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ディヴァイン・ウィル  作者: 氷華青
第一章「約束と結成」
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茜色デタミネーション

 夜野家を出て五分ほど走り、あの場から離れたいという気持ちが呼吸のしにくさ由来の苦しさに負けてきたので、俺は家まで歩くことにした。

 ここからなら、家には十分余りで着く。


 走るのをやめて身体に余裕が生まれたのか、考えたくないことを考えてしまう。


 どうして俺はあの時、あんなことを言ったんだろう。


 小説やドラマでよく見る自問を自分もしてしまっているという皮肉に少し笑ってしまいそうになるが、今の俺の表情筋は笑みがこぼれるほどまで緩んではいなかった。後悔ゆえに、固まってしまっていた。


 酷いことを言ってしまった。まるで、俺にはできて松山にはできないと言ったようなものじゃないか。たった一回の実戦経験なんて、大した差じゃないのに。

 それでも俺は、彼を守りたかった。あのゲームで命を失う可能性の高さを心に刻みつけられたのもあって、俺は彼に死んで欲しくないと思った。


 それは今も思っている。でも、彼だって夜野を失った。復讐をしたり、二度とあのゲームで人が死ぬことがないように働いたりしたいだろう。その気持ちを踏みにじってしまったことに、俺は後悔している。


 歩きながら、何気なく空を見上げる。初夏、陽は長く、まだ夕焼けの前兆を感じさせない青空が広がっている。

 その空が、俺に勇気を与えてくれている気がして。


「……松山に、謝らないと」


 俺は歩く向きを変えた。




 気がつけば、俺は夜野家に向かって走っていた。少し前まで息を切らしていたはずなのに、今は暑ささえ無視して走り続けられている。

 前から走ってくる人影が見える。俺よりずっと速く走るその人物は、すぐに顔がわかる距離まで近づいてきた。

 そして俺たちは、互いの顔を確認して足を止める。


「はぁ、はぁ……なあ、三倉」


「はぁ、はぁ、はぁ……ごめん松山、俺から、言っても、いいかな?」


 あのまま松山に言葉を続けてもらう勇気が俺にはなく、俺はそう言う。彼を見つける前はあれだけ嘘のように気にならなかった息切れが、足を止めてから急に襲いかかってきて言葉が途切れ途切れになった。


 松山は頷く。

 ほんの少し前の空は夕焼けを忘れたように青かったのに、今となっては西の空の端が茜色になっている。


「松山。本当にごめん。俺、自分だって初心者なのに、ほんのちょっと上手くできたからって松山のこと無意識に見下してた。松山だって命を懸けるくらいに大きな覚悟をしたはずなのに、俺は簡単にそれを踏みにじろうとしてしまった。本当に、ごめん」


 頭を深く下げる。謝罪の言葉を伝えながら、自分のしたことを再度振り返り、自分は最低なやつだと改めて思う。


「いや、俺の方こそ、ごめん。頭上げてくれよ。勘違いしてた。いくらなんでも、ゲームでそこまで危ないなんて、半分信じてなかったんだ。でもきっと、三倉があんなこと言ったのは、そのゲームが本当に危ないからなんだと思う。軽々しく『俺も行く』なんて言って、すまん」


 俺は驚いて、頭を上げる。松山は先程までの俺のように、頭を下げている。松山が謝る必要なんてないのに。俺が全部悪いのに。


「そんな、謝らないでよ。あ、そうだ。出来るかどうかわからないけど……俺のプレイ、見てみる?」


 一度ログインしてみて、ユキに訊いてみよう。世界初のフルダイブ式VRゲームだし、もしかしたらそんなこともできてしまうかもしれない。


「いいのか?! 是非見てみたい! それならやるかどうかの決心もつく!」


 松山は目を輝かせる。俺のプレイなんか見てもよくわからないとは思うが、まあ見ないよりはマシか。


「もう一度言っておくけど、出来るかどうかはわからないからね。とりあえず、俺の家まで行こう」


「おう!」


 何にせよ、松山とまだ一緒にいられて……彼が元気を出してくれてよかった。




 家の鍵は空いていた。もちろん、母が家にいるからという理由だ。


「あら、周騎、おかえりなさい。それと……いらっしゃい」


 母はいつもの笑顔で俺たちを迎えてくれた。

 母と松山はこれが初対面。俺は中学生になってから、友人や知人を家に呼んだことはない。


「ただいま」

「こんにちは、三倉、えっと、周騎の友人の松山 ひろです。お邪魔します」


 母は松山に笑いかける。


「松山くん、今後とも周騎をよろしくお願いね。二階に上がって、右の突き当たりが周騎の部屋よ」


「ありがとうございます」


 リビングの端を通って階段に足をかける松山について行こうと、俺も足を一歩前に出す。


「周騎。松山くんには悪いけど、少しここで話をしましょう」


 今から俺がしようとしていること、その全てがわかっているような顔で母は言った。


 俺は松山に二階へ行くよう促し、リビングの端──ダイニングになっているスペース──の椅子に座る。ベースから出て、母の話を聴いた時と同じ椅子。ふわりとした座り心地が、俺の心を落ち着かせようとする。

