周辺情勢六月三日(羽柴秀吉)
岩崎山に布陣した毛利家の将、吉川元春の動きが耳に伝わる度に肝が冷える思いがする。夢の中まで現れる伝令の声に何度も目を見開いては、額に流れる冷たい汗をぬぐった。
備中国と備前国の国境に位置する毛利方の高松城の東、石井山に本陣を構えた羽柴秀吉は眠れぬ夜を過ごしながら、織田信長公と明智光秀の来援を心の底から願っていた。
羽柴秀吉本陣の眼下には、巨大な人口湖に水没して島の様になった高松城に灯された松明の光が、無情にも降りしきる雨の中で最後の力を振り絞って輝いている様にも見える。
三月十五日に姫路城を発った羽柴秀吉は、四月四日には宇喜多家の岡山城へと入り、宇喜多家の織田家への加勢を意思を確かめると、羽柴軍二万に宇喜多軍一万を加えた三万の兵力を以て備中国攻めを開始したのである。
高松城の北にある竜王山に本陣を構え、宇喜多忠家を先鋒として高松城を包囲すると、これに対して城方は小早川隆景が差し向けた援兵二千を城内に入れ、城兵と近隣の民を加えた約六千の兵力で籠城した。
城将清水宗治には降伏の使者として蜂須賀小六正勝と黒田官兵衛孝高を派遣したが一蹴され決裂、見せしめのために高松城の北西、清水宗治の娘婿の籠もる冠山城を十日間の力攻めにて陥落させた。
高松城は低地にありながら城の三方を沼と深田に囲まれた堅城であり、攻め寄せた宇喜多軍は幾度となく撃退されている。
そこへ毛利軍の新たな援軍の動きが報告されて来た為、すぐに安土城へと援軍要請の急使を送ると、数日して明智光秀の軍を先鋒として織田信長公自らが大軍を以て出陣するとの通達が帰って来た。
更にその通達には織田信長公が到着するまでに高松城ぐらいは落としておくようにとの指示もあった。
血の気が引いた。
何よりも羽柴秀吉を恐れさせたのは織田信長公が「毛利との戦に時をかけ過ぎている」と激怒したとの使者の一言であった。
すぐに軍議を開き諸将に妙案はないかと尋ねると、黒田孝高が立ち上がり高松城の立地が低いことと城周辺の地形をまず皆に語って聞かせ、水攻めを行うのが良いと告げたのである。
随分と大規模な作事になるが、羽柴秀吉は何よりも織田信長公の怒りが恐ろしく、城攻めの方針を黒田孝高の献策に転換した。
攻め難い高松城は逆に城方から討って出るのも難しく、城方の動きを封じたままでの堤造成が可能であり、五月八日から取りかかった作事は破格の報酬で人足の大動員を行うと、その規模からすればわずか十二日という早業で完成に至ったのである。
約一里(四キロメートル)にも渡るこの大堤に水を引き入れると、わずか数日で高松城は本丸まで水没してしまったのである。
その後現れた毛利家の援軍は小早川隆景の一万数千であり、これに対して羽柴軍も一万の兵を割いてこれに対し、本陣も北の竜王山から石井山へと動かすことにした。
しかし毛利軍の援軍はその後も次々と増え続け、吉川元春率いる軍も加え総数は三万に届くほどに膨れ上がり、羽柴軍と宇喜多軍の兵力に拮抗しはじめた。
更には毛利輝元の毛利軍本隊がこれに加わるため備中国猿掛城に着陣したという知らせまでがもたらされたのである。
まさか毛利軍が高松城一つに手持ちの全軍を挙げての来援など羽柴秀吉は予想もしていなかった。まさにこの地が毛利家との決戦の地となり、その先鋒を自身が担うのである。
このような窮地には常に竹中半兵衛重治があり、これまでは彼の類い希なる献策にてその全てを切り抜けてきた。
だがもう彼はここにはいない。
竹中重治が後任として推した黒田孝高も、毛利軍の攻撃は増水させた堤を決壊させる事で一度だけは撃退できるでしょうが、堤の水が枯れれば高松城が息を吹き返し、お味方の負けは確実と申す始末。
羽柴秀吉に残された頼みの綱は、明智光秀と織田信長公による援軍という有様となっていた。
既に織田信長公により援軍の編成は告げられているはずだが、五月半ばにようやく届いた援軍は、徳川家康の饗応役を終えた堀秀政がわずかばかりの供回りを連れて羽柴陣に辿り着いただけで、堀秀政が申すには本格的な援軍の到着は早くても六月初旬になるだろうとの事だった。
