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ディヴァイン・ウィル  作者: 氷華青
序章「《神》の意志」
10/37

確信

 湖と反対側に一歩踏み出す。


向識ベクトリアライズ


 そう呟くと、やはり淡々としたイメージのみが脳内に入ってくる。


「オルパロン:消極的、アスク:積極的」


 対戦中全く見ないと思っていたら、オルパロンはやはり消極的らしい。まずはアスクのことを考えないと。

 それにしても、さっき使われた「剣舞ソードアーダ」というスキル……あれはとても強かった。気をつけなければならない。


 湖からどんどん離れる。確かアスクに飛ばされたのはこの辺り――


 突然、視界の端で飛沫が上がる。


双剣ツインソード!」


 長く戦いすぎて、聞き慣れてしまった声が再び耳に入る。

 振り返り、剣を振り上げながら飛びかかってきているアスクと目を合わせる。


双剣ツインソード!」


 湖の中にいるという可能性も考慮していたので、心の準備はできていた。ぬかるむ地面を必死に踏み締め、アスクの双剣を受ける。また電磁音が響く。俺とアスクの間に稲妻が走る。


剣舞ソードアーダ!」


 剣の交わりが絶たれ、一瞬で姿勢を低くしたアスクがこちらに切り込む。


双剣ツインソード!」


 一回目の剣撃を左の剣で受け止める。続いてアスクは軽い身のこなしで移動するが、その動きを見極めて二回目の剣撃を右の剣で受ける。


 唇を噛み締めるアスク。次は決めるといったように、もう一度「剣舞ソードアーダ」をコールする。

 だがもちろん、こちらが同じ対応をするはずがない。


ソードッ!」


 一回目、一本の剣で受け止める。いや、両手で力強く剣を振り上げて、弾き返す。

 続いて二回目。


双剣ツインソード!」


 双剣ツインソードの推進力で、()()()()()()。「剣舞ソードアーダ」を持っていないなら、()()()()使()()()()()。アスクの後ろに回りこみ、二本の剣で背中を斬――


シールド!」


 背中を斬ろうとすると、剣が褐色の光の盾に弾かれる。


「おい……どういうことだ……?」


 そうだ、確かユキはこう言ったはず。


――実はサービス開始から今までのソードタイプのプレイヤーの中で、タンクタイプのスキルを持つプレイヤーがあなたしかいないんです!


『おかしいですね……私にも何がどうなっているのか……』


 ゆっくりと振り返り、こちらに歩み寄るアスクは何も話さない。ただ淡々とコールをするだけだ。


剣舞ソードアーダ


双剣ツインソード!」


 いや、シールドが使えようと、それを加味して動けばいいだけだ。致命傷など、何一つ負っていない。


 アスクの一度目の剣撃を左の剣で受ける。そして二度目を右の剣で受け、もう一度「双剣ツインソード」をコールしようとした瞬間。


 拍手が聞こえた。ゆっくりとした、乾いた音。それは決して大きな音ではなかったが、静かな森によく響き渡っていた。


 俺もアスクも、拍手をする者を目で探す。

 そして俺の目が捉えたのは、オルパロンだった。


「いやぁ、いいものを見せてもらったよ。アーレッジくん、君は素晴らしい人材だ」


 落ち着いた笑みを浮かべる白髪の紳士は、なおもゆっくりと手を叩き続ける。


「なん……で……そこ、に……?」


 向識ベクトリアライズでは「消極的」だったはず。近くにいるのに消極的と判断されるはずはないだろう。


 オルパロンは、その俺のか細い問いに、拍手をやめて答える。


「勘違いをしているようだね、アーレッジくん。君がアスクやヒュギアと相対してから、私もずっと君を見ていた。向識ベクトリアライズの『積極的』と『消極的』は、あくまでも()()()()()()()があるかないかで判別されているのであって、近づいていれば必ず『積極的』と判別されるということではない」


 そうだったのか。というより、この状況はとてもまずい。何とかして、どちらかとだけ戦えないか。


「それにしても、初戦においてアスクとヒュギアの二人を相手にここまで戦い、さらにヒュギアを倒したのは褒め讃えるべきことだ」


 オルパロンは微笑む。仲間がやられたというのに。見た目とは相反して残虐なプレイヤーなのかもしれない。


「オルパロンさん。そういうのはいいから、今から一騎打ちしませんか? 俺はあなたと戦ってみたい」


 結局、どちらと先に戦っても、勝負は同じように決まると考えている。勝つ見込みがあるのはアスクだ。しかし、キル数による報酬については何も聞かされなかった。それなら先に興味のある方へ行ってもいいだろう。


