小栗栖村
十四日未明、放っていた溝尾茂朝の手の者が羽柴軍の動きの第一報を伝え来た。
中川清秀(中川清秀)と高山重友に率いられた四千の兵が丹波国へと進軍、堀秀政率いる三千と織田信孝二千の軍が京を目指し、それに少し遅れて五千の軍が追従したという。
明智軍本陣のあった御坊塚の砦には中村一氏の一千、勝龍寺城包囲には羽柴秀長と加藤光泰の九千に加え、池田恒興と丹羽長秀に加えて寝返った近江衆の軍も参加している。
そして山崎村の南から北に陣を進めた羽柴秀吉の本陣五千、天王山には黒田孝高の五百程がいるという。
明智光秀の本城である丹波亀山城を落とすことは、明智光秀謀反を掲げる羽柴軍にとっての大功となる。羽柴秀吉という男がその功績を中川清秀や高山重友に譲る?
そのあたりの軍の采配に違和感を覚えながら、明智光秀は届けられる報告を今はじっと待つ他にはなかった。
大手門に陣取る多羅尾綱知より羽柴軍の別働隊二千の軍がこの淀城へ向け接近中であると伝えられた。
多羅尾綱知がすぐに使者を軍へ向けて走らせ、若江三人衆の淀城の占拠と羽柴方への合力を伝えると、その二千の軍は京方面へと反転していった。
当面の脅威が去り安堵の空気が満ちる中、驚きと歓声の声が上がる。
「藤田行政殿が戻られました」
そう兵士に告げられ溝尾茂朝と共に急ぎ明智光秀は大手門へと走った。
声を殺して立ちつくす兵の列の中に戸板に乗せられた姿で運ばれる全身傷だらけの藤田行政の姿があった。
明智光秀の問いかける声に彼は閉じていた目を見開き、深手を負い動けぬはずの体を無理に起こして戸板の上に胡座をかいた。
「殿は丹波国ではなくこちらにおられましたか。これは運が良い」
「伝五、すまぬ。お前を死地へと送り出してしまった」
「殿のせいではありませぬ。全て裏切り者共が悪いのです。あやつらの首を打ち損じてしまいました。申し訳…」
彼の体を抱き留めた明智光秀の胸の中で、藤田行政はそのまま意識を失った。
夜が明け、昼前にもなると勝龍寺城包囲の羽柴軍に大きな動きがあった。開城した城内には池田恒興と丹羽長秀が入り、近江衆二千を先頭にした羽柴秀長と加藤光泰の軍九千が丹波国では無く京方面を目指して動き出したというのだ。
その知らせを聞き溝尾茂朝が声を上げた。
「羽柴秀吉は自ら安土城に入り美濃国、尾張国の織田家譜代衆を結集する腹づもりではないですか? 柴田勝家殿が安土城に入らねば、我らは謀反人としてこのまま葬られますぞ」
「庄兵衛違う。これは、そんな生温いものではないぞ」
もし仮に安土城に羽柴秀吉が入り美濃国や尾張国に号令をかけても、羽柴秀吉の名では人は集まらぬ。織田信孝を連れての安土入城であればまだ目があるかもしれぬが、そもそも羽柴秀吉は山崎村に本陣を置いたまま動いてさえいないのだ。
「先発した軍と合せれば二万に届く兵力となる。その軍を美濃国、尾張国へと向ける腹づもりだろう」
「織田の本拠地に軍を入れる? それはもしや」
「羽柴秀吉はこの機会に織田そのものを潰し、自らの物とする腹づもりかもしれぬ。それに失敗した場合に備えて何時でも姫路の拠点に逃げ戻れるように秀吉自身は後方で停止したままなのだろう」
「では羽柴秀吉自身が高野山と結託して織田信長公襲撃の絵図を描いたという事なのですか?」
「それは分からぬ。だが羽柴秀吉のこの行動は明らかにおかしい。謀反人明智光秀を倒すのであれば丹波国へと兵力の大部分を向けねばならぬ」
羽柴軍の動きは明らかにそれとは異なる動き、そこには明智討伐ではない別の意図があるに違いないのだ。
明智が反逆者として終わる、終わらないの話ではない。このままでは織田家そのものが消える。羽柴秀吉の手によって織田家が潰される。
「山崎の地で私が敗れさえしなければ」
羽柴秀吉を狂わせたのが何かは分からない。だが、山崎の戦いでの勝利が彼を勢いづかせているのは間違いない。そして今ならば確かに織田家を奪れる。
