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ディヴァイン・ウィル  作者: 氷華青
序章「《神》の意志」
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風変わりなチュートリアル

DW info 「翻訳システム」


プレイヤーが各自リアルの世界の母語でコミュニケーションが取れるよう、ヴァーチャルの世界では同時翻訳システムが常に稼働している。

 世界で一人……? それってどれくらいだ?


「ちなみにプレイヤー数は?」


 俺が訊くと、ユキは瞳を輝かせたまま答えてくれる。


「現在は三億人を超えています。そしてブレイドタイプのプレイヤー数ですが……その中の八千万人ほどを占めています」


 三億人もいるのか。俺がVRゲームを探そうと思って検索したら上位にあったこともこれで頷ける。そしてそんなにプレイヤー数が多いということは……そこまで危険なゲームでもないのかな?


「八千万人の中でたった一人、俺だけがタンクスキルを持ってる……」


「はい。それも《神》が決めたことです。あのプログラムの思惑は定かではありませんが、あなたに何か、状況を変えて欲しいと考えているのかもしれません」


 まだチュートリアルも終わっていないから、俺が何をできるのかもよくわからない。《神》に……ただのプログラムのはずのものに、期待されているのか?

 いや、ユキがこんなにリアルの人間らしいんだ。《神》が人間らしいものの可能性も無くはない。


「さて、最後のスキルをご紹介しますね。早くアーレッジさんの戦闘を見てみたいんです」


 「戦闘」……やっぱり戦うのか。今までの説明の仕方から大抵予想はついていたけど。


 ユキは下げていた右手をまた肩と同じ高さまで上げて、親指以外の四本の指を立てる。


「四つ目のスキルは、『向識ベクトリアライズ』です。七タイプの中の『ブレインタイプ』に属します。対戦相手が積極的な立ち回りをしているか、はたまた消極的な立ち回りをしているかがわかるスキルです。このように、ブレインタイプのスキルは情報獲得に貢献してくれることが多いです」


 サポート系のスキルか。俺のスキル、結構バランスがいい方だと思う。


「一応これでスキルの説明は終わりましたので……」


 ユキはまた眼を輝かせる。


「対戦、やってみましょう!」


 その勢いに押され、頷くしかない俺。ユキってこんなキャラだったっけ?


「いいですね、その意気です! さあ、それではドアを開けてください!」


 どの意気なのかはわからないが、とりあえずドアを開けてみる。ドアの向こうには、バトルフィールドが広がって――


「……あれ? また部屋……?」


 そんなものが広がっていることはなく、さっきまでいた俺の部屋――と言っていいのかよくわからない――と同じような、アクアブルーの壁や床に囲まれた空間があるだけだった。


「そうですよ。ここはロビーです。言うなれば準備室ですね。相手と、対戦のことについて色々な決め事をします」


 視界の中央にブロンドの髪の俺と同じくらいの年齢の人間がいる。

 爽やかな笑顔で、こちらを見ている。


「彼はチュートリアルのNPCです」


 NPCは、綺麗な青い眼でこちらを見たまま何も言わない。


「NPCって話せないの?」


 ユキは頷いて、言う。


「そうですね。プレイヤーと区別するために、彼らは話せないようになっています」


 さて、とユキは続ける。


「今から色々、対戦について決め事をします。今回は相手がNPCなので、アーレッジさんのお好きなように決めちゃいましょう。もちろんしっかり私が説明していきますっ!」


 彼女は右手でピースサインをつくり、それを横にして右目の側に持っていく。ギャルか。


「わ、わかった。ありがとう」


 えへへ、とユキは照れ笑いする。しかしすぐに、いけない、と真顔に戻して、言う。


「えっと、まず決めるものが『フィールド』です。今からバトルをしていただくので、そのためにフィールドを選ぶのはとても重要です」


 確かに重要だな。どんなフィールドがあるのか、気になるところだ。


「フィールドは、『住宅街』『森林』『海中』『天空』『遺跡』『摩天楼』『終末』の七種類です。まずは無難な『住宅街』を選んでみましょうか。今回は日本人プレイヤーとNPCの対戦ですので、日本の住宅街がモチーフのフィールドになります」


