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ディヴァイン・ウィル  作者: 氷華青
第一章「約束と結成」
23/37

チームプレイ

DW info 「業紅炎」


魔タイプのスキルで、一発当たればほぼ即死の火炎弾を放つ。その分スピードは劣り、ヒュグロン消費量も大きいものの、多くの上級プレイヤーに愛されるスキルである。

 「十二神テオス」との対戦。それはもちろん俺たちの目的に近づくための最も有効的な手段だ。

 だが、少し早すぎる。俺たちのチームはまだ、組んで十五分くらいしか経っていない。


「そ、それは急だな……」


 弱気な俺の発言をロキが見逃すはずもなく、彼女は口を尖らせる。


「んもう、しょうがないでしょ。チームを組む前から決まってたことなんだし……」


「確かに。ロキは何も悪くないな」


 というか、待てよ。さっきロキは「ラヴィアンと対戦することになっている」とは言っていたが、誰がとは言っていない。


「ちなみに、まだ訊いてなかったんだけど。俺はその対戦、参加できるのか? なんだかずっとそのつもりで話していたから、できないんだったらめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」


 ロキは声を上げて笑い、それから言う。


「だいじょーぶ! こういうこともあると思って、チーム変更もありっていう条件を呑んでもらったから。というか、最初から彼にはチームでリベンジする予定だったからね。アーレッジくんが来てくれて本当に嬉しいよ!」


 ラヴィアンの甚だしい余裕が窺える。やはりそれほどまでに強いのか。


「そ、それなら、チームでの対戦に慣れておかないといけないんじゃないか?」


 ロキは顎に手を当てるまでもなく、


「それもそうね。やりましょう」


と即答した。




 俺たちが今いるここはチームルームというらしく、そこにもちゃんとドアがあった。

 ユキが開けてくれたドアを通り、誰もいないロビーに俺たちは足を踏み入れた。

 それからすぐ。


「お、相手いるじゃん。よろしく〜」

「こんにちは、よろしくお願いしますね」


 二人のプレイヤーがロビーにやってきた。


「こんにちは。私はロキです。今日はよろしくお願いします」


 ロキは丁寧に礼をし、挨拶する。それに遅れて、俺も彼らの前に出る。


「こんにちは、アーレッジです。よろしくお願いします」


 すると、水色のショートヘアの少女が言う。


「私はポロシャ、そしてこちらはザヴォディーラです。改めて、よろしくお願いします」


 彼女が礼をすると、ザヴォディーラと呼ばれたブロンドのボサボサ髪の青年も続いて礼をする。


「ロキさんはお強いと聞いていますが、選択はどうされます? 私たちは()()()()()()()()()()()けれど」


 ポロシャは淑やかそうに言うが、内容は完全に好戦的だ。

 高圧的な言葉に対し、ロキは言う。


「それでは、フィールドは『摩天楼』でお願いします。それ以外は変更無しで。選択権を私たちに譲ったこと、必ず後で後悔しますよ?」


 ロキとポロシャが睨み合う。女子同士の舌戦はこんなに怖いものなのか。関わりを持たなさすぎて今まで知らなかった。

 ちらと見ると、ザヴォディーラはため息を吐きつつ肩を竦めている。


『それでは、OurageアーレッジRokiロキチーム対заводила(ザヴォディーラ)、пороша《ポロシャ》チームのオンラインマッチを始めます』


 視線の火花を散らす女子二人と、それに半ば呆れる俺たち男子二人。光は四人を平等に包み込み、戦いの火蓋を切った。




 目を開く。舗装されたアスファルトの上に、俺は立っていた。辺りを見回して、どうやら自分が四方八方を高層ビルに囲まれているということを知る。


向識ベクトリアライズ


『ザヴォディーラ:消極的、ポロシャ:消極的』


 どちらも消極的。少なくとも攻撃する意図はない。


 あまり聞き苦しくないノイズが鼓膜を打ち、それからいつものようにある声が俺に語りかける。


向識ベクトリアライズでのスタート、ルーティンになってきましたね。さて、このフィールドは『摩天楼』です。モチーフとなっている都市は、誰がいつ選んでも東京となります。「マスター」が日本人ですので』