明智光秀の到着の遅れは羽柴秀吉自らが招いたものだった。
山陰方面の但馬国、因幡国侵攻は丹波国と丹後国を平定した後の明智光秀の管轄であったが、備前国の宇喜多家が織田家に帰属したことで羽柴秀吉がその二国平定を買って出ると織田信長公に豪語したのである。
西国方面に配された織田の軍団長は羽柴秀吉と明智光秀の二人だけであり、ここで一気に明智光秀との武功の差を開くためにも、彼の西国侵攻の足場を奪っておく必要があったからだ。
その目論見は順当に進んだが、それは同時に毛利家との戦を羽柴秀吉が一手に引き受けるという事でもあった。
味方の援軍がすぐには到着できぬ事を知った羽柴秀吉は、毛利軍の警戒感を高めて動きを封じる為に、織田の大規模な援軍が今日明日には到着するという誤情報をわざと毛利陣営に流し続けて時を稼ごうと試みた。
これに対して毛利方の方から交渉役の軍僧安国寺恵瓊を使者として和睦交渉の話が持ち込まれたのである。
まさに渡りに船、これで時が稼げると思った。
だが正親町天皇の朝廷勢力を資金援助し、将軍足利義昭を鞆の浦に匿い『鞆幕府』などというものを開いて公然と織田信長公に対抗してきた毛利家との和睦なぞ、あの織田信長公が許すわけがない。
和睦交渉はあくまで援軍到着までの時間を稼ぐ方便、そうと知れれば怒り狂った毛利軍が捨て身で我が軍に襲いかかる。
だから和睦成立の可能性を毛利方に期待させつつそれを成さずに交渉だけを引き延ばさねばならず、これには羽柴秀吉も頭を捻った。
結果、羽柴秀吉は尊大な条件を毛利家に提示した。
毛利家の支配地の半分にも相当する備中国、美作国、伯耆国、備後国、出雲国の五国の割譲と高松城城将清水宗治の首を申し入れたのである。
さすがにこれには毛利首脳陣も頭を抱え、毛利輝元の裁可を仰がねば決断出来ぬとなり、羽柴秀吉の思惑通り、軍の膠着状態は維持されたのである。
六月一日、なんと毛利家は五国割譲の条件を呑んでしまったのである。
あわや和議締結となりかけたが、毛利輝元が清水宗治の命だけは差し出さぬと拒否したため交渉成立にはならず、羽柴秀吉の首は皮一枚の所で繋がった。
毛利一族でも譜代の臣でもない、ただの国人の一人にすぎぬ清水宗治の命が五国よりも大事と申した毛利家の事が信じられなかった。
自分ならば人の換えなどいくらでも湧いて出ると、そう当たり前に考えただろう。
そして六月三日も終わろうとする今、毛利家が和睦交渉を断念して自分を血祭りにあげようと軍を動かすのではないかと怯えながら、羽柴秀吉は過ごしていたのである。
* *
「殿、一大事に御座います」
単調な雨音に割り込んだ雑音によって羽柴秀吉は浅い眠りから呼び戻された。
尾根一つ向こうにある陣にいるはずのこの男がなぜここにいる。只事でないことだけはすぐに理解出来た。
「ついに毛利軍が動き出したか官兵衛」
「いえ、そうではありませぬ」
黒田孝高は内密の話だと申すと、羽柴秀吉に近づきその耳元で囁いた。
「織田信長公が京にて明智光秀めに討たれました」
「もう一度申して見よ」
黒田孝高は顔色一つ変えずに同じ言葉を繰り返した。
事実か、などという愚かな質問はしなかった。黒田孝高が吟味を重ねた上でそう申すのである。冗談でも虚報でもない。
羽柴秀吉は立ち上がり空を仰ぎ見た。生温い雨が顔にポツポツと当たる。
あのお方が死ぬのか? 織田信長公を心底恐ろしいと思い続けてきたが、それでも自分をここまで取り立ててくれた恩人である。
思い浮かぶその顔は、自分をサル、ハゲネズミと呼びかけながら独特の甲高い声でいつも笑っていた。
そんな織田信長公の顔を思い浮かべながら、羽柴秀吉は引きつった笑いを漏らす。儂はなぜ笑おうとしておる。いや、そうではない。
これは、この感覚はなんだ?
儂は織田信長公という人を利用し力を掴んできた。そうだろう?