「なんかほぼ即死級のフィールドが二、三個あった気がしたんだが!」


 話の腰を折ってしまうが、気になったのでツッコむ。


「大丈夫です。『海中』でも呼吸ができるようになっていますし、『天空』は地面に着く前に勝負を決めればいいんです」


 要はスカイダイビングしながら戦うってことだよな? 「天空」だけは絶対に選ばないようにしたい。


「それではこちらからお選びください」


 ユキが手で何も無い空間を指すと、そこにタッチパネルが現れる。


 その一番上に表示された選択項目である「フィールド」では、初めから「住宅街」が選択されていた。


「もう選ばれてる」


「あ、初めに何かしらが選ばれているパターンのものでしたね。それでは次の項目にいきます」


 一つ下の項目を見ると、「エキシビション」と書かれている。


「『エキシビション』は、他のプレイヤーにバトル中の映像を公開するかしないかを選ぶ項目です。今回は『なし』を選んでください。見られたくないでしょう?」


「まあ確かに、たぶん拙いプレイになるし、見られたくはないかな」


 「エキシビション」の項目は「あり」になっているので、右向きの矢印マークをタップして「なし」にする。

 ユキは頷く。


「うん。あとは条件の項目ですが……操作はなくて大丈夫です」


 「条件」の項目は「なし」になっている。条件って何だろう。


「条件って例えばどんなものがあるの?」


「そうですね……一つは『デスマッチ』。ゲームオーバーになったプレイヤーは、ヒュグロン減少量に関係なくリアルでも死亡するというものです。他には『コントラクト』があります。勝った方が負けた方に何か一つ命令をすることができるものです。今のところはこの二つですかね」


 リアルの肉体にダメージが及ばないような「条件」もあって欲しかったが、さすがにないか。


「なるほどね。じゃあ条件はなしで……あとはもういいよね?」


「はい。じっくりお楽しみください!」


 ユキの表情は快晴の下に咲く向日葵のように元気に咲く。それを見ると、自然と勇気が湧いてくる。


「よろしく」


 礼儀として言うが、NPCはこちらを向くだけで、にこりともしない。


『それでは、Ourageアーレッジ対NPCのチュートリアルマッチを行います』


 ユキではない女性の声が響く。その一瞬後、視界は光に包まれ、俺は耐えきれずに眼を瞑った。




 瞼の外がちょうどいい明るさになったのがわかり、眼を開く。一軒家が建ち並ぶ、住宅街の真ん中に俺は立っていた。NPCの姿は見当たらない。そしていやに静かだ。生活感がない。


 一瞬、ノイズが聞こえた。そしてその後、ユキの声が耳に届く。


『ここからはあなたの耳に直接ナビゲートをお届けしますね』


 辺りを見回すが、やはりユキはいない。


『うふふ、私はそこにはいないですよ。しかし、ナビゲーター専用の部屋であなたの様子は見ていますから、安心してください』


 ユキに見られているということは、逆に安心できないな。


『さて、プレイヤーはフィールドにランダムに転送されます。ここは住宅街ですが、プレイヤー以外は誰もいません。もう一度確認しますが、相手をゲームオーバーにすれば勝ちです。さあ、NPCさんを探しましょう。ランダムとはいえ、離れていてもせいぜい1kmくらいですし』


「了解」


 イヤフォンをつけていないのに耳の近くから声が聞こえることに違和感を覚えつつ、指示に従う。


『あ、すみません、忘れてました。先に「向識ベクトリアライズ」を使っておきましょう。スキル名を声に出せば、そのスキルを使えますよ』


 向識ベクトリアライズは……相手が積極的か消極的かがわかるスキルか。奇襲される前に相手の動きを知っていた方がいいな。


向識ベクトリアライズ


 そう呟くと、頭の中に一つのイメージが入ってきた。


『消極的』


 消極的か。それなら奇襲される心配はなさそうだ。


『おそらくヒュグロンを集めていますね。こちらも集めつつ近づきましょうか』


 近づくといってもどこに行けばいいかわからないし、ヒュグロンを集めろと言われてもどう集めればいいかわからない。


『前方を見てください。自動販売機があるのがわかりますか?』


「ああ、わかる」


 確かに自動販売機がある。しかし遠くから見ている限り、缶もペットボトルもあるが、どの飲料も同じデザインの気がする。


『近づいてみてください』


 急いだ方が良さそうなので、走って近づいてみる。やはりどの容器の見本にも同じ水色と緑色の斜めの線が交互に入ったデザインが描かれていて、そこには金色の読めない文字が書いてあった。


