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ディヴァイン・ウィル  作者: 氷華青
第一章「約束と結成」
19/37

天才か否か

DW info 「壊装甲(デストロイ)


光のハルバードを創り出し、それで盾タイプのスキル全てを無効化する。

 軽快な、しかし耳を刺すような鋭さのあるその音が鳴ると、直ちに俺とユキ以外の動きが止まり、それら全てが俺たちの足元へ吸い込まれていく。


 そして風景は、元のアクアブルーに囲まれた部屋となる。


「申し訳ありません、勝手に止めてしまって」


 何が起こったかいまいち把握できていなかったが、ユキがそう言ってくれたことで先程までの一瞬の出来事に理解が及んだ。


「いや、いいよ。あれ以上見ても気分が悪くなるだけだと思うし。……ああやってナイトは負けたんだな」


 十二神テオス──その中でも今までに見た二人について考えると、二人とも俺が好きな部類の人間じゃない。

 オルパロンは自らの強さを自覚し、フィールドでも怖いくらいに落ち着いている。そして忘れてはならないのは、彼がこの殺戮ゲームを操作していると言っても過言ではないということだ。

 ヴァイナーは残虐すぎる。相手を見下しきっているのに、冷静にその肉を切り崩しにかかる。おそらくユキは、それを教えるためにわざわざヴァイナーのプレイを見せたのだ。


──人殺し。彼らだけは、絶対に許さない。


 早くこのゲームを終わらせたいという気持ちがますます高まった。


「ちなみに、このゲームで死んだら世間には『自殺』って説明されるの?」


 俺の問いにユキは頷く。


「はい。ミュートス社の総力を挙げてそのように辻褄を合わせます」


 彼女は寒気がしそうな恐ろしいことを言って、再びモニターとヘッドセットを創り出す。


「松山さん、ご覧になりましたか?」


 モニターにはこちらを向いているが微妙に視線が合っていない松山が映る。


「ちょっと待て、松山にも見せたのか?!」


 俺はできれば松山に見せるのは避けようと思っていた。それは彼にこのゲームをやらせたくないからではなく、単純に気分が悪くなってしまうのではないかと思っていたから。


「当たり前です。彼にも見せなければ、ナイトさんがなぜ亡くなったのかを知ることができないことになりますから」


 ユキは少し怒ったように言い放つ。そして、俺に右人差し指を向けて上目遣いをする。


「仲間外れはよくないですよ?」


 か、可愛──ゲフンゲフン。


『そうだぞ、三倉ぁ』


 松山はユキに続いてそう言う。その顔は彼がいつもクラスで見せるような、見る人を安心させる優しい顔。

 その後彼は一呼吸置き、


『──俺は大丈夫だ。むしろあいつの死についてさらに詳しく知れてよかった』


真剣な顔でそう言った。まさか俺の懸念がバレていたとは。


 自分の口角が上がったのを感じる。彼といることが前より楽しく思えてきた。


「それなら良かった。それじゃあ今から見せるよ、俺の対戦」


 俺はユキのヘッドセットのマイクに顔を近づけて言う。それを聞いた松山は、心から嬉しそうな顔をする。


『おお! まじか! 楽しみにしてるぜ!』


 ユキが部屋のドアを開く。


「さあ、行きましょうか」


 頷き、ドアの方へ歩いていこうとした時。


『なあ三倉──勝てよ』


 モニターの松山は、そう言って右拳をこちらに向ける。たまたまだと思うが、それがあまりに俺のいる場所に正確に向いていて、より強く彼の思いを感じた気がした。


「もちろん!」


 モニターに右腕を向けながら、少し離れたユキのヘッドセットに届くように大声で答え、そのまま俺はドアの向こうへ足を踏み入れた。




 ドアの向こうは、やはりアクアブルーで囲まれた空間。先程までとの違いは、ベッドなどのインテリアが何もないのと、尋常ではない程の部屋の広さ、


「おや、対戦相手は──たった一人ですか」


そして他のプレイヤーがいること。しかも三人。

 先程声を出したのは、高校生くらいの青年。金のマッシュヘアで、茶色い眼をしている。


「服がカジュアルすぎない? あたしらのことナメてんの?」


 青い長髪をポニーテールにした鋭い目つきの高校生くらいの少女が刺々しく言う。


「ま、まあまあ、俺たちだって正装を着ているわけじゃないんだし、そもそもこのゲームに正装なんてないしさあ」


