丹波国亀山城にて②
宿老五人の呼び名についてですが、明智光秀は藤田行政と溝尾茂朝の二人だけそれぞれ藤田伝五と溝尾庄兵衛と呼びます。
また、明智光秀主観の文章表現の際だけ溝尾庄兵衛、藤田伝五と記載します。
これは古くから仕える二人を当時のまま親しみを込めて呼び、新参の明智秀満、斉藤利三は格上げする為に崩した呼び方はあえてしていないという設定です。
明智光忠は同じ明智一族、彼をひいきしないという違った意味で崩した名では呼びません。
ややこしいですが、ご了承ください。
気晴らしを兼ねての城下町視察を終え亀山城へと戻った明智光秀と明智秀満の二人を迎えたのは四人ではなく二人の家老達だけだった。
書類が積まれた室内でまず顔を覗かせたのは溝尾庄兵衛茂朝である。
「殿、本日兵糧の受け取りと鉄砲弾薬を乗せた輜重隊を摂津の池田恒興殿の元へと向けて先発させました」
大規模な遠征軍である。
徴募した人足を動員した輜重隊百両は摂津の池田恒興の管理する巨大な兵站庫にて補給を受けさせ、空の荷車に兵糧を満載させて後続の明智本体との合流に備えさせる。
予備の鉄砲二千丁を積んだ荷車は重く、後続の本体の進軍速度を少しでも速めるためにこの輜重隊と同時に出発させる事にしたのだ。
この輜重隊の護衛は極めて少数。
織田領内の移動である事と殆どが空の荷車である事から、人足達の物資横領を監視する程度で良いため、荷駄奉行と五十名程がそれに随行した。
「いよいよでございますな」
溝尾庄兵衛の横からひょいと顔を覗かせたのは明智次右衛門光忠である。
二人とも墨の付いた筆を何度も舐めたのであろう、手や舌を黒く汚している。
この溝尾庄兵衛と明智光忠の二人は軍務より政務に長け、その方面での明智光秀の補佐として力を尽くしている事が多い。
二人とも四十半ばと年齢も近く性格的にも相性が良い。
京北部周山城を預かる明智光忠とは異なり、溝尾庄兵衛は常に明智光秀の傍らにおり、内政面の相談役であると同時に独断での実行権までもを与えられている。
実際、近江国坂本と丹波国の国造りの仕組みは彼が一人で動き整えたといっても良いほどだ。
この場に二人しか居ないことにやはりという思いはあるが、明智光秀は一応そのうちの一人、斉藤利三について二人に尋ねてみた。
「これは忙しい。藤田伝五にも手伝わせねば人手が足りぬ。そう申して出て行ったきり」
斉藤利三の口調を真似ながら身振り手振りを加えて溝尾庄兵衛と明智光忠の二人が息ぴったりの呆れ顔で言う。
「利三めにしてやられおったのか」
そう吐き出す様に声が出た。
当初は斉藤利三とこの二人が下らぬ論争でもして作業が遅れているのではと予想していたが、斉藤利三はこの場から逃げ出すことを選び、それがまんまと成功したという事だ。
自分の後ろに立つ明智秀満も吹き出すのを堪えて口を手で押えている。
二人のしかめっ面で顔を見合わせる姿が何とも可笑しく、背で笑いを押し殺そうと苦悶する明智秀満にも後押しされ、明智光秀は堪らず大声で笑い出した。
「殿、それはない。笑い事ではないですぞ」
溝尾庄兵衛も明智光忠もそう悪態を付きながらも目を赤く染め涙を見せた。
墨で汚れた手で涙を拭うものだから二人の顔はどんどん墨で汚れていき黒に染まっていく。それが更に可笑しく腹の底から止まらぬ笑いが込み上げてくる。
二人が顔を見合わせながらお互いの顔を笑い、笑いを耐えていた明智秀満もついには吹き出し腹を抱えて笑い出す。
しばらくその場の笑い声は途切れなかった。
久しぶりに明智光秀が笑う姿に、その場に居た家老達はこの舞い降りた偶然の贈り物に皆感謝したのだった。
