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ディヴァイン・ウィル  作者: 氷華青
第二章「曇天の下、酩酊の神」
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命の審判

 三分ほどで目指したビルに着いた。まさしく天を衝くような、高い建物。その堂々とした姿に目を奪われそうになりながらも、俺は自動ドアを通って入っていった。


 ずっと上だが、同じ建物にラヴィアンがいるはず。それにもかかわらず閑散としたロビーを突っ切る。少ない光を反射する暗青色の床は、社員を落ち着かせるためのものだろうか。今から最強クラスのプレイヤーと対峙することになる俺にとっては全く効果がない。


 開かれたゲートを素通りし、出し得る限りのスピードで走る。床がスニーカーとぶつかって軽い音を規則的に立てるが、速く移動するにはしょうがないことだ。むしろ、ラヴィアンに見つけてもらえるのなら好都合。


 フロアを走り抜けて、エレベーターがあるところまで来た。ここで疑問が生じる。果たして、このゲームでエレベーターは動くのだろうか。

 しかし、辺りを見ても階段やエスカレーターは無さそうだ。ラヴィアンが上にいるということは、彼もエレベーターを使ったということだろう。


 エレベーターについている顔認証システムが何故か俺の顔に反応し、エレベーターが下がってくる。さっきまでそれがあった階の数字である「20」が表示される。

 だが、中にはラヴィアンが乗っているかもしれない。身構えてエレベーターを待つ。


 ラヴィアンが乗っていたら、どうする? まずは双盾ツインシールドを使って先手を弾くか? いや、もし対ランセーニュ戦での彼のスキル「夏夜夢ギムレット」を撃たれれば、弾くことができるかどうかわからない。

 では、躱すか? というより、こんな、エレベーターの真正面に立っているのがまずダメな点だ。彼に先手を許さずとも、視界の外から彼に攻撃できるように横にずれよう。


 そう考え、身体の向きを変えた瞬間。

 まるで世界というものが平和なものだと勘違いしているような、どこか気の抜けた到着音を響かせてドアが開くと、その中には誰もいないことがわかった。


 エレベーターはいくつもあるが、これが二十階から来たということはラヴィアンがそこにいる可能性が高い。

 俺は(はこ)の中に入るや否や「二十階へ」と言い、広い空間の隅に寄った。壁にもたれ掛かり、扉が閉まるのを視認する。


 エレベーターが動き出し、浮遊感を覚える。緊張と相まって吐きそうになるが、ぐっと堪えた。

 早く、早く上へ。表示される数字が増えていくにつれ、鼓動が速まっていく。


 気の抜けた音が鳴り、扉がゆっくりと開く。着いた。扉が開ききる前にフロアに転がり込む。敷き詰められたカーペットのおかげで、下手に転がったもののあまり痛みを感じない。


 しかし、素早い行動が出来て少し安堵したのも束の間。


 ――鼻歌が、聞こえてきた。世界の平和を歌うかのような、戦場にはまるで不釣り合いな歌が。


 すぐにそれが聴こえる方、右前に視線を向ける。壊れた自動販売機の中から損傷のないペットボトルを探す、長身の男が見えた。


 冷や汗が首筋を伝う。

 ロキに報告すべきか? ――いや、それでは向こうの攻撃への対処が遅れる。

 奇襲すべきか? ――いや、そもそもエレベーターの音で気づかれているに違いない。


 どうする? 何が最も効果的な方法だ?


「やあ、アーレッジ。君が先に来てくれて嬉しいよ」


 割れたペットボトルを次々と床に落としながら、キザったらしい声でラヴィアンは言う。

 彼の周りの青いカーペットには金色の液体が染み込み、こちら側のものよりも色が濃く見える。


 俺はこめかみに左手を当てる。


「ああ。俺もここで会えて嬉しいよ、ラヴィアン」


 すかさずノイズが鳴る。


『ちょっと! アーレッジくん?! 事前に報告してって――』


「いやぁ、楽しみだねぇ。どうだい、もう準備はできているかい?」


 ロキは俺がラヴィアンと相対していることを知り、まくし立てているが、それはラヴィアンの声にかき消された。この事情を伝えたかったがためにボイスチャットをオンにしただけなので、俺はこめかみから手を離す。


