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水色桔梗の雫 ~異伝本能寺の変~  作者: つむぎ舞
六月十三日
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山崎の戦い③

 山崎の地へと軍を進める最中、羽柴秀吉は近江国の安土城が燃えたという知らせを受けた。

 織田家中唯一の自分の理解者、自分をここまで引き上げてくれた大恩人である織田信長公。彼の生存の報を聞き、明智光秀との開戦に今だ戸惑いを感じていた彼だったが、その報は織田信長公の死を意味するものでもあった。

 織田信長公は安土城の消滅と共に消え去った。

 羽柴秀吉の明智光秀との開戦への恐れは、強力な明智軍に対する事では無く、大恩ある織田信長公を敵に回す事にこそあった。

 もう何も無い。羽柴秀吉の心の奥底で燻る忠義の残り火は、この時完全に消え去った。


 黒田孝高くろだよしたかが申す通り明智光秀を討ち、京の都、丹波国、近江国を手中にし、朝廷と結びこの軍を美濃国と尾張国にまで進めれば織田家の全て、織田信長公が持ち得た力の全てを我が物に出来る。

 そうなれば柴田勝家しばたかついえなど敵ですら無くなる。

 この儂が織田信長公と同じ高みに立つ。それが手を伸ばせば届くところにある。


 しかし山崎の地へと到着し、明日の開戦に備えて羽柴秀吉が本陣構築を始めた途端に明智軍の方から戦端を開いて来たのだ。

 明智軍右翼の急進による攻勢。

 先頭を行く中川清秀なかがわきよひで高山重友たかやましげともの軍が押し返され、円明寺川の対岸に強固な陣を敷く明智軍に相対する布陣を敷くために前進していた堀秀政ほりひでまさ率いる羽柴軍本隊は山崎村の中で立ち往生して身動き出来ぬ有様となった。


 池田恒興いけだつねおきの二千の軍が明智軍左翼に攻撃を開始したとの伝令、そしてすぐに天王山から総指揮を取り仕切る手筈であった黒田孝高の軍も天王山を駆け下り明智軍右翼へと攻撃を仕掛けたとの報が届く。

 事態の収拾が出来ぬまま、天王山からは総攻めの命を下す押し太鼓の音が鳴り響いている。

 いきなりの予期せぬ開戦、だが全軍押せというのならば戦わねばなるまい。黒田孝高もそこに勝機を見たという事だろう。


 だがその押し太鼓の音が急に止まり、天王山からときの声が上がった。

 黒田孝高よりの戦勝報告を待つ羽柴秀吉の目にもそれは見えた。羽柴秀吉は言葉を失い、腰を抜かさんばかりに地面に尻餅をついた。

「あ、明智軍じゃと」

 明智軍の旗印が羽柴秀吉本陣の直上、天王山に翻ったのだ。本陣構築の為の作業に従事していた兵達も大混乱に陥った。

「殿、この場は危険です。退避を」

 羽柴秀吉が黄母衣衆が用意した馬に体を預けた時には本陣の混乱は絶頂に達しており、黄母衣衆達の制止も聞かず兵達がすぐ右隣にて陣の準備中であった織田信孝おだのぶたか丹羽長秀にわながひでの所に雪崩れ込んだのである。

 混乱した羽柴軍本陣五千の兵達は織田信孝の陣を破壊、この混乱に巻き込まれまいと丹羽長秀は織田信孝を伴い六千の軍を右前方、池田恒興の戦う後方へと急ぎ移動させた。


          *          *


 天王山を占拠した並河易家なみかわやすいえ松田政近まつだまさちかの明智軍の二将が斉藤利三より受けた命は、「天王山占拠の後、総攻めに移る全軍と呼吸を合わせ、機を見て羽柴秀吉本陣を急襲せよ」というものであった。

 そしてその眼下には大混乱に陥る羽柴秀吉本陣の姿が確かにあった。

 今ならば羽柴秀吉本陣を一気に打ち崩せる。だが当初の予定通り下知の全軍総攻めを待つべきか?

