落城
六月十六日早朝、淀川を渡った明智光秀率いる三百の小さな軍列は、堂々と街道の南より山崎の地を目指していた。騎乗しているのは三箇頼照のみで残りの者は歩行である。
水色桔梗の旗印は船を下りたと同時にその場に隠し、掲げているのは三箇の旗印、羽柴秀吉は三箇頼照の恭順の申し出を尊大に受け入れ、明日の目通りを待つ間、今宵は羽柴秀吉本陣側にての野営を許可した。
山崎村北門となる巨大な黒門辺りで巡回の騎馬隊の誰何を受けた。
「黄母衣衆小野木重勝である。これより先は秀吉様の本陣、進む事まかりならぬ」
「我らは河内国の三箇頼照が軍、羽柴秀吉様にお味方する為に参りました。今宵はこの辺りにての陣借りを許されております」
「報告は受けている。今頃味方顔して利を得ようとする輩が来るとな」
「小勢といえど参じた味方にその言葉、無礼ではありませぬか」
「轡取りの爺は黙っておれ。明智との決戦前ならいざしらず、勝負が決した後に旗色を明らかにする日和見者を笑って何が悪い。我らに刃向かう者は謀反人明智光秀に荷担する者として滅ぼすことも出来るのだぞ」
からかい半分での挑発の言葉に一矢返した轡取りの爺、それが明智光秀だった。
三箇頼照を含めて兵達の一人も表情を変えぬ姿に小野木重勝は肩透かしを食らった様だ。
「まだ明智の拠点は僅かに残る。せいぜい励み秀吉様のご機嫌を取るが良い」
そんな捨て台詞を残して騎馬隊が去って行く。
先程の彼の言葉に皆、怒りが無い訳ではない。既に適地の中、兵達は皆己が纏う殺気を押さえる事だけに気持ちを尽くしているのだ。
篝火の多い山崎村北門から離れ、少々強引に陣借りを名目に秀吉本陣寄りに潜り込む。明智光秀はすぐに物見の為に数人を周囲に放った。
羽柴秀吉はこの地に広大な陣を敷いている。
羽柴秀吉本陣はその一部を担う形で陣中央に位置し、後方には兵糧集積所となる山崎村と天王山が控え、円明寺川沿いには京方面からの攻撃に備えて幾重にも防御柵が巡らされている。
地面に描いた羽柴軍の布陣図を元に、明智光秀、井戸良弘、三箇頼照の三人で襲撃方法を話し合った。
「兵達の眠る陣小屋をまず焼き出て来た兵を扇動する。その混乱に乗じて天王山側から秀吉の陣幕を急襲する」
「一方向からの攻めでは街道を使い京方面へと逃げられる。秀吉に馬に乗られてしまえばそれまでとなる」
「では羽柴秀吉が陣幕内に止まる様、北の街道側から攻め入る手勢が必要となりますな」
街道を防御はこの陣で最も厳しい。それを正面からこれ見よがしに攻める者達には全滅せよと命じるも等しい。
「私が参りましょう」
井戸良弘がその任に志願した。
羽柴秀吉の陣幕を強襲する主攻は三箇勢百名と明智勢五十名。残りの明智兵百五十を井戸良弘に託し街道側の封鎖の任に充てると決めた。
街道の防御への攻撃は幾重もの備えを突破して秀吉に迫ることになる。精鋭の明智勢でなければ難しい。
物見に出た者達が戻ると、羽柴の兵達より聞き出した明智と羽柴との戦況を伝え来た。
さすがは羽柴秀吉本陣、各地の情報が次々にここへと届けられており、かなり詳細な部分までが伝わって来ている。
明智光秀は大津の南、小栗栖の地にて討たれその首は京にて晒され、斉藤利三は近江国内にて捕縛されたという。
丹後国の長岡軍が丹波国へと侵攻し福知山城を占拠、亀山城は十五日に殆ど抵抗を受けずに開城に至り、近江国坂本城も羽柴軍の包囲下にあるらしい。
明智の拠点である丹波国黑井城と京の北周山城、そして近江国坂本城の健在が伝わり、にわかに味方は活気づいた。未だ明智は潰えていない。