「先行した軍は坂本城攻めの為のものだろう。そして軍を東に向けたのは近江国の諸城の解放とでも名目を付けての事だろう。なれば坂本城を放置して進めば他の織田家の将達が不審に思う。すでに池田恒興と丹羽長秀を城の中に閉じ込め織田信孝と連携できぬようにしてある。
坂本城は凡庸な将では落とせぬ堅城、堀秀政を送ったのはその為だろう。堀秀政は将としての力はあるが自身の軍を持たぬ。坂本城を落とした後に兵を奪えば何も出来なくなる。
坂本城がしばし耐える事を考えれば今少し猶予があるはずだ。しかし柴田勝家殿の安土入城や南の諸勢力の糾合などと言っている程に時は無いだろう」
「殿、何をなさるおつもりですか」
「残された道は一つだ庄兵衛、羽柴秀吉をこの手で討つ」
「我らは二百の小勢、一体どうやって」
「総勢三万を越える羽柴軍も今は各地に兵を振り分け、羽柴秀吉を守る軍は五千のみとなっている。それでも数は我らより圧倒的に多いが、それを急襲する事に賭ける。淀川の南に沿って移動し、三箇頼照殿の助けがあれば我らは船で淀川を渡れるはずだ。それで羽柴秀吉の哨戒網を突破して秀吉本陣に迫る。これしか無い」
自分がそう決断すると、溝尾茂朝は溜息をつき見つめ返してきた。
「では殿、ここでお別れで御座います。私は今より殿の影武者を仕立てて坂本城に向かうとしましょう。明智光秀ここにありとなれば、羽柴軍もそれを無視する事は出来なくなりますからな。
途中で宇治槇島城の井戸良弘殿に援兵を求め、殿の元に少しでも兵が送れないか頼もうと思います」
二百の軍とはいえ、放たれている羽柴秀吉の間者達の目も欺かねばならない。その為行軍は今日の日が落ち人目が消える夜を待ってからになる。それまでに少しでも多くの兵をと彼は考えたのだろう。
「おそらく安土城を発った明智秀満殿も我らの敗北を知り坂本城へ身を寄せていると考えられます。私は彼に何日の間羽柴軍を止めよと伝えればよろしいでしょうか?」
「最大で二日というところだろう」
「わかりました。我ら命に替えてその命を果たしまする」
溝尾茂朝は僅かの時間で馬廻りの中から自分と体格の似た荒木行信という者を影武者に選び、その他に三騎ほど連れて行くと申した。
手早く自分と彼の鎧兜を交換させると、溝尾茂朝以下の五人全員が水色桔梗の旗印を堂々と掲げた。
彼等の任は槇島城と坂本城への伝令及び、衆目の目に晒され明智光秀ここに有りを告げて回る囮でもある。
明智光秀はその五人と言葉を交わしたが、そこに別れの言葉はない。
溝尾茂朝を前にしても同様、溝尾茂朝の方も唇を噛みしめて自分を見つめている。語る言葉は多いが、互いに死地へと趣く身である。今この時が今生の別れになるだろう。
それでも男は「また会おう」と言うのだ。それが男と男の別れの言葉だ。
溝尾茂朝の出発を見送り全員に出陣の準備を明智秀満は命じた。
「羽柴秀吉は明智の本拠地丹波国に兵を向けず、近江国へと軍を進めた。羽柴軍が目指すのは織田家の中枢である美濃国と尾張国。奴はこの機に織田家を滅ぼそうとしているのだ」
羽柴秀吉こそが本当の謀反人。謀反人許すまじの声が兵達の中から上がる。
「我らは今宵城を発ち西の三箇勢と合流、淀川を渡り山崎の地に依然留まり続ける羽柴秀吉の本陣を急襲、その首を奪る。その戦いに我らの誇りと織田の命運が懸かっていると心せよ」
出陣までの半日を休息に充てると告げ、兵達を解散させた。
「明智光秀殿はもう一勝負と考えておられるか。ならば藤田行政殿は我らが匿いましょう」
「多羅尾殿の心遣いに感謝致します」
藤田行政の意識は戻らない。致命の傷は塞いだがもって数日、耐え難い痛みに苦しみながら彼は最期を迎えるだろう。藤田がそれを望まねば、多羅尾殿が必要な処置をとるはずだ。
明智光秀は一人淀城本丸の主殿へと歩を進めながら、辞世の句を一人口にした。
「順逆二門に無し 大道心源に徹す 五十五年の夢 醒め来れば一元に帰す」
織田の臣として守るべき道を尽くしたが、織田信長公と共に追いかけて来た夢は消え去り、自分が思い描くのとは異なる新しい世が始まろうとしている。
