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水色桔梗の雫 ~異伝本能寺の変~  作者: つむぎ舞
六月十三日
62/84

再会

 静かだった。

 竹中重矩たけなかしげのりが脊山の城と呼ばれる場所に捕われて最初の夜が明けた。

 巡回の兵の交す声だけが忘れかけた頃に聞こえてくる。それは広い城内にあまり多くの人間が居ないことを表している。

 自分が閉じ込められている場所は元は蔵であったのか、小さいが丈夫な造りの建物だった。

 武器は取り上げられたが両手を縛る縄は解かれ、この中では自由に動くことも出来る。入口を守る見張りは二名、不意を打てば逃げ出せるかもしれないと考えた気持ちは既に消え、今自分はひたすら目の前の作業に没頭し、昨夜からずっとその事のみに労力の全てを費やしている。


 この城で城将橋口隼人(はしぐちはやと)と出会い、京の織田信長襲撃に関わる一連の謎の全てが解けたのだ。

 何者が何の為にそれを成したのか、今この世で唯一自分だけがそれを後の世に伝える事が出来る。今日この日この時にここに在る事が自分の運命であり、これは天が自分に与えた使命だと思える程だ。

 書き溜めた帳面に記載された符号の様な部分は用済みの頁から破り捨て、もうそれは床一面に散乱している。

 竹中重矩は置かれた燭台に明かりを灯し、昨夜の内に書き上げた一冊の書を開くと、その写しを作成するために再び心気をを集中して筆を走らせ始めた。


          *          *


 捕えられたつばめが何者かの手によって救出された後、自分は紀ノ川の対岸へと渡された千人近い女子供や老人、体の不自由な者達と共に高野山の兵達があちこち群れる中を抜け、山上の城へと続く道を上った。

 その列を護衛する五十人程の兵、全員が首に紫の布を巻いた統一された一団は、明らかに周囲の高野山の兵とは違っていた。


 彼等を率いるのは背が高く長い黒髪の女、兵達は彼女をさとり様と呼んでいた。

 歩きながら彼女は衣類をわざとはだけ、たむろする高野兵を誘うように歩いた。当然彼女にちょっかいを出そうとする者も現れる。

 覚は大きな着物の袖の中に隠し持ち握っていた小筒を突き出し躊躇なく発砲し、その男は驚きに目を見開いたまま倒れ、彼女は大きな高笑いを上げながら歩みを続けた。

 この女が燕の言う妹の仇だとするならば、この者達は京の織田信長襲撃の際に比叡山の廃墟に潜伏していた一団という事になる。


 そしてこの千人近い民の群れの事は、脊山の城に辿り着いてようやく知ることが出来た。

 脊山の城に入ると自分は縛られたまま籠の中に入れられ、城門のすぐ脇で監視の兵達に囲まれた。少しでも状況を理解しようと周囲の様子にじっと耳をすませていると、聞こえてきたのは耳を塞ぎたくなるような絶望と悲しみの声、再会を喜び会う声は唯の一つもその中には無かった。

 彼等は信長襲撃軍として京へと発った者達の家族や縁者達、自分が知る限り襲撃軍の中で生きて京を出た者は一人もいない。


 その後、城の奥にある蔵の中に押し込まれ、そこへ橋口隼人なる男が訪ね来た。

「密偵が本名を名乗るとは、しかし本名を名乗っておらねばすぐに殺せと命じていましたよ」

 互いの顔を見て最初に発した言葉が「何故ここにいる」と問う言葉だった。

 感動の再会とは程遠い、ふらりと居なくなった者がふらりと戻って来た。そういうバツの悪い感覚に近かった。

 兄だった。橋口隼人を名乗り、竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはるはこの地で生きていた。


「余生を高野山にて静かに送る。それが私の望みだと話した事もあったでしょう。私はそれを果たし高野山の民となった。今、私は新しき自分の居場所を守る為に役目を果たしているに過ぎませんよ」


