表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水色桔梗の雫 ~異伝本能寺の変~  作者: つむぎ舞
六月十三日
63/84

脊山城へ

 鈴木孫一すずきまごいちの元へともたらされた土橋重治つちばししげはるからの知らせは、孫一の予想した通りの結果となった。

 雑賀から送り出した高野山への使者の返還要求に対して、高野山はそれを無頼の徒による犯行であるとして、自らは預かり知らぬ事だと返答してきたのである。

 配下の雑賀者達を集めて、鈴木孫一は脊山城への進軍を決定した。

 但し、脊山城周辺の砦を含めれば高野勢は一万近い数になり、まともにぶつかることは出来ない。奴等に察知される事無く脊山城へと近づき、一気に片を付けると鈴木孫一皆に伝えたのだった。



 織田軍は脊山城の下に四つの砦を築いていた。

 今やそこは高野山の軍の占拠する地になっている。砦の周囲には数人から数十人の小さな集団が野営し、そんな野営地がいくつも点在していた。

 占拠当初の砦内は連日お祭り騒ぎだったが、一旦その熱が冷めると食事を摂り眠る為の僅かな場所を巡って互いに争い、眠っている間に物を盗まれるという事が頻繁に起き始めた。

 自然と気のあった仲間や顔見知り達で小さな集団を作り、砦の外に出て生活する者が増え始めた。砦の中は地侍達が幅を利かせていて何とも居心地が悪いというのがその理由の大半だった。


 彼等は砦から太鼓の合図があれば集合する事になっているが、それが聞こえてきたことは一度も無い。この地の一万にも届く軍勢は誰からの命も下らぬままほぼ二ヶ月をここで暮らしている。

 すでに軍としての形はとどめておらず巨大な賊の群れと化しつつあった。

 彼等の毎日は近隣の村々を略奪して回る事にその時間の殆どは費やされ、もう付近に人も財もめぼしい物は残されていない。更に西へと手を伸ばした者達は、根来寺の僧兵達によって撃退されている。


 撤退と告げられた。

 しかし彼等の誰もそれを快く思ってはいない。彼等の望みは軍としての大きな動きである。新たな戦場となる場所での略奪、その時が来るのをじっと待ち続けているのである。



 鈴木孫一率いる五十名程の軍が高野勢の野営地の一つの手前で停止する。

 野営地の立哨は三人、彼等の役目は織田軍を警戒するものではなく、自分達の荷物を守る為の番人。緊張感の無さはその動きからもよく分かる。

 立哨の一人の姿が消えた。二人目、三人目も藪の中に消えていく。

 そうではない、藪そのものに襲われたのだ。

 顔を炭で黒く汚し、草を貼り付けた漁網を被った二十人程の男達が低い姿勢のまま姿を現す。彼等は短刀で眠りについている者や、木陰で休息をとっている者達を次々と始末していく。

 最後の一人を始末すると、鈴木孫一の軍の方へと大きく手を振る。それを合図に鈴木孫一の軍が低姿勢で音を立てずに移動していく。


 鈴木孫一の軍が通った後は、神隠しにでも遭った様な無人の野営地だけがそのままの姿で残される。隠された遺体が発見されなければ略奪に出たのだろうと思い誰もその異常に気付く者もいなかった。

 既に鈴木孫一の軍の進路上にあった二つの野営地が同じ運命を辿っていた。

 そうして雑賀衆は山の上の脊山城を目指し静かに進んで行く。


          *          *


 つばめ弥助やすけ孫六まごろく五郎ごろうを含む一団が通ると、高野山の兵達は遠巻きに物珍しいものでも見る様な視線を向けてくる。

 それでも街道沿いを堂々と進む彼等を誰何する者は誰もいなかった。


 雑賀衆は勢いよく出陣はしたものの、実際どう戦うのかという事についてはあまり考えていなかった。

 鈴木孫一は本隊にて騒ぎを起こしている隙に、少人数の別働隊で脊山城内へと侵入、竹中重矩を助け敵の頭を捕えてくるという方針は立てたが、どうやて別働隊を敵地へと送り込むかについては、その道中ずっと思案を巡らせていた。

 そんな事で大丈夫かと燕が尋ねると、こういう事は単純な方が案外上手くいくのだと鈴木孫一は言い切る。これには燕も閉口した。


 五郎と呼ばれる男が「人買いの隊商で行きましょう」と告げると、それはすぐに決定した。

 鈴木孫一にはすぐに孫六と十人の雑賀者を指名し、燕と弥助、そして発案者の五郎が馬を与えられて、本体から先行して目的地へと駆けた。

 この五郎というのは明智光秀の家臣によって送り込まれてきたらしい。

 高野山の軍勢の活動領域からは徒歩である。

 先頭は馬に乗った孫六、その後ろに武装した四人の雑賀者が四人、最後尾にも二人がいる。雑賀や根来寺の印象を消すために刀一本を持ち鉄砲は誰も手にしておらず、それらは荷場に見立てた二頭の馬に付けた箱の中に入れてある。

 警護の兵数人に守られる商人という体で、商人に扮した五郎が二頭の荷場を引き、その従者の弥助、残りの雑賀者四人と燕が商品として買われた人間として、手を縛られて荷馬から伸びた縄に繋がれているという格好だ。

