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ディヴァイン・ウィル  作者: 氷華青
第一章「約束と結成」
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空席

 チャイムが鳴り、クラスメイトたちはみな席に着くが、教師が来ない少しの間は控えめに話している。


 不意に、教室の自動ドアが開く。三十代半ばの元気のいい男性教師が、教室に入ってくる。


「よし、ショート始めるぞー」


 その教師はもちろん担任であり、彼の声に合わせて松山が号令をかける。


「きりーつ、きをーつけー、れーい」


 まったく、学級委員だというのに締まらない声だ。いちいち注意していては授業時間が短くなるということを知る教師たちは、あえて黙認しているのだが。


「おざいまーす」


 そう言う()()()()()()生徒もいれば、何も言わずに着席する生徒もいる。俺は一応、中間をとって「おーす」くらいにしている。


 担任の連絡を聴きながらぼーっと教室を見回すと、俺の右斜め前──つまり松山の右隣の席が空いていることに気づく。

 この席は確か……夜野やののものだったと思う。休み時間にはいつも本を読んでいるが、話しかけると明るく返してくれる。よく小説で見るような、自分の世界に閉じこもっている系の女子とはまた少し違った人だ。

 いい人だし、少し心配だ。


「──さて、連絡はこれで終わりだが……質問はあるか?」


 担任が問うや否や、松山が口を開く。


「……センセ」


 いつもの彼の明るい性格からは想像もできなかった、地の底まで響くような低い声。


「なんだ、松山?」


「……夜野は? あいつはどうしたんすか……?」


 担任は目を見開き、言う。


「彼女は……自殺したらしい」


 クラスメイト全員が、息を呑んだ。


「…………は?」


「嘘でしょ……夜野ちゃんに限ってそんなこと……!」


 ある女子生徒が呟く。確かに俺もそう思う。彼女はただ読書が好きなだけで、暗い性格でもないから別に何かに思い詰めることなんてないはずだ。

 英語の授業の班活動でも、俺や松山ととても明るく話してくれて……とにかく自殺するなんて考えられない。


「彼女の遺書を読ませてもらった限り、このクラスが関わっているとは思えなかったし、伝えることを迷っていたんだが……やっぱり最初から伝えるべきだったな。すまない。また明日のロングホームルームでこの件について話し合う時間があるから」


 そう言って担任は、教室を去った。




 それからは一限あたり五十分の授業が、休憩時間を挟みつつ六限続いた。しかし俺たちのクラスは、完全に気持ちが落ち込んでいた。


 昼休みでさえ、誰も騒がない。いつもは友人の席の近くまで行って騒ぎながら昼食をとる松山も、自分の席で大人しく弁当と向き合っていた。




 そして放課後。

 本当なら礼と同時に「さようなら」と言わなければならないのだが、今日は誰も声を発さなかった。

 さっさと帰りたい系のクラスメイトたちがものの一分で教室を出ていき、いつもなら少し残って談笑しているはずのクラスメイトたちも、今日は割とすぐに教室を出ていった。


 教室とその近くの廊下には四十人──いや、三十九人いたが、たったの十分で掃除担当の五人、そして俺、松山、掃除当番でない方の松山の友人である梅野という計八人になった。

 俺はただ、帰るまでゲームをするのを我慢することが出来ずに廊下でやってしまっているというだけだった。

 あの一ヶ月間、なんのゲームもせずによく生きていられたものだ。禁断症状は何度も出て、自制が一筋縄ではいかなかったが。


「松山、梅野、帰ろーぜ」


 掃除が終わったのか、当番である方の松山の友人──竹内が、待っていた松山と梅野に言う。彼らはほとんどいつも三人で行動していて、特に竹内と梅野はずっと一緒にいる。以前、彼らは幼なじみだと松山に聞いた。


「おう」


 梅野は、あの一件からかあまり元気がないものの即答する。しかし、松山は言葉を濁した。


「……悪ぃ、ちょっとやりたいことがあってさ」


 申し訳なさそうに、松山は二人に言った。


「どした? 俺らも付き合おうか?」


 竹内は心配そうに言う。しかし、松山は申し訳なさをさらに顔に出し、


「ありがとな。でも、いいや。夜野関連だし、班活動で世話になった俺と三倉で行くことにする」


 いや、待て。そんな話聞いてないぞ。


「なるほど、だから三倉いたんだ」


 いや、梅野、それは間違いだ。ただ俺はゲーム廃人としてのリハビリをしていただけで……!


