして幻聴だろうか。そう思いルチカが耳を塞ごうとしたその時、上の方でほんのりと小さな光が二つ見えた。


ルチカは恐る恐る坂道を登る。──と、そこには三角帽子を頭に被り、青い瞳でこちらを見つめる白猫が岩の上に座っていた。


首元には先が尖った青白い首輪がついていて、その周囲には冷気のような白い霧が漂っている。

しっぽには氷の破片がいくつもついており、近寄り難い雰囲気がある。

何より驚いたのは、ルチカの三角帽子をあの白猫が被っていることだった。


どうしてだろうと思いつつ、ルチカは白猫を刺激させないよう、なるべく優しい口調で言った。


「猫ちゃん、その帽子を拾ってくれてありがとう。実はそれ、あたしの大切な宝物で……。だから返してくれると嬉しいんだけど……」


「……にゃあ?」


しかし、白猫には伝わっていないのか、首を傾げて前足をぺろぺろと舐めている。


(モンスターの言葉が分かる魔法とかあればいいのに……)


どうしたものかとつっ立っていると、白猫は岩から降りて、てくてくと坂を上っていってしまう。


「あ……ま、待って!」


ルチカは肩下げカバンを両手に持ち、慌てて白猫を追いかける。

しかし、どうやら白猫は呑気に歩いており、ルチカが来ると鼻歌を歌いながらしっぽを左右にぶんぶんと振っていた。

まるでルチカが来てくれて喜んでいるかのようだ。


(ひょっとして、猫ちゃんも迷子なのかな。今までずっとこの森でいっぴきぼっちだったのかな)


そう考えると不思議と親近感が湧いてきて、ルチカの恐怖や孤独はすっかりどこかへ飛んでいってしまった。


「にゃんにゃんにゃ〜……にゃ!」


鼻歌を聞きながら歩くこと数分。白猫は鼻歌をやめピタッと止まると、何故か誇らしげにこちらを見てくる。


「どうしたの?」


「にゃ!」


白猫は片方の前足を正面に指すが、その先に何があるのか目を凝らして見てもよく分からない。

すると、知ってか知らずか雲に隠れていた月が静かに現れる。


「にゃにゃ!」


白猫は何歩か進んでもう一度前足を正面に指した。


「なに、ここ……」


森を抜け、錆びた門扉の奥に建てられているのは、苔が生え、所々にヒビがあるにも関わらず荘厳な雰囲気を合わせ持った大きな屋敷だった。その手前には噴水があり、月に照らされキラキラと水が輝いている。


ルチカが呆然としていると、白猫はさっきとは裏腹に走って門を飛び越える。


「おやおや、またどこかへ行っていたのかい?」


「……え?」


今度は白猫とは別の男性のような声が聞こえてくる。ルチカは理解が追いつかず、目が点になる。


「なに、迷子のお客様を連れてきたって? なるほど、それなら君の優しい心根に免じて、特別に許してあげよう」


その直後、キィッと耳を塞ぎたくなるような不快な音と共に門扉が開く。


そこにはさっきの白猫と──タキシードを身にまといかぼちゃ頭を被った怪人が佇んでいた。


怪人は胸に手を当てると、優雅に頭を下げた。


「私の名はランプキン。我が屋敷へようこそ、小さなお嬢さん」


突然の客人にも関わらず、笑顔で歓迎するランプキン。しかし、ルチカの心はランプキンと正反対であった。


「お、お……」


「お?」


「にゃ?」


「おばけええええ!」


ルチカは耳がキンとなるくらい叫ぶと、そのまま顔から地面に倒れ、あっという間に微睡みの中へ潜っていくのだった。

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