それが羽柴秀吉の世であれ織田の世であれ、そこには自分の居場所は無い。
次の戦いが自分の最期の場となるだろう。悔いなく戦い後は土に還るだけでいいではないか。
* *
自ら伝令の任を志願したのは必然。溝尾茂朝はそう自分に言い聞かせた。
殿はその命を賭して羽柴秀吉と差し違える腹づもり。その戦いに自分の存在は大きな足手まといになる。
全ての家臣は殿唯一人だけを守り、殿は秀吉を一心に目指さねばならない。
宿老という地位にありながら自分の腰の刀、この刀が人血を吸った事は無い。それを殿は誇りにせよと申してくれたが、今この時ばかりはそれを無念に思う。
淀城を発った五人。羽柴軍に既に包囲されていた坂本城へと辿り着けたのは溝尾茂朝唯一人だけだった。
宇治槇島城の井戸良弘の元へと援軍要請の使者を一人走らせ、その使者は事が成れば援軍と共に殿の元へと戻る手筈である。
残りの四人、溝尾茂朝、影武者を演じる荒木行信、進士貞連、肥田則家は近江国坂本城を目指すべくまずは大津へと駆けた。
途中の小栗栖村の外れで馬に水と飼い葉を与える為に休息すると、突然村の方から女の悲鳴が聞こえ、すぐに村人達が我らに助けを求めて来た。
何事が起ったのかと村の中へと足を踏み入れた所で謀られたと気付いた。
錆びた刀槍を手にした大勢の村人達と地侍の一団に囲まれたのだ。
落ち武者狩りである。
自分以外は馬廻りの精鋭、腰の引けた村人の刃などに臆さない。
足手まといの自分を守る為に進士と肥田の二人が戦い。荒木行信は一人距離を置いて槍を振るっていた。
「明智日向守光秀」
荒木行信が大声で名乗り影武者を演じる。
その名に村人達は腰を抜かして退がり、その頼りない視線は地侍の一団へと向けられた。
手柄首じゃと今度は地侍達が声を上げ荒木行信一人を囲んでその輪を縮める。
荒木行信が背にした藪から錆びた槍がいくつも飛び出してきて、その一つが彼の片足を貫いた。戦いに参加せず潜んでいた村人達が闇雲に突き出した槍だった。
三人で包囲の輪の中に飛び込み負傷した荒木行信に合流した。
「我が首を京の知恩院へ」
荒木行信は周囲に聞かせる程の大声で叫んで自らの首に刀を当て自決した。その体から兜のついたままの首を獲り肥田則家が一人京方面へと走り出すと、地侍も村人達も自分達を無視して影武者の首を追いかけていった。
その隙に進士貞連に引かれて村を脱出し二人で大津を目指した。乗馬を失った為、重さが枷になる鎧も脱ぎ捨て半ば裸の姿で必死に進み続けた。
荒木行信は追っ手の目を向けるために知恩院と口にした。世の大抵の者はそう口にするが、本物の殿ならば別の寺の名を口にする。
明智光秀ならば亡き妻煕子様の眠る近江国西教寺をと望むはずである。
大津へ出た自分達が人目を引くことはなかった。
町中から運び出される明智兵の遺体。彼等から奪った鎧や刀を手にする多くの人の姿がそこにあったからだ。明智秀満はこの地で羽柴軍に敗れて坂本城へと敗走した様だった。
進士貞連は琵琶湖の東側の諸城に殿の言葉を伝えるために出立し、溝尾茂朝は明智秀満との合流を目指して一人坂本城を目指した。
羽柴軍ひしめく坂本の地は陸路から坂本城へと入る事は出来ない。しかし坂本城は琵琶湖に突き出した形の城であり、大手門のある一方向だけが陸に面して残り三方は水上にある。
溝尾茂朝は近くの浜をしばらく歩いて夜を待ち、拾った流木を浮き代わりに湖面を泳いで坂本城へと到着した。
ずぶ濡れのまま二ノ丸水門そばに座り込んでいた。
見張りの兵に誰何され自身の名を告げた。自分の到着を知り駆けつけてきた明智秀満に強い力で体を揺すられ言葉が出ない。
何とか口を開いて殿の無事を伝えると、明智秀満はようやく安堵の溜息を漏らした。
「秀満殿、殿よりの命を伝えまするぞ。坂本城を以て羽柴軍を二日の間同地に釘付けにせよ。彼等をこれより東に進ませてはならぬ」
明智秀満は立ち上がり自分に背を向けて天を仰いだ。明智秀満に釣られ何気なく見上げた夜空は星で満ちていた。
綺麗だ。溝尾茂朝はただうつろに夜空を見つめていた。




