出陣
遠ざかる安土城を名残惜しそうに振り返る明智軍の兵達。
明智光秀はただ前を見据えて一度も安土城を振り返りはしなかった。
留守部隊の明智秀満と三千の兵士に見送られ、明智光秀は六月八日早朝に軍勢一万を率いて安土城を後にした。
佐和山城を放棄した山崎片家の一千に加え多賀常則と小川祐忠併せて一千の近江衆二千がこれに追従し、明智軍は一万二千となった。
長浜城の斉藤利三の軍はこの出発に間に合わず、遅れての合流となる。彼の元から妻木範賢を引き抜いたことが影響してしまった様だった。
今回の進軍は神戸信孝の率いる四国方面軍との短期決戦を目的とし、彼等を大阪以南へと押し戻し中央に出て来られないように牽制するのが目的である。
しかし今後の西への備えを考慮して、各隊には銀と兵糧を満載した荷駄をそれぞれ引かせた。
これは溝尾茂朝の案で、京の西に位置する勝龍寺城へ物資を蓄えておけば、今後の兵力移動を行う上で身軽にした軍をいち早く目的地へと動かせる様になるという考えからであった。
兵糧だけでなく銀を運ぶのは、物資調達から在地領主の調略、協力勢力への援助と使い道が幅広いからである。
当然、荷駄を引く分行軍速度は落ちた。京に入るのは明日になるだろう。
明智光秀は大津にて一旦軍を止めるとその場で軍を休ませ、御牧景重と鉄砲隊のみを率いて坂本城へと入った。
坂本城に向かったのには幾つかの理由がある。
摂津国へ先行して送った輜重隊と共に失われた数多くの鉄砲の補充問題を解決する為に、長浜城より海路で送られてくる大量の鉄砲を受け取ることと、出兵を要請した津田信春の軍を迎えて合流する為であった。
織田一族である津田勢を迎える事で明智光秀は、神戸信孝への津田信澄殺害に対する詰問や報復を行う大義名分を得るのである。
* *
坂本城に帰城してすぐに城内の主立った者達が集められた。
今の情勢を把握している者はほんの僅かで、皆一様に不安な表情を見せている。
明智光秀は座したまま注視する一同の顔を一人づつ数えるように見渡した。
「皆に聞いて貰いたい。
明智謀反の誤報により織田家は今大きな混乱状態にある。我らは京にて賊徒の襲撃より織田信長公を救い出し安土城へとお連れした。
だが織田信長公は重傷を負われ治療の甲斐無くその余命は幾ばくも無い状態であり、その後継者たる織田信忠様も京にて無念の最期を遂げられた」
場がざわめきを見せる。
明智光秀の胸にもここ数日の出来事が一気に押し寄せ言葉に詰まった。
込み上げてくる悔しさに怒り、悲しみの感情に目頭が熱くなる。堪らず目を閉じて唇を噛みしめた。
自分のその姿に皆が静まり返ったのが分かる。誰も口を開こうとせず、ずっと次の自分の言葉を待っている。体に力を入れ直し、顔を上げて立ち上がった。
「二つの大きな柱を失う織田家の混乱がこのまま拡大すれば、織田の全ての将が覇権を争う大火ともなりかねぬ。この機に織田の領土を狙う勢力も現れるであろう。
我ら明智は織田の臣としてこれらの事態を食い止める為に動くと決めた。明智は柴田勝家殿と盟を結び、この混乱の沈静に当たる」
柴田勝家との盟と聞き頷く者もいる。
その盟は未だ成ってはいないがそれこそが今の明智にとっての希望である。
「知っての通り柴田勝家殿は今、北の地で上杉軍との戦の最中、なれば容易に引き返しては来れぬ。柴田勝家殿の安土入城、ここ中央で立ち上る火は我ら明智の手のみで消さねばならぬのだ」
織田領内の混乱の収拾、これを大義として皆に聞かせ、これから戦になるであろう神戸信孝と丹羽長秀の織田一族津田信澄殺害の経緯を説明した。
「我らに合力下される方はどなたもおられませぬのか?」
思わずそう声に出した者もいた。
「明智のみと申したが、実際には近江衆が我らと共に戦ってくれる。丹後国の長岡家には明智光慶が、大和国の筒井家には藤田行政が助勢を求めに赴いている。筒井家の説得に次男定頼を質として送る事も考えている」
近江の衆の合力はあっても明智の組下大名達の合力が得られていない事に不満の声が上がる。中でも長岡家と筒井家はその領国統治において明智光秀より厚恩を受けている身であるからだ。
しかも明智の子息を質に出せねばならぬとはと憤る者の姿もある。
想いは皆同じなのである。
耳に入る言葉の一つ一つを聞きながら、それらの声が収まるまで明智光秀はじっと待った。
「此度の戦は神戸信孝の率いる四国方面軍、彼等は我らより大きな兵を有する。
もしこの光秀が戦に敗れ再起できぬほどに叩かれたならば、中央は全て彼等に蹂躙され、この明智もも謀反人の汚名を背負わされて滅するやもしれぬ。
皆は我が勝利を祈りながら最悪の事態にも備えよ。我が亡き後は丹後国に赴いている明智光慶のを当主として明智再興に力を尽くせ」