「そうだったんだ」


 曇り空の下、六車線道路のほぼ中央から端の歩道に移動し、ヒュグロン補給ができる地点を探して走り出し、ユキのくれる情報に相槌を入れる。


『このフィールドは日本の住宅街と同様に自動販売機での補給も可能ですし、コンビニエンスストアもたくさんありますので、ヒュグロン補給を最もし易いと言っても過言ではありません』


 これは使える情報だ。もしヒュグロンが圧倒的に相手より少ないと感じたら、選ぶフィールドを「摩天楼」にすれば少しは勝ち筋が見える。


 ふと、ノイズが聞こえる。ユキが話す前にノイズが鳴るのは、いつもマッチの中で最初に話す時だけ。では、誰が俺に話しかけようとしているのだろう。


『アーレッジくん、聞こえる?』


 ああ、ロキか。でもこれ、どうやって返答すればいいんだろう。


『こめかみをどちらか片方押さえると言葉が相手に届きますよ』


「ありがとう」


 まあ、そうでもしないとボイスチャットもユキの言葉も普通に聞こえる音も全部入り交じって大変だからな。

 コンビニを探して走りながら、左手でこめかみを押さえる。すると、さっきまで聞こえていた自分の足音が聞こえなくなる。


「聞こえるか、ロキ?」


 俺がそう言うと、息の漏れる音とロキの明るい声が続けざまに聞こえてくる。


『ええ。今何をしてる?』


「ヒュグロンのペットボトルを取るためにコンビニを探して──あ、あった」


 ロキと話していると、ようやくコンビニエンスストアらしきものを見つける。


『それなら良かったわ。そのコンビニ、看板のところに番号が書いてあるはずなんだけど……なんて書いてある?』


「えーっと……」


 属するビルの色に合わせてダークブルーを基調とした看板を見ようと近寄ると、そこには「17」という数字が書いてあった。


「……十七、かな」


『ありがとう、そこまで行くね。それじゃあ入ってペットボトルを回収しておいて』


「了解」


 自動ドアを通り、誰もいないが明かりの点った店内を見る。リーチインショーケースにはフランスの食料品店と同じように金色の液体の入ったペットボトルだけがびっしりと並んでいた。


 そこからペットボトルを一本取ってパーカーの大きなポケットに入れてから五分ほど待つと、コンビニの自動ドアが開いた。


 ロキではない可能性も加味して身構えるが、入ってきた人物はロキだった。


「よかった、ロキか……」


「その警戒、いいね。楽しくなってきた! アーレッジくん、準備はいい?」


 俺は少し口角を上げ、無言で頷く。


「ちょっとちょっと、返事は声に出す! じゃないと気が乗らないでしょ?」


 なんだか少し面倒くさい。やっぱり姉みたいだ。


「準備、できてるよ」


 俺のその言葉を聞いたロキは笑みを浮かべ、外に出る。その背中に「着いてこい」と言われたように感じた俺は、慌てて自動ドアを通った。


業紅炎インファーレット


 ロキが呟くと、彼女が天に向けた右の掌からエメラルドグリーン色の炎が生成され、球を形作る。


 それは数秒間そこに留まった後、ボールを勢いよく投げた時のような速さで上昇していく。


 高層ビルがエメラルドグリーン色に照らされていき、辺りは神々しい光景になる。


 さらに上昇する火球は何百メートルもの高層ビルすら超え、摩天楼を太陽の如く真上から照らす。


 そこでロキは右手を力強く閉じる。火球は轟音を伴って爆発し、フィールドが揺れたように感じる。


 光源が無くなり、再びフィールドに曇り空の薄暗さが満ちる。


 その美しく、胸を打つような光景の余韻に少しの間浸っていたが、ふと我に返る。


「ロキ、今何を?」


「相手を呼んだの。相当自信があるみたいだったし、これだけ大袈裟に居場所をバラせば彼らはきっと来るはずよ」


 もうすぐ彼らが来る。そう考えると、自然と手に汗が滲む。

 彼らはロキのランキングを知っているにもかかわらず、タッチパネルの操作権限をこちらに譲った。すごい自信だ。ロキがどれくらい強いというのも目視したことはないのでよくわかっていないが、俺一人では太刀打ちできないとみていいだろう。


