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ディヴァイン・ウィル  作者: 氷華青
第二章「曇天の下、酩酊の神」
31/37

傲慢

 俺たちがロビーに入ると、そこにはもう長身の男が待っていた。


「謝罪は要らないよ。まだ集合時間にはなっていないからね」


 それが、彼が放った一言目だった。ずいぶん高圧的な態度だと感じ、少し頭が熱くなる。


「謝罪なんて、別にする気もないんだけれど」


 ロキもそう感じたのか、眉間に皺を寄せてぶっきらぼうに言う。

 彼女の棘のある言い方にラヴィアンは嫌な顔一つせず、彼の右方にあるデジタル時計に目を遣った。


「試合開始予定まであと二分……まずは準備をしようか」


 ロキの言葉を無視したように、ラヴィアンは言った。その態度にも腹が立つが、チームメイトが苛立ちで震えているのが横からわかったので、俺は彼女の代わりにラヴィアンの言葉に応えた。


「ああ」


 俺の返事を聞くと、長髪の男はにんまりと笑う。


「そっちは二人で来た……ってことは、僕がこのマッチをカスタムする権利があるってことと同じ、だよね?」


 紫色の瞳が怪しい光を強める。何か悪巧みをしているのか?


「……ええ、そうよ」


 少し声を震わせ、ロキが言う。


「その代わり、どうカスタムしたのかは教えること」


 ラヴィアンは、「そっちは二人で来た」と言っておきながら、初めてロキに気づいたという風に彼女に視線を向ける。


「おや、ずいぶんと()()()()態度だねぇ、()()()()()?」


「……!」


 息を呑んだロキが手を振り上げるが、その手を掴んで俺は彼女を止める。


「……放して」


 呟くロキに、首を横に振る。


「今から対戦できるだろ。それで報いてやれよ」


 すると、彼女は腕を下ろしてくれた。

 わざとらしくラヴィアンがため息を吐く。俺は、できることならロキの耳を塞いでやりたかったが、それを決断する前にあの男は口を開いた。


「アーレッジの方がわかっているじゃないか。君よりも戦闘経験が浅いのに。情けないねぇ、ロキ」


 しかし、ロキは今度は手を挙げなかった。


「早く、準備しろよ。こっちは待ってんだから」


 内心ロキを褒めつつ、俺は苛立ちを隠さずに言う。


「わかった、わかったよ……全く、生意気なガキどもだねぇ……」


 そう呟きながら、ラヴィアンはやや細長い指を的確に動かしてタッチパネルを操作する。


「さ、もうすぐ始まるよ。このマッチは『エキシビション』、『デスマッチ』も『コントラクト』もオフだ。それと、フィールドは――」


 そこで彼の声は途切れ、辺りは光に包まれる。ラヴィアンの人を不快にさせるような笑顔も光の中に消えていった。


『それでは、OurageアーレッジRokiロキチーム対Ravien(ラヴィアン)のエキシビションマッチを開始します』




 視界が開けると、辺りには高層ビルが建ち並んでいた。フィールドは「摩天楼」だ。


向識ベクトリアライズ


 気がつけば、そう呟いている。


『消極的』


 さすがにまだ補給を探しているか。俺は左のこめかみを押さえて、言う。


「ロキ、聞こえるか?」


 ノイズが鳴り、凛々しい声がする。


『ええ』


「さっき向識ベクトリアライズを使ったんだけど、ラヴィアンはまだ消極的だった」


『ありがとう。またその都度使って、教えて欲しい』


「ああ」


 こめかみから手を離そうとすると、彼女が息をついたのが聞こえる。


「どうした?」


『いえ、ただ……ラヴィアンは私たちに事前にフィールドを教えず、微小時間のアドバンテージを取ろうとしていたんだろうけど……無駄だったわね』


 なるほど、妙に選択したフィールドを伝えるのを引っ張っていたと思ったら、そういう意図があってのことだったか。


「でも、なんでそれが()()なんだ?」


『ちょっとちょっと、アーレッジくん。せっかく昨日「摩天楼」を選んだのに、まだここに慣れてないとか言わないよね?』


 ああ、そういうことか。確かに、ザヴォディーラのチームと対戦した時、ロキが「摩天楼」を選んだ。それは、ラヴィアンがここで「摩天楼」を選ぶと確信していたから、事前に俺にこのフィールドに慣れさせようとしてくれていたからだろう。


