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水色桔梗の雫 ~異伝本能寺の変~  作者: つむぎ舞
六月二日
12/84

転進

 程なく今後の決定を明智光秀あけちみつひでは下した。

 明智秀満あけちひでみつの言うように、今は悲しみに暮れる時では無く行動する時だからだ。


 明智光忠あけちみつただを含む重傷者は、その受け入れを承諾してくれた京の東に建つ知恩院へと預け、治療を終えた織田信長公は近江国安土城へと運ぶと決めた。

 曲直瀬道三まなせどうさんはそれに異を唱えたが、織田信長公を排そうとする外敵の存在があると説き、彼にも同行をと願った。


 京の町の事後処理には仮所司代として三宅秀朝みやけひでともを置いて、この騒ぎに乗じての明智軍による略奪行為を禁止する布告を行わせた。

 明智軍退去後の京の治安維持軍としては、筒井家に属する槇島城の井戸良弘いどよしひろに出兵を依頼した。


 兵は整然と隊列を整え近江国への進軍の準備を整えている。

 そんな中、明智光秀の元へ不可解な報告が届いた。

 二条御所の蔵の一つに娘が一人軟禁されていたという。御所内にあった敵兵の遺体をを見て泣き叫び暴れたので、二条御所に籠もった敵の一味の可能性があると伝えられた。


 程なくその娘は明智光秀の元へと連れ出されてきた。

 年の頃は十三か四という所か、みすぼらしい服装だった。彼女の持ち物は異質で鉄砲道具一式と反面の鉄仮面、見下ろす自分を娘はきっと睨み返した。


「娘、名は?」

 短く問うたが返事は返ってこない。

「名を知らねば呼ぶことも出来ぬ」

 娘の前でしゃがみ込み、視線を合わせて自分から先に名乗った。


「明智光秀、私の名だ」

「あけち…」

 明智光秀の名を聞き、娘の目に激しい炎が宿った様に見えた。

つばめ雑賀さいかの燕じゃ」


 雑賀衆と聞き、その言葉で敵が見えたと思った。

 明智光秀が紀州国の雑賀攻めに加わったのが五年前、今は二度目の侵攻が神戸信孝かんべのぶたかの配下である蜂屋頼隆はちやよりたかの軍八千によって行われ壊滅状態にあるはず。

 かつて一向宗を率いた本願寺顕如ほんがんじけんにょは石山本願寺を退去後に紀州国雑賀へと逃れたとも聞く。

 雑賀の窮地を脱するために本願寺の残党と雑賀衆がこの争乱を引き起こしたのだと。だがこれも憶測の域、未だその確証は無い。


「この娘は如何致しますか?」

「共に連れて行く。手荒なことは控えよ」

 娘を引き出してきた兵に明智光秀はそう告げた。

「あけち、私達は明智と戦うつもりなど無かった。それなのになぜ、父様と仲間達を殺した」


 娘の言う意味は分からない。おかしな事を聞くと思った。

 お前達こそなぜこんな暴挙を犯したのだと、そう問い直そうとしたが思い止まった。

 そのまま兵に引かれて娘は軍列の後方へと引かれていく。

 明智光秀も用意された乗馬に跨がった。


 すでに太陽は天中にあり、眩しい光が一面を照らしていた。

 ふと御所の方へと目を向けた。先程の娘の顔が目に浮かんだ。

 明智光秀は誠仁親王さねひとしんのう退去の際の女人の列の中に、彼女と同じ顔を見たような気がした。


          *          *


 思わぬ出来事が起こった。 

 安土城を目指した明智軍は、京の東の小来栖を抜け琵琶湖南岸の大津を抜けたとき、先遣隊から瀬田せた唐橋からはしが打ち壊されているとの報告を受けたのである。


 急ぎ増援の兵を送り橋を占拠する手勢は退けたが、確保した橋を再び軍が通れる様にするには橋の修復が必要であった。

 瀬田の唐橋の両岸にはそれぞれ瀬田城と膳所ぜぜ城の二城が構えられていたが、対岸の瀬田城に山岡景隆やまおかかげたか山岡景佐やまおかかげすけの兄弟が立て籠もっている事が確認された。