 羽柴秀吉を討てというならば、周囲の状況など顧みずに彼等は即座に討って出たに違いないが、この戦の方針が羽柴軍に手痛い一撃を与えた後に対峙して時を稼ぎ、最終的には和議にて戦を収めるのだと二人は聞かされていた。

 二人が有能であるが故にその判断にしばし戸惑っていた矢先、天王山の山頂付近に羽柴軍が未だ存在している事を知るのである。


 天王山山頂の廃砦に立て籠もっているのは神子田正治みこだまさはると二百の兵だけであり、この戦に於いてすでに戦略的に価値のない遊兵となっている存在であった。


 しかしその数が不明である以上、明智軍の二人の将は総攻めの下知が下るその時までに、まずはこの山頂の羽柴軍を除いておこうと考えたのである。

 並河易家が山頂の羽柴軍に当たり松田政近が周囲の状況を見極め天王山の守りにつき、しばし天王山の山頂では小競り合いが続く。


 そして斉藤利三の突撃の開始である。

 円明寺川を一気に渡河した明智軍六千が羽柴軍に襲いかかる。それに合せて明智軍右翼四千の軍も動き出す。

 我らもこれに合せて動かねば、松田政近は並河易家を残し手勢一千のみを率いて討って出ようと決断したが、それを押し止めたのは物見からの報告であった。

 山崎の地に集結している羽柴軍の遙か後方に多数の軍列が進み来るのが見えたのだ。羽柴軍の新手の到来、しかもその数は一万を下らない大軍である。

「急ぎこの事を本陣に知らせよ」

 先程羽柴秀吉本陣を急襲する事を躊躇ためらった事を今更ながらに彼は悔いたが、それはすでに後の祭り。

(斉藤利三殿は奪取した山崎村と天王山の線で防御を築くと申していた。ならばここは天王山の死守に切り替えるべきだろう)

 松田政近は伝令の兵数人を一斉に味方本陣に向けて放つと、天王山の地の防衛に専念する為の有利な地形を探し始めたのである。

    

          *          *


 急ぎ混乱の立て直しを図る羽柴秀吉の元へと最初の凶報が届く。

 明智軍の左翼に挑んだ池田恒興の軍が損害甚だしく後退したという報告である。

 元々彼は山崎村に拠点を置き兵糧集積所の警護を担うはずであった。

 それが勝手に自軍右翼へと移動し戦端を切って敗れた。出過ぎ者が敗れたというだけでそれに心は動かなかった。

 しかしそれに続く続報、明智軍による総攻めの開始の報に羽柴秀吉は青ざめた。

「官兵衛、黒田官兵衛はどうした?」

 明智軍と対峙して兵力差を活かし、敵陣を揺さぶりその防御の隙を突くというのが我らが立てた戦の方針、しかしこちらに何の準備する暇も与えず明智軍は我らに総攻めを仕掛けてきているのだ。

 この状況を打破できるのはあの男、黒田孝高以外にはおらぬ。

 羽柴秀吉が伝令を飛ばすも黒田軍との連絡が全く通じないのである。


 それもそのはず、いち早く逃げ出した中川清秀が山崎村へと到着すると、山崎村の大門を閉じ、村の家と家の間を盾を並べ荷車を積み上げて塞いでしまった為に、山崎村の北と南とで連絡が途絶えてしまったのだ。

 待てども待てども届かぬ伝令。それは黒田軍の壊滅を羽柴秀吉に連想させるに十分であった。

「官兵衛が敗れたのか」

 すぐにでも馬首を返し、この戦場から逃げ出したい衝動に羽柴秀吉は駆られた。

 その気持ちを何とか押し止めたのは敗残の姿で現れた池田恒興の姿であった。目の前を通り過ぎていく池田恒興に無様な自分の姿を見せる事は出来ない。

 何とか虚勢を張りながら、後方へと退却していく池田軍を見送った。

 羽柴秀吉が視線を前方に戻すと、山崎村から一千程の一軍が飛び出し、天王山へと向け進軍していく姿が目に入った。


 この時、堀秀政は未だ一万近い軍と共に山崎村の中で立ち往生していた。

 中川清秀が山崎村の大門を閉めてしまった為に前方を行く五千の軍への指揮が途絶え、明智軍の攻勢の前に為す術がなかったのである。

 とにかく体勢を立て直すのが先決、堀秀政は一万の軍の大半に山崎村を明智軍の手から死守せよと厳命すると、自身は選りすぐりだけを集めた一千の兵のみを率いて天王山の再奪取へと動き出したのである。


