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ディヴァイン・ウィル  作者: 氷華青
第二章「曇天の下、酩酊の神」
36/37

神に誓って

DW info 「ロキのエイム」


「ディヴァイン・ウィル」の思考読取システムと計測システムとを組み合わせた統計において、プレイヤー・ロキの目標的中率は100パーセントである。

 注射器からヒュグロンを補充しつつ、火球を一階にぶつけていく。柱を壊し、ビルを折るためだ。

 注射器からのヒュグロン補充は、飲用よりも素早く、より効果的だ。だが、下手な注射をするとその分痛みを伴う。

 ヒュグロンを止めることもせぬまま、連続で火球を放っては注射器を入れ替えてという作業をする。


「……あ」


 不意に、エイムがズレた。おかしい。私はまだ、狙いを外したことがない。こんなこと、あるはずがない。疑うように、右腕を見る。そして私は、目に映った自分の肉体の一部に息を呑む。

 右腕が、痙攣している。注射に対する恐怖が、甦ろうとしている。まずい。


速炎フレアラピッド!」


 首を何度も横に振り、でたらめに火球を放つ。

 この際、エイムなど定まらなくてもどうでもいい。放て。とにかく放ち続けるんだ。私にできることはそれしかない。


 琥珀色のレーザーが、隣のビルからこちらのビルまでを貫く。降ってきたガラスの破片が左耳を傷つける。着けているピアスがそれとぶつかって音を立てる。もちろん痛いが、気に留める暇はない。だが、彼が心配だ。


 注射器を震える右腕に差し込んで、液体を血管に流し込んだ後、それを静かに置くのももどかしくて投げ捨て、空いた左手をこめかみに遣る。


「アーレッジくん、戦況は?」


 少しの間。それでも私は、彼が生きていると。話してくれると、信じている。


『――身体中撃たれてる。もうすぐヒュグロン切れだ。それに対して向こうは大した傷もない。ロキ、俺はどうすればいい?』


 よかった。話してくれたし、訊いてくれた。彼のこれからを、私に委ねてくれているのだ。

 彼の取るべき行動を見極めるために、まずは現状を知ろう。


「逃げているの?」


『ああ、そ――』


 掠れてしまっている声が、途切れて。レーザーが耳の間近に通り過ぎたような感覚が一瞬訪れ、それから短いノイズがなった。


「アーレッジくん?!」


 これは、まずい。早く対処しないと。おそらく彼は、既にラヴィアンに追い詰められている。


「接続が切れちゃったのはしょうがないけど、私の声は聞こえてると思うから、今から言うことをちゃんと聴いていてね?


 視界が灰色になったら、窓から飛び降りて。地面に着く前に双剣舞ツインソードアーダを使えば、落下の衝撃は受けずに済むから!


 お願い――生きてね」


 伝えたいことは、全て言葉にしたはず。

 こめかみから手を離し、レーザーの音が聞こえるようになった瞬間、私はもう一度右腕に注射器を差し込んだ。


 耐えろ、私の腕。耐えて、アーレッジくん。


「壊れろ――――っ!」


 業紅火インファーレット。今までよりずっと大きな音が鳴り、ビルは確かに揺らいだ。狙った向きとは反対、私の方に倒れてくるが、最上階付近に火球を当てることで方向転換させる。

 直後、ノイズが鳴る。


『――ロキ。まだなのか……?』


 掠れた声が聞こえるが、ビルが倒れきるまでもう少し時間がある。早めに閉界者キートゥクローズをコールするとその分ラヴィアンに対処されやすいので、倒れるビルが彼らのいるビルにぶつかる直前まで待って欲しい。


