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水色桔梗の雫 ~異伝本能寺の変~  作者: つむぎ舞
六月十一日
52/84

真なる敵

 ぼろぼろのむしろ旗、それは織田の軍勢を討ち払った高野山の誇りの証しである。

 織田軍の高野山攻めの拠点であったここ脊山せやま城からは、紀ノ川に沿って建つ四つの砦が一望でき、それらの砦にも無数の筵旗が掲げられている。

 四月の占拠から軍を動かすこと無く既に二ヶ月が経過する。橋口隼人はしぐちはやとの目には風に靡く旗に衰えの色が見えていた。


 高野山と織田信長の確執が本格化したのは大和国に於ける所領問題を発端とし、天正九年八月に近江国安土の地にて高野聖数百名が処刑されると、世間でも織田による高野山攻めが囁かれるようになり、同年十月には神戸信孝かんべのぶたかを主将とする織田軍が高野山へと続く七つの出入り口を十三万の兵力で封鎖し山を取り囲んだ。


 これを迎え撃つのは高野山僧兵六千、対織田の激戦区となったのは高野山西の麻生津口と北の学問字口の二カ所、高野山はそれぞれ南蓮上院弁仙なんれんじょういんべんせん花王院快応かおういんかいおうの二人を大将として配し、橋口隼人は南蓮上院弁仙の配下として手腕を振るい神戸信孝軍を撃破したのである。

 

 戦いは高野山の圧勝に終わった。

 当初十三万の兵力を誇った織田軍は、四国の長宗我部元親ちょうそかべもとちか討伐の為の四国方面軍が結成されると五千の兵力のみを脊山城を中心とする砦群に配し撤退してしまったのである。

 その後、同地に残った織田軍は四千の兵力で高野山西の守りの要である飯盛山砦へと攻撃を仕掛けた。高野山の僧兵は総勢六千と言われ、それが本山と七つの砦に分かれて守備についている。

 一つの砦の兵力は単純に数百と見積もり、それを四千の軍で攻めた。織田軍は勝利を確信していたに違いない。

 しかしこの織田軍四千を迎え撃ったのは橋口隼人の率いる三万の伏兵。

 総崩れとなった織田軍を橋口隼人は追いに追い、紀ノ川を押し渡ると織田軍最大の拠点である脊山城をまずは奪い取り、そこから東の多和方面へと兵を進めて四つの砦を占拠した。

 三万の兵力の中で直接織田軍と戦ったのは地侍と農民達をかき集めた一万の軍のみ、残り二万は老人や女を含めた民であり、彼等は筵旗を振り板を打ち鳴らし、高見から石を投げて戦ったのである。


 しかしその勝利から二ヶ月、当初は戦勝に沸き士気も高かったが、紀ノ川より北は外地という意識の強い高野山の特質、この地を守る重要性を説いたがそれを理解する者は殆どいない。

 自分の在る脊山城は破却を命じて城兵に作事を行わせることで兵としての統率と士気を保ってはきたが、四つの砦に籠もる兵の士気は既に無く、最近では賭博と周辺地への乱取りに出かける荒れた毎日を過ごしているという報告も受けている。


 高野山への撤退。

 その言葉が頭を過るが自分にはもう軍への命令権は無かった。織田軍の撃退とこの地の占拠、どうやら自分は手柄を立て過ぎてしまった様だ。

 撤退の上申は全て棄却され、主将南蓮上院弁仙からの指示は未だ待機せよである。今はただこの情勢の変化を静かに待つしかない。


          *          *


 城兵達の動きが慌ただしくなった。

 百人程度の怪しげな小隊が脊山城に接近して来るとと伝えられた。彼等は橋口隼人が京へと送った一軍の存在を知らない。橋口隼人はそれは密命を帯びた味方の軍であると告げ、門を開け出迎えよと命じた。

 入城してきた小隊は一種異様な雰囲気を纏う者達で、全員が軽装で首に紫色の布を巻いている。戦闘を繰り広げた後であるのは誰の目にも明白で、返り血がすでに固まり黒く汚れた者達ばかりであった。  