          *          *


 羽柴軍本隊を突き破りながら進む斉藤利三率いる明智軍主力六千の軍。

 斉藤利三はその勢いのまま山崎村の奪取と、あわよくばその先にあるであろう羽柴秀吉の本陣に向け攻め入る腹づもりであった。

 しかしその試みは失敗する。

「なぜ山崎村の大門が閉じている?」

 羽柴軍本隊の通行のためにその門は開いていなければならない。

 山崎村の黒の大門といえばそれなりに有名な門である。当然それが閉じられ兵が守れば強力な城塞となり、無理に攻めればこちらの被害も大きくなる。


「進軍はここまで、山崎村奪取は諦める。柴田勝定しばたかつさだ、二千の兵を率いて反転、日暮れまで後方敵勢力の掃討を命じる。特に天王山から下りてきた黒田軍をこの機に徹底的に叩いておきたい。確実に黒田孝高を討ち取りなさい」

「承知」


 二千の兵を引き連れ反転していく柴田勝定を見送り、斉藤利三は四千の軍を広げて威圧するように山崎村に相対する形で陣を組んだ。

  

 矢継ぎ早に繰り出す奇襲攻撃による小さな勝利を積み重ね、山崎の戦いは明智軍圧倒的に有利とも見えたが、天王山山頂の羽柴軍の存在、山崎村奪取の失敗の様に斉藤利三の策に少しづつ歪みが現れ始めていた。

 そして明智軍優勢の動きを一気に覆す出来事が起きるのである。

 明智軍左翼津田信春の軍令違反である。 


          *          *


 明智軍左翼、円明寺川河口を守る津田信春に下された命はただ一つ、「動かずこの場を死守」だけであった。

 津田信春はそれを忠実に実行し、まず円明寺川を渡河しようと試みた池田恒興の二千の軍を撃破し潰走に至らしめた。

 津田陣からも天王山に翻る明智軍の旗印は見え、続いて中央本隊六千も川を越え羽柴軍に襲いかかった。戦況はいずれも明智軍有利、彼の目には圧倒的な勝利の様にも見えた。

「我が方の完勝じゃ」

 津田信春はそう叫んでいた。


 この時、潰走した池田軍に代わり接近中の新たな敵影ありとの報告を受ける。織田木瓜の旗に交じり揚羽蝶の紋が葦原の中をこちらに進み来る。

 それは紛れもなく主君津田信澄(つだのぶすみ)の仇である織田信孝の旗印であった。

 羽柴秀吉陣の混乱から逃れた織田信孝の軍六千は、そのまま前進し遂には明智軍左翼津田信春の視界内にて停止したのである。


 織田信孝と丹羽長秀の処遇については一任して欲しいと告げた明智光秀の言葉を津田信春は納得出来ずにいた。既に近江国安土城が燃えた事は自軍内にも広がっている。

 それはつまり、織田信長公の死を意味する。

 この事により織田家の時期後継者候補に織田信孝は名を連ねる一人となり、明智光秀の確約した処遇、つまり厳罰に処される事はまずあり得ない。

 しかし今ならば自分自らの手で織田信孝に罰を下す事が出来る。戦の中での討ち死にという罰をである。

 我らが討って出たとしてもまだ後方には近江衆の二千が控えている。我らの抜けた穴は彼等で十分に埋まるはず。ならば、

「これより我らは討って出る。狙うは主君信澄様の仇、織田信孝の首ただ一つ」

 復讐心に取り付かれた津田信春に率いられた二千の軍勢は円明寺川河口を渡河し、ただ一心に眼前の織田信孝軍の旗印を目指して突き進んだ。


 だが津田軍は葦原の沼地に足を取られ、その隊列が伸びきった所を風のように現れた一軍に突かれる。

 敗走した池田恒興の軍とは別行動で遅れて参陣してきた約二百の池田軍別働隊。

 池田恒興の娘にして織田家の武将森長可(もりながよし)の妻である女武者森せん率いる一軍と津田軍の先頭が乱戦状態に陥りその出鼻を挫かれたのである。

 小勢の敵であった為、何とか押し返したが、その時を待っていたかのように開戦時からずっと動かず葦原の中に身を潜めていた加藤光泰かとうみつやす中村一氏なかむらかずうじの軍二千がこれに奇襲をかけたのである。

 津田軍は体勢整わぬまま乱戦に引き込まれ、これに織田信孝と丹羽長秀の軍六千が加わると、四倍近い敵の圧倒的な数と味方の姿もまともに探せぬ葦原の中で、津田軍は一人また一人と数を減らしていったのである。

 正面からは織田信孝、右からは加藤光泰と中村一氏、左は淀川で背後は円明寺川である。

 最早津田軍に退路は無く、圧倒的な数の敵を前にして津田信春は残されたわずかの味方の兵達を纏め、正面織田信孝の軍へ向けて絶望的な突撃を挑んでいった。

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