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問 悪かったのは誰でしょう?

作者: 鷹村紅士

 男は仕事中にかかってきた電話で絶望を味わう羽目になった。

 父親が病院に搬送され、亡くなったというのだ。

 数年前に母親が病気で亡くなり彼も父も落ち込んだが、親子二人がいつまでもうじうじしてちゃ駄目だと、お互いを励まし合った。

 今まで以上に話し合い、家事や何かの用事は手分けして行い、なんとか普段通りの生活に復帰できたと思った矢先だ。

 父はまだまだ現役で、彼より遅く出勤する。

 話によれば庭で倒れていたのを近所の人が発見し、救急車を呼んだのだと言う。


 男は慌てて会社を早退し、車に飛び乗った。

 勤務地から搬送された病院までは、一時間近くかかる。

 逸る気持ちをなんとか誤魔化しながらも男はアクセルを踏んだ。


 大通りに出てさらにアクセルを踏み込むが、少し進んだだけで法定速度を守って走る車に前方を遮られ、口汚く罵る。

 さらに車線変更しようにも、まるで狙っているかのように同じくらいの速度で走る車が横にいて、思わずハンドルを殴ってしまう。

 悪いことは重なるもので、信号が全て赤で停まることになり、男は苛立ちと悲しみでどうにかなってしまいそうだった。


 延々と同じ状態が続いていたが、ようやく前の車が左折していったことで男は一気に車を加速させた。

 速く病院へ。

 それだけしか頭になかった。

 だから、速度超過で警察に停められた。

 まったくスムーズにいかない現実に、大声で叫ぶ男。


 明るく、親し気に話しかけてくる警官に対し、怒りと悲しみをなんとか押さえ込んで対応する。

 急ぐ理由を聞かれたので答えたが、警官は一切斟酌せずに自身の職務をマイペースに進めていく。

 違反の処理が終わり、車を発進させる男。

 けれど速度は法定速度で。

 また捕まっては堪らない。


 警官たちは男を警戒していた。

 速度超過を行う人間は違反処理をしてもすぐにスピードを上げてしまうのを知っているからだ。

 涙ぐみ、それでいて苛ついた雰囲気を醸し出す男の表情は客観的に見れば異常で、非常に怪しい。

 家族の一大事と理由を話していたが、多くの違反者が見逃してほしくて警官たちの情に訴えようと様々な言い訳をするためか、一切信じてはいない。

 警官たちは男の車を追うことにした。

 事故を未然に防ぐのが、彼らの職務なのだから。


 男はスピードを上げ、流れに乗った。

 いつもならスムーズだと思える速度も、今回ばかりは遅くて苛立つ。

 父が死んだことが信じられず。

 病院は果てしなく遠く感じ。

 信号は全て赤。

 警察には速度超過で停められる。

 心の中は荒れ狂う。


 いつも以上に長く感じる運転もようやく終わりに差し掛かった。

 父の搬送された病院が見えた。

 荒れる息をなんとか宥めつつ、駐車場に続く細い道へと入る。

 そこには両側に病院へ行く人、病院から駐車場に向かう人がいてさらに道幅が狭く感じる。

 ここまでくれば、と深呼吸しながらゆっくりと車を進める。

 すると人が少ない部分があったので思わずアクセルを踏んだ。


 人が少ないといっても、まだ数人はいる。

 その内の二人──母親と小さな女の子の二人連れを追い越そうとした時、それは起こった。

 女の子が急に車の前に飛び出してきたのだ。

 慌ててブレーキを踏む。

 ガクリと揺れる車体。

 それで車の存在に気が付いたのか、母親は驚きながらも娘を抱き抱え、端に避けた。

 速度が遅く、距離もあったために人身事故にならなかった事に安堵しつつ、魔の悪い出来事に苛立ちが膨れ上がりながらも、子を抱き抱えた母親が頭を下げる姿を見てなんとか我慢。

 駐車場へ車を停め、大きく息を吐き出した男は急いで病院に入るべく駆け出した。


 男を警戒して追いかけてきた警官たちは先ほど事故を起こしかけた親子へ声をかけた。

 母親は恐縮しつつも、自分の不注意だ。しっかり手を繋いでいなかったのが悪かった。そう言って警官たちに頭を下げた。

 警官たちも、そこまで言うなら。お気をつけて。そう言って車へ戻った。


 その時だ。

 女性の悲鳴が聞こえた。

 警官たちはすぐに動いた。

 見れば、警戒していた男が物凄い形相で走ってくる。

 その直線上には、先程男が事故を起こしかけた、あの母と娘。


 警官たちは駆け出す。

 昨今、危険な運転をしておきながら他者が悪いと喚き、傷害事件にまで発展する事件が多い。

 だから、走ってくる男を捕まえ、地面に引きずり倒した。

 罪なき母娘を守るために。


 男は混乱した。

 ただ早く病院に行きたいだけなのに。

 悲鳴を上げられ、警官に強引に拘束されたのだ。

 必死に叫んだ。

 父が死んだのだ。

 早く病院に行かせてくれ。

 頼む。


 けれど警官たち力を強め、男をさらに押さえつける。

 別の警官は無線で応援を要請する。


 周囲の人々は何事かと周囲を取り囲み、一人、また一人と携帯端末を取り出して動画を撮影する。


 母親は娘を抱きしめながら、拘束された男を睨みつける。

 自分の不注意で娘が道路に飛び出したのは、確かに悪い事だった。

 けれど、だからと言ってそこまで怒ることはないだろう。

 男とはなんて身勝手な存在なのだろう。

 自分と娘を捨てて、別の女とともに出ていったかつての夫への怒りが込み上げてくる。


 男は押さえつけられ、苦しくて咳き込んだが、訴えることは止めなかった。

 俺がなにをした。

 病院に行きたいだけなんだ。

 父が死んだって聞いたんだ。

 行かせてくれ。


 それでも警官は拘束を緩めなかった。

 興奮状態の人間を解放してしまうとその反動でどんな危険な行動を起こすか分からない。

 周囲には野次馬が大勢いるし、すぐ傍には無力な女性がいる。

 警官は職務を全うすべく全力を尽くす。


 やがて応援の警官たちが続々と集結し、男を取り囲んだ。

 その頃には男の力は残っておらず、コンクリートに顔を押し付け、自らに降りかかった理不尽を嘆き、泣く事しかできなかった。



 警察に勾留され、取り調べを受け、解放された男を待っていたのは、父の亡骸と、親戚たちからの罵倒。葬式の手続き。そして会社からの解雇通知だった。


悪とはなんでしょうね?


これはフィクションです。実際に起こったことではありません。

もし似たような出来事を経験した方がいらっしゃっても無関係です。

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[一言] この話は父を亡くした男性視点で進むので、彼に共感するバイアスがかかっていると思います。 警察は悠長で他人事で真剣に取り合ってくれず横柄だったという体験談はよく耳にしますが、そうでない警察もい…
[一言] 警察が悪い。 興奮して走ってはいけない何て法はない以上、取り押さえることに正当性がない。実際なら親子の前に庇うように立つってとこでは。
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