我らの攻撃開始は明日の未明、それまでの間に策の詳細とそれぞれの役割を明智光秀、三箇頼照、井戸良弘の三人でそれぞれ手分けして兵に語って聞かせた。
羽柴秀吉を討つことで終わりではない。この地から生きて脱出する事、それを皆に言い聞かせた。
井戸良弘が兵の半数を率いて街道沿いへと移動した。
「ただ陣借りするだけでは忍びない。街道警備の一端を我が軍が担いましょう」
彼は羽柴軍の将にそう告げ、我らとは別の場所にて野営の態勢を取った。この井戸良弘の行動で全ての準備は整った。
明智光秀達は静かにその時が来るのを待ち続けた。
* *
六月十六日、近江国坂本城。
日は既に天高く登り、爛々と眩しい光を我らの下に落としている。溝尾茂朝は小天守から眼下に犇めく羽柴軍の威容を見ながら静かに笑ってみせた。
羽柴軍の攻撃開始はほぼ夜明けと同時だった。
こちらは二ノ丸の放棄し、城門の閂は彼等を引き込み易いようにと外しておいた。そうとは知らず勢いよく水堀に梯子を掛け城門を槌で打ち壊す羽柴軍の総攻撃は見事に空振りに終わり、まず敵の気勢を大いに挫いたに違いない。
二ノ丸の屋敷は重臣や一族の主立った者達の家屋敷。当然今までよりも高価な物がそこには放置されており、思惑通り羽柴軍の雑兵達は我先にと略奪を始め、軍列は崩れ渦の様に乱れながら歓喜の叫びと共に再び大きな混乱を見せた。
ここ坂本城の本丸への攻撃は堅田水軍の放つ鉄砲攻撃のみだが、城の周囲を包囲していた船団の特に大型船を含む半数以上が昨夜の内に何処かへと姿を消し、その攻撃も散発的なものになっていた。
二ノ丸内の羽柴軍の混乱は明智秀満が示した予想よりも長く続き、改めて軍列を正し攻撃部隊が形作られるまでに羽柴軍は午前中の大半を費やした。
これまでの堀秀政の指揮と比べると明らかに精彩を欠いた動きだった。攻め手の大将が変わったのだろうと明智秀満は自分に述べた。
坂本城本丸の防御は本丸の入口となる城門、城門から天守入口に至る通路上の虎口の二カ所のみである。
その先は今自分が立つ小天守と明智秀満の居る大天守となる。
坂本城本丸小天守を溝尾茂朝は自分の死に場所と決めた。
定頼様達と共になぜ逃げなかったのか? 明智秀満はそう自分に問う事はしなかった。それはこの場で共に戦おう、共に死のうと言ってくれたのと同じ。
明智家中では自分も明智秀満も同じ宿老である。政に於いては年下である自分の命が優先されるが、こと軍事となれば自分は明智秀満の下につく事になる。
戦場での明智秀満の姿は自分の憧れそのものだった。
武技では藤田行政が優るが人を引きつける魅力、そういうものを含めた武将としての姿だ。そしてそういう男だからこそ明智秀満は必ず自分より先に死のうとするに違いなく、だから先に敵が到達するこの小天守の守りを自分は志願したのだ。
元々武家の生まれではなく主君明智光秀の買い求めた京屋敷に雇われた使用人に過ぎなかった。それが今では織田家にあって武勇第一を誇る明智家家臣団の宿老の一人に名を連ねる。
得た地位としては申し分ないものだろう。
安土城より持ち出した内政の書類は明智定頼様達と共にある。出雲国と石見国から九州へと変遷するはずであった明智の国造りは夢の彼方へと消えたが、我ら亡き後も光慶様と定頼様の二人が必ずそれを引き継ぎ、そして更にそれは新たな世代へと継がれていくことだろう。
生き延びて羽柴秀吉を見事討ち取った殿と共に、そう考える自分がいないわけではない。
