ロキとアテーナー
二人の攻め方を見た限り、ザヴォディーラさんは剣士、そしてポロシャが魔士。遠距離のポロシャを倒せば、後が楽になる。
「アーレッジくん、ポロシャから倒そう!」
黒い髪にスカーレット色の瞳の彼はこちらをちらと見て、それから叫ぶ。
「わかった! 双剣!」
──ちょっとちょっと、返事は声に出す! じゃないと気が乗らないでしょ?
ちゃんとやってくれるんだ。チームメイトとして光栄だ。
「加速! 三剣刃!」
彼がポロシャの方に飛びかかると、それよりも素早くザヴォディーラさんが間に入る。二人の剣がぶつかり合い、電気が流れたような音が轟く。
「速炎!」
ポロシャを狙って火炎弾を放つが、雷霆で防がれる。アーレッジくんに当たりそうで、少し怖い。
「鋳剣!」
ふと、ポロシャが別のスキルをコールする。今がチャンスだ。
「速炎!」
しかしそれはアーレッジくんのマークを外れたザヴォディーラさんの剣によって防がれる。
ポロシャは鋳剣で創った白いロングソードをザヴォディーラさんに投げ渡し、ザヴォディーラさんは右手の剣とそれを取り替える。
白剣はライトブルー色になり、手から離れた剣は浮遊する。
「──双剣!」
アーレッジくんはザヴォディーラさんにマークされているにもかかわらず、果敢にポロシャを狙う。
それでもザヴォディーラさんはスキルによって彼を妨害し、あわよくばゲームオーバーにしようとする。
彼らはまたも私たちの間に入る。ポロシャの放つ雷霆がアーレッジくんの頬を抉り、金色の液体が飛び散る。
このままでは負けてしまう。私もポロシャを狙わなければ。しかし、私が照準を合わせようとすると、剣士たちはその間に入ってきてしまう。
「フレア──っ、ちょっとアーレッジくん! 君に当たりそうでスキルが撃てないんだけど!」
「そんなこと言われても、だなっ!」
ザヴォディーラさんを弾き飛ばそうとしてくれているのは重々承知しているけれど、パワー負けしているという事実が否めない。
ポロシャは味方に構わずに雷霆を撃ち続ける。雷は時々剣士たちをかすりつつ、私を正確に射抜こうと襲い来る。味方を傷つけることを厭わない、私にはできっこない作戦。
必死に飛んでくる雷を避けていくが、反撃ができない。
本格的に、まずい。ここはやるしかないかもしれない。
「……っ、アーレッジくん! 当たるよ?! 燃えてもいいの?!」
退けるものならとうの昔に退いているのはわかっている。それでも私は、彼の許可がなくては撃つ覚悟ができなかった。
何十回目か、剣士たちは電磁音を鳴らして組み合う。
「くそっ……! もういいから撃ってくれ! たぶんここから動けない!」
「双剣舞! いやあ、君のチームメイトが優しくて良かったよ。もうそろそろ、君のヒュグロンも尽きるだろ?」
ライトブルー色の剣が一度、二度とアーレッジくんに襲いかかる。彼も必死に防いでいるけれど、結局できることはそこまで。ヒュグロン流出量は、より深い傷を負っている彼の方が多い。明らかに、ザヴォディーラさんが優勢。
こうなったら、やるしかない。
「もう、当たっても知らないんだから。……速炎!」
火炎弾はアーレッジくんの顔のすぐ横を通り過ぎ、思い描いた軌道通りにポロシャに当たる。
「きゃああああっ!」
「ポロシャっ!」
ザヴォディーラさんはアーレッジくんを吹き飛ばし、ポロシャの元に向かおうとする。回復スキルはないはずだけれど、ペットボトルを持っているかもしれない。ここでポロシャを倒せなければ、戦況は好転する可能性がさらに低くなる。
「させない! 閉界者!」
そう叫んだ瞬間、私とアーレッジくん以外が灰色に染まり、それら全ての動きが止まる。
「アーレッジくん! ポロシャを斬って!」
「契約」をした彼じゃないと、プレイヤーの現実に危害が及ぶ。ザヴォディーラさんに切りかかろうとしていたアーレッジくんは、閉界者が発動してから突っ立っていたが、私の声に反応してくれた。
「おう! 単斬!」
彼はポロシャの元に走っていき、彼女を真一文字に斬った。
世界に色が戻り、時間が動き出す。
『ザヴォディーラチームのポロシャ、ゲームオーバーです』
「よしっ!」
「ナイス!」
ガッツポーズをしたアーレッジくんを、素直に褒める。
そこで一瞬、視界が暗転する。目眩が来たか。
「ごめんアーレッジくん、ちょっと私、ヒュグロン補給してくる!」
道端のコンビニエンスストアに走る。間に合え。アーレッジくんをゲームオーバーにする訳にはいかないから。
