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第17話 独りの男と独りの少女

過去回です。

ペリアルトの背に乗せられながら、ヤクードは夢を見ていた。


それは少し前──ヤクードとルチカが出会った時の夢だった。


〇〇〇


ヤクードが二十五歳になった翌日、両親は死んだ。

死因は馬車の移動中、崩れてきた土砂に下敷きになったため。


今でこそヤクードは国一番の治癒術師などと呼ばれているが、両親が死ぬまでは他の治癒術師と大して変わらない能力を持っていた。

治癒術師として一際優秀なわけでも、かといって落ちこぼれでもない、どこにでもいるただの魔法使いだったのだ。


「クソが……」


両親が死んでからというもの、ろくに働きもせず家に引きこもっては酒ばかり飲んでいた。

たまに両親と親しかった友人や、心配性の近所のおばさんが来ることもあったが、ヤクードは顔を見るなり追い払う。


「父さんと母さんがいねえんじゃ、俺は何をして生きればいいんだよ……」


ヤクードにとって両親は大切な存在で、同時に追い抜きたいライバルでもあった。

目標を見失い、悲しみにくれ、将来に絶望していたヤクードは、いっそのこと死んでやろうと考えたこともあった。


「おいおいヤク、まーた昼間から酒飲んでるのか」


しかし、どれだけヤクードが拒もうとも、勝手に家に入ってくる奴がいた。


「うっせえ、ペリアルト。お前の顔なんざ見たかねえよ」


けっと睨みつけ、酒が入った瓶をペリアルトに投げつける。

しかし、ペリアルトは軽々とキャッチし、蓋を閉めて机に置いた。


「物を投げちゃだめって学園にいた時に習わなかったの?」


「はっ、どこの世界線の話してんだよ。俺が聞いた話じゃ投げても罰は当たらねえらしいぞ」


ヤクードは鋭い目つきでペリアルトを睨みつけながら背中に隠していた瓶を開け、ぐびぐびと酒を飲む。


それを見ていたペリアルトはぽんと手を打つと、ヤグードに立つよう指示した。


「だーれが立つかよ。ひっく」


「立たないとここにある酒全部持ってくけど?」


ペリアルトは杖を取りだしヤクードの後ろにある酒瓶に向ける。

どうやら本気らしく、すでに魔法の詠唱をしていた。


「わーったわーった。立てばいいんだろ、立てば」


ヤクードは頭をかきむしりながらよろよろと立つ。

しかし、ペリアルトは何故か詠唱をやめていない。


「おい、立っただろうが! 詠唱に集中しすぎて見てねえのか?」


「見てるよ、ほらね?」


ペリアルトはヤクードにウィンクする。

顔立ちが良いのも相まり異性には間違いなくモテるだろうが、ヤクードは全身に鳥肌が立った。


「こっち来てよ」


「なんでだよ」


「来ないと瓶を……」


「……へいへい」


ヤクードは壁を伝い歩きつつ、ペリアルトの傍へ行きため息を吐く。


「もういいだろ。俺はこれから酒を飲まなきゃなんねえんだよ」


「はいはいそうですか〜」


ペリアルトは適当に言葉を返してから背を向くと、


「ほいっ!」


「ってうおわ!?」


ヤクードの腕を掴んで背負い投げをした。

そのまま家から追い出され、ヤクードは正面にある岩壁にぶつかる。


「いでで……」


痛む頭を抑えつつ、ヤクードはペリアルトを見上げた。


「いきなり何すんだよ! そんなに酒が欲しかったか? ああん!?」


「酒なんかよりマスターのコーヒーを飲んでるほうが有意義な時間だよ」


「ならなんで……うお!?」


突然ペリアルトが近づいてくると、ヤクードの胸ぐらを掴んだ。

掴みこそ弱いものの、ペリアルトの目は大きく見開いており、杖を持った手はぷるぷると震えていた。


「いい加減にしろよ。両親が亡くなってもう一年だ。酒なんか飲んでないで自分を変えろよ」


「…………」


ヤクードは痛む頭を撫でながら目をそらす。


「……無理だ。いくら年月が経っても俺の心は苦しいまんまだ。何やったって変わりやしねえよ」


「ヤクード……」


「お前もこんな俺に付き合わないでくれ。……頼むよ」


ぽろぽろと涙を流すヤクードに、ペリアルトは胸ぐらを離すと、杖をしまいながら立った。


