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水色桔梗の雫 ~異伝本能寺の変~  作者: つむぎ舞
六月十一日
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土橋重治

 六月十一日早朝、土橋重治つちばししげはるは雑賀城に留まる雑賀五組の長達を招集し、ここ数日議論し続けたの明智光秀との盟についての決断を下したのである。


「我ら雑賀は織田家に味方するために明智光秀との盟を結ぶ」


 その言葉に三人の組長と一人の組長代理は意味が全く分からぬという。

「重治殿、順を追って説明したほうがようございますな」

 本願寺顕如ほんがんじけんにょがそう口にする。

 どうにも気持ちが逸ったようだ。土橋重治はまず織田信長が生存し近江国の安土城に在る事を皆に告げ、今の織田家中の混乱沈静の為に動いているのが明智光秀なのだと説明した。

 加えて京での織田信長、織田信忠おだのぶただ襲撃の嫌疑が雑賀と本願寺に向けられているとも伝えた。

 情報の出所を問われたが、本願寺の情報網との顕如の言葉で皆納得した。


 織田家との盟に賛成であった宮郷の組長代理と中郷、南郷の組長はそういう事ならばと賛同の意を示したが、織田家に裏切られた形となった十ヶ郷の組長、鈴木重兼すずきしげかねはその事に難色を示した。

 だが、その元凶は雑賀ノ庄の前組長であった土橋守重つちばしもりしげの反織田の動きにあり、その事を土橋重治が詫びる事で一応の納得は得られた。


「織田の下につけば銭をたんまり取られるだろうが、町が焼かれ民が死ぬことを思えば安いものだろう」


 これは土橋重治だけの思いではなく、織田との戦を二度経験した雑賀五組の総意でもあった。そしてもう一つ、土橋重治はこの場である提案を皆に持ちかけた。


「儂は鈴木孫一すずきまごいちを許そうと思う」

 宮郷の長代理は雑賀への裏切りは許せぬと言う。だが、南郷、中郷の長二人は下を向いたままだ。そして十ヶ郷の長である鈴木重兼は意外な提案に驚いたが、賛同の意を示す。

 織田の一度目の進行時、宮郷、中郷、南郷の三郷は織田と結んで織田軍を雑賀ノ庄にまで呼び込んだ過去がある。

 その試みは蛍火達の働きにより阻止されたが、雑賀の裏切り者と言うならば、彼等もそうだからだ。だから南郷と中郷の長は口を閉じたが、その件で宮郷は兄守重と鈴木孫一によって報復されており、その事を恨んで反対しているのだろう。

 宮郷の長代理は土橋重治の読み通り、過去の孫一との諍いを例にあげ、更には鈴木孫一の土橋守重殺害についても糾弾した。

 さすがに他者がそれを語るのは聞くに堪えない。


「兄守重は織田の支配下では雑賀の気風が奪われると織田に反旗を翻し、鈴木孫一は織田との戦になれば多くの者が死に雑賀が滅びると考えてぶつかった。

 方法は違えど二人共が雑賀を守るというその一念で動いたのだ。

 昔ある人が儂にこう言った。民が皆、心から笑って暮らせる雑賀が誇りなのだと。そんな雑賀が大好きだと。だから儂もそんな雑賀を取り戻したい。いがみ合いはもう止めじゃ」


 長達一人一人の顔を見ながら、そして宮郷の長代理を見据えて土橋重治が語る。


「誰かが、どこかで許さねば争いはいつまでも続くではないか。その結果がこの雑賀の有様だろう。外の景色を皆も見るがいい。無残に焼けた雑賀の町の姿を。

 だから儂は鈴木孫一を許す。我が兄を殺めた事も許す。全て許すのだ。それが雑賀の未来の為だと信じるからだ」


 この言葉に宮郷の長代理も腕を組み目を閉じた。他の組長達も同様である。

 組長達に対し言いたいことは伝えた。後は少しでもその心が伝わればいい。鈴木孫一の赦免の件については賛成も反対も意見を聞かぬ事にした。

 その後は明智の使者に対しての提案事項の詰めを話し合い、これで使者との対面の準備は整った。


「平次、明智の使者をここへお連れしろ」

 土橋平次つちばしへいじが鈴木孫一にどの様な感情を抱いているのか自分は知らない。先程の自分の言葉は彼を落胆させてしまったかもしれない。


          *           *


 明智の使者はすぐに現れた。

 使者と向かい合う形で雑賀五組の長達がずらりと並ぶと、使者もその意味を司会したのか背筋を伸ばし、土橋重治の返答の言葉を待った。


「結論から言う。雑賀は明智光秀殿の申し出を受け盟を結ぶ事とした」


 土橋重治は雑賀側からの同盟締結条件を読み上げていく。

 この盟は明智光秀殿を通じて織田家との盟を結ぶものであり、織田が雑賀の自治を認める代わりに雑賀は織田の傘下に入る。雑賀は織田家へと矢銭を収め、軍役に対する如何なる要請にも応じる。