 橙色の髪をツンツンに立たせた、これまた高校生くらいの少し大柄な青年は青ポニテの少女をなだめる。


 全員灰色のブレザー姿で、とても一体感がある。まさにチームという感じだ。


 金マッシュの青年はこちらに数歩歩み寄り、左手を差し出す。


「どうも、チームリーダーのファキュルテです。こちらの青い髪のマドモアゼルはアビリテ、そして大柄の男子の方はソラネルといいます」


「何よ、マドモアゼルって。腹立つわ、その言い方……」


 チームワークはいいのかどうかわからないが、そこそこの熟練者たちであることは漂う風格と余裕からわかる。


 だが、それに押されてはいけない。俺も自己紹介をしようと一歩前に出る。


「アーレッジです」


 ここで、初心者アピールをして相手の油断を誘うか、嘘でも余裕のある表情をして相手に焦らせるかを迷う。

 しかしすぐに決断し、俺は三人ににこりと笑いかける。


「──実戦は二回目なので、お手柔らかにお願いしますね」


 その偽装つくられた楽観的な表情にアビリテが何か言おうとしたとき、俺の目の前にタッチパネルが現れる。


「実戦は二回目……ということでしたが、ふふっ、タッチパネルの操作、お手伝いしましょうか?」


 鮮明に見えているだろう勝利のヴィジョンに笑いを我慢することも忘れながら、ファキュルテは俺に近づく。

 しかし俺は冷たさを含めて言い放つ。


「結構です。()()()()()()()()()()()のは困りますから」


 俺はあの一瞬の葛藤の時、どちらか一方には決められなかった。だから、()()()()()()()()()()()

 初心者という事実を伝えつつ、余裕を感じさせるような態度をとる。それが相手にとってどのような効果をもたらすのかは知らないが、少なくとも()()()()にはなりそうだという予感がしている。


 俺はすぐに「確定」をタップする。なぜなら俺が選びたいフィールド「住宅街」は初めから選択されているから。


 敢えてトラウマのある「住宅街」を選んだ理由はもちろんある。まず、今回は知っているフィールドで戦いたかったということ。慣れないフィールドでの対戦は、ただでさえ久しぶりで覚束無いプレイをさらに稚拙にさせる。

 そして、知っているフィールドが「住宅街」「森林」「終末」の三つしかなかったこと。ヒュグロンの初期所持量ではこちらが劣っている。森林ならヒュグロン供給地点は湖くらいしかなく、以前のようになかなか見つからなかった場合、一対三では勝ち目がない。終末はそもそも供給地点がない。


 つまり、俺が比較的動きやすく、なおかつ最も多対一でも不利になりにくいフィールドが住宅街しかなかったということだ。


「こちらは準備万端ですが?」


 少し高圧的に。こうでもしないと気持ちで負けてしまう。


「もちろん、僕たちもですよ」


 そこで、あの声が響く。


『それでは、Ourageアーレッジfaculté(ファキュルテ)habilité(アビリテ)solennelソラネルチームのオンラインマッチを開始します』


 そうして周囲は眩しい光に包まれた。




 目を開ける。ここは確かに住宅街だ。だが……


「ここ、日本じゃないな」


 建ち並ぶのは日本のような二階建ての家や高層のマンションではなく、四、五階建てのアパートのような建物。窓の一つひとつにベランダがある。

 そして道が広すぎる。住宅街だというのに、四車線道路がずっと先まで伸びている。


『アーレッジさん、聞こえますか?』


 一瞬のノイズの後、ユキの声が聞こえる。冷や汗が額に滲むのが少しだけ止まる。


「うん、聞こえるよ」


『それはよかったです。ではこのフィールドの説明をしていきますが、大丈夫でしょうか?』


 一刻も早くここのことを知りたいけれども、その前にやることがあったと思い出す。


「ちょっと待って──向識ベクトリアライズ


『ファキュルテ:消極的、アビリテ:積極的、ソラネル:積極的』


 二人向かってきていて、一人はこちらに来ないからまだ時間に余裕がある……? いや、違う。


──『勘違いをしているようだね、アーレッジくん』


 オルパロン──俺の目指す相手の声が脳に直接響く。


向識ベクトリアライズの『積極的』と『消極的』は、あくまでも()()()()()()()があるかないかで判別されているのであって、近づいていれば必ず『積極的』と判別されるということではない』