「我らに対する織田信長公のご厚恩は浅いものではない。よって明智が如き謀反人に従う事は断じて出来ぬ」

 山岡兄弟は明智の使者に対してそう述べると、こちらの話には一切の聞く耳を持たずに使者を追い出し、その後城に火を放って伊賀山中へと退去していった。


「我らが謀反人だと」

 使者からの報告に重臣達は声を上げた。

 負傷して戦列を離れた明智光忠の言葉が思い出された。


「おそらくは我らを敵と誤認された織田信忠様の伝令が安土城へと走ったのであろう。瀬田城の山岡兄弟の弟の方の景佐は安土城の城番衆の一人であったはずだ。

 その彼が我らの進軍を妨害するために安土城から出てきているのだ。まず間違いは無いだろう」


 明智光秀の説明に皆不服顔ではあったが、事情は理解した様である。


「坂本城へ戻る」

 そう明智光秀は決断した。

 救い出した織田信長公を安土城へと送り届け、あとは織田家の重臣達と譜代衆とで今後についての方針を決めて頂く。

 この軍の役目はただそれで終わりの筈だった。

 しかし今、誤解とはいえ自身は織田信長公襲撃の主犯として疑われているのである。理不尽な事になっている。そう思った。


 大津の手前で明智軍の軍列の前に一人の男が現れたと報告を受けた。

 編成されるはずであった織田信長公指揮の織田本軍の物資と荷駄の手配のために安土城から京へと出向いていた水野守隆みずのもりたかである。

 彼は謀反人明智光秀といきり立つこれまでの将士とは異なり、冷静に今回の事件の説明を明智光秀に求めて来たのである。

 織田軍の行動を妨げる行為は大罪であり、その場の判断で処断する事は軍規でも認められている。

 対応に出た藤田行政に明智光秀は問うた。


「伝五、水野殿に危害を加えてはおらぬだろうな?」

「今の状況が特殊でありますので、罪に問う事は避けるべきと考えました。水野殿には坂本城まで御同道頂き、そこで改めて京でのあらましを説明すると申しておきました」

「それでよい。安土城には明智謀反の誤報が伝わっていると思われる。水野殿も安土城の城番衆の一人、是非とも我らの力になって頂こう」


          *          *


 近江国坂本城は、明智光秀が近江国滋賀郡五万石の大名として抜擢された後に自らの居城として北国街道に面した平地に築かれた。

 三方を琵琶湖湖面に突出させた造りで、家臣団の家屋敷を城内に取り込み、防御機能を強化した近世城郭の祖とも言える城である。

 中でも一番の特徴は本丸に建つ大小二つの天守であり、その美しさは近隣諸国に語られるほどであった。

 織田信長公の居城安土城も、この坂本城を手本にした縄張りがされたとも伝わる。


 日暮れ前には明智の近江国での拠点、坂本城へと長い軍列は辿り着いた。

 疲れ切った表情の兵士達を癒やしたのは坂本の地の多くの民の笑顔だった。

 街道沿いの田畑で作業していた者は手を止め軍列に礼し、城下町では皆、彼等を歓声を以て出迎えたのである。


 軍は解散せず城下町の郊外に待機として一時の休息を取らせた。

 坂本の地に縁者のある者は二刻の面会を許し、そうでない者達には少量の酒が振る舞われた。


 兵達の陽気な歌声が上がり始める中、織田信長公を密かに坂本城内へと運び込み、曲直瀬道三による診断と治療を再開した。


 坂本城に在る多くの一族の者達が明智光秀を出迎えたが、今は非常時。

 皆を散会させすぐに重臣達を集めての評定に入った。

 集められたのは五宿老である明智秀満、溝尾茂朝、藤田行政、斉藤利三の四人と大津で合流した水野守隆である。

 ここで初めて、明智光秀は皆に織田信長公の生存を申し伝えたのである。

 

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