 そう告げると兄は笑い出した。

 柔らかな口調、仕草、変わらない。

 兄を知らぬ者は大抵その姿を見て安堵し警戒心を解く。兄はそうする事で彼が持つ素顔や腹の内を包み隠してしまうのだ。

 今、彼に襲いかかっても地に倒れるのは自分の方、兄は恐ろしく強いのだ。そして兄のその表情から感情を量る事は出来ない。

 目の前に立つ兄の姿に自分の体が恐怖に萎縮している。それこそがこの男が兄である証しであるといってもいい。

 家臣や領民、そして自分がそんな兄を慕ったのは、彼が野心とは無縁な信義や慈愛について揺るぎない心を持っていたからだ。

 この地でそれを失ったのだとしたら、それはもう兄ではない。兄の姿をした別の誰かだ。


「なぜ我らを見捨てたのですか」

 我ら、否、なぜ自分を見捨てたのかと問いたかった。

 竹中家を守り奔走する自分の前から突然姿を消した。病死という事で受け入れたそれ事態が嘘であったのだ。


「私が羽柴秀吉の元を去るとき、あなたを召し抱える事を約束させたのですが、それはどうやら果たされていないようですね」

「その件は、私が辞退いたしました」

「その決断は一族や領民達を苦しめる事になったでしょう。羽柴秀吉本人に仕えずとも弟の羽柴秀長の下であれば、あなたは必ず評価されたはずです」


「出来るはずがないでしょう。私は」

「私の武勲の全てを羽柴秀吉が奪い自分のものとした。そして激しい軍務の中で得た病で私は死んだ。全てがあの男のせいだからとでも言いたいのでしょう」


 その通りだった。

「病を得たのは事実です。あのまま羽柴秀吉の下にあれば私の命は尽きていたでしょう。ここに流れ来て数年の静養で症状の進行は緩やかになった。それでも天寿を全うする程には長く生きられないでしょうがね」


「羽柴秀吉との間に何があったのですか? 私はそれが知りたい」

黒田孝高くろだよしたかという人物の名は知っているでしょう。その子を匿うようにとあなたの元へと送ったのを覚えていますね」


 松寿丸、当時手渡された兄からの書簡には、黒田家の使者が迎えに参るまで誰にもその存在を知られてはならぬという事以外に詳しいいきさつは書かれていなかった。

 そしてその使者は確かそれから約一年後に竹中の家に現れた。兄の死の知らせから数ヶ月後の事だった。


 兄はその時の事について自身の記憶を辿るように語り始めた。

 当時、三木城包囲中の羽柴軍の背後で摂津国の荒木村重あらきむらしげが織田家に反旗を翻した。これに当時の黒田孝高の主君が加担したとして、それを諫めるためとして彼は羽柴陣中を離れ、そして戻らなかった。

 荒木村重の拠点有岡城へと入った彼が裏切ったとの報告が羽柴陣中に伝わったのはそれから間もなくの事で、織田信長より見せしめのために黒田家の嫡男を殺せと羽柴秀吉に命が下った。

 

 織田信長の言葉に怯えすぐに殺せと命じる羽柴秀吉と、殺した後で間違いであったでは済まぬと首を振らぬ兄との間で意見が割れたというのである。

 兄は根強く羽柴秀吉を説得したという。


「意見の食い違いは珍しくもない事です。羽柴秀吉は私の夢、民の中から湧いて出たあの男に力を与える事こそが、織田信長の強引な世にあえぐ人々を救う手段となると本気で考えていた。あの瞬間までは」

 

 兄の言葉が止まった。

「羽柴秀吉も人、欠点もある。小狡い所も私は人間味ととして受け入れた。どこで間違えた。どこで歪んでしまったのだ」

 その言葉は弟の自分にではなく兄自身に言い聞かせているいる様でもあった。


「松寿丸を人質として預けてある長浜城へと私が出立する日、秀吉は松寿丸の身代わりにと人買いから同じ年の子供を買ってきて、その子を直接私の目の前で手に掛けた」

 

 堪らず兄は両手で自分の顔を覆った。

「私は愚かだった。あれを成す者に王道は歩めない。私はそんな男に大きな力を与えてしまった。私はあの時織田家も羽柴秀吉も捨てると決めたのです。

 松寿丸をあなたに送り、そのまま京に留まり病死することにしました。松寿丸が生きていると知っても、命に背いた私がこの世になければ織田信長とて処断することは出来ないのですから」


「羽柴秀吉もそれは承知したのですか?」

「秀吉は私の病が重いのを知っていました。高野山に流れ世を捨てると告げると、あっさり承知しましたよ。私がすぐに死ぬとでも思ったのでしょうね」


 病状の悪化という事で京に留まり密かに準備を整え織田家を出奔したという事である。軍規に照らせばそれは重罪、その罪は一族にまで及ぶ恐れがある。

 その事を隠すために羽柴秀吉はわざわざ兄の墓まで用意したという事か。

 しかしそのおかげで竹中家は兄の罪を拭う事を免れたと考えると複雑な気分になる。兄と羽柴秀吉はかつては友であったという。

 羽柴秀吉が長浜城を得てから、兄は羽柴秀吉に付けられた織田家の与力ではあったが、彼の家臣として振る舞う様になった。羽柴秀吉のその行動は兄に見せた最後の温情であったのかもしれない。

