レベルアップ
DW info 「超音速」
文字通り、有効時間中は音速を超える速さで移動ができる智タイプのスキル。
次々と多方向から繰り広げられる、激しい斬撃。左前方から切りかかられたと思えば、すぐに次の斬撃が後方から右肩を襲う。
「うっ……!」
痺れるような痛み。しかしその痛みは、俺の頭をすっきりさせた。
ステディの攻撃は、速さ故に全て当たっているように感じるが、それは間違いだった。彼はコントロールが悪い。要するに、あまり上手くないのだ。
「剣舞!」
そして、ごく稀に訪れる比較的遅い攻撃。ここがチャンス。
「盾!」
黒い光の盾が青い剣の攻撃を跳ね返す。ここでやるしかない。
「双剣舞!」
左手にスカーレット色の剣が創造され、俺はステディに向かって切りかかる。
「加速!」
ステディがものすごいスピードで後ろに下がる。なるほど、智タイプのスキルで加速し、それが元の速さと相まって超速を実現できたのか。
一度剣を振る。それは空を切るが、剣戟はあと二回可能だ。
「加速!」
ステディが、今度はこちらに向かって狭い通路を一直線に駆ける。おそらく、双剣舞をよく知らないのだ。
スキルの推進力を存分に使って、向かってきたステディに二つの剣をそれぞれ別方向から振り下ろす。
しかし危機に瀕しているはずのステディは笑った。
「教えてやるよ。お前の予想通り、俺は陸上をやっている。百メートル走で日本代表にギリギリなれなかったくらいのところまではいったさ。だが──」
「ソニック」と呟くと、彼は初撃のときのように一瞬で俺の懐まで迫ってきた。
「──元の足の速さなんてほとんど関係ない。この世界じゃ『スキル』がものを言う。このスキルで生まれて良かったよ。現実のスキルじゃ俺は選手にはなれないが、ここじゃ誰だって選手だ。しかも俺は、ここなら誰よりも速く動ける────交斬」
ステディの左手に青い剣が創造される。こんな近距離で攻撃を受ければ、間違いなくゲームオーバーだ。必死の思いで剣を振るが、それは簡単に防がれる。
「終わりだ、アーレッジ。たった一度だけ交斬を防いだところで、速さで負けているお前は──」
ステディが顔を上げたとき、彼の視界に俺は映らなかった。俺は剣を振ったおかげで復活した推進力により、彼の視界の外に跳んだ。
そして、上から彼を狙う。右の剣は首を、左の剣は背中を。
どちらも狙い通り当たり、剣は気味の悪い音を立ててステディの身体を断ち切った。俺はそれから目を逸らす。数秒後、何かがアスファルトに落ちる音がする。おそらく、ステディの身体が力なく倒れた音だ。
次に鳴り響いたのは、聞き慣れたコールだった。
『ステディ、ゲームオーバー。勝者、アーレッジ』
周囲が白い光に包まれる。俺はその眩しさに目を瞑る間、達成感を覚えていた。これまでは、誰かを傷つけていた。そうして得られた勝利は、俺にとっては本当の勝利じゃない。だが今回は違う。
誰一人、現実世界の肉体を傷つけられた者はいないのだ。俺の肉体だって、すぐにベースが治療してくれているだろう。
目を開けて、またアクアブルーの小部屋にいることを確認すると、俺は次に自分の身体を確認する。
あれほど思いきり切られていた肩は、完全に元通りになっている。痛みも全く感じない。
「アーレッジさん、お疲れ様です! 快勝でしたね!」
「どこがだよ! 結構切られたわ!」
後ろから聞こえた元気な声で発せられた言葉に事実とかなりの相違を感じたので、振り返ってツッコむ。勝っていたから良かったものの、負けていたらどう責任とってくれるんだ。
目に映った若草色の髪の少女は、パステルブルー色の瞳を丸くして口を半開きにしていたが、しばらくしてから頭を下げた。
「すみません、私のせいで痛い思いをさせてしまいましたね……しかし、思ったよりも早く相手の勢いから脱し、的確に勝つことができた……それだけで快勝だと判断いたしました。お気に障ったのなら申し訳ございません」
俺は別に怒っていないし、むしろいい感じに緊張が解れて良かったと思っていた。勝てたならいいんだ。だから頭を上げてくれと言おうとすると、俺が口を開く前にユキは顔を上げ、申し訳なさそうに微笑む。
「それに……アーレッジさんなら負けるはずないと信じていましたので」
いかん、こいつ可愛い……!