 殆どの施設が破壊された脊山城内に残された質素な建物の一つを橋口隼人は自らの居としている。薄暗い一室にて橋口隼人は帰還してきたばかりの将、さとりからの報告を受けていた。

 板壁の隙間から差し込む細い日差しが、彼女の長い黒髪を照らし出す。


「申し訳ございません。徳川家康の討ち取りには失敗致しました」

 床に座した覚が顔を上げると、その細く凍るような視線は橋口隼人へと向けられた。彼女に与えた兵は二百、家康襲撃に際し半数の百名近くを失っている。


「情報の通り織田信長は本能寺に滞在、かねてよりの手筈通り南部但馬なんぶたじまの手勢により織田信長襲撃は成功し織田信長、織田信忠おだのぶただの両名を討取りました」


「織田信忠を討取ったというのは間違いないのですね」

火車かしゃ様より送られて来た伝令の言葉です。まず間違いはないかと。ですが京の占拠には失敗致しました」

「明智光秀ですか」

「明智光秀は情報と異なり進軍路から外れ、夜の間に京の郊外へと移動していた様です。気付いておれば手を打てたとは思いますが、火車様も南部但馬も残念な事をしました」


「あの二人は占拠した京で押し寄せる織田軍と戦い抜いて果てる腹づもりでした。南部但馬は織田信長の死を望み、火車は織田家への復讐を望んでいました。両名とも見事本懐を遂げたと思うことにしましょう」

「はい、そう思うことに致します」


「しかし織田信忠が倒れたのは我々としては大誤算、それで比叡山での首尾はどうですか?」

「武器搬入や情報収集に携わった潜伏者達は全員私が処断致しました。念のため手練れ数名を残し討ち漏らしが無いかを確認させましたが、彼等も数日すれば戻って来ると思います」


「それでよい。明智光秀謀反の攪乱がどの程度織田家を揺さぶれるかは分かりませんが、織田信長襲撃は最悪本願寺残党の決起として終息させ、高野山の関与を疑われてはなりません」

「その事ぬかりなく。我が隊の動きも素性も知る者はございません」


「分かりました。長旅であったでしょう。あなたも体を休めなさい。

 我々は使命を成したのです。おそらくですが、数日後には高野山へと撤退する事になるでしょう」

「撤退ですか? まだ百名以上の兵が残っていますが」

「それはどういう意味ですか?」

「我らは生きて戻ってはならぬ軍では無かったのですか? それが掟だったはず」

「使命を成し終えた今、生き残った者達は掟から解放されるべきでしょう」


 覚は何も言わず平伏し、それで報告を終えた。

 彼女はそのままの姿勢から首だけを壊れた人形の様に横に捻り自分の顔を下から覗き見る。そしてそのまま自分の方へと這いながら近づき、その身を寄せて来ようとする。

 不気味な行動だがそれが彼女なりの親愛表現の一つである。この覚という女と肌を合わせた事は無いが、私の体に体を密着させると、普段は荒々しく狂気の様な行動を取る彼女もその時ばかりは借りてきた猫の様に大人しくなり、子供の様な笑顔で眠る。


「今は気分がすぐれません」

 橋口隼人がその行為を拒絶すると、覚は立ち上がりくるりと背を向け部屋を早足で出て行った。その少し強い足音は彼女のささやかな怒りを表していた。


          *          *


 一人残った橋口隼人は、腕を組み先程の報告内容を振り返る。

 思い出すのは自分の前に並んだ三千もの人々の姿を目の当たりに見たあの日の光景だった。


 本願寺顕如ほんがんじけんにょから義絶された教如きょうにょ率いる一向宗の軍兵三千の受け入れを、最初高野山は拒否した。支援を行うには数が多すぎるというのが表向きの理由。しかしその本音は高野山に巣食う軍閥が余所者による勢力拡大を嫌ったというところ。