 兄が我らの前から忽然と消えた理由は理解出来た。

 羽柴秀吉を見限り離れる事は自分の望みでもあった。


「ここへはそんな事を知る為に来たのではないのでしょう」

「まだ質問に答えて貰っていません」

 なぜこの場所にいるのか、ここで何をしているのかを兄はまだ自分に答えていない。自分の言葉になるほどと頷いて、兄は再び笑い出した。



 京を離れ高野山の麓の村の片隅に住み着いて後の兄の生活は、一年の間は平穏だった様だ。織田家からの出奔者、つまり重罪犯であると告げると、特に咎められる事も無かったという。

 病を得ていたこともあり、兄の住まいに近づく者は無かったが、不逞の輩という事で高野山の寺領内への立ち入りは禁じられた。

 

 十年もの年月を織田家と戦い続けた大阪石山本願寺が降伏という形で倒れ、それを包囲していた十万の織田軍とそれを支えていた財や兵站が世に放たれ織田軍の動きが活発発かし始めた頃、高野山より南蓮上院弁仙なんれんじょういんべんせんと名乗る僧が一人訪ね来た。

 彼が兄に依頼してきたのは敗残の三千の軍の立て直し、兄はこの地に入る際に兵書や軍学書を荷車一台分は持ち込んだので、それが誰かの口から彼に伝わったのだろうと述べた。


 南蓮上院弁仙とは連日話し合い、その話の中で三千の軍が教如きょうにょと共に石山本願寺から流れ来た者達である事も知った。

 当時の高野山内では、高野山の神の加護があれば織田軍との戦は勝てるという風潮が蔓延していたが、高野山僧兵を束ねる将の一人である南蓮上院弁仙は、現実的にものを見て、兄の列挙する織田の国力や軍事力に真剣に耳を傾けた。

 織田との戦は一度や二度は打ち払えても最後には滅ぶというのが導き出された結論、その流れを変える唯一の方法が織田信長の殺害であった。

 戦場でそれを成す事は難しく、また信長暗殺は過去敵対する勢力が幾度となく試み成功した者はいない。しかし、兄の発想は奇抜だった。数名の刺客を送るのでは無く、軍そのものを刺客として送り込むというものだった。

 ただの人の群れ、敗残の三千の軍を最初目にしたときの感想を兄はそう述べた。

 吉野の奥地、高野山の者達でさえ秘境として近づこうとせぬその地で、兄はその群れを精鋭の軍に造り替えた。織田信長ただ一人を殺すための軍に。


 その頃、織田家を追放された佐久間信盛さくまのぶもりが高野山への入山を求めて流れ来た。兄は竹中重治たけなかしげはると名乗り彼に会い、今成そうとしている目的を彼に告げた。

「お前なら果たせるかもしれない」

 佐久間信盛はそう述べると自身が持ち込んだ財の殆どを、その目的の為に使えと兄に提供したのだった。

 この時になって南蓮上院弁仙は竹中半兵衛重治なる男が織田家では名の通った武将であると知り、以後その地の豪族の一人、橋口隼人の名を名乗るようにと伝えたという。


 佐久間信盛の働きで林秀貞はやしひでさだが兄の下へと加わり、彼が京で整えた京屋敷は、後に襲撃軍の武器兵糧の集積の拠点として京周辺に潜伏してその時を待つ兵達を支え、林秀貞自身も織田信長の顔を知る一人として自らが信長襲撃の将に名乗りを上げた。


 織田信長を狙うならば京しかない。

 では何時織田信長が京に入るのか、その動きを探っていたのが教如であったのは確からしい。教如は織田家のかなり深い部分にまで情報源を持ってはいたが、その一点に関しては成果を上げる事が出来なかった。

 馬で駆ければ半日で到着できる京と安土城の距離がその原因であり、入京日時を知り得ても、それを伝えている間に信長は他へと移動してしまうのである。


 天正九年の十月、織田家は高野山攻めの軍を進め来た。

 ほぼ同じ頃、織田信長は羽柴秀吉に命じて九州への情報収集を命じたとの報告が兄の下へと届いた。それには単なる敵情視察だけでなく、経済面での有力者との接触も含まれていた。 