 ということは、だ。ファキュルテは遠くにいるか近くにいるかはわからないがとにかく補給用のヒュグロンを探していて、アビリテとソラネルは俺を捜しているか見つけているかはともかく、攻撃をする意思があるということか。

 油断は禁物。あらゆるゲームの基本なんだから忘れちゃダメだ。


「よし、説明をお願いするよ」


 そう言いつつ俺は走り出す。説明を聴きながら、まずは補給用のヒュグロンを探そう。


『了解いたしました! まず、ここのモチーフですが……フランス共和国の首都、パリの住宅街をモチーフとしています』


 ヨーロッパっぽいとは思っていたが、フランスだったか。ただ海外旅行経験がないから、日本じゃなかったらどこだって慣れないのは同じだけれど。


 あれ、待てよ……?


──『オルパロンさんも日本のプレイヤーなので、今回も日本の地を参考にフィールドが生成されています!』


 走るという運動によって出た汗ではない、明らかな冷や汗が首筋を流れる。


「もしかしてあの三人の国籍って……」


『もちろん、フランス共和国ですよ!』


「ホームグラウンドじゃねぇか! 俺、完全アウェーでしょ!」


 このゲーム、何かと厳しくないか?


『これも《神》の思し召しですので……』


 そうだった。俺の真の目的は、松山にいいバトルを見せることじゃない。生きて、倒して、勝って勝って勝って。最後にゲームマスターに勝つことだ。忘れるな。オルパロンに一矢報いるまで、絶対に負けちゃならない。


 広く、果てしなく続いていそうな街道を走っていく。


『今回、ヒュグロンの供給はお店からがベストです。自動販売機は日本ほどありませんからね?』


「了解」


 居場所がバレないように小さく呟く。ちなみに先程大声でツッコんでしまったことは深く反省している。


 店舗らしきものを見つけては、ガラスの中を一瞥する。さすがパリだけあって、衣料品店が多い。それでも十分ほど走ると、食料品店らしきものが見つかった。


 その店舗の前に立つと、自動ドアが静かに開く。


「さて、ペットボトルはどこかなっと」


 店舗を見回すと、俺のお目当てであるリーチインショーケースの前に、こちらを向いて目を丸くしている少女の姿が見えた。


「嘘だろ……」


「まさかあんたの方から来てくれるとは、あたしってほんっと運がいいわ」


 驚きの表情をすぐに引っ込めてこちらを睨みつけるアビリテ。彼女は左手をこめかみに押し当て、口を開く。


「──バック通りの、私のお気に入りのブティックの向かいの食料品店よ」


『チームはメンバー同士で通話ができます。他のお二人が来る前に彼女を倒すことができればいいんですが……』


 それならさっきの言葉は他の二人に向けたものか。だが、二人で行動していなくてまだ助かった。一対一なら、自信はある。


エイム


 ん? このコール、前にも聞いた気が……。


──『エイム!』


 そうだ、ヒュギア! それならアビリテは魔士ウィザードと見て間違いない。それならばこの狭い店内では近接プレイヤーの俺の方が有利だ。

 攻めろ、俺!


双剣ツインソード!」


 創造されたスカーレット色の剣を両の手で一本ずつ握りしめ、綺麗に並んだ棚をいくつも飛び越える。アビリテとの距離はあと剣二本分もない。


 しかし俺の予想とは裏腹に、アビリテは青く光る弓を創造した。続いて水色の矢を創る。狙士シューターだ。素早く矢をつがえて、彼女は再び口を開く。


瞬矢ブリンク!」


 この至近距離で射られたら、避けきれない。


シールド!」


 ギリギリでコールし、弓から放たれた矢は一瞬で黒い盾に刺さる。


 スキルの推進力が消え、棚と棚の間に着地。自分がしゃがんでいるので見えないが、棚の向こうにはアビリテがいるはず。


 耳を澄ますと、棚の後ろで小さな音がしたのが聴こえた。おそらく、こちらに転がり出て横から矢を放ってくる。


「──瞬矢ブリンク! ……いない?!」


 彼女が床を転がる音が聴こえた時、俺は彼女がさっきまでいた方に跳んだ。もちろんスキルを使っていないので棚は越えられないが、棚にしがみつくだけでも攻撃一発は避けられるはずだ。