「ってことで、すまんな」


 松山は体を少し前に倒し、両手を顔の前で合わせる。


「「おう。またな」」


 そうして、梅野と竹内は帰っていった。


 そのタイミングで、俺は言う。


「聞いてないぞ、松山」


 松山は後頭部を掻き、申し訳なさそうな顔をして言う。


「いやぁ、すまん。ちょっと夜野のこと、気になるんでな。


──俺はあいつが、自殺したとは思えねえ」


「なんだ、松山もそう考えてたのか。じゃあ行こう。証拠が少しでも多く残っているうちに」


 俺たちは夜野の家を知っている。俺は通学路として表札に「夜野」と書かれた家の前を通るから。「矢野」という苗字は多いかもしれないが、「夜野」はなかなかいないだろうし。


「そういやさ、俺フレンド登録しておいたんだけど、気づいた?」


 道中、松山はそう尋ねてきた。朝やっていたゲームの話だろう。


「うん、気づいたよ。『ヒロ』って名前だったよね」


 松山は頷くも、パッとしない顔をする。もちろん、クラスメイトが亡くなっているかもしれないときにパッとした顔をしている方がおかしいのだが、それでも俺のさっきの発言の後、パッとしなさが増した。


「そう、名前といえばさ、三倉のアカウントの名前、あれなんて読むんだ? 『Courage』なら『勇気』って意味だけど……そうじゃなかったよな?」


 なるほど、それが気にかかっていたのか。


「うん。今から説明するよ。たぶんバカバカしいって思うだろうけど。俺の名前ってさ、『しゅうき』だろ?」


 松山は歩きつつ、無言で頷く。そのまま俺は話を続ける。


「ゲームってさ、だいたい死んだら負けじゃん? だから俺は『死』を避けたい。それで、名前から『し』を取って『ゆうき』。


 プラス、『勇気』を英語にして『Courage』で、そこから『C()』を取って『Ourageアーレッジ』ってわけ」


 松山は、彼の少し後ろを歩く俺に歩調を合わせつつ言う。


「へぇー、意外と考えられてんのな。感心したわ」


 軽いような、心がこもったような、よくわからない言葉だった。




 そんな話をしながら、高校から七分ほど歩いてその家まで俺たちはやってきた。松山も通学路としてここを通っているようだったので、彼も夜野の家を知っていたらしい。


 日はまだ落ちておらず、夕焼けまでまだ時間がかかりそうな空だ。そんな空の下、松山は夜野家のインターフォンを押す。


 明るい音が二つ鳴った。


『──はい』


 そして数秒後、そんな暗い声がした。

 その声に、やっぱり来ちゃいけなかったのかもしれないとも思ったが、松山は言葉を発する。


「すみません、夜野やの 智花ともかさんはいらっしゃいますか? 俺たち彼女のクラスメイトなんですけど……」


 息を呑む音がはっきりと聞こえる。おそらく今話した相手は、夜野のお母さんだろう。


『少し待ってて』


 彼女の宣言通り二分程待っていると、ドアの鍵が開く音がした。続いて、黒く頑丈そうな、それでいてゴツすぎないようなドアそのものが開く。


 そのドアの内側から顔を覗かせたのは、夜野に似た黒く長い髪を下ろした、少しやつれた顔の女性だった。


「こんにちは、松山といいます」


 松山が自己紹介をし、俺にアイコンタクトを送る。


「こんにちは、三倉です」


 慌てて松山に次いで自己紹介をすると、松山は俺たちについて補足をする。


「先程ご説明した通り、俺たちは夜野 智花さんのクラスメイトです」


 制服を着ているので、疑われることはないだろう。

 夜野の母らしき人は、疲れ果てた表情筋を無理やり使って笑う。


「こんにちは。智花の母です。


──生前は、智花がお世話になりました」


 俺は、彼女が生きているという可能性もまだあると考えていた。自殺と言いつつ、引きこもったり、家出したりしているんじゃないか。それなら本当は他の対応がなされているはずだということは何となくわかっていたものの、その希望を捨てられるような強さは俺にはなかった。


 しかし今、彼女の母は彼女の死を肯定した。もちろん彼女の母が嘘をついている可能性だってある。だが親族が彼女の死を肯定するということは、やはり心にくる。


 俺は心臓を刺されたような心地がして、つい「──ぐっ」という声が漏れそうになったが何とか耐える。

 見ると、松山は奥歯を噛み締めていた。彼も俺と似たような心境なんだろう。


「──い、いえいえ。それで、こちらにお邪魔した用件なんですけど……」


 夜野の母の、娘の死に対する肯定から数秒後、ようやく松山が言葉を返す。


 そして松山が用件を告げようとすると、夜野の母は右手を松山の方に弱々しく突き出す。


「わかっています。()()()()()()()()()()()()()()()、ですよね?」


 俺はそうだった──と言えば嘘になる。だって夜野はまだ生きているのではないかと思っていたから、「死因」よりまずは「安否」を問いたかった。

 しかし松山はどうなのだろう。彼はもう、夜野が生きているという可能性を否定してしまっているのだろうか。


 松山の顔色を窺うが、彼は慌てるでも怒るでもなく、ただただ奥歯を噛み締めながら冷や汗を流している。


「そうです。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」


 たまらず俺は、そう口走ってしまった。


 松山は「おいおい」とでも言いたげな顔でこちらを向き、夜野の母は淡く光る黒い瞳をゆっくりと俺に向ける。


「智花が亡くなったのは本当よ。疑っているのなら、遺体を見せてあげます」

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