 それに、俺には一つ、はっきりさせておきたいことがある。


 オルパロンは微笑みを一切崩さず、「もちろんだ」と答え、こちらに歩み寄る。そして、俺と2mほど距離があるところで足を止める。


「初期位置はここでいいかな? これくらいなら双剣ツインソードでも詰められるだろう?」


 熟練者の目。いや、あるいは。


「いいですよ。やりましょう」


 オルパロンは頷く。相変わらず表情は微笑から変わらない。


「それでは、3カウント後に始めよう。三、二、一……」


 コールしてしまえばほとんど関係ないと言うのに、自然と脚に力が込められる。狙うのは、もちろんオルパロンの心臓の辺り。

 狙士シューターならば、こちらが素早く動けば、その攻撃は当たらない。チュートリアルでショットを見て考えたのだ。狙士シューターを相手取った剣士ブレイドにとって、()()()()()()()()()と。


「開始!」

双剣ツインソード!」


 右側に体重をかけて、右前方向に跳ぶ。すぐに2mの距離を詰め、左の剣から切り込んでいく。


 そこで初めて、オルパロンは何かを呟いた。何を言ったかは聞き取れなかったが、おそらくはコールだろう。だが、遅い。俺の剣はもう、彼の左肩まで数センチに迫って――


「ぐはぁっ?!」


 一瞬の閃光、そして左の胸の辺りに襲い来る痛み。スカーレット色の剣は届かず、痛むところを見ると、完全に穴が空いている。そこからは絶え間なく金色の液体が流れ出す。


「くくくっ、あははははっ!」


 そう嗤うのは、オルパロンでも、アスクでもない。


「やっと……確信が持てたよ、オルパロンさん」


 ヒュグロンの流出を最小限に留めるために胸を押さえ、俺は言う。痛みで吐きそうだが、ここで言わなきゃもう言える時はないと、直感が訴えかけている。


「あんた……()()()()()()()だよな?」


 オルパロンの朝焼け色の瞳孔が微かに揺れる。図星だからか、俺がまだ生きているからか。それはわからないが、どちらにせよ少し気分がいい。


「興味深い質問だな。なぜ、そう思った?」


「まず、アスクとヒュギアの様子だ。こいつら、()()()()()()()()()()んだよ。プレイヤーだってのに、あまりに無口すぎるだろ?」


 脳内に柔らかな声が再生される。


――プレイヤーと区別するために、彼らは話せないようになっています。


 それに、と俺は続ける。


「ユキ――俺のナビゲーターから聞いたけど、剣士ブレイドの中でシールドを使うプレイヤーは俺だけだ。それならアスクはなんだ?


――NPCってことになるんじゃないのか?」


 オルパロンは黙って、目を閉じて聴いている。それでいい。黙って聴いてもらわないと困る。意識を繋ぎ止めるものが、次々と切られていっているような感覚があるから。最悪、最後まで言えずにゲームオーバーだ。


「そして、今言った点から、アスクもヒュギアもNPCだとしたら、それをこの対戦に持ってこれるあんたはどうなる?」


――マスターは《神》を唯一操作することができます。


「そんなことができるように《神》を操作できるのは、ゲームマスターだけだろ? 加えて、あんたは強すぎる。《神》を操作して、自分のアバターのスキルもいじったんじゃないか?」


 オルパロンは笑う。それもこれまでの微笑ではなく、大声を上げながら。


「はっはっはっ、いい推理だ。ほとんど合っているよ。私はこれまで、ゲームマスターということを気づかれたくなかった故に、いい感じに調整したNPCを使って戦っていたのさ。まあ、自衛のために自分のスキルは強くしてあるんだがね」


 だが、とオルパロンは続ける。


「そんなことを今更暴いて、何になるんだい? どうせ君はもう少しでゲームオーバーだよ?」


「あはは、たかが『ゲームオーバー』だろ? 大抵のゲームは、ゲームオーバーしたってやり直せるんだ。競技人口三億人のこのゲームがそうじゃないはずないだろ」


 ヴァーチャルの死はリアルの死? そんなもの、ただの脅し文句だ。……そう信じている。


「いいや、必ずしもそうではないんだよ。その真実ほんとうを、知るといい」


 そこで、俺の瞼は落ちた。

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