皆が命を懸けて戦う中で、一人おめおめと生き延びた後悔に苦しみ続ける自分の姿が恐ろしかった。その恐怖がこの坂本城に自分を繋ぎ止めた。
臆病と笑い愚かだと罵ればいい。それでも自分はここで戦うと決めたのだ。
残念なのは明智秀満の見事な戦いぶりをこの目で見ることが叶わぬ事、それは幸いな事なのかも知れない。
この小天守で自分が出来る事といえば、配下の兵達が倒れこの場に敵が殺到するまでじっと耐える事だけだからだ。それでもこれだけは言える。
明智秀満の見ている前で、決して無様な死に方はしないと。
二ノ丸から羽柴軍の押し太鼓が響き始めた。
「今日一日敵をこの地に釘付けにすれば、我れらが殿が羽柴秀吉めを必ず討ち取って下さる。我らが耐えれば耐えるほどに明智の勝利は確実なものになるのだ。皆に励めと伝えよ」
溝尾茂朝は声を張り上げて伝令を各所に走らせた。
坂本城本丸の門は上部に櫓を備えた櫓門。そこに無数の鉄砲、無数の矢が撃ち込まれていく。恐ろしい程の敵の飛び道具の数、対するこちらに鉄砲は一丁も無く弓のみでの応戦となっている。
櫓に弾丸が食い込み、矢が何本も突き立つ。
櫓の狭間には対鉄砲用の竹束も並べてあるが、それでも完全に攻撃を防ぐことは出来ないだろう。
ここ小天守から戦う櫓内の惨状を知ることは出来ない。それでも櫓への補充として待機する兵達はその数を徐々に減らしていく。ただじっとそれを見つめ、溝尾茂朝は耐え続けた。
櫓内から明智兵が一斉に退き始めた。
大声で退避を告げる味方の声。櫓門上部の櫓部分から煙が上がり、しばらくして炎を吹き上げた。焙烙か棒火矢を投げ込まれた様だ。
焼け崩れて防御を失った門を羽柴軍が打ち破ろうとする音だけが響き渡り、城門の内側では羽柴軍の侵入を迎え撃つべく八十程の明智の兵士が静かに待ち構えている。
大天守をわずかに顧みる。そこに立つ明智秀満も腕組みしたままその様子をじっと見つめていた。
城門が遂には打ち破られ本丸内に羽柴軍が侵入した。
そこへ待機していた明智の兵士達が声を上げて一斉に襲いかかると、気押されたように羽柴軍が一気に押し戻される。
それも一時、じわじわと締め上げるように羽柴軍が押し返してくる。
溝尾茂朝は明智兵一人一人の戦いに自分を重ね、声を出しては励まし、倒れる味方の姿に拳を握りしめた。
あの兵達は城を守ると同時に将の一人である自分の元へと敵を近づけまいと戦っているのだ。彼等の姿を自分は決して忘れない。己の魂にその姿を焼き付け天まで持って逝くのだ。
眼下で戦う味方の人数が二十人を切った辺りで一気に天守門真下の虎口へと押し込まれる。
虎口の狭間から味方が援護の矢を射かけるも羽柴軍の勢いは止まらない。
そして眼下に取り残された二十の士も誰一人助けを求めず、そして天守門を開けさせまいと両手を広げて門前に折り重なる様に倒れていく。
矢避けの盾を頭上に並べた羽柴軍が天守真下に殺到しその入口を打ち破ろうと槌を振るう音、天守から応戦する明智兵達の声。
日はかなり傾いたがまだ高い。
日暮れまで耐えれば今日一日羽柴軍を止めよという主君明智光秀の命を果たせる。大天守と小天守を併せても残る兵は総勢で三十程。
「天よ。我らに今少しでよい。今少し時を与えてくれ」
敵の鉄砲の銃列が出て来て、こちらの応戦する狭間に向けて集中射撃を加えてくる。階下に響く味方の叫び声、小天守もここまでか。
「溝尾様、お先に」
階下から自分にそう告げる声が聞こえてきた。天守門が抜かれる。
溝尾茂朝は床に置かれた三つの油桶の二つを蹴飛ばし床に油をぶちまけた。