 しかし教如の粘り強い交渉はある一つの結論を導き出し、三千の兵の兵糧提供と吉野の地の奥地への潜伏を認め、その将となるべく呼び出されたのが自分だった。


 紀州国雑賀への織田の侵攻、それは雑賀の降伏という形で終息を迎えたが、いずれは高野山にも織田信長が牙を剥くのは明白、それに対処する為の軍として彼等は高野山の支配地内での存続を許されたのである。

 いずれ確実なる死を迎える兵達は自分の前に並んでいた。

 長い流浪の旅のせいで人心は荒廃し、頼ってきた教如にも見捨てられた彼等は生きながらにして世に絶望した死人の群れの様でもあった。

 しかもその内の千人近くは兵達の家族の女子供に老人、それに手足の欠けた傷病兵達の姿もそこには含まれた。


 高野山に成り代わり、織田軍と戦う軍として使い捨てられる彼等、しかし実質二千しかいない数では強大な織田軍を相手にするなど夢物語。唯一成功の可能性があるとするならば、織田信長唯一人を狙う軍規模の攻撃による暗殺。

「織田と戦う軍となるならば、お前達を生かしてやろう」

 そう自分は彼等に語って聞かせた。

 そして戦えぬ一千の者達は戦の無い別天地、高野山寺領内での生活を保障するとも伝えた。元々織田軍と戦い続けてきた彼等、その事に異存は無く、更に家族達が安全な場所で保護されて暮らせるならばと志願する者も多かった。


 自分が彼等を率いる将として兵と共に調練に参加する事は出来なかった。

 自身の体がそれ程頑強では無かったからである。

 代わりにこの軍を率いる将となる事を志願したのは自らを火車と名乗る男。

 彼は織田信長による一向宗の弾圧で妻子を含めた一族全てを伊勢長島の地で失っていた。


 そしてもう一人、側近として選んだのは美しい女。

 怪異の火車と語呂が良いだろうと彼女には覚を名乗らせた。

 その二人ともあまり自身の過去を語りたがらない。ただ言えるのは二人とも人としての何かが確実に壊れていた。

 覚に与えたもう一つの役目は味方の兵の監視、兵の中から現れる逃亡者や反抗の芽を摘むための存在とし、「戦う意思を無くした者には死を」それを我が軍の掟とし覚にはその守護者としての地位を授けた。

 最初の一年で、調練の厳しさと覚による粛正で数百人が消えた。

 橋口隼人なる何者かも知れぬ将に従う事に対する不信感が高まり始めていた頃、織田家を追放された佐久間信盛さくまのぶもりが高野山を頼りやって来た。


 吉野の地に腰を下ろし首を縦に振らぬ高野山への入山交渉を続ける彼の下を訪れ、橋口隼人は自分が成そうとする事を彼に告げると、佐久間信盛は高野山との交渉を取り止め、自身の身の安全を買うために引いて来た莫大な財を全てその事に使えと自分に申したのである。

 彼を味方に引き入れた事で織田家を追放された者達との接触と協力を得ることが可能となった。南部但馬もその一人であった。


 そして石山本願寺を取り囲み、何年にも渡って苦しめてきた織田家の武将である佐久間信盛を味方に引き入れた事は、火車と覚の二人だけでなく兵達の自分への忠誠心を確固たるものにしたのだった。

 佐久間信盛は吉野川を見下ろす小さな庵で兵達の調練する姿を眼下に見ながらどのような気持ちであったのか、彼は軍が織田信長討伐に赴く姿を見ること無く吉野の地で息を引き取った。


 まず第一陣として京での諜報活動や武器物資調達の為の約四十名を潜伏させ来るべき日の為に備えさせた。この役目は兵となった者達とは別の一千の中から志願者を募った。

 当然彼等には生きて帰れぬ任である事は告げず、事を終えた後は蓄えた財で自由に暮らせと伝えていた。彼等はその日を信じて提供した資金を元手にひたすら商売に打ち込んでいたはずである。