 兄は教如の力を借りて、羽柴秀吉の下で仕える黒田孝高との接触を図った。そして彼に求めたのは「九州の有力商人と織田信長が直接交流する機会を京にて設け、その日時を知らせよ」というものだった。


 黒田孝高はその件を承知し、翌年の二月に日時と場所を伝え来たという。

 両者はそれ以降一切の関わりを断っているが、兄は黒田孝高がそれで松寿丸の一件の借りを返したのだと自分に言い、黒田孝高であればそれだけで何かが起る事を察し、事前に何らかの準備を整えたに違いないと言う。

 そして羽柴秀吉は、織田信長襲撃には一切関わっていないとの言質も取れた。


 

 兄が去り、一人残された竹中重矩はその場で目を閉じ、織田信長襲撃について一つ一つ整理していった。


 天正十年六月二日、織田信長襲撃は決行された。

 織田信長と織田信忠おだのぶただの警護は合せて一千と当初は予測され、その成功は賭けに等しい内容であったが、当日は二人共が信じられない程の小勢であった。

 兄は知らぬが、襲撃は明智軍の出現により失敗し、織田信長は窮地を脱した。その時に受けた傷が深刻で、今すでに彼はこの世に亡いかもしれぬのだが。


 南蓮上院弁仙によりこの事を知る高野山上層部が求めたのは、織田信長亡き織田家による日ノ本統治であり、死ぬのは織田信長ただ一人だけでよかった。

 そして織田信長襲撃軍は石山本願寺の残党の決起軍として、織田信忠率いる織田軍によって滅ぼされて事態は終息するはずであった。

 そこに歪みが生じた。

 織田信忠の死、それだけならばまだ織田家は、京に居座る謎の軍という明確な敵を持ち、それを討つ事で新たな織田家の再出発が始まったに違いない。


 しかし現実には明智光秀による急襲によって京襲撃軍は瞬時に壊滅し、織田家は倒すべき明確な敵を見失ってしまった。

 これに加えて織田家を攪乱するために流布した明智光秀謀反の噂と、偽の伝令の存在によって、明智光秀が織田信長殺害の首謀者となり、信長襲撃軍の代役を演じる事態に陥っている。

 すでに高野山はその混乱に関知せずただ織田家の今後を見極めようとし、兄も自身の使命を終えこの城を去ろうとしている。


 世の人々、そして織田家に属する者達は明確な敵、名の通った巨大な敵の姿を求めている。織田信長という一代の英傑を死に至らしめたのだから、それでなければ納得出来ないというのが実情だろう。

 自分に事の究明を依頼した明智光秀でさえ、その様な敵の出現を望んでいた。

 形ある敵はすでに滅び、ここ脊山の城には橋口隼人と僅かな生き残りという名残のような形のものが存在はするが、彼等はもうすぐ普通の民に戻り跡形無く野に消えていく。

 では関係した全ての人の名を何十と連ね、それに手を貸した勢力を敵とするのか?

 今全てを知った自分には、織田信長への怨念が場所を得て集結したとしか言い表せない。それがこの地まで辿り着いた竹中重矩が出した結論でもあった。


          *          *


 竹中重矩は額の汗を拭い、写しを書き進める手を止めた。

 空白の表紙に手を走らせ、『竹中秘録』とそう表題を書き加えた。

 この書の中に兄竹中重治が高野山に住み着いたいきさつ等は書いていない。そして書には竹中半兵衛重治なる人物は橋口隼人という名でのみ登場する。

 しかしこの書は相反する立場にあった竹中兄妹双方の視点から見た事実を書き記したもの、なればこそその表題が相応しいと思えた。


 兄は自分をここから生かして帰すつもりは無い。

 自分に全てを語った事がそれを暗に示し、死に行く者に対する手向けという事なのだ。

 竹中重矩は体を放り投げて天井を見つめた。

 諦めるべきではない。自分が功を成し帰還するのを待つ人達がいる。もう一度会いたい女がいる。燕と弥助やすけ、再会を果たしているであろう彼等は必ず自分を救いに来るはずだ。

 今はそれを信じよう。

 しかし美濃国の山奥からこんな場所にまでやって来て、自分は何をしているのか。不意に馬鹿馬鹿しくなって笑い出していた。


 その声に巡回の兵の単調な足音がしばしの間だけ止まり、そしてまた音を刻み始めた。

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