「あと三秒! お願い、耐えて!」


 一、私は空になった瓶や注射器を置いて走り出す。

 二、倒壊するビルの轟音に耳を塞ぎたくなりながら、戦場であろう場所を見上げる。が、こちら側からはほとんど見えない。

 三、琥珀色の光が、私が見つめる場所で突然輝き出す。私は慌てて叫んだ。


「アーレッジくん、いくよ!! 閉界者キートゥクローズ!」


 世界は灰色に染まるが、私は走り続ける。黒い髪の少年が見えた。走れ、早く合流しないと。


 だが、私が彼に声をかけるまでに、モノクロの世界は終わりを告げた。


 再び、轟音が耳を殴るように響く。ビルがドミノ倒しのように連鎖して倒れていく。


「……にが(何が)、……こっ(起こって)…………?」


 地面に頽れるアーレッジくんは、そう呟いた。


 直後、ビルの倒壊音に混じって大きな音が鳴り。


「ふう、危ないねぇ……もう少し判断が遅かったら、完全にやられていたよ」


 頭からヒュグロンを流したラヴィアンが、ビルの瓦礫の中からスキルを使って飛び出す。私は咄嗟に、他の瓦礫の影に隠れた。


「ロキ……やってくれるじゃないか……! タイマンなら僕には絶対に勝てるはずのない分際で……!」


 その声には、もう余裕はなく。ただ怒りに支配された狙士シューターがそこにいるだけだった。


「まあ、まずは君だ、アーレッジ。もう君は動けない。僕が撃てば、君は負けだ」


 アーレッジくんは、諦観すら感じられない虚ろな目をラヴィアンと合わせている。これが、以前見た光景と重なった。

 ザヴォディーラさんたちとのマッチ、彼はザヴォディーラさんに一対一で押され、ゲームオーバーになってしまいそうだった。そしてその時、彼は確かこう言った。


――死に、たく……ない。


「待ちなさい」


 だから私は、今度こそ、失敗できない。


 業紅火インファーレットは放つ時にコールをするスキル。故に私は、何も言わずとも手に火球を持つことができる。


 ラヴィアンは面倒くさそうに、左肩がこちらに向くような姿勢をとる。


「待つのはそっちさ。まったく君は。先に殺されたいのかい?」


「いいえ、そんなことは微塵も思っていない。だって、殺されないし」


 即座に私は否定する。私は、私たちは負けない。なぜなら私には、たった今、名案が浮かんだから。


「あなただって満身創痍なんでしょ? そこまで血を流して、ヒュグロン量が減っていないわけがない」


 ただの憶測だったが図星だったようで、ラヴィアンは左手で茶髪を掻き上げる。


「バレてしまってはしょうがないね……そうさ、僕の残りヒュグロン量はせいぜい夏夜夢ギムレット一発分。消費ヒュグロン量の多い純白弾シャルドネは言うまでもないよ」


 それより、と彼は続ける。


「僕が君たちに負けてしまうというのが、本当に屈辱さ。さあ、そろそろ撃ってくれ。いっそ僕を……殺してくれ」


 ここまで追い詰めただけで、彼はこうも簡単に降伏するのか? そもそも彼が嘘を吐いている可能性の方が高い。

 それならばこれは、私に業紅火インファーレットを撃たせるための布石。彼には美酒取エンジェルズシェアがある。

 でも、そのフェイクに乗ってあげることにしよう。私の作戦に、彼のフェイクごと巻き込んであげよう。


「私が……撃つしかない…………! ごめんね、アーレッジくん。また、約束破っちゃうけれど」


 私は態と息を荒らげ、涙すら目に浮かばせる。一瞬歯を食いしばって葛藤を表現し、目を閉じるが、深呼吸の後に眼を開ける。


「しょうがないとはいえ……結局君は人殺しなんだねぇ。まあ、そんな奴らは何人も、何万人も、何億人もいるんだ。君だけのことではないよ」


 紫色の双眸に狂喜を浮かべ、ラヴィアンは語りかけるように言う。


「や……めろ……ロキ…………! やく、そく……!」


 ヒュグロンと共に言葉を吐き出すアーレッジくんを見ているだけで胸が痛くなる。早く、作戦を。彼の命ももう長くはない。


「この期に及んで理想論かい、アーレッジ? 見苦しいにも程がある。ロキは僕らと同じ、人殺しの道を歩むことに決めたんだ。ねぇ、ロ――」


「――あなたたちと、一緒にしないでっ!! 業紅火インファーレット!」


 感じている焦りをできるだけ出さないように叫んで、コールする。ラヴィアンの言葉を途中で切ったのは、もう聞きたくなかったから――というのもあるが、一番の理由はアーレッジくんが危なかったからに尽きる。