 しかし、心が落ち着くはずはない。今から、自分の意志を貫き通さないといけないという緊張のせいだ。


 二人だけになったリビングダイニングの静けさに耐えられず、俺は口を開く。母が俺を引き止めた理由を訊きたかった。


「…………あのさ」


 母はそれを制す。手が肩の高さまで挙げられたのを見て、反射的に口を噤む。


「まず、今から何をするのか、あんたの口から言って欲しい」


 おそらく母は予測を立てていて、それは当たっている。しかし、ここで自分で言うことこそに意味があるのだと思う。


「『ディヴァイン・ウィル』をやるんだ。──もちろん一人で」


「何のために?」


 母はとても落ち着いていた。好奇心、心配、怒り、悲しみ……全てを押し殺したような落ち着き方だった。母は、俺にあのゲームをプレイすることをやめて欲しいはずだ。何とかして説得しないと。


「あのゲームで、クラスメイトが死んだ」


「だったらなおさら──」


「──やめない。俺は誰も傷つけずに勝つ方法を知ってる。あのゲームのゲームマスターを倒して、ゲームを終わらせるんだ。もう誰も、あのゲームで死なせない、傷つかせない!」


 この件について、言いたいことは全て言ったはず。誰も傷つけずに勝つ方法があるなんて全く知らないし、ここで母が折れてくれなければ、俺は諦めるかもしれない。でも、諦めちゃダメだ。


 母の目から、涙が流れる。俺は母が話し始めるのを待つ。


「それはつまり……誰かを、救うということなの…………?」


 母は今、葛藤しているんだと思う。息子が誰かを救うことができるのならば、そうして欲しい。しかし方法を知っていても成功率がほぼ無いのならば、無駄死にするようなものだからやめて欲しい。

 それなら、成功率が高いのだと思わせる要素を伝えて、押し切る。たとえそれが虚構だとしても、ここを乗り越えなければたくさんの人が傷つく。


「うん。一度やってみて、わかったんだ。()()()()()ってやつが。だから、もう二度と負けないし、母さんに心配させもしない」


 母は涙に濡れた瞳でこちらを見つめる。俺の発言の真偽をはかるような、そんな瞳で。


「…………うん。それなら……何にもほとんど興味を持ってこなかったあんたが、やっとのことで興味を持ったゲームで、誰かが救えるなら……行ってらっしゃい」


 笑顔になった母の目尻から、残った涙の一滴が零れた。


 俺は「行ってきます」とは言わず、代わりに右の手を閉じてから親指だけを立てて見せた。言葉にすると、それが母と交わす最後の言葉になってしまいそうで嫌だったから。


 席を立ち、階段を上っていく途中、何かが動いたような小さな音が二階から聞こえた。


 気にせずに階段を上りきり、さらに少し歩いて自分の部屋のドアを開ける。


「よお……どうだった?」


 松山は緊張していそうな顔をしている。


「わかってるくせに。盗み聞きしてたんでしょ?」


「ちぇっ、バレてたのかよ……」


 彼は緊張している()()をした顔をふっと緩ませる。そりゃあ、俺が階段を上っている間に慌てて俺の部屋の中に入った時に音が聞こえたからバレバレだ。


「それで、見せてくれるんだよな?」


 松山の目が悪戯っぽく光る。


「もちろん、と言えればいいけど、『出来るかどうかわからない』とは言ってあったはずだよ。ゲームの中に、AIがいるんだ。出来るかどうか、そのAIに訊いてくる」


「やっぱAIいるのな。じゃ、それで頼むわ」


「うん」


 改めて、ベースを見る。俺よりも背の高い、この部屋で何よりも存在感を放つベース。


 開閉ボタンを押すと、空気が抜ける音がして透明部が上にゆっくりと開く。


 俺はあえて後ろにいる松山を見ないが、彼はきっと固唾を呑んで見ているはずだ。


 ベースの中に入り、透明部が閉まってからベースブレインを装着する。頭が少し締められ、痛くはあるが思考が研ぎ澄まされた感じがする。

 両手が固定され、アナウンスが流れる。


『ゲームスタートの場合は「アルケー」、ベースから出る場合は「ディアフィ」とコールしてください』


 実に三ヶ月ぶりのユキの声。聴こうと思えばいつでも聴けた、でも聴きに行く勇気が出なかった声。それが優しく鼓膜を揺らすと、俺の目から一筋の涙が流れた。

 しかしそれは一筋だけで、それからはこの先に待つ死闘を予感して俺の目から涙は流れなかった。


「アルケー」


 我ながら、声が緊張で震えることはなかったと思う。透き通った蓋の向こう側に、松山が見える。窓から差し込んだ夕陽の光が当たった端正なその顔には冷や汗が流れ、口は固く結ばれている。

 それを視認した後、視界はシャットアウトされた。

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