散会して去る者達の顔は一様に険しかったが、その重い空気を取り払ったのは津田信春率いる二千の軍勢の来援と、藤田行政から届いた筒井順慶の合力の知らせであった。
津田信春を坂本城で迎えた明智光秀は、次男の明智定頼を此度の出陣に同行させ、それを彼の初陣とするとの通達を出した。
必勝の空気は城内を大きく沸かせ、津田勢と明智の鉄砲隊、荷駄人足達に振る舞われる賄いの炊煙は夜遅くまで城内に満ち、男も女も皆威勢の良い声を上げながら一丸となって明日の出陣準備に臨んだ。
京の西、勝龍寺城よりの伝令が、大津の明智本隊を経由して坂本城に辿り着いたのは丁度そんな時だった。
「伝え聞く明智光秀殿の所業、我は信じ難し、事の真偽を問いたし」
伝令の兵は羽柴秀吉がそう伝え来たという。
羽柴秀吉がそう考えているならば、大阪の神戸信孝と丹羽長秀さえ押さえ込み、伊勢国の北畠信意を牽制しておけば、織田は全て元の形に戻るだろう。
明智光秀はこの時、そう確信していた。
* *
急な初陣と決まった明智定頼は、城の広間の真ん中で革手を筆頭にした女人衆に囲まれて髷を結い甲冑を合せている最中であった。
「大和国へと人質に出そうとしたこと、定頼は恨んではおるまいか」
「殿、その事を恨んでおるのはこの私めでございます。若様は父上は考えあっての事とだけ申されて、殿を信じておりまする」
呼び寄せた革手に定頼の様子を尋ねた明智光秀に、彼女は不機嫌そうな顔でそう答えた。
「例え親から酷い仕打ちを受けても、子供とはその様に考えるものでございます。最後の最後まで子の期待と希望を裏切るような事をなさらねば、親子の信頼とはそう簡単にきれるものではありませぬ」
「そうか、そうなのだな。よくぞ教えてくれた。礼を言う」
革手は膨らせた頬をしぼめると、クスりと笑って見せた。
「私も殿の娘として迎えて頂きました。定頼様も私も殿を信じておりまする。ぜひお声を掛けてあげて下さいませ。若様もきっと喜ばれるはずです」
そう革手に背を押されての事だが、明智光秀の突然の来室に二人の会話を邪魔せぬようにとその場を離れようとする女達をその場に留め、仕事を続ける様伝えた。
そして人形の様に座したまま動けぬ明智定頼に向け声を掛けた。
「日を占い吉日を以て初陣としたかったのだがな、お前の晴れ舞台を上手く整えてやれぬ不甲斐ない父を許せよ」
「光慶兄上よりも早く初陣を飾れる。定頼、それだけで自慢にございます」
定頼の口調にはまだ幼さが感じられる。光慶は武士として真っ直ぐに育った。この定頼はそれに比べるとまだやはり幼い。
「父上、此度の戦は堺の側で行われると聞きました」
「おそらくはその辺りになるであろう」
「では海を見る事が出来るのですね」
「定頼は海が好きか」
「私はまだ海というものを見たことがありません。海とはどのようなものかを知っておきたいのです」
「海を知りたいとは異な事を言う」
「この坂本のお城で私は空ばかりを見て過ごしました。この空は一体どこまで続くのであろうかと。海とは琵琶の海よりも大きく、それは空と同じだけ広いのだと教わりました。人は鳥の如く飛ぶことは出来ませぬが、海であれば船で旅することが出来ます」
「船に乗って諸国を巡りたいと、そう申すのか?」
立派な事を語っている様に聞こえるが、その言葉の出所は定頼の想いの中にあった。
「人は死ぬと天に昇るか海の果てにある死人の国へ旅立つと聞きます。母上はきっとそのどちらかにおられるはず。人に翼は無く天に行くことは叶わねど、海の果てならば船で訪れる事が出来るではありませんか」
「母が恋しくなったか?」
「私の晴れ姿を母上にも見せて差し上げたい。私は母上の喜ぶ顔を見たいのです」
明智光秀も困惑して革手を見た。
彼女は健気な定頼のその言葉に口を手で覆っている。世話の女人衆も同じく目頭を熱くし袖で涙を拭った。
現実とおとぎ話が頭の中で同居する。彼はそういう過程にあるまだ子供ではあるが、心の向く方向は間違ってはいない。定頼は今はそれでいいのだ。
明智光秀の目にも熱いものが込み上げてくる。それを皆に悟られぬ様に背を向け数歩歩き、天井に目を向けたまま言葉を発した。
「父はお前に命じる。天からも海の彼方からもその姿が見えるように、戦の時には一番の高台に立派な陣を築くのだ。必ずその姿は母の目に届くだろう」
自分の背に向けて定頼の力強い声が返ってくる。
明智光秀はこの日、最後通告として摂津国の中川清秀と高山重友の元へ、神戸信孝軍攻撃の為の出兵を要請した。
筒井順慶は明智軍との合流場所を洞ヶ峠と指定してきた。
神戸信孝軍を押えた後、摂津国へと軍を進め、池田恒興の管理する兵站庫を手中にする。これで物資資金の両面で明智軍は盤石となる。
あとは反転してくる羽柴秀吉との交渉で時を稼ぎつつ、安土城に入城する柴田勝家の軍に明智光秀が降れば光秀が思い描いた形での終息を迎えることになる。