 俺が、やらなきゃ。「契約」を結んでいるのは俺だけなんだ。ランキングの高いロキに甘えちゃいけない。

 そう思って、ロキから視線を外した──瞬間。


 横を向いた俺の目に、青い剣を一本ずつ手に持ったザヴォディーラが映る。

 彼はものすごい速さでこちらに近づいてきて、あと数秒で俺の身体を切り裂──


速炎フレアラピッド!」


 切り裂く前に、エメラルドグリーン色の火炎弾が彼に横から当たり、彼は飛ばされてコンビニエンスストアのガラスを突き破った。


雷霆ライトニング!」


 透き通った声がビルの間を響き渡り、白い雷がロキを襲う。しかし彼女はそれを火炎弾で防ぐ。


 雷が来た方を見ると、そこにはやはりポロシャがいた。


「アーレッジくん、ポロシャから倒そう!」


 さっきの二人の攻め方を見た限り、ザヴォディーラは剣士ブレイドでポロシャは魔士ウィザード。おそらくロキもそう予想し、近距離のザヴォディーラよりも遠距離のポロシャの方が厄介だと踏んだのだろう。


「わかった! 双剣ツインソード!」


加速ブースト! 三剣刃トライソード!」


 俺がポロシャの方に飛びかかると、それよりも素早くザヴォディーラが間に入る。俺が持つ二本のスカーレット色の剣と、ザヴォディーラが持つ二本の青い剣、そして浮遊している一本の青い剣がぶつかり合い、大きな電磁音が鳴る。


 ロキは速炎フレアラピッドでポロシャを狙うが、ポロシャはそれを雷霆ライトニングで防ぐ。


鋳剣ミント!」


 ポロシャが別のスキルをコールすると、ここぞとばかりにロキが速炎フレアラピッドを放つ。


 しかしそれはザヴォディーラが間に入ることによって防ぐ。

 ポロシャはスキルによって創造された白いロングソードをザヴォディーラに投げ渡し、ザヴォディーラは右手の剣を手から離す代わりに投げられた剣を掴み取る。


 途端に白剣はその色を変え、ライトブルー色になる。手から離れた剣は浮遊する。


『「鋳剣ミント」はメカニックスキルで、その名の通り剣を創造します。これによってできた剣は攻撃力が増しますのでご注意を』


「了解。──双剣ツインソード!」


 俺はザヴォディーラに近づかないようにして、遠回り気味にポロシャを狙う。

 しかしザヴォディーラはスキルを駆使して俺に追いつき、弾こうとする。


 結局ロキとポロシャの間に入り、たまに雷霆ライトニングが頬を擦る。もちろん痛むが、それに集中を削がれてザヴォディーラに致命傷を負わされては即敗北だ。


「フレア──っ、ちょっとアーレッジくん! 君に当たりそうでスキルが撃てないんだけど!」


「そんなこと言われても、だなっ!」


 力を込めてザヴォディーラを弾き飛ばそうとするが、何しろこちらが剣二本に対して向こうは剣三本。ザヴォディーラはビクともせず、再び攻撃を仕掛けてくる。


 その間にも、ポロシャはザヴォディーラに構わずに雷霆ライトニングを撃ち続ける。雷は時々俺たちの身体にかすり傷を作り、その奥のロキを正確に射抜こうとする。味方を傷つけることを厭わない、少し捨て身な作戦。

 ロキは飛んでくる雷を避けていくが、普通ならそこですべきである反撃が、俺たちに構っているせいでできなくなっている。


「……っ、アーレッジくん! 当たるよ?! 燃えてもいいの?!」


 こっちだって、退けるものならとうの昔に退いている。


「くそっ……! もういいから撃ってくれ! たぶんここから動けない!」


双剣舞ツインソードアーダ! いやあ、君のチームメイトが優しくて良かったよ。もうそろそろ、君のヒュグロンも尽きるだろ?」


 ライトブルー色の剣が一度、二度と襲いかかる。それを双剣ツインソードで受け、最後に降りかかる二本の剣の攻撃にはシールドで応戦。ヒュグロン流出量は、より深い傷を負っている俺の方が多い。どちらが優勢か、火を見るより明らかだ。