「あー、それは大丈夫。ちゃんと慣れたって。でも、なんでラヴィアンが摩天楼を選ぶってわかってたんだ?」


『それは――って、ちょっとアーレッジくん? ちゃんと補給探してるよね?』


 あ、まずい。冷や汗が首筋を伝い、俺は急いで走り出す。こめかみを押さえたままなので、結構走りにくい。


「さ、探してるよ!」


 ロキはため息を吐く。


『はいはい、早く見つけて合流しようね〜。それで、ラヴィアンが「摩天楼」を選ぶと確信した理由ね。それは、今までの彼のマッチを分析した結果、彼の傾向がわかったからなの。彼は近年、高所から一方的にレーザーを放つ戦いを好む。そんなことが安全にできるのは、「摩天楼」くらいだと思わない?』


 確かに、高所をとるのなら「森」でも可能だ。だが、木から落とされて大怪我をする可能性も低くない。


「だから摩天楼を選んだのか」


『そう。それと、「森」はここ最近、ラヴィアンに選ばれたことがない。理由はあなたもわかるんじゃない? このゲームのプレイヤーは、とにかくトラウマを避けたがる癖があるし』


 トラウマ――おそらく、俺が見たランセーニュとの試合のことだろう。ラヴィアンにとってみれば、あれが唯一の負け試合。その悔しさは異常なものであったに違いない。

 そしてその時のフィールドは、「森」――だから彼はそれを避けているのだろう。


 俺だって、NPCに負けた「住宅街」はトラウマだし、逆にロキと共に勝ったここ「摩天楼」は結構好きな場所だ。プレイヤーの国籍が何であれ東京の街並みが選ばれるというのも、いちいち狼狽うろたえなくてもいいので魅力的だし。


「なるほどね。でもさ、すごい洞察力だよな、ロキは」


 彼女の吐息が漏れる。


『ありがとう。じゃあ、また何かあったらその都度ボイチャお願い!』


 接続が切れたのか、ノイズが短く聞こえた。


 そして俺は、こめかみから手を離して走り続ける。どこを進めど周囲は高層ビル群ばかりで息が詰まりそうになるが、一人が進むには広すぎる歩道を黙って駆けていく。

 角を二回曲がった頃だろうか、ノイズが鳴った。


『緊張していますか、アーレッジさん?』


 柔らかな声が鼓膜を心地よく震わす。


「まあ、それなりに」


 ユキの声に少し元気をもらって、走るスピードがやや速くなる。


『私ができるアドバイスは、今回はありません。ロキさんと共に頑張ってください。ノエと一緒に、しっかりと見ていますので!』


「ありがとう。絶対勝つよ」


 ユキの激励に心を暖められつつ、本来なら店名の書いてあるところに「3」と書かれたコンビニエンスストアを見つける。


 ようやく見つけたと安堵して自動ドアから入ろうとした瞬間。


 ガラスが割れたような音が、連鎖して轟音となって俺の耳に届いた。


 ノイズが鳴って、焦りを孕んだロキの声が届く。


『アーレッジくん、大丈夫?! もう戦闘してるの?!』


 どうやら、俺がラヴィアンと対峙していると思っているらしい。ということは、ロキもまだラヴィアンに出会えていないのだ。


「いや、まだ。たぶん、もうラヴィアンの方は準備できたんじゃないかな――向識ベクトリアライズ


 予想を確かめようと、コールをする。


『積極的』


 すると、やはり彼の思考のベクトルが変わっている。


「うん、積極的だって」


『それなら、そうみたいね。アーレッジくん、さっきの音源がどこか、わかる?』


 コンビニエンスストアに背を向け、視線を上下左右に動かしていく。すると、直線距離で500mほど離れたビルの、十五階辺りの窓ガラスが十数枚割れているのを視認する。


「近い。俺が行くよ」


『了解。任せたよ! なるべく早く合流するから!』


 そこでボイスチャットが途切れた。


 コンビニエンスストアに入ってから向かうことも一瞬考えたが、そんなことをしていてはラヴィアンが移動し、先にロキが奇襲されてしまうかもしれない。

 俺は目的地まで走った。

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