双剣ツインソード!」


 棚から跳び、コール。今度はさらに至近距離。向こうにコールされたら勝てない……でも。


「ぅぐっ、間に合わない……!」


 彼女はさっきコールした。スキル発動には少々だが矢を番える時間が要る。ここまで来たら、その時間すらない。


「──ッ!」


 そして俺は勢いのままにアビリテを斬った。


『ファキュルテチームのアビリテ、ゲームオーバーです』


 アビリテのアバターは空気に溶けていく。


『いいですね、アーレッジさん! 累計三度目のプレイにもかかわらず素晴らしいですよ! 残りのお二人もこの調子で倒してしまいましょう!』


 ユキの熱意のある言葉が耳に届く。でも、違う。累計三度目()()()()()だ。


「俺さ、ゲームって()()()()()()()()()()んだよ」


 RPG。どれだけ困難なクエストでも、一度やってみて無理でも、そこでクリア方法に気づいて再度挑んで勝利した。

 パズルゲーム。難解なパズルは、一度目に自分の思うがままにやってみる。それで無理でも、二度目にそれをクリアに向けて修正していくだけでできた。

 音ゲー。最初に譜面を覚える。次に覚えた譜面に合わせてぴったりのタイミングで画面をタップするだけ。


 スポーツも勉強も料理もほとんどできないけれど、ゲームだけはなぜかそういうことができた。


『そ、それって天才じゃないですか!』


 天才──小学生時代、友だちと同時期に始めたゲームのキャラを、彼がエンディングを見る前にコンプリートしてしまった時もそう言われた。

 中学生時代、対戦ゲームで世界一の座から一年以上動かなかった時は、世界中からそう言われた。


 それでも、俺はそうは思わない。


「違うよ。俺は天才なんかじゃない。むしろ、世界単位の落ちこぼれだ。ゲームができて、なんになる? 大会で賞金を稼ぐ? 勝ちすぎてつまらなくなってやめたよ。動画配信サイトで実況? 残念ながらコメント欄が罵詈雑言でいっぱいになる。つまりさ、こんな飽き性でコミュ障の俺なんて、まずゲーム関連じゃ社会の役に立たないんだよ」


 何もかもが胸を苦しめる。小学生だったあの時、ああ言われて嬉しくなってしまったことも。中学生だったあの時、賛辞と同じくらいかそれ以上に俺のSNSの通知を占領した、誹謗中傷のことも。


 俺がどれだけゲームで強かったって、それは俺を、そして世界中のたくさんの人々を不快な気持ちにさせるだけ。


「つまらないからさっさとその座を退け」

「プレイが小賢しくて嫌い」

「ゲームにそこまで執着してるの気持ち悪い」


 そんな文言が人々の頭に浮かぶくらいには、俺は彼らを傷つけていた。


『そう、でしたか。あなたにとって「天才」とはそんなに苦しい言葉だった……申し訳ござ』


「だけどさ」


 ユキの謝罪を遮る。ユキにも辛い思いをさせてしまったと気づいて、後で謝ろうと思った。でもそれよりまずは、このことを伝えたい。


「このゲームって、俺が勝てば勝った分だけ、人が助かるかもしれないんだ。俺が思ってることができればだけど」


 だから。俺は続ける。彼女と顔を合わせている訳じゃないのに、自然に笑顔になってしまう。


「ユキ。君に『天才』って言ってもらえて良かったよ。初めて、そう言われて嬉しいと思った」


 そう、現実世界リアルでは落ちこぼれかもしれない。社会のゴミかもしれない。それでも、仮想空間ヴァーチャルでは救世主になれるかもしれないんだ。


 それでも最初に自分が天才であることを否定したのは、このゲームには俺が二回プレイしただけでは勝てそうにないような、真の「天才」たちがいるからだ。


「でも、やっぱり俺は『天才』じゃない。『十二神テオス』と肩を並べられるくらいになってから言って欲しいかな」


 ありがとうという気持ちを込めて、俺はそう言った。


『嬉しいと言っていただけて、こちらこそ嬉しいです。でも、そうですね。「十二神テオス」、超えちゃってください! そうしたらまた改めて、あなたを喜ばせます!』


「うん。任せて」


 半分開いていたリーチインショーケースから金色の液体が入ったペットボトルを一本取り出し、清々しい気持ちで俺は店を出た。

DW info 「瞬矢ブリンク


瞬きをする間に標的に当たるようなとても速く飛ぶ矢を放つ。

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