未だ姿の見えぬ斉藤利三なる者は明智光秀の甥にあたる。
彼は明智家に仕えてまだ二年と日も浅いが、明智光秀は彼を家老として用い丹波国黑井城を預けた。
明智軍に足りない者、それは明智光秀に代わり明智全軍を指揮する軍配者となりえる人材であった。
小規模の一軍を率いて前線で刃を交える将として明智秀満や藤田伝五は優れているが、戦全体の戦略を見据えて全軍を動かす事は出来ない。
その部分を埋める人材として明智光秀自身が選んだのが斉藤利三であった。
新参者の斉藤利三を迎える日、重臣達には彼を文武両道の麒麟児とやや大袈裟に紹介してみせたのだが、それは明智光秀の彼に対する正直な評価であった。
しかし、明智光秀のその言葉に反して居並ぶ重臣達は一様に首を傾げて見せた。
斉藤利三の風貌は取り立てて目立つ所も無く凡庸な印象で、影の薄さは衆目の中にすぐに溶け込んでしまう様にも感じる程だったからである。
斉藤利三についてはこんな逸話がある。
斉藤利三の前妻は稲葉一鉄の姪である関係で彼は稲葉家に仕えていたが、そのお調子者ともとれる性格に問題ありとされ、稲葉家中では能なしの跳ね返り者として持て余されていた。
そんな時、軍の拡大に伴い優良な将の獲得に悩む明智光秀は、意を決して彼を破格の待遇で引き抜いたのである。
無論それは甥である事よりも、その才を買っての事である。
体裁を気にした稲葉家は斉藤利三を帰参させるよう織田信長公を介して求めたが、明智光秀はこれに首を縦には振らず、直接光秀自身が織田信長公に「良臣を蓄えてこそ、上様のお役に立てるのです」と述べると、織田信長公の方も「光秀がそこまで言うのであれば」とその場は認められたのだが、これが更なる騒動を起こす事になる。
これを知った稲葉家家中では、あの程度の者が厚遇されるのであればと明智家への士官を求める者が多く現れたのである。
さすがにこれはまずいと判断した織田信長公は、斉藤利三に対して「切腹を命じる」と改めて公にし、稲葉家中からの出奔者を思い止まらせたのである。
当然ながら有能な士を意味なく殺すのは彼の本意では無くそれは実行されはしなかった。
廊下の方から話し声が近づいてくる。
調練を終えた藤田伝五と光慶が戻って来たようだった。
体の汗を拭いながら現れた二人の後ろにすまし顔の斉藤利三も続いていた。
この場に集った明智秀満、溝尾茂朝、明智光忠、藤田行政、斉藤利三の五人の家老は明智軍の中枢を成す者達であり、彼等は総称して『明智の五宿老』とも呼ばれている。
「妻木殿がまだ戻られませぬな」
「妻木殿ならば、本丸の隅の方で何やら土と語っておりましたぞ」
斉藤利三がそう口を挟むと溝尾庄兵衛が黒い顔のままなぜ知っているという顔で睨んで見せる。
斉藤利三はその顔を指差して笑おうとしたが、その表情に冗談は通じそうに無いと感じてか肩をすくめて後ろを向くと、彼に気付かれぬ様に舌を出してみせた。
「よい。親父殿には後で私から話しておく」
明智光秀はその場の六人に張りのある声で伝えた。
「いよいよ中国地方の毛利家を討つ。
全軍に通達せよ。出陣は取り決め通り明日。摂津国の中川勢と高山勢が我らの指揮下となり先陣となる。
明智軍本体を中軍とし、丹後国の長岡勢が後軍として続く。各隊には最後の点検を徹底して行わせよ。
ここ亀山城には三千の兵を置き、妻木広忠を補佐として明智光慶を城代として残す」
宿老の五人が各々に散っていく。
息子光慶の両肩を明智光秀はしっかりと掴んで見せる。
明智光慶もそれに大きく頷いて応えてみせた。
* *
命令が伝達され城内の兵も慌ただしく動いている。