「もう、当たっても知らないんだから。……速炎フレアラピッド!」


 もう何回目だろう。俺の顔の数センチ横を雷が通り抜けた。しかしその時、初めてロキはそうコールした。


 刹那、再び俺の顔の数センチ横を何かが通り過ぎ、その辺りに高熱を感じるが、その感覚はすぐに消える。振り出されるライトブルー色の剣を中央に捉えた視界の端に、エメラルドグリーンに燃える物体が映る。


「きゃああああっ!」


 透き通った、それでいて恐怖に満ちた声が響く。


「ポロシャっ!」


 俺を吹き飛ばしたザヴォディーラが、ポロシャの元に向かおうとする。


「させない! 閉界者キートゥクローズ!」


 ロキがそう叫んだ瞬間、俺とロキ以外が灰色に染まり、それら全ての動きが止まる。


「アーレッジくん! ポロシャを斬って!」


 なるほど、「契約」をした俺じゃないと、プレイヤーの現実に危害が及ぶ。俺は灰色の世界に呆然しかけたが、ロキの声に引き戻される。


「おう! 単斬ボーダー!」


 俺は目標の元に走っていき、そうコールした。


 世界に色が戻り、時間が動き出す。


『ザヴォディーラチームのポロシャ、ゲームオーバーです』


「よしっ!」


「ナイス!


──ごめんアーレッジくん、ちょっと私、ヒュグロン補給してくる!」


 そう言って、ロキは俺たちが先程いたコンビニエンスストアに入る。


「くそっ、あのロキって子を倒せば……」


 ザヴォディーラも、ようやく俺よりもロキを何とかすべきだと理解したようだ。だが──


「させないよ。彼女には指一本触れさせない」


 俺は右手に持った剣を彼に向け、そう言った。ザヴォディーラはそれを見てにんまりと笑い、


「やってみな! 三剣刃トライソード!」


そうコールする。


シールド! 双剣ツインソード!」


 次々と繰り出される剣撃を、俺はやはり受けることで精一杯になってしまう。


交斬クロス!」


 ポロシャがゲームオーバーとなったからだろう、ザヴォディーラの二本の剣はどちらも青色に戻っている。それを交差させ、彼は俺を斬らんとする。それに気づき、咄嗟に叫ぶ。


単斬ボーダー!」


 しかし剣の数が違う。パワー負けした俺は弾き飛ばされ、アスファルトに背中を打ちつけ、そのまま数メートルアスファルトの上を背中で滑る。

 衝撃と摩擦熱と背中が擦れる痛みで頭がおかしくなりそうだ。


「アーレッジ、これで終わりだ! 三剣刃トライソード!」


 仰向けになった俺の視界に、灰色の雲の下、飛び上がったザヴォディーラが見える。二本の青いロングソードを持ち、もう一本浮遊している剣を従えて。


 負ける。負けたら、俺はミュートス社のモルモットにならなければならない。それは決めたことだ。世界中のプレイヤーたちのために、そう決めただろう。でも、なんだろう。


「死に、たく……ない」


 この後ロキが勝ってくれたら、俺はまだ助かるだろうか。そうでもしないと、契約を結んだ意味がない。

 ただ、誰も救うことなく、俺はミュートス社の実験台になるだけ。

 やっぱり俺は弱い。いざ死ぬとなると、頭が恐怖に支配される。

 俺がモルモットになって、不気味な笑みを浮かべるオルパロンという紳士の崩れた顔が脳裏に浮かんで離れなくなる。

 視界がぼやけるのは、自分の不甲斐なさに気づいて滲んできた涙か。それともヒュグロン不足か。ポケットに入れたままのヒュグロンも、飲まずにここまできてしまった。飲んでいたところで、変わる未来などないに等しいのだが。


 ぼやけた視界に別れを告げるため、眼を閉じようとした。

 しかしその時、ザヴォディーラは空中でエメラルドグリーン色の火炎弾に当たり、一瞬で灰塵かいじんとなった。


『ザヴォディーラチームのザヴォディーラ、ゲームオーバーです。勝者、アーレッジチーム』


 マッチに勝利しアバターにヒュグロンが戻ってきたのか、視界がだんだん鮮明になってくる。それに合わせて、自分の周りが眩い光になっていく。その光の中に、額に脂汗を浮かべ、必死の形相で掌を俺の少し上に向けるロキが見えた。