 要約すれば雑賀は織田の属国になるから自治だけは認めてくれという内容である。


「我らは明智光秀殿は織田と同一勢力であるという結論に達した。更に此度の京での織田信長襲撃、雑賀にもその嫌疑がかかっていると聞く。我らはその疑いを払拭する為に全面的に協力する腹づもりだ」


 これを以て土橋重治は明智の使者への返答とした。


「ここからが本題、事は急を要する様だ。盟は成ったとして我らはすぐに動かねばなるまい。明智光秀殿は我らにどう動いて欲しいのだ?」

「大阪の神戸信孝の押えとして動いて頂きたい。彼は織田家の一族、それを討取るわけには参りませぬ。ですから大阪の軍が動けぬ様に背後から牽制して頂ければ十分です」


「雑賀八千騎と呼ばれた軍勢はもう跡形も無い。我らの軍事行動は現在水軍によるもののみに限られる。海上から大阪を牽制するという事でよろしいかな」

「海上を押えれば四国に送った二万の兵の帰還も阻止できますな」

「ならば決まりだ。すぐにでも行動を起こそう」


 明智の使者が発つとすぐに各郷の組長達も兵を集める為に散って行った。

 宮郷、中郷、南郷で軍船に乗船する一千の兵を集め、雑賀ノ庄と十ヶ郷で水軍の編成を行う事とした。

 水軍は貿易船として送り出した船や交易に使う大型船を除いたもので、十ヶ郷からは湊水軍と松江、加太衆、雑賀ノ庄からは壊滅状態の岡水軍の生き残りを加えて百隻に足るかどうかという所である。

 これに三郷から集めた一千の陸戦隊を乗せての出陣となるだろう。


 そしてこれが雑賀が一つとなって世に送り出す最初の軍となる。


          *          *


 大阪へと送り出す軍についての一通りの指示を終えると、土橋重治は銛を持ち出し配下の者数十人を集めさせた。

 竹中重矩たけなかしげのり弥助やすけつばめの三人は高野山へと向かった。だがそこが彼等の探す敵の本拠地であれば、あの三人だけでは生きては戻れまい。

 本来ならば一軍を率いて彼等に助勢したいが、今は出来るだけ多くの兵を大阪へと送らねばならない。


 だから自分が行くとそう決めた。

 自分にとって蛍火という女性はもう思い出の中の人である。それでも心の中に息づく彼女の言葉は強く自分の背を押してくれる。

 しばらく忘れていたその言葉を思い起こさせてくれたのは燕と名乗ったあの娘、人の出会いとは何とも突然に訪れるものなのだろうか。

 それにより雑賀は再び一つに纏まる事ができた。

 あとは自分自身が悔いを残さぬように動くだけだ。


「平次、暫く儂は雑賀を離れる。後の事をお前に頼みたい」

「兄者は雑賀に必要な人間だ。それに行くって何処へいくつもりなんだ?」

「あの三人を追って儂も高野山へと入る。雑賀の有力者が共に在れば、高野山もあの三人に手出ししようとは思わぬだろうからな」


「あんな三人より雑賀の事を見てくれ。兄者」

「あの娘の母親に雑賀の地は滅亡の危機から救われた。儂はあの時その人を助けに行かず見殺しにしたのだ。雑賀のため、そう言ってな。

 今ならまだ間に合うのだ。儂に二度も同じ事をさせないでくれ。頼む」


 頼むと頭を下げる土橋重治の姿に、土橋平次は折れた。


「平次、一つ頼まれてくれ。この儂一人ではやはり心許ない。だから儂は鈴木孫一の力を借りようと思う。十ヶ郷の組長か顕如様なら孫一の居場所も分かるだろう。お前が孫一に伝えてくれ」


「孫一なんかが来るものか」

「儂は来てくれると信じている。儂の為で無く、あの燕と申す娘の為ならばな」

「兄者、孫一には何と伝えればよいのだ?」

「一言でいい。あの人の為に手を貸せと、それだけを伝えてくれ」

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