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ディヴァイン・ウィル  作者: 氷華青
第二章「曇天の下、酩酊の神」
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明確なゴール

 風景は、白いベッドや銀色のデスクのある()()に戻る。


「さて、思った通り、得られたものはあったみたいですね」


 部屋の中央にいる俺は、声のしたドアの方を見る。そこではユキが微笑している。


「ああ。ヴァイナーのときも、もちろんオルパロンのときも思ったけど、やっぱり十二神テオスは桁違いだ」


 ユキは口角を上げたまま頷く。


「それでも、勝つのでしょう?」


「まあ、必ず負けるとは限らないからな」


 そう言うと、美少女は笑みを深める。


「アーレッジさんのそういう所が大好きです」


 ユキはそう零し、俺と目が合うとすぐにそっぽを向いた。横顔から頬が赤いのが見てとれる。俺も美少女からそう言われて、顔が熱くならないわけがない。


「げ、現在17時を過ぎたところですね! そろそろチームルームに入っておきましょうかっ!」


 めちゃくちゃ可愛いじゃねぇかぁぁぁ!




 チームルームへはユキがドアを開けるだけで入ることができた。ルームIDはどこで使うのか訊くと、


『私がいれば必要ないです。でも、忘れないようにしてください』


と言われた。


 チームルームは広々としたアクアブルー色の空間に変わりなかったのだが、いくらか物が増えていた。

 俺のルームにあるのと同じ銀色の机に、同じデジタル時計。机は二つ横並びになっているが、時計は左の机上にしかない。そして、紺色の柔らかそうなソファー。三人くらい座れそうだ。


「勝手ながら、私がレイアウトしておきました。不満な点は遠慮なくお申し付けください」


 まだほんのり顔の赤いユキが丁寧に言ってくれる。これだけあれば、チームの行動には十分だろう。


「ああ、ありがとう」


 そして、俺とユキは目を合わせる。今度は二人とも、顔を赤らめはしない。


「では、ロキさんの到着まで、もう一つのマッチ映像を見ましょうか」


 そうだった。ユキの見せたかったマッチは二つ。一つ目は十二神テオスのリーダーのものだった。十二神テオスのレベル、ゲームマスターへのヒント、狙士シューターの戦い方、エキシビションマッチの詳細などを知るのに効果的なマッチ映像だ。となると、二つ目は……。


「ラヴィアンさんのマッチです。過去のエキシビションマッチですので、そちらのデスクの引き出しからデータを出してみてください」


 ユキは、デジタル時計が載った方のデスクを指さす。


 そう、二つ目は()()()()()()()()

 もちろん、十二神テオスのレベルもゲームマスターのヒントも彼のマッチを見るだけで知ることはできるはず。しかし、そちらに集中してラヴィアンというプレイヤー自体を見ることができないという事態を避けるため、ユキは先にローレルのマッチを見せてくれたのだ。