裂ける様な激しい音に羽柴軍の歓声。
置かれた篝火を倒し、小天守の床を火の海に変えた。
* *
天守内に羽柴軍が侵入した。最後の防御も破られたのだ。
大天守に立つ明智秀満は、小天守で一人火を放つ溝尾茂朝の姿を見つめていた。
突然、溝尾茂朝がこちらを振り向き、どうだと自分に誇らしげに笑いかける。そうとしか思えぬ彼の表情だった。
溝尾茂朝が油桶を持ち上げ頭からそれを浴びると、その瞬間床で燃える炎が大きな花びらの様に噴き上げ、彼と共に小天守を一気に焼き尽くしていく。
見事な、そう思わず口にしていた。
次はこの俺の、明智秀満の番だ。彼等が命を賭して稼いだ時を決して無駄にはしない。
「ここ大天守にも火を放て」
明智秀満は階段を駆け下りながらそう叫んだ。
船にて坂本城を脱出した者達に追補の手が及ばぬよう、ここで明智一族は皆死んだと敵に思わせねばならないからだ。
小天守と大天守とを繋ぐ廊下ではすでに侵入して来た羽柴軍と激しい戦いが行われている。
その乱戦の中、明智秀満は五人を突き伏せ、出て来た屈強な武者を槍で突き刺したまま天井まで力任せに持ち上げると、羽柴軍の雑兵達は慌てふためき一斉に天守の外へと逃げ出した。
生き残りを集めて明智秀満は大声を上げた。
「ここから先、この天守が燃え落ちるまで誰一人死ぬことは許さぬ。息絶えてなお戦え。これより我らは討って出る。羽柴の兵を一人としてこの坂本城から生かして帰すな」
声に応え兵達が声を上げる。傷つき蹲っていた者達も次々に武器を手に立ち上がった。
天守入り口前で中から出て来た自分達に羽柴軍の小隊が応戦してきた。程なく勝利を告げる羽柴軍の鬨の声が城内のあちこちから上がり、羽柴軍の陣地からは退却を告げる打ち鐘の音が鳴り響く。
本丸内の兵士が次々に退き始め、我らと刃を交える羽柴軍の兵士達も数を減らしていく味方を気にしだした。
明智秀満は三人、四人と動けぬ程度に敵兵を突き伏せると前に出た。
殺意を剥き出しにした後続の明智兵達がそれに止めを刺していく。誰一人としてこの城から生かして帰さぬと言う鬼神の如き姿と気迫に、本丸内の羽柴軍の兵達は腰を抜かさんばかりに崩れ始める。
それを追いに追った。
崩れた本丸櫓門を抜ける。
恐慌して逃げる羽柴の兵の足に撤退していく羽柴軍の速度が追いつかず、羽柴軍の最後尾は立ち往生である。
背を見せて悲鳴を上げる羽柴の兵に明智者達が刃を振り上げ斬りかかる。
坂本城は本丸天守が業火に包まれ落城し、羽柴軍は勝利の鬨の声を上げて戦は勝利に終わったはずだった。今、最前線となる二ノ丸では何が起きているのか知りもせず、寄せ手の本陣は呑気にそう考えていたのである。
そして明智軍の反撃により自軍が二ノ丸まで押し返されている事態となっているのを彼等が知るのはもう少し先の事だった。
返り血に染まった明智兵に馬乗りにされて殺される味方の姿に、羽柴軍の兵達は何が起っているのか理解出来ずにそれを唖然と眺めていた。
そして次々に兵士を倒していく巨漢の男、明智秀満が姿を現すと戦意を捨て湖に飛び込んで逃げる者まで現れる。
明智秀満は目の前の敵をひたすら倒し前進し続けた。雄叫びを上げ道を塞ぐ羽柴兵を槍で突き刺しては空に放り投げる。
腕に多少の痺れはあるが体のどこにも異常は無い。このまま進み続ける。
明智秀満はこの時虜囚になったと知らされた斉藤利三の事を想っていた。
斉藤利三、お前はこの先にいるのか。