 これで彼の視線は緑色に輝く火球に釘付けのはずだ。まだ右腕は震えているが、ちゃんと()()()()()()()()はず。

 そして私は、呆然とこちらを見つめるアーレッジくんに笑いかける。懐から金色の液体の詰まった小瓶を取り出し、ラヴィアンの死角を突いて投げる。


「クハハハッ! クハハハハハッ!! 引っかかったね、ロキ! 君は救いようのない阿呆だ!! ――美酒取エンジェルズシェア


 ラヴィアンはまるで自分の計画に私が嵌ったように、満面の笑みでそう呟く。

 でも違う。私はその計画を読んでいたのだから。


「当たら、ない……?」


 彼は、その横を素通りした火球が空に消えていくのを見て、呆気に取られた。


「クク、クハハハッ! ロキ、君、いつからそんなにエイムが定まらなくなったんだい? 論外じゃないか。このゲームをプレイする資格すらないんじゃないかい?」


 エイム? そんなもの、言うまでもなく完璧だ。業紅火インファーレットも、()()でさえも。


「いいえ、私はまだ外したことがないわ。だから、寸分の狂いなく、あなたを倒せる」


 私が投げ渡した小瓶を受け取って、アーレッジくんはその中身を直に飲んだ。ペットボトル程の大きさがあれば気づかれていたかもしれない。注射を選んで正解だった。

 彼は立ち上がり、スキルを呟いてコールすると、ラヴィアンの右手のハンドガンを弾いた。


 ラヴィアンは瞬時にアーレッジくんの方を向く。


「何故だ……どうしてお前が動ける……?」


 アーレッジくんはその問いには答えない。ラヴィアンだってわかっているはずだ、()()()()()()()()()()()()なのだから。


 これだ、今朝学校で彼に言った、私たちが勝てるという予感の根源。ただのチームワークではない。チームワークだけならば、他のチームに圧倒的に負けている。

 私がサポートして、彼が自由に動くことができるように。私が、彼という剣を最大限に活かせるように。その、()()()()()()()()()()()()の潜在性を、無意識に感じていたのだと思う。


 アーレッジくんはスカーレット色の剣をラヴィアンの首に当てる。ヒュグロンが一筋、美しく流れる。命の煌めき。彼はそれを消すことはしない。


「俺があんたを斬れば、すぐにあんたはこの世界に戻ってこれることになる。でも、約束してくれ。もう、人に危害を加えるプレイはしないと」


 ラヴィアンは長い間黙り、涙を静かに流した。そして震える声で語る。


「僕は、負けたくない。だがこの状況は……冗談抜きでもう巻き返せないよ。正直人殺しに以前ほど興味があるわけでもないし、最後に君たちのような強いプレイヤーと出会えてよかった。

 もう人に危害を加えるようなプレイはしない。約束しよう。()()()()()


 キリスト教の信者がよく口にする台詞。彼もその一人なのかもしれない。つまり、その言葉の重みは大きい。


「わかった。俺はお前を信じる」


 アーレッジくんがそう言って、剣を振りかぶる。もうすぐ、十二神テオスの一柱を倒すことができる。でも少しだけ、待って欲しい。


「私は!」


 衝動に駆られて、気づけばそう叫んでいた。アーレッジくんとラヴィアンの視線が、こちらに集中する。


「私も、あなたを信じる」


 ラヴィアンは微笑する。今までの侮辱に満ちた笑みではない。初めて私たちが見た、彼の美しい笑顔。


「ありがとう」


 そして彼は、スカーレット色の剣の露に消えた。

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