『ギリシア文字です。「ヒュグロン」と書いてあります。試しに飲んでみませんか?』


 まあ説明の通りエネルギーになるのなら、飲まないという選択肢はない。

 200円という価格表示を見て、高いなと思いつつも小銭を出そうとする。


 だがもちろん、いつも財布を入れている制服は着ていないし、手を伸ばした先のパーカーのポケットには何も入っていない。

 ダメ元でストレートパンツのポケットを上から叩いて見ても、何か入っている様子はない。


『何してるんですか? 小銭なんて誰も持っていませんよ?』


「じゃあ一体どうすれば――」


『壊すんです』


 耳を疑う。しかし至近距離から聞こえる声を誤って受信するほど俺の耳は信用ならないわけではないはず。

 それなら「壊す」という動作の対象が見当たらない。


「何を?」


『何って、自動販売機に決まっているじゃないですか』


 そう、自動販売機以外には見当たらなかった。

 でも道具なんてこの辺りには何もない。


「やっぱり?」


『はい。スキルを使う、ちょうどいい機会ですよ』


 そうか、スキルだ。初めてのフルダイブ型で緊張していて全く気づかなかった。


――「ソード」。非常にオーソドックスなスキルです。ただ前進して切り込むだけです。


 使うとどうなるのかわからないから正直不安だが、このゲームをやっていくにはスキルは必要不可欠だろう。生身でできることは限られているし。


 息を吐き出す。目標物は眼前の自動販売機。


「……ソード


 そう呟いた途端、右手が何かを掴む。見ると、スカーレット色のロングソードのようなものが手に握られている。それを確認すると同時に、体が勝手に動き出す。


「おわっ!」


 足が自動販売機のさらに近くまで身体を運び、右腕がスカーレット色の得物を使って自動販売機の鍵の辺りからその反対側まで切れ込みを入れる。

 耳を衝くような金属が切れた音が鳴って、自動販売機の扉が開く。中から金色の液体が漏れ出す。


「ヒュグロンだ……」


『ね? ちゃんとヒュグロンが入っているんですよ。飲めば補給できます。一本持っていきましょう』


 ヒュグロンが流れ出ているペットボトルを何本も外に放り出し、その奥から俺の右腕が振るった刃が当たらなかったペットボトルを一つ掴み取る。


 それと同時に、閑静な住宅街に金属音が響く。


『おそらくNPCさんも自動販売機を壊したのでしょう。音の大きさから判断すると、近いですよ。注意してください』


「わかった。向識ベクトリアライズ


『積極的』


 三文字が瞬時に届く。


『ここですぐに向識ベクトリアライズを使うとはファインプレーですね。とてもチュートリアル中とは思えないです。アーレッジさん、さてはリアルのゲームの玄人ですね?』


「ま、まあね」


 大体のゲームなら極めた。だからといってフルダイブ型は初見だし、期待されるのは困るのだが。


 それより、イメージや音から判断して、彼はもうすぐ来る。覚悟を決めろ。


 彼と出会ったらどうするか、考えろ。彼は「剣士ブレイド」か、または他のタイプのプレイヤーか。


 先に仕掛けてくるのなら、シールドを使え。少し間が空くのなら、惜しまずソードランス――いや、ランスはまだ使ったことがない。ここはソードで攻撃しよう。


 ランスを使ったことがないなら、今ここで空打ちしてもいいかもしれないな。


 その思考を邪魔するように、背後で気配がして、俺は振り向く。

 道の真ん中に、NPCがいる。


『ちなみに残念ですが、何人かいるチュートリアル用のNPCの中で、彼は特に強いです。これも《神》が選んだのでしょう。とはいえ、チュートリアルではプレイヤーのリアルの肉体に危害は及びません。存分に暴れちゃってください』


 なるほどね。他のゲームのチュートリアルみたいにはいかないってことか。初めからボコボコにされる可能性もある。

 ただし、リアルには何の関係もない。それは一見、俺たちプレイヤーにとっての利点だが、それだけではない。N()P()C()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 故に、彼の持つ全力でかかってくるのが目に見えている。


「わかった。俺、ちょうど他のゲームのチュートリアルには嫌気がさしまくってさすところがもうないくらいなんだ。なあ、NPC。全力で来なよ。俺も全力で立ち向かう」

DW info 「チュートリアル」


このゲームのチュートリアルは、初心者プレイヤーがオンラインマッチで命を守るために、初心者、または中級プレイヤーと同じくらいの強さに設定されたNPCと戦闘をするプログラムである。

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