明智光秀は斉藤利三の言を頼りに本丸の外へと歩き出た。しばらく周囲を歩くと小物達に地面に穴を掘らせている小さな老人の姿に目を止めた。
「おお婿殿、近郷の村役から銀杏の苗木を頂いたのでな。皆の出立前に植えておきたかった。次に皆がこの城に戻る時、この銀杏の木が儂に代わって皆を迎えてくれるでしょうからな」
妻木広忠は高齢で西国の軍務からは外すと決めていたが、それを告げる前に彼自身がそれをすでに察していた様だ。
「今日が今生の別れになるかも知れません。出陣前に親父殿にはお礼を申し上げたかった」
その場は小物達に任せ、二人してしばしその辺りを歩いた。
「私がここまでの大身に至れたのは、貴方の娘の煕子と妻木家より頂いた鉄砲のおかげでした」
「ふふ、婿殿。懐かしいな」
深々と頭を下げる明智光秀の姿に、妻木広忠は昔の自分と彼との出会いを振り返り思い出していた。
今から三十七年前の天文十三年、将軍足利義晴の命により近江国の国友善兵衛と三人の鍛冶師の手で鉄砲が製造され奉納された。
この噂を聞きつけた妻木広忠は鉄砲製造に関わった鍛冶に接触、鉄砲を手に入れ美濃国の有力大名斉藤道三に献上しようと考えた。
鉄砲の種子島伝来から二年と経たぬ頃の話である。
鉄砲の価値基準もなく、求めた方も求められた方もどう条件を出して良いか分からず、鍛冶方の双子の娘の一人を妻木家の養女に迎えるという条件でとりあえずの話が纏まった。
美しき娘、斉藤家と婚姻関係にある明智家との縁談にも利用できると考えた。
美濃国に戻った妻木広忠は、佐和山の姫を養女に迎えると触れ回り、明智家に対して縁組みの話を整えた。
程なく妻木家に近江国より一丁の鉄砲を携えた十四歳の娘が送られ、妻木広忠は彼女を『煕子』と名付けた。
数日を待たず煕子と明智光秀の対面の儀は行われ、一年の花嫁修業の後に彼女は正式に明智家へと嫁ぐことになったのである。
添え文に鉄砲の取り扱いを娘に口伝したとあり早速試射を試みたのであるが、十四歳の娘に扱える代物では無く、煕子を指南役として家中の者に鉄砲の取り扱いを覚えさせ、斎藤道三の御前での試射と献上を画策した。
事故はその訓練中に起こった。誤作動による鉄砲の暴発である。
家臣は失明、すぐ横で指導していた煕子は顔に酷い火傷を負ったのである。
この惨状を目の当たりにした妻木広忠は己が功名心で家臣と一人の娘の一生を台無しにしたと自分を恥じた。
鉄砲は献上するのを取り止め、「煕子は責任をもち当家で預かるが、鉄砲は不要」と煕子の実家へ事故の顛末を記して送り返した。
問題は明智家との婚姻。煕子の顔の火膨れを見る度に心が痛んだ。
婚姻の解消を明智家に伝えたその日、若き日の明智光秀が妻木家を訪れ驚く二人を前に「私の妻は煕子と思い定めております。解消など無きように」と強く申してくれたのである。
明智光秀のこの言葉に妻木広忠も煕子も涙した。
婚礼の日、妻木広忠は嫁入り道具として娘の煕子に近江国より改めて送られてきた最新の鉄砲を授けた。
この日より少しの時を置き、鉄砲の名手明智光秀の名が世に知れるようになるのである。
「婿殿は優しき心の持ち主、煕子も儂も救われた。儂こそ礼を述べるべきであるな」
「明日発ちます。光慶を城代に残し、この機会に一国の営みを学ばせてみたい」
「承知しました。この老骨の知り得るもの全てを教えましょう」
銀杏の苗木を植える穴が掘り終わったと小物が伝え来た。
妻木広忠が細い腕をまくりそれに応える。
明智光秀は楽しげに歩くその後ろ姿をしっかりと目に焼き付けながら、彼を見送り続けた。