 縛られた腕の縄の結び目は自分の手で持っているだけなので、手を開けば簡単に外すことが出来る。

 

 弥助は異国人で黒人なのでとにかく目立つ。

 それでも五郎はこれでいこうと槍の穂先に傘を付け、それを弥助に持たせた。

 何やら背に大きな箱を背負い日傘を持つ異国人。南蛮人達がそんな風にして黒人を連れていたのを彼は見たことがあるらしい。

 実際、今も高野山の兵達の注目は浴びているが、特に怪しまれないのは自分達がそれなりの『人買いの隊商』に見えているからだろう。

 五郎はこっちの方が実は本業に近いのだと言う。

 確かに目つきの悪い男だ。それについては五郎なりに言い分もある様だ。

「世のために成す悪とでも言いましょうか、義賊とでも呼んで貰えると嬉しいな」


 悪事を生業とはしているが、それで国の為、民の為になるよう力を尽くしているというのだ。だからただの賊ではなく義賊なのだそうだ。

 あのあけちが使っている男なのだ。それなりにいい奴なのかもしれない。自分の窮地を救ってくれた恩人でもある。


 離れた場所に見える砦には沢山の筵旗が掲げられていて、すれ違う集団や目に入るのは全て武装した高野山の兵、一万に届く数の敵がいるとは聞いていたが、こうして実際に目にすると、自分達はとんでもない場所にいるのだという事が分かる。


 合戦が長期化するとこういう人の集まる場所にはあやしげな商人や遊女達が集まって市の様な場所を作るという。街道をしばらく進むと確かにそういう場所があった。

 ぬかるんだ道の両脇に、竹で組んだ骨組に布や筵を重ねた小屋の様なものが建ち並んでいる。

 すでに市は寂れて無人の小屋も多く存在する。五郎は並んだ三つの小屋を確保すると、すぐに大声を上げて行き交う兵達に人買いの値を告げはじめた。


 女の自分は興味を引くから後ろを向いて座っていろと孫六に言われた。そのせいか兵達の興味は弥助の方に集まる。

「あまり近づくと食われるよ」

 孫六が真剣な表情で彼等に言うと、皆腰を抜かしながら慌てて逃げていった。

 五郎は実際に三人の人間を買ったが、それで人の流れも自分達への興味も落ち着いたみたいだった。


 突然、あちこちの砦から太鼓の音が鳴った。

 目の前を歩いていた高野山の兵達が互いに顔を見合わせていきなり大声を上げたかと思うと、突然砦に向けて走り出した。

 何が起きたか分からず五郎も孫六もその場で立ち尽くしている。

 思わず自分も縄を外して二人の横に並んだ。

 兵達を収容した砦から一際大きな鬨の声が上がり、筵旗の群れがゆっくりと動き出す。

「奴等、移動している」

 軍は紀ノ川の更に上流、東へと移動していく。市を開いていた者達は、ここでの商売は終わりと荷をまとめはじめた。

 探りに出ていた五郎の手の者が戻り報告する。

「大和国の筒井順慶つついじゅんけいの軍が高野山を攻める動きを見せ南下し始めた為、この軍はそれに備えて東へと移動した様です」

「脊山の城の方は?」

「城将は橋口隼人はしぐちはやと、守兵は二百に満たない様ですが、彼等は下の連中とは殆ど関わりが無いそうです」


「どうするんだ孫六、行くのか?」

「それを俺が決めることは出来ない」

 燕の問いに孫六はそう答えた。

 この集団の頭は孫六ではなく、裏一りいちと呼ばれる背と腰に二刀を持った雑賀者だった。裏一は他の九人の雑賀者と話し合い、その結果を孫六に伝え来る。

「今が機だろう。頭もこれに合せて必ず動く。行くべきだな」

 裏一の報告に孫六が頷く。孫六は頭では無いが、鈴木一族という事で一目は置かれているようだった。

「あの軍がこの場から離れるまでまだ少し時がかかる。今のうちに戦支度を整える」

「では、俺達が先に脊山の城に忍び込みます」

「頼む」

 裏一に頭を下げ、五郎が配下の一人を連れその場を去った。


 買い取った三人の人間の縄を解き、馬に乗せていた木箱から鉄砲が取り出され、雑賀者達がそれを手にしていく。

 その中の一番細い鉄砲が自分に手渡された。

 燕は弥助の背負った鉄砲道具の入った箱の引き出しから早合の首飾り、そして黒い反面の仮面を取り出し握りしめた。

「燕、いよいよだ」

 弥助の方からそう声を掛けてきた。

 

 おい、と呼びかけられてあんたのだろうと箱の中に残った刀を男が振っている。

 あっと声を上げて燕は慌ててそれを受け取った。

 あけちの刀。

「あけち、私はここまで来た。ここまで来る事が出来たよ」

 小さな声で呟きながら背にその短い刀を背負い、鉄の反面を着け、燕は常世国の使い慣れた手触りをしっかりと確かめた。


 筵旗を掲げた軍列が遠くなるのを確認して、裏一が全員に出発の合図を出した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