 主力となるのは南部但馬の率いる千二百の本隊、この軍で織田信長の滞在先を直接急襲する。火車の率いる二百は二条御所を奪い京の町を城とする本陣とし、襲撃を終えた南部但馬と共に何れかの織田将の名を騙りながら、押し寄せてくる織田軍と命尽きるまで戦い続ける事とした。


 覚率いる二百は遊軍として橋口隼人直属の特務に当たる。そしてその最初の任にして厳しい命を彼女には与えた。第一陣として送った者達全員を口封じの為に殺害する命をである。


 織田信長襲撃軍の編成と役割を橋口隼人はそのように定めた。そして襲撃決行の日に向けて彼等は死地へと赴いていった。


          *         *


 伝令の兵が南蓮上院弁仙自らの来訪を告げられ、橋口隼人は脊山城を出て街道沿いの砦の陣屋まで出向いて彼を出迎えた。

 砦内は地侍達が幅を利かし一応軍の体裁を保ってはいるのだが、それが気に入らぬ者は砦の外で野営し、賊徒の様な小集団がいくつか出来上がっている様だった。


「織田信長と共にその嫡男織田信忠が滅亡したと聞き及びかなりの動揺がありましたが、相手が織田信長でなければ高野山存続の交渉への道は開けるだろうとの結論に達し、大僧正と一同合議の上で全軍の撤退を決定致しました」


 ようやくと言うべきか、南蓮上院弁仙はその撤退の手順を話し合う為に自分を訪れて来たようだ。最近降り続いた雨で紀ノ川は増水しているが、橋口隼人は最短で四日、遅くとも十日以内には撤退を完了出来ると彼に告げた。


「織田信長の行いは小人の目から見れば邪、世の乱れを正し争い無き世をもたらす大志は正、人の世の時は限られ、その生あるうちにそれを成すには邪道に墜ちねばならなかったのでしょうな」

「人は事の正邪を決めるに、自分に都合良き方を得てして正として選ぶものです」


 南蓮上院弁仙の言葉を橋口隼人は皮肉った形で返した。彼は言葉の意味を少し考えてから微妙な笑みを自分に向けた。

「軍を退いて後の恩賞の検分、あなたの功に高野山は報いる事が出来ません。何か望みがあれば、今私にに申して頂けますかな」


 彼の言う功とは織田信長襲撃の件だろう。これはごく一部の者しか知らぬ極秘事項、軍功帳の記録にも残されず闇に消えていくもの。

 先の織田軍撃破の功は南蓮上院弁仙のものであり、橋口隼人はその下で戦った与力の一人としてだけは評されるだろう。


「では一つだけ。織田信長の墓を高野山に建てて頂きたい」

 橋口隼人は一つのことを成し遂げた証しとしてそれを望んだが、彼はその意味をどう解釈するだろうか。南蓮上院弁仙は、橋口隼人の申し出に小さく頷いた。

 しかし、次いで出て来た彼の言葉に橋口隼人は大きな嫌悪感を覚えた。


「高野山で預かっておりました一千の民、彼等にはここ脊山の城の周辺一帯を与える事になりました」

「それは約定違反ではないですか。家族の者が高野山の寺領内で安全に暮らせるならばと死地へと赴いた者達に対してどう言い訳するおつもりか」

「この脊山の地は高野山の治める地域になったのです。そこに民を置く事に問題はありませぬ」


 この情勢不安定な脊山城の周辺の土地を与えるとの名目で余所者達を追い出すという事だ。元々石山本願寺に十年以上も籠り戦い続けてきた者達である。

 ただ土地をやるからと放り出されても生きる術がない。この私がこの地から離れ高野山に戻ってしまったら、残された彼等はどうなってしまうのだろうか。

 

 南蓮上院弁仙を急造した紀ノ川の船渡しの一つまで見送りに行くと、対岸には高野山の兵に囲まれ怯えながらこちら側へと送り出されて来る千人近い数の人の姿が見えた。

 橋口隼人は彼等に背を向け、全ての砦に二日後より撤退を開始するとの通達を出した。

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