「お、おう、ありがとう。勝てたからいいんだ。負けそうな相手のときはちゃんと警告してくれ。
ところで、今何時何分だ?」
訊くと、ユキは何かを思い出したように手を打ち、部屋の何もないところに右手を差し出す。一瞬のうちに、そこには銀色で引き出し付きのデスクが現れる。その上にはデジタル時計が置かれていた。
「言っていただいてありがとうございます。そういえば、過去の対戦相手のデータを書類として保管するためのデスクと、現実世界の時間を表示する時計を置き忘れていました! 申し訳ございません……!」
俺がデスクの前に立つと、すぐ後ろにローラーの付いた四本脚の椅子が現れる。座部と背もたれのクッションのところは青色になっている。
ユキに促され、椅子に体重を預ける。座部があまりに深く沈み込んだので、小さく声を上げてしまう。背もたれにもたれかかると、クッションに包み込まれるような感覚になる。リアルにはないほど良好な座り心地だ。
「さて、とりあえず現在の時間はこちらです」
デジタル時計を見ると、16:13と表示されていた。
「そして、遅くなりましたが──」
デスクの中央にタッチパネルが現れる。「双盾」という表示がある。おそらく今までのスキルの読み方からすると、
「ツインシールド……?」
となるだろうが、確かな自信はない。
「はい、そうです。もうそろそろ理解してきましたね。先程の対戦の勝利によって、《神》より新たなスキルをいただきました。
『双盾』は、漢字の通り二つの盾を創造して防御するスキルです。盾と同様、剣、魔、狙のどのスキルも、一定以下の威力ならば防ぐことができます。ただ、盾の数が増えたことで、二つを合わせて防御力を上げたり、分散して護ることで守備範囲を広げることができます」
なるほど、おそらくその分ヒュグロン消費量は多くなるだろうが、それでも盾の上位互換と言えるスキルだ。
タッチパネルの「獲得」アイコンをタップし、次の画面で「盾」を選択して破棄する。
「盾スキル持ちって言っても、あくまで俺は剣だ。二つも盾スキルを持っていてもあまり意味無いよな」
「あなたがそういった答えを出したのなら、それが正解です。
……さて」
ユキの表情は、大まかに見るとずっと微笑から変わらない。だが、さっきの一瞬で雰囲気が変わった。おそらく、眼差しがほんの少しだけ鋭くなったのだ。
何か、真剣な話があるのだろう。
「本日アーレッジさんとロキさんが戦う相手は、絶対に一筋縄ではいきません。ご存知かとは思いますが、トップレベルのプレイヤーだと強調しておきます」
俺の実力を若干過信し気味のユキが、一筋縄ではいかないと言った。それも、ロキがいるにもかかわらず。
さっきの対ステディ戦すら快勝と言ってのけたユキがそこまで言うのだ。普通にやっていては確実に負ける。
「ユキ。俺たちが勝つには、どうしたらいい?」
ユキは少し微笑みを深める。
「実戦経験のない私の意見はそこまで参考にならないかと。対ラヴィアンさんの前にオンラインマッチをしなくてもよければ、今から試合を二つほどお見せしたいと思います。それがヒントになってくれるかもしれませんが……どうしましょうか?」
上目遣いで訊くユキの質問に反射的に頷いてしまいそうになるが、一度こらえてちゃんと考えてみる。
ユキのアドバイスはとても参考になるが、やはり自分で見て感じた方がいいのかもしれない。「百聞は一見にしかず」とも言うしな。
「ああ、お願いするよ」
ユキの顔が晴れる。しかし、その表情はすぐに固くなってしまう。ヴァイナー対ナイトのような、見ていて辛いものなのかもしれない。
「……まずは、『十二神』のリーダー、アルテミスのローレルのマッチです。もうすぐ開始ですので、リアルタイムでご覧ください」
エキシビションマッチか。そして、十二神のリーダーの試合。学ぶことは多そうだ。
「あ、もうすぐ始まりますよ! このドアからお入りください!」
ユキが開けてくれたドアをくぐる。
『それでは、ローレル対MP14、バリスティチームのエキシビションマッチを開始します』
そのアナウンスが耳に届き、俺はいつも通り光に目を眩まされた。