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水色桔梗の雫 ~異伝本能寺の変~  作者: つむぎ舞
六月九日
43/84

断片(本願寺教如)

 本願寺教如ほんがんじきょうにょとその一行は、羽柴秀吉が十数騎を率いて軍に遅れて尼崎へと向け出陣していく姿を、姫路城の城下町の外れで遠目に見届けていた。

 この羽柴秀吉の動きは明智光秀謀反に混乱する織田家にとって、西から押し寄せる大きな波になるだろう。教如は不敵に笑っていた。


 かつて将軍足利義昭(あしかがよしあき)は各地の大名に呼びかけ、織田家包囲網を作り上げる事で織田信長を打倒しようとして何度も失敗し続けた。

 織田家の弱点は、内部の家臣団の結束にこそあるのだ。

 このままいけば羽柴秀吉と明智光秀は最も悲惨な形で衝突する。

 そしてその決着がついても織田の混乱は終結しない。織田信長亡き後を次ぐ織田信忠おだのぶただが消えた今、織田は些細な事で争いを繰り返すであろう。


 それにしても見事なまでに織田信長襲撃をやってのけたものである。

 織田信長を排し、織田信忠の新たな織田政権による天下統一を実現する。その為に多くの者達が動いた。

 この私でさえその内の一人に過ぎない。

 私が担ったのは、織田信長襲撃犯の実態を悟らせぬ為、京や各地ににて明智光秀謀反の風聞を広め、織田家内部に混乱を作る事だった。

 明智軍の西国出兵がもう少し早ければ、今頃は神戸信孝謀反、丹羽長秀謀反と世間では騒がれていたに違いない。

 但し、自分はこの方針に納得してはいない。


 まず織田信忠の動きを知る為に味方に引き入れたのが佐久間信栄さくまのぶひで鎌田新介かまたしんすけの二人。

 佐久間信栄は父信盛共々高野山へと追放され、同地で父の死を目の当たりにして織田家への復讐を誓っていた。

 鎌田新介は長篠の戦いに於いて手柄を上げたが、軍令に背いたとして追放された者である。

 そのどちらも織田信忠が赦免し自身の元に置いた者達。

 佐久間信栄を織田信忠は重用せず国元の美濃国に置かれたため、あまり役には立たなかったが、鎌田新介はその武勇を買われて彼の馬廻り衆として行動を共にする様になった。


 織田信長襲撃に至る少し前、ここに自分独自の策を加えた。

 鎌田新介に伝え織田信忠を堺へと行かせず京へと留まらせ、更に襲撃当日には彼が京から脱出せぬように仕向けた。


 明智光秀の予定外の行動により織田信長襲撃軍は壊滅したが、結果として織田信忠を排すことには成功した。

 鎌田新介はもう生きてはいないだろう。


 そういえばあの雑賀衆の男、田造でんぞうという名だったか。

 紀州国から京へ戻る途中、織田勢力内の河内国や大和国を移動するには人目を避けて山中を移動する必要があった。

 そんな時、偶然見つけたのがあの男の開いた村だった。

 時折鳴り響く銃声を恐れ、その村を訪れる者も無い世間とは隔絶された村。

 雑賀と本願寺は盟友。自分を教如だと知ると田造は自分達の一行を喜んで村に迎え入れてくれた。

 田造は雑賀の内紛を嫌いこの地へ隠棲したのだと述べたが、このような場所に隠れ砲術の腕を磨き、年端もいかぬ娘達にも砲術を仕込むには何か目的があるはずだと睨んだ。

 そして彼の方から織田と戦うのなら力になるとそう告げてきた。


 京への潜伏、そして岐阜の地へと隠れ数年が過ぎた頃、織田信長襲撃の全容を伝えられたが、同じ頃、近衛前久より二条御所の警備に鉄砲の熟練者達を雇いたいと相談を持ちかけられた。

 田造の一党はまさにうってつけの者達であったのだ。


 自分の独断で織田信忠の死を画策した行為は、織田信長を排し、早期に織田信忠政権を作り上げる事を画策した者達に対する裏切り行為であっただろう。

 彼等は今、この織田の混乱の事態収拾の方向をただ為す術無く見守っているのに違いない。


 自分は織田との戦いにこだわり本願寺での地位を失った。父顕如は私と共に一向宗との関わりを絶ち、宗門の徒のみにて本願寺を導いて行こうとしている。

 私に残されたのは僅かな側近と父顕如に与えられた権威の名残り。

 これからは羽柴秀吉を足掛かりとして一向宗達を使い、織田をどれだけ揺さぶれるか。

 織田は長い混乱の後に力を弱め、いずれは滅びるがいいのだ。

丁度物語の半分ぐらいまできました。ここからは折り返し地点。

心の動きの表現やのんびりとした前半と違い、後半部は戦闘だらけで目まぐるしいです。

もうしばらくお付き合い下さい。


鎌田新介なる人物ですが、彼は二条御所の井戸に身を潜めて生き残り、清洲会議にて柴田勝家の明智謀反についての詰問に対して羽柴秀吉側の証人として現れ、二条御所での明智との戦いを語ったそうな。そんな逸話がある様です。 

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