山崎の地を生き延び近江国を目指したのは命を惜しんでの事では無くこの地での羽柴軍との再戦を望んだからだろう。
明智一族の命を救うためとはいえ虜囚に身を落とすなどお前の本意では無かったはずだ。そこにいるのならば、この俺が羽柴軍を一人残らず殺してお前を救い出してやる。
乱戦状態となっている二ノ丸。
明智秀満を囲む四人を槍の一振りで吹き飛ばすと周囲が静かになった。目の前も横も後ろも羽柴の兵で満ちている。その誰もが恐怖心から武器をこちらに向けてはいるが自分に挑もうとする者はいない。
味方は、味方はどこだ。何人生き残っている。
明智秀満の背で凄まじい金切り音を上げて坂本城の天守が崩れ落ちていく。
恐慌した鉄砲組が目に入った。明智秀満が槍を構えて駆け出すと、慌てた鉄砲組組頭は味方だらけの中での発砲を命じた。
自分の側の羽柴兵を巻き込みながら銃弾の雨が明智秀満に向けて降り注ぐ。
明智秀満の胸、腹、背から血が一気に噴き上がる。崩れる体を踏ん張って何とか支えた。自分の視界の中に撃たれ苦しむ多くの羽柴兵の姿が映る。
「放て」
更に二射目が明智秀満一人に向けて放たれる。
血の雨を体から噴き上げながらもその場に立つ明智秀満。
呼吸が出来なかった。溢れる様に口から血が溢れていく。前へ進もうとしたが足がふらつき背から地面に倒れた。
痛みというものは感じなかった。
見上げた空の薄い雲の間に無数の星の輝きが見える。
(殿、今日一日を守りましたぞ。俺達の明智の勝ちだ)
声にはならなかった。明智秀満は満面の笑みを湛えた表情で、そして静かに目を閉じた。
羽柴の兵士達が倒れた明智秀満を取り囲むように恐る恐ると近づく、そして意を決したかの様にすでに息絶えた彼の骸に向けて一斉に槍を突き込んだ。
* *
湖上に浮かぶように並ぶ坂本城の大小二つの天守の小天守が炎を噴き上げ、次いで大天守も炎に包まれた。日没の闇の中で羽柴軍の上げる勝ち鬨の声だけが何度も響いている。
妻木広忠は山中からその光景を目にしていた。最後の戦いに自分達は間に合わなかったのだ。
彼は明智光秀が淀城へと逃れた事を知らない。
だからこそ勝竜寺城を離れた明智光秀が坂本城へと向かったと確信した。
更に丹波国への羽柴軍の侵攻軍が少数と知った彼は、羽柴軍が明智光秀を追い大軍を近江国へと差し向けたと考えるに至り、次の決戦の地は近江国坂本城となるだろうと判断し、有志と共に近江国を目指したのだった。
途中、周山城下へと立ち寄る道を選べば斉藤利三が伝えた新たな情報を得て、彼等の行動もまた別のものになっていたかもしれない。
立ち尽くす妻木広忠の側で兵達が膝を折り泣き崩れる。
明智光秀は坂本城と共に果て、この地にて明智と羽柴の戦いは終わりを遂げたのだ。
「皆立て、ここまでよく儂について来てくれた。この老体をここまで連れてきてくれた。どうやら我らの戦はこの地にて終わりを迎えた様だ。後の事は各々が自身で決めるが良いだろう」
妻木広忠は自身が向かう先を愛娘煕子の眠る西教寺と定めた。そこで人生の幕を閉じるとしよう。
羽柴軍に見つからぬ様に松明などは使えない。一人闇の中歩を進めた。
進むべき目印は眼下で燃える坂本城。
「我ら羽柴の陣に斬り込みます」
兵達が列を成して自分の横を通り過ぎていく。達者でな、互いにそう言葉を交わした。
死地に赴く言葉としてその意味は問題では無い。
ただ気持ちが通じればよいのだ。
妻木広忠は近江国西教寺に辿り着くと、その地に留まり明智一族の為の墓を建て、六月十八日、愛娘煕子の墓前にて自刃して果てたという。