頭の中でそう思おうとするが、体がうまく動かない。
数歩歩み出した。
力が入らず立ってはいられなかった。両の手を濡れた地面について支え、手で柔らかな土をぎゅっと握りしめた。
冷たくぬるっとした嫌な感じが、これは事実なのだと実感させた。
「死んでしもうた。儂が殺したようなもんじゃ」
自分が安土城に援軍など請わなければこんな事にはならなかったのに、後悔の気持ちが何度も胸を貫いた。
頭の中が混乱している。
織田信長公が死んだ。織田信長公が死んだからどうだというのだ。
二つの感情が入り混じっている。
織田信長公によって与えられていた地位や権力が、儂の持つ力が消える。そうだ、儂はその事が恐ろしいのに違いない。
そう考える事で羽柴秀吉は感情を抑えようとした。
「殿、何を狼狽えておられます。織田信長公が亡くなられても織田信忠様がおられます。織田が滅びたわけではありませぬ」
黒田孝高の声が感情に割って入ってきた。
「そうじゃ、そうじゃの」
動かねば、頭の中で今の状況を一つ一つゆっくりと整理し始めた。
羽柴秀吉は立ち上がり、黒田孝高の肩を掴むと顔を近づけて言った。
「これは一大事じゃ。ここにはもう織田の援軍は一兵も来ぬという事ではないか」
「そういう事になります。すぐに毛利毛と和睦を結び、撤退せねばなりませぬ」
「光秀めが乱心しおって、よりによって何という事をしてくれたのだ」
明智光秀がなぜ謀反を起こしたかなど今は考える余裕すらない。この窮地を如何にして脱するか、それが最優先課題。
「明智光秀めをお討ちになられますか?」
「当たり前じゃ。主君の仇なのだぞ。だがまずは毛利じゃ、これを何とかせねば」
「では毛利家が織田信長公の死を知る前に、清水宗治の首は取らぬとしてこのまま和議を成立させましょう」
「だめじゃ、それはいかん。清水宗治は確実に殺さねばならぬ」
黒田孝高はなぜだという目で自分を見つめる。
「彼の一族を殺し、清水宗治には大きな恨みを買うておる。五ヶ国よりも毛利家が惜しがる程の人物、彼が単独で我が軍を追撃でもしてみろ。彼を助けんと毛利全軍が我が背を討つかもしれぬのだぞ」
「では清水宗治の首だけで良いとしては」
羽柴秀吉は黒田孝高の献策を遮り言葉を続けた。
「官兵衛、お前は戦には強いが人の心の駆け引きに疎いところがある。ここは安国寺恵瓊殿に汚れ役を引き受けて頂くとする」
羽柴秀吉本陣の外れで和睦交渉の為に滞陣中の安国寺恵瓊は、ほどなく羽柴秀吉の召集に応じてあたふたとした姿で現れた。
「夜分に火急のお呼び出し、羽柴殿、如何成されましたのでしょうか」
「儂は何度も考えたのだ恵瓊殿、やはりそなたには真実を話しておこうと思う」
「どういう事でございましょうか」
「正直申せば、織田信長公はこの和睦を全く望んではいない。大軍を以ての毛利平定を考えておられるのだ」
「では、これまでの交渉は全て偽りであったと?」
「そうだ。だからこそ織田信長公は毛利の所領の半分も差し出せという無理な条件をだした。だが毛利家は所領を捨ててでも高松城を救おうとしておる。儂はその事に心打たれたのだ」
「毛利輝元様はお若いが慈愛に満ちたお方、忠義の士を見捨てる事は出来なかったのだと思います」
「儂も力攻めで毛利を下すような血生臭い事は本当は好かんのだ。だが織田信長公はそうではない」
「織田信長のこれまでの行いはそれを証明しております。羽柴殿の申す通りでございましょう」
「そこでだ恵瓊殿、儂も一つの案を考えた。城に籠もる者達が死んでさえくれればこの和睦は成る。和睦が成立した以上、織田信長公といえど天下に対する面目がある。それでしばらくは時が稼げるのではないかと思うのだ。
先のことは分からぬが、すぐそこに迫った決戦だけは避けられると思う」
「確かに、ですが城兵全てとなると清水宗治が納得致すまい。彼の死で城兵を助けるとお約束頂けますか?」
「儂はそれで依存はない」
「では、すぐに船をお貸し願えるでしょうか。今より高松城へと向かい、清水宗治を説得して参ります」
安国寺恵瓊が立ち去ると、横に黙って控えていた黒田孝高が静かに笑った。
「殿、さすがでございますな」
黙っておればよいものを、この男のこういう物言いが気に入らない。
どこか自分と同じ臭いがするのである。野心というべきか、そんなものを心に持つ男の言葉である。
「これで清水宗治は腹を切る」
自身の利に無欲な者を動かすには、国のため主のため、民のためという別な枷を付けて誘うのが効果的だということは、長い経験から身につけていた。
「この次はどうされますか?」
「すぐに姫路へと戻り明智光秀に対する手を打ちたいが、儂はしばらくここを動けぬ。こういう時は小六じゃ。官兵衛、蜂須賀正勝を呼べ」
退出しようとする黒田孝高を引き止め、もう一つだけ彼に命じた。
「官兵衛、明智に対して使者を立てよ」
「どのような?」
「伝え聞く明智殿の所業この羽柴秀吉には信じ難し、事の真偽を問いたいとな」
「明智光秀の油断を誘うわけですな。それでは使者の出立はもう数日後の方がよろしいでしょう」
「それでよい。ただし直接光秀に書簡を届けず支城の一つにでも届けてやれ、それで時が稼げるだろう」