「くそっ、あのロキって子を倒せば……」
ザヴォディーラさんの呟きが耳に入ってきて振り向きそうになる。でも──
「させないよ。彼女には指一本触れさせない」
彼はそう言ってくれた。なんて、頼もしいんだろう。私は彼に自信を持って場を任せ、自動ドアを通る。
自動ドアが静かに閉まると、長らく体験していなかった静けさに包まれる。向こうがどうなっているかはわからないが、早く戻るのが最善だという事実は変わらない。
私はリーチインショーケースからペットボトルを一本取り出し、蓋を素早く開けて中身を飲み干す。お腹に溜まる感じが全くない、けれども喉越しは感じる、そんな美味しい液体。
彼のおかげでほとんど傷を負っていない私は、万全の状態で自動ドアから出た。
そこで、地面に仰向けになっている彼を見る。空中では、ザヴォディーラさんが三つの剣で彼を斬らんとしている。
彼が負ける。負けたら、彼はミュートス社の実験台。そんなのダメだ。絶対にさせない。
でも、私がザヴォディーラさんを倒してしまえば、ほぼ間違いなく彼は現実でも死んでしまう。それは、私たちの目的に反する。
「死に、たく……ない」
彼のか細い声が、恐ろしい程はっきりと聞こえた。彼に、ここまで言わせてしまうとは。私の方が、戦い慣れているのに。
私は、弱い。チームメイトの死か、目的を裏切ることかも選べない。
──もっと僕を殺すつもりで来ないと。
狂気の笑みを浮かべるラヴィアンの自惚れた顔が脳裏に浮かんで離れなくなる。
プレイヤーを殺すこと。今ここで躊躇ったとして、結局は彼がゲームオーバーになってからもそれをしなければ、私だって負けてしまう。ここくらいは、目を瞑って欲しい。
「……業紅炎」
火炎弾はいやに正確にザヴォディーラさんの方に向かい、彼は空中で灰となった。
『ザヴォディーラチームのザヴォディーラ、ゲームオーバーです。勝者、アーレッジチーム』
周りが光に満ちていく。その光の中に、困惑しきった顔でこちらを向いている彼が見えた。
「ロキさん、お疲れ様です。こちら報酬となっています」
周囲がアクアブルー色に戻ってすぐ、少し離れた場所にいたノエがこちらに飛んでくる。
タッチパネルには、「炎」が表示されている。
レベル1スキルなど要らないので、即断で破棄を選ぶ。そして、スキル入れ替えが済んだ様子の彼に言う。
「アーレッジくん、私から少し話したいことがあるんだけど……」
「どうしたの?」
彼がこちらを向いてくれる。私は笑顔を作るが、少しぎこちなくなっているかもしれない。
「わかったことがあって。アーレッジくんは自由に動いて、私がそれに合わせて怖気づかずに撃っていくのが一番いいってこと」
これこそが私たちの戦い方だと思う。でも、もう私はプレイヤーをゲームオーバーにさせない。それを伝えないと。
「うん、大枠はそう思う。でも──」
アーレッジくんに続きを言われる前に、私はしっかりと彼の目を見て言う。
「──ええ。もちろん私は相手にとどめを刺さない。ノエ、ザヴォディーラさんはどうなったの?」
私が訊くと、彼女は元気がなさそうにそれに応じる。
「彼は……亡くなりました」
息を呑む。生きていることに希望を持っていた自分が、本当に馬鹿らしく感じた。そりゃあ、あれだけの威力であればそうなってしまうのが当然だ。
「なんで、『閉界者』をもう一回使わなかったんだよ……ヒュグロンも回復したんだし、使えたはずじゃないのか?!」
「あれは、マッチ中に一回しか使えないスキルなの。ごめんなさい、いい方法が咄嗟に思いつかなくて」
彼が怒るのも当然。私たちの目的が、全く無視されたのだから。声を荒らげた彼に対し、全面的に悪い私は謝るしかない。
「そうだったんだ。それならごめん、強く言っちゃって。ロキ、君の言う通り、とどめは俺が刺さなきゃならない。そのために、責任を持ってもっと強くなる」
彼は私に向かって右腕を突き出す。私は彼とザヴォディーラさんに申し訳ないという気持ちでいっぱいだけれど、
「ええ。もう二度と、こんなことがないようにしなきゃね。でも、今日はもうやめておきましょう。ご飯食べて、勉強しないといけないし」
そう笑顔を作る。
彼はユキちゃんに時間を確認し、私に賛同してくれる。
「そうしようか。お疲れ様、ロキ。またよろしく」
彼は手を挙げる。そうだ、お別れの前にルームIDを伝えておかないと。
「お疲れ様、アーレッジくん。明日からはルームIDを入力して入ってきてね。『1340-1204』だから」