 ユキが示したデスクの一番下の引き出しを開ける。そこには紙ほどの厚さしかない、様々な色をした物がたくさん入っていた。


「どれが見せたいもの?」


 多すぎて、どれがどれかわからない。


「あー、すみません! ラヴィアンさんのマッチ映像は、金と紫の指標で示されています!」


 物体はみな、右上の辺りが少し盛り上がっている。その部分の色が金と紫のものは一つしかなかった。

 何しろ薄いので、破れたりしないようにそれを恐る恐る持ち上げて訊く。


「これ?」


「それです! 今のところ、準備してあるラヴィアンさんの映像は一つしかないんです、申し訳ございません」


「いや、一つ見れたら十分だよ。こんなにたくさんのマッチ映像、一生かかっても見れる気がしないし」


 A4サイズの「マッチ映像」とやらを丁寧に手のひらの上に載せる。


「で、どうやって見るの、これ?」


「あ、デスクのタッチパネルの上に載せてください! それと、どんなことがあってもそのデータは壊れませんので、多少乱暴に扱っても大丈夫ですよ!」


「マジか?! 見た目によらないな、こいつ……」


 データを縦に持って、立ち上がってそのままタッチパネルの上に置く。少しズレてしまったが、勝手にそれを補正してデータはタッチパネルに吸収されていった。


「ユキ、データが無くなったけど大丈──」


 先程までユキがいた方を向くと、そこには誰もいなかった。周囲を見回すと、つい先程まであった家具も机もタッチパネルもない。


「おい、ユキ! どうなってるんだ?!」


 地面から低い音が鳴り響く。まるで天変地異が起こるかのようだ。

 ふと眩しさを感じ、俺の真下の地面が光っていることに気づく。それはすぐに広がり、辺りを包み込んでいく。


『これより、「フィフス・アニヴァーサリーカップ」クォーターファイナル、RavienラヴィアンLancaine(ランセーニュ)のマッチを開始します』


 ああ、そうか。きっと、チームルームからの観戦への入り方がこれなのだろう。焦ってしまった自分が恥ずかしい。

 そう思いながら、眩い光に耐えきれずに俺は瞑目した。




 目を開く。最初に飛び込んできたのは、曇天。何故か寝転んでいた俺は体を起こそうとして地面に手をついた。掌が柔らかく湿った土の感覚を覚える。上半身を起こすと、周囲に広がるのは暗褐色の幹を空に向かって伸ばす木々だった。上にいくにつれて短くなっていく枝から、針葉樹だと判断できる。


「ここ、日本じゃないな」


 いつもの電子音が鳴り、いつもの声が聞こえる。


『ええ。ここはシュヴァルツヴァルト、ドイツの森林地帯です。ちょうど一年と半年前でしょうか、2084年12月2日、「ディヴァイン・ウィル」が五周年を迎えた記念に、ほとんど全てのプレイヤーが参加した()()()()()()()()()()()のトーナメント戦がありました』


 衝撃が体を駆け巡る。


「リアルへの、ダメージ無し……? そんなこともあるのか?!」


『ええ。この大会でそれが初めて採用されましたが、それ以後リアルへのダメージ無しの大会は開かれていません』


 だが、今後またそんな大会が開かれる可能性もあるということだ。純粋に、強くなるために参加してみたい。


 そして、先程の情報から確信できることがある。《神》を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 これは大きな情報だ。ゲームマスターから《神》の操作権を奪えば、被害を止められる。


「なるほど」


 自ずと笑みが零れる。


『ゲームマスターを倒す、明確な理由が出来ましたね』


「ああ。今までは、ゲームマスターを倒せば何かが変わるんじゃないかと漠然と思ってたけど……今は違う。ゲームマスターを倒せば、必ずこの仮想空間を変えられる」


 ふと轟音が聞こえる。その方を見ると土煙が立っている。あそこで戦っているのだ。

 俺はそこに向かって走り出す。


『そのまま走り続けてください。その間、ラヴィアンさんとランセーニュさんについて、情報をお伝えしていきます』


 何本も何本も()()()()木々の間を通り過ぎつつ走る。シュヴァルツヴァルトは今やほとんどが人工林となってしまっているため、このように木が並んでいるのだろう。


 俺の無言を「オーケーサイン」と捉えてくれたのか、ユキが話し出してくれる。


『まずはラヴィアンさん。当時の彼は、まだ「十二神テオス」ではありません。戦績は通常のオンラインマッチで千勝以上かつ無敗、参加した六つの公式大会では、どれも規模が小さいものの全勝中でした。世界ランキングは三位。当時最も波に乗っていたプレイヤーと言っても過言ではありません』


 ラヴィアンは強い。それも、思っていたよりずっと。彼の試合を見るのがとても楽しみになってきたが、それと相反して今日の試合の自信がなくなってくる。

 俺は走りながら、手に滲む冷や汗を握りしめた。


『そしてランセーニュさん』


 木が倒される音と同時に、ユキは言葉を紡ぐ。


『彼は既に「十二神テオス」の一員です』


「待ってくれ、相手は十二神テオスなのか?!」


 轟音が立て続けに鳴る中、驚きのあまりそれに負けないくらいの声で叫んでしまう。


『ええ。大規模大会のクォーターファイナルとなれば、十二神テオス並の実力者が出揃いますよ』


 そうか。よく考えれば、これは誰と当たるかは《神》次第のオンラインマッチじゃない。強者が上へと昇っていくのがことわりの、トーナメント戦だ。


『納得いただけたようですね。説明を続けます』


 そのユキの落ち着いた言葉に、俺は気づく。


「あ、ごめん……また話を切っちゃった」


 俺が謝ると、笑い声が聞こえる。


『気にしないでください。逆に、反応をいただけたことが嬉しいくらいです』


 感情を持ったAIの素晴らしさを、改めて痛感する。


「そっか。それならよかった。続けてくれ」


『はい!


 さて、「十二神テオス」の一柱、ヘルメースのランセーニュさんは、最強の転士トリックスターです』

DW info 「ヘルメース」


「十二神」では、ランセーニュがこの神に例えられる。主神ゼウスの使いで、幸運と富を司る。商業や伝令の神で、智略に長けている。

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