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第1話 家出

新作小説です。よろしくお願いします!

魔法学園の授業が一通り終わると、治癒術師見習いの少女、ルチカ・オルテクスは唇を噛み締めながら早足に教室を出た。


(泣いちゃだめ、泣いちゃだめ。悪いのはあたしなんだから)


俯きがちに自分へ言い聞かせていると、すれ違った生徒に肩を叩かれた。

ルチカは顔を伏せたまま足を止める。


「どうしたの、ルチカさん。なんだかとても悲しそうな顔をしているわ」


「……なんでもありません」


「同じクラスメイトとしてほおっておけないわ。良かったらクラス委員長の私に相談して?」


「……ごめんなさい」


ルチカはクラス委員長の手をやんわりと下ろして肩下げかばんを抱えると、走って階段を降りていく。そして学園の外に出て玄関口の横の壁に寄りかかると、ルチカはため息を漏らした。


しかしそんな落ち込んでいる様子のルチカを見る生徒は一人もおらず、友だちと一緒に楽しそうに下校している。


(きっとみんな、あたしよりすごい人なんだろうな。誰とでもすぐに仲良くできて、頭が良くて。将来は立派な魔法使いになって、困っている人を次々に助けていくんだ)


いつもなら意識的に視界から外しているのだけれど、今日はどういうわけか他の生徒を見てしまう。


ルチカは首を横に振り、雨で濡れた地面へ顔を伏せる。

生徒が踏んだことによってぬかるんだ泥は、今のルチカの気分を現しているようだった。


「……帰ろう」


ルチカはぶかぶかの水色の三角帽子を目元まで下ろし、膝までかかる黒いローブを手で抑える。そしてとぼとぼと歩きながら、見上げるほど高い学園の門を抜けた。


直後、風を斬る音が聞こえルチカは視線を上げる。そこには魔女見習いの生徒たちが、ほうきに跨いで夕焼け空を飛んでいた。

中には横に並んで飛ぶ生徒もいて、ルチカはいつも半開きの黄色い瞳を丸くする。


(みんなすごいなぁ……)


ルチカは治癒術師を目指しているため、ほうきに乗って飛んだことはない。だから、鳥のように空を自由に羽ばたく彼女らを見て、ほんの少しだけ憧れを──。


(どうして酔わないんだろう。三半規管が鍛えられてるのかな? それとも遺伝なのかな……)


ではなく、別次元の存在として若干引いてさえいた。


やがてほとんど見えなくなると、ルチカは再び視線を地面へ落として、ゆるやかな坂道を下っていく。

しばらく魔女見習いたちを見ていたからか、気付けば周りに生徒はほとんどいない。

なんだか一人置いていかれた気がして、ルチカは自然と足を早めた。


しばらくすると、沢山の人の話し声や足音が聞こえてくる。

ルチカは目線を正面にやり、たいそう憂鬱にため息を吐いた。


ジーシャ魔法国ルモント市の中心地。国内でも特に栄えているここは、ルチカが暮らしている大都市だ。


夕方ということもあり、この時間は仕事帰りの会社員や、夕飯を買いに来た客で埋め尽くされている。

外国から来たであろう奇抜な格好の行商人も、売り時だからかどこか忙しない。


「あたしも早く帰らないと」


ルチカとて学園の生徒。宿題もあるし、復習もしなくてはならない。

立派な治癒術になるためにも、沢山勉強して、沢山努力する必要があるのだ。


(とーさまみたいにみんなを助けられる、すごい魔法使いに……)


脳裏に父を思い浮かべた途端、ルチカはその場で足を止める。急に止まったルチカに、後ろから来た男が「ここで止まんなよ」と舌打ち混じりに言いながら通り過ぎていく。


(すごい、まほうつかいに……)


ぶわっと視界が見えずらくなる。それが涙だと気付くにはさほど時間はかからなかった。


「──ッ!」


涙を手でこすり、垂れそうになる鼻水をすすって、ルチカは建物と建物の間の狭い隙間を走っていく。


(泣いちゃだめ、泣いちゃだめ。とーさまならきっと我慢してすぐに仕事をするに決まっているわ)


そうやって自分に言い聞かせても、涙が止まる気配は全くない。


(あたし、だめな子だわ。もっと強くならないといけないのに、たったこれだけのことで泣いてしまうなんて……)


やがて狭い隙間を抜けると、その先には行商人が汗をかきながら荷物を運んでいた。


「しょう、にん……」


ルチカは足を止め、行商人の馬車をじっと見つめた。

傷がほとんどなく鉄製の車輪は錆びていない。

商人の男も二十代前半といったところか。行商に関して無知のルチカでも、まだ始めて間もない人なのだとすぐに分かった。

それと同時に、ルチカはもやもやしていた心がスっと晴れていくのを感じる。


「なんか、もう、疲れたな……」


魔法。その単語を思い出しただけで、ルチカの心はぎゅっと押し潰された。

それがとても苦しくて、ルチカは胸の辺りを押さえつける。


(いやだ、こわい。まほう、こわい。もう治癒術師とか、学園とかどうでもいい。……逃げたい)


気付けば、ルチカは商人に声をかけていた。


「あのぅ、す、すみません。商人さんはこれからどこかへ向かわれますか?」


「え? あ、うん。ここから東の方にあるレスティアって言う町で宿を取るつもりだよ」


それがどうしたの? とでも言いたげに、商人は首を傾げた。


「あ、えっと……。実はあたしもこれからその町に行こうと思っていたんです。……びょ、病気のおばあちゃんに会わなくちゃいけなくて」


嘘だ。そもそもルチカに祖母はいないし、レスティアに行くような用はこれっぽっちもない。

でも今は、とにかく遠くへ遠くへ行きたかった。


商人は馬の背を撫でながら顎に手を当てて考え込む。

しばらくして、馬のブヒヒンという鳴き声と同時にこくりと頷いた。


「分かった。そういうことなら僕の馬車に乗っていいよ」


「え……良いんですか?」


「きっとおばあちゃんも、君に会いたがっているだろうからね」


「そう、ですね……」


商人の優しさに喜びよりも罪悪感を強く感じながら、ルチカは馬車の荷物置き場へよそよそと乗った。


数分後、準備が整った商人は、「行きますよ〜」とのんびりとした口調で言いながら、手綱を握って馬に当てる。

馬はブヒヒンと上機嫌に鼻を鳴らして、パカパカと小気味良い足音を立てながら、ルチカの家とは真反対の方向へゆっくりと歩を進めた。


少しずつ離れていくふるさと。ルチカはこの都市から一度も出たことがない。

父は年中仕事で忙しいため、どこかへ遊びに行くこともできなかったのだ。

それが、まさかこんな形で都市の外へ出ることになるなんて。


「……いいのよ、これで。魔法なんてもう、こりごりなんだから」


ルチカは胸内ポケットから小さな魔法の杖を取り出す。

そのまま折ってやろうかと思ったが、ルチカはゆるゆると首を横に振って、肩下げカバンの奥の方へしまった。


「最低だわ、あたし。……さいてい、よ」


荷物置き場の端。ルチカは身を縮こまらせながら、ぽろぽろと涙を流す。涙によって湿っていく板を、ただただ見つめながら。


──魔法学園二年生。十四歳のルチカ・オルテクスは、人生で初めて家出をした。

第2話は本日17時頃に投稿予定です。

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