そう言って、私は自分のルームに繋がるドアを開ける。そして手を挙げてから、ノエと共にその向こうに行った。
ドアを通って、ベッドと鏡以外何もない部屋を見渡す。
「あいつ、なかなかやりますね。まあもちろん、私のロキさんが今回のMVPですが」
ノエが褒めてくれるが、それは全く検討はずれだと思う。
「ありがとう。でも、私はアーレッジくんだと思う。彼のおかげで、今回はほとんど痛い思いをせずに済んだし。
まあそれは置いといて。ノエ、今日もありがとね。あなたのおかげで、本当にいつも助かってる」
ノエは控えめな笑みを浮かべる。彼女にしては珍しい、言葉以外での感情表現。
「礼には及びません。むしろ、こちらがお礼を言いたいくらいです。あなたに会える毎日が、AIでありながらとても幸せです」
その言葉に胸を打たれ、彼女の頭を撫でてから、私は彼女に抱きつくのだった。
*****
アクアブルー色の広大な空間。そこに、一つの人影と二つのホログラムが存在している。
ノイズが鳴り、エメラルドグリーン色の髪をショートボブにした少女のホログラム映像から音声が放たれる。
『──マスター。アーレッジさんとの契約、本当によかったのですか?』
マスターと呼ばれた人物は、タッチパネルを操作してホログラムの前に文章を表示する。
『もちろん。彼は「十二神」のアテーナーとなるに相応しい存在だから、ゲームをやめてもらっては困るんだよ。アテーナーは護るための戦いをする、ギリシャ神話と同じだろう?』
再びノイズが鳴り、今度はチェリーピンク色の髪をツインテールにした少女のホログラム映像から音声が届く。
『──なるほど、納得しました。それでは話を変えます。あれほど挑発的な文言によってチームメイトを募集していた私のロキさんのアカウントへの処遇はどうなるのでしょうか?』
「マスター」は再びタッチパネルを操作する。
『処遇? 挑発的? いいや、彼女は自分の役目を忠実に果たしたまでだよ。こちらからは何もしない。なぜなら北欧神話でのロキは、世界を閉じる者……ではないかい?』
ホログラムの二人は息を呑む。
『な、なるほど……あなた様はそういったお考えでしたか』
『ありがとうございます。私のロキさんと、まだ一緒にいられるのですね』
「マスター」は再三タッチパネルに指を滑らせる。
『ああ、安心しなよ。それでは、君たちが彼らをこちらに導くことを祈る』
同時に礼をした二つのホログラム映像は、やはり同時に消えた。
*****
プレイヤーデータ
・Ourage
・プレイ開始年月日:2085年2月3日
・戦績:2勝1敗
・タイプ:「剣士」
・スキル:「単斬」「双剣舞」「盾」「向識」
・Roki
・プレイ開始年月日:2085年1月29日
・戦績:143勝1敗
・タイプ:「魔士」
・スキル:「速炎」「業紅炎」「閉界者」「?」
・Ravien
・プレイ開始年月日:2081年9月6日
・戦績:2042勝0敗
・タイプ:「狙士」
・スキル:「夏夜夢」「美酒取」「?」「?」
・通り名:「ディオニューソス」
・Viner
・プレイ開始年月日:2080年5月25日
・戦績:2577勝1敗
・タイプ:「剣士」
・スキル:「五剣舞」「壊装甲」「七斬」「?」
ここまでお読みいただきありがとうございます!
一章は文章量も多く、皆さんを疲れさせてしまったかもしれません……そうであれば申し訳ございません。
さて、息抜きも兼ねて、ここでショートストーリー(会話のみ)を書きます!
本編とは一切関係の無い内容ですので、読み飛ばしていただいても結構です……!
「アーレッジくんってさ、リアルではどんな飲み物が好きなの?」
「メロンソーダかな」
「即答っ?! もしかしてとてつもないメロンソーダ愛を胸に秘めているの……?」
「あの、お二人とも。リアルの話は極力……」
「だってヴァーチャルに範囲を限ったら、ヒュグロンしかないじゃん」
「それはそうですけれど……」
「で、アーレッジくん。どれくらいの頻度でメロンソーダを飲むの?」
「そりゃあもう二日で一本飲んじゃうよ」
「ほんっとガキ。そんなに飲んだら糖尿病に罹って早死にするわよ」
「ちょ、ナビゲーターなのにノエまでリアルの話を……」
「ノエの言うことも一理あるよ。アーレッジくん、死なれたら困るから控えめにしてよね」
「お、おう……ちなみにロキは何か好きな飲み物あるのか?」
「めっっっちゃくちゃ甘いカフェオレを一日に二本は飲むわね」
「俺より重症者いたっ!!」
これからもこの作品を応援していただけると嬉しいです!