『アーレッジくん! 返事してよ! ちょっと、なんで切っちゃうの?!』


 ロキには悪いが、ここは一対一(いちたいいち)でやらせてもらおう。


「もちろん。双剣舞ツインソードアーダ!」


 数メートルの距離を一気に詰め、ラヴィアンに飛びかかる。しかし、彼は床に落ちたペットボトルを蹴り上げて俺の目をくらます。


 ヒュグロンは身体に付いてもすぐに消えていく。それ故に俺が視界を奪われたのはたった一瞬だった。


 だが、ラヴィアンはその一瞬で横に数歩分移動し、


夏夜夢ギムレット!」


そうコールする。


双盾ツインシールド!」


 咄嗟にそう叫び、二枚の盾で巨大な琥珀色のレーザーを防ごうとする。


「……っ!」


 何とか直撃は免れたが、壁に激突してしまった。

 背中を強い衝撃が襲い、痛みに声も出ない。


「用意ができていてその程度かい? それなら君も、ロキと同じだねぇ。いくら態度だけ強そうでも、中身が備――」


「うるさいっ!!」


 心まで潰しに来たラヴィアンの言葉を、何とか遮る。

 足に力を込めて立ち上がり、俺は右手に持ったスカーレット色の剣をラヴィアンに向ける。


「そんなレーザービームひとつで俺を倒したつもりなら、とんだ勘違いだぜ」


 ラヴィアンは細長い目をさらに細くする。紫色の瞳が怪しく光る。


「ふーん。なら、もっと撃つだけだけどね! 夏夜夢ギムレット!」


 彼によって幾度も放たれる琥珀色のレーザーを、一つ目は横に転がって躱し、二つ目は双剣舞ツインソードアーダの推進力で躱す。比較的自由に動ける双剣舞ツインソードアーダの特性を利用して、レーザーを斬ったり、躱したりでラヴィアンに近づいていく。


 わかったことだが、レーザーを切ると、そのレーザーは消えてしまう。俺の身体を呑み込むほど大きいのに、意外だった。


 しかし、そんなことに驚いて足を止めてしまっては、呑み込まれて倒されてしまう。


「チッ、やっぱりブレイドスキルは嫌いだよ……加丁アナザーグラス!」


 ラヴィアンの左手に、ハンドガンが創造される。先程まで()()()()に放たれていたレーザーが、()()()()()に放たれるようになる。


 動きにくいために避けていた、デスクや、その上にパソコンがあるスペースにも足を伸ばし、フロアを縦横無尽に飛び回る。

 それに対応して、夏夜夢ギムレットはそのスペースの壁――ガラス窓を割っていく。


 しかし、一向に俺にはレーザーが当たらない。先にヒュグロンが尽きるのはどちらだろうか。もはやそんなことを考え始めた時、俺はラヴィアンを射程圏内に捉えた。


双剣舞ツインソードアーダ!」


 あと数瞬。数刹那のうちに、スカーレット色が彼の身体を斬る。だが。


純白弾シャルドネ!」


 ラヴィアンは必死の形相で、夏夜夢ギムレットではないスキルをコールする。彼は急に身体を高速回転させ、白いレーザーを全方位に飛ばす。

 防御の出来なかった俺の身体中に、白の弾幕が襲いかかる。スキルの推進力で何とか後ろに下がるも、あちこちに鋭い痛みを感じる。足元を一瞥すると、身体からカーペットに金色の液体が滴っていた。


 ――おぞましい殺意が向けられていることに気づいたのは、額に銃口の冷たさが伝わった後だった。


 耳鳴りか、それとも空耳か、このビルには俺とラヴィアンしかいないはずなのに、破壊音が不規則に轟いている。

 心臓が早鐘を打っている。それは規則的に、俺を死の道にいざなっているように思えた。


 俺は銃口に戦慄しながらも、視線を上に向ける。


「これでもまだ、戦うかい?」


 ラヴィアンの、非情で睥睨しきった視線が、俺の勇気を射抜かんとする。

 それでも俺は、


「諦めるわけないさ」


そう呟く。


 俺がやらなきゃ、誰がこのゲームを罪無き方法で止めることができる?

 俺が負けたら、ロキは、家族は、クラスメイトは……どう思う?

 死ななかったとして、俺はまた自分の現実リアルをクローンに預けなければならない。


 でも俺は、自分の人生は()()()生きたい。


「ふーん。ま、どうでもいいけどね」


 ラヴィアンは少し多めに息を吸い込み、嬉々として命の審判を行う。


「――夏夜夢ギムレット

双盾ツインシールド!」


 二つの盾を思い切り小さく、それも額に二枚重ねるイメージで。

 耐えてくれ、頼む。


 金属の軋む音、コンクリートの壊れる音、まだ鳴り止まない破壊音。様々な音の交ざりあった空間に、俺は落ちていくような心地がした。

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