「ごめんヤクード。怪我させちゃって」


「……」


「でも頼まれない。オレはお前がお前になるまで、ずっとここに来てやる。無理だって言われてもね」


「……チッ」


ペリアルトはヤクードの肩をぽんぽんと叩いてから、商店街の方へと歩いていく。

その様子をぼんやりと見つつ、ヤクードは身体を丸くして頭をさすった。


「……何やってんだ、俺は」


それから半年が経ったある日、ヤクードはペリアルトにより強制的に外へ連れ出され、街を一周する羽目になった。


ペリアルトが一緒に来るわけではないので、家の周りで暇つぶしでもしようかと思ったが、


「あ、二人の魔女に君のことを監視するよう頼んでおいたから」


と言われ、泣く泣く歩くことになった。


ヤクードは空の上で優雅に飛んでいる魔女に舌打ちしながら、よろよろと足を進める。


「……こうやって外を出んのも久しぶりだな」


最後に出たのはペリアルトに背負い投げをされたあの日。あの後すぐに家へこもったため、厳密には外出したとは言えないかもしれない。


しばらく歩いていると、何やら頭上がほんのりと明るいことに気づく。


「あいつらがイタズラでもしてんのか?」


魔女に暴言でも吐いてやろうと見上げると──そこには桃色の花が咲いている。桜と言っただろうか。

その先を見れば縦一列になって桜が植えられており、多くの人が立ち止まっては指を差していた。


ヤクードもその美しさに思わず立ち止まり、昔両親とここへよく来ていたことを思い出す。


「確かこの近くに公園があった気がするんだが……と」


右に視線をやると、石造りの階段がある。ゆっくり上っていると、徐々に滑り台や鉄棒といった遊具が見えてくる。


「案外忘れないもんだな」


ヤクードは懐かしさに笑みを浮かべていると、一人少女が降りてくる。

青白い髪にぼろぼろの服を身にまとった少女は、瞳から溢れる涙を我慢するように唇をきゅっと噛んでいた。


友だちと喧嘩でもしたのだろうか。そんなことを考えながら、ヤクードは視線を戻そうとし──


「きゃっ!?」


小さな悲鳴にヤクードは目をやると、そこには段差に躓いて落ちている少女の姿があった。


「おいっ!」


ヤクードは少女の手を掴もうとする。しかし、あと少しのところでギリギリ手が届かず、少女は地面に倒れてしまった。


ヤクードは階段を飛んで少女の前にしゃがみ身体の具合を確認する。


「見たところやべえ怪我はなさそうだが……」


「うぅっ……」


「おいどうした!?」


見ると少女は左腕を掴んで「いたいいたい」と唸っている。


「捻ったのか? 何にせよさっさと治さねえとな……」


そう言いつつヤクードは胸元から杖を出そうとする。

しかしいくらまさぐっても杖らしき固いものは出てこない。


「……そういやここ一年半、全く握ってなかったか」


あるとすれば家。しかし少女を家まで担ぐほどの体力はヤクードにない。

どうしようかとなんの気なしに空を見上げると、そこにはヤクードの方へ向かってくる二人の魔女がいた。


魔女たちはほうきに乗って浮いたまま、ヤクードの傍へやってくると、怪我をした少女を見てあわあわしている。


「おいてめぇら」


「「は、はい!」」


「俺の家に行って杖を持ってこい。ペリアルトに聞けばどこにあるのか分かる。急いで持ってこいよ?」


「「は、はいー!」」


魔女たちは怯えたように頷くと、一人はペリアルトを探しに、もう一人はヤクードの家へ向かって飛んで行った。


ヤクードは少女を抱えて階段を上り、公園の木陰に移動する。それから自分の固い膝に少女の頭を乗せて小さく舌打ちをする。


「ひ、ヒッ……」


「そんなに怯えんな。つーか子どもに危害を加える大人なんざ消えた方がマシだ。それに──」


ヤクードは口元をニカッと上げてイタズラをする子どものように笑った。


「俺の名はヤクード・オルテクス。お前みたいな傷ついた奴をほおっておけねえ、お節介な治癒術師だからな」

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