丹後国
六月七日に安土城を出立した明智光慶とそれに従う二十一騎は、情勢不安な若狭国を避け京を抜け丹波国より丹後国へと至る道を選んだ。
丹後国福知山城下より東に向きを変え、長岡藤孝の拠点である田辺城を目指していた。
六月九日、ようやく丹後国へと入ると道で長岡家の警備の一隊に誰何されたが、彼等は明智家の旗印を掲げる我らに礼を取り道を開けた。
「敵方の様子はどうか?」
如何にも全てを分かっていますという口ぶりで妻木範賢は隊の長に声を掛けた。
「宮津城に籠もった一色勢はまだ動きを見せておりませぬ」
彼はそう答えた。
「若殿、どうやら見えて参りましたな。田辺城は味方のようです」
こういうことを自然にやってのけるのは一種の才と思えた。
明智光慶は妻木範賢を自分の補佐に選んでくれた父と皆に感謝し、長岡家が我らの敵ではない事にも安堵した。
だが、先程の会話からも分かるように、今この国は複雑な状況にあるようだ。そんな不安な気持ちを抱えたまま田辺城下へと辿り着いた。
田辺城に入るとすぐに城の本丸にて長岡藤孝の息子である長岡忠興の元へと通された。
明智光慶と妻木範賢の二人に対して彼は好意的に対応していたが、再会の挨拶を交した後に使者の口上を述べようとすると、突然大声を張り上げて話を制したのである。
「明智になどつかぬ」
言いながら長岡忠興は片膝を立て前に寄り、明智光慶の頭髪を掴むと彼の顔を引き寄せた。
「この二人を捕えよ」
対面の間の両脇の襖や戸板が開かれ、長岡の兵が湧いた。
立ち上がった妻木範賢が素手で長岡の兵を次々に打ち倒していく。武に疎いと聞いていたがそれは誤りで、その体技の腕は見事だった。しかしこれ以上は彼の命に関わる。
「範賢、抵抗を止めよ」
明智光慶は彼を叱責してその動きを封じた。
妻木範賢は縛られ兵達に引きずられて外へと出て行く。そして自分は城内の一室に監禁された。
長岡忠興は先程自分の耳元で「自分に従ってくれ」と小さく呟いた。
今は彼の方からの動きを待つしか無い。
少し眠っていた。
明智光慶は人の気配を感じて暗い部屋の隅の闇の中で息を潜めた。
戸板を開けて入って来たのは二人だった。妻木範賢の声が一つ、その声に答えた。彼はろうそくに火を灯しそれを部屋の中央に置くと、その明かりの中にいるもう一人が長岡忠興であることも分かった。
明かりが外に漏れぬよう三人でろうそくを囲み、顔を付き合わせて座り小声で話した。
「先程はすまぬ事をした。城内にも一色の目があり迂闊な事が出来ぬのだ」
「気になさらず。それよりも状況を詳しく教えて下さい」
「父藤孝と妻の玉が宮津城にて捕われているのだ。明智に合力すれば二人の命は無いと申してきた」
まず明智光慶の方から、六月二日の京における出来事から、彼が安土城を発つまでの様子を順に話して聞かせ、その後長岡忠興がこの丹後国で何が起こったのかを説明してくれた。
六月二日、田辺城、宮津城、弓木城からそれぞれ出立した長岡軍は、丹波国の福知山城下にて集合する手筈であった。しかし待てども弓木城からの軍である一色勢は姿を現さず、後に宮津城陥落の報だけが届き、長岡忠興は急ぎ軍を返したのだという。
「四月の末に弓木城の一色義清から父の得意とする鯉料理を是非とも所望したいとの申し出があり、その日時を六月二日と指定してきたのだ。一色家との関係を良好にしたいと考えた父はそれを快く承諾した」
六月二日、一色家がその日を長岡藤孝に指定してきたのは単なる偶然であるのか? 長岡忠興の話に明智光慶は耳を傾ける。
「出陣が決まっても、宮津城での事は中国地方への出陣が決定以前からの約定であるからと、父は一色義清との会合を取り止めぬと言ってきた。父は互いの兵が出兵して出払うのだから事も起こらぬと笑っていた。自分の城でという事もあり、油断があったのだと思う」
「姉上の事はどうなのですか?」
「明智軍の出陣日の詳細が決まり、やはり父には田辺城へと戻って頂こうと妻の玉を迎えに行かせたのだ。父はこの私の声は無視しても玉の言葉には素直に従う所があるのでな。しかしそれが今回は仇となった」
「一色義清は謀反人明智に合力するなと申してきたのですね?」
「事が事実であれば、父と玉が質に取られておらずとも一色義清の申す方が道理、しかし我らは明智光秀殿とは縁深く行動を決めかねていた」
一色義清は六月二日、つまり未だ明智軍が賊徒と戦っている最中に既に明智謀反と言葉にしていた。それは京からの伝令が走っての事では無い。
つまり事前に六月二日に決起すると決められてのことと思える。
ともかく長岡家の事情は理解した。明智光慶は、人質になった二人から送られて来たという二通の書状にも目を通した。
そこには長岡藤孝も姉である玉もまず「織田の家臣としての道を全うせよ」との言葉を並べ、その後に長岡藤孝は「息子忠興に家督を譲る」と、姉の玉は「忠興との離縁」をそれぞれ申し出ていた。
そのどちらも、織田家の臣として明智に与するなと書かれている様にも見えるが、否、そう見えるからこそ一色義清はこの書状を長岡忠興の元へと届けたのであろうが、解釈を変えればそれらはもう一つの意味も持つととれるのである。
明智光慶は妻木範賢にその事を伝えると、彼も私と同意見らしく自分に頷いて見せた。
「兄上、私はこの手紙でお二人は、心置きなく宮津城を攻めよと申しているのだと見ます」
長岡忠興も、明智光慶の言葉にはっとなり、もう一度その書状を手に取り読み返す。そして彼は立ち上がり、夜風の入り込む小窓から外を見つめた。
「父も玉も自分達のことは考えず、私に宮津城攻めを決断せよと申しているのか」
「兄上、私は改めて明智への合力をお願いさせて頂きます。我らにお力をお貸し下さい」
頭を下げる明智光慶と妻木範賢に対して、長岡忠興は首を横に振る。
「すまぬ。私にはどうしてもそれが出来ぬ。父も玉も私にとってかけがえのない者達なのだ」
「恥じないで下さい。私は今、兄上が情に厚い人だと知りそれを誇りにさえ思います。ですが私もどうしても長岡家の合力が欲しい。宮津城に捕われた二人を助け出せたなら、我らにお力をお貸し下さい」
明智光慶の問いに長岡忠興は無言で頷いて見せた。
翌日の六月十日、明智家と長岡家の交渉は決裂し、明智の使者一行は国元へと帰還すると城内には伝えられた。
明智光慶も開放され、一行は城内の屋敷の一つに留め置かれたが、その中で妻木範賢だけは帰路の支度の名目で自由な城の出入りが許可され、彼はそのまま周辺地域の内偵へと出かけた。
丹後国での出来事を父光秀に伝える伝令を出し、明智光慶は残りの皆と共に宮津城に捕われている二人の救出の為の策を話し合った。
長岡忠興には宮津城の縄張りと屋敷や城の備えを図に起こした物を用意してもらい、供の十九人それぞれに意見を述べさせたが未だ良案は浮かんでいない。
父から与えられた長岡家との交渉の刻限は十日間、すでに安土城を発ってより三日が経過していた。