「アーレッジさん、お疲れ様です。こちら報酬となっています」


 周囲がアクアブルー色に戻ってすぐ、少し離れた場所にいたユキがこちらに駆け寄ってくる。

 こちらに移動してきたタッチパネルには、「双剣舞」と表示されている。

 「双剣」が「ツインソード」、「剣舞」が「ソードアーダ」だから、このスキルは「ツインソードアーダ」と読むんだろう。ザヴォディーラも使っていたからわかる。これは強力なスキルだ。

 「双剣ツインソード」を捨てることで獲得する。「単斬ボーダー」は先程ザヴォディーラとしたような剣撃戦で有効に使えることに気がついたので、まだ持っておきたいから。


「アーレッジくん、私から少し話したいことがあるんだけど……」


 スキル入れ替えの済んだロキから声がかかる。俺は「どうしたの?」と言って彼女の方を向く。彼女は少しぎこちない笑顔を浮かべている。


「わかったことがあって。アーレッジくんは自由に動いて、私がそれに合わせて怖気づかずに撃っていくのが一番いいってこと」


 確かに、そう決めてからスムーズに戦えた。それには賛同したい。


「うん、大枠はそう思う。でも──」


 ロキは表情を固くし、俺の言いたいことを代わりに口に出す。


「──ええ。もちろん私は相手にとどめを刺さない。ノエ、ザヴォディーラさんはどうなったの?」


 チェリーピンクのツインテールは、前にロキに呼びかけられた時より何倍も揺れが小さい。


「彼は……亡くなりました」


 ロキは息を呑むが、俺は推測通りだと思ってしまう。あれだけ焼かれれば、リアルの肉体にも相当なダメージが入っただろう。


「なんで、『閉界者キートゥクローズ』をもう一回使わなかったんだよ……ヒュグロンも回復したんだし、使えたはずじゃないのか?!」


「あれは、マッチ中に一回しか使えないスキルなの。ごめんなさい、いい方法が咄嗟に思いつかなくて」


 声を荒らげた俺に対し、言い返すよりも謝ってくれるロキ。俺も冷静にならないと。


「そうだったんだ。それならごめん、強く言っちゃって。ロキ、君の言う通り、とどめは俺が刺さなきゃならない。そのために、責任を持ってもっと強くなる」


 俺はロキに向かって右腕を突き出す。彼女は申し訳なさそうに笑う。


「ええ。もう二度と、こんなことがないようにしなきゃね。でも、今日はもうやめておきましょう。ご飯食べて、勉強しないといけないし」


 もうそんな時間なのか。ユキの方を見ると、彼女は「現在、十九時二分です」と言う。彼女もノエから聞いたんだろう。


「そうしようか。お疲れ様、ロキ。またよろしく」


 俺は手を挙げる。


「お疲れ様、アーレッジくん。明日からはルームIDを入力して入ってきてね。『1340-1204』だから」


 そう言って、ロキはドアを開ける。そして彼女は手を挙げてから、ノエと共にその向こうに行った。


「ルームIDって、必要なの? ユキがいるのに?」


「ええ。こういうものは必要だから存在しているんですよ。さあ、私たちもアーレッジさんのルームに帰りましょうか」


 ユキが俺から離れ、俺の後ろの方に歩いていく。振り向くと、そこにはドアがあった。


 ドアを通って見えた光景は、やはり見覚えのある、俺のルーム。


「本当にお疲れ様でした。ロキさんとのコンビネーション、抜群でしたよ。


…………少し妬いてしまうくらいに」


 ユキが褒めてくれるが、最後に小さな声で言った言葉は聴き取れなかった。


「ユキ、今日も色々ありがとうな。じゃあ、ログアウトするよ」


 ユキは満面の笑みを浮かべる。そして腕をめいっぱい広げ、


「いえいえ。あなたのナビゲーターに任命されて良かったと思っています。本当に、幸せです」


と言ってくれる。

 その姿がとても可愛らしく、愛くるしくて。俺はログアウトするという目的を無視してでも自分がそうしたいと思って、彼女を優しく抱き締めた。

DW info 「閉界者」


転タイプのスキルで、自分のチームのプレイヤー以外の全ての時間を五秒間だけ止める。このスキル一つで戦況が大きく変わる可能性が十二分にあるので、マッチ一回につき一度しか使えないという制限がある。

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