ロキとディオニューソス ★
DW info 「スキル」
スキルはその名前を声に出す(コールする)ことで使用できる。
住宅が建ち並ぶ閑静な街並み。しかし、そこに生活感はない。
住民がいないのだから、当然である。
そこに飛び交うのは、緑色に輝く炎。弾丸のごとく、ただ一点に正確に向かう。常人の目では追うのもやっとな程に速い。
「無駄だよロキ。そんなのじゃ僕を倒せない」
その驚くほど正確な火炎の弾幕を、これまた正確に琥珀色のレーザーで相殺しつつ、茶色の髪を長く伸ばした長身の男はそう言った。
弾幕を全て消し去った後、男はその切れ長の目の中、紫色の瞳を一つの対象に合わせ、さらに三回、右手に持つハンドガンサイズの銃の引き金を引く。そこから飛び出すのは弾丸ではなく、やはり琥珀色のレーザー。
「夏夜夢」
レーザーの向かう先は、金色の鍵のような刺繍の入った黒いローブを羽織った赤い長髪の美しい少女。
ロキと呼ばれた彼女は三発のレーザーを飛び退って躱す。先程まで彼女が上に立っていたアスファルトが焦げる。
男は口笛を吹く。
「やるねぇ。この僕、ラヴィアンのレーザーを避けるなんて。とてもプレイ開始から数日目とは思えないよ」
ラヴィアンと名乗る男はさらにレーザーを撃つ。
ロキは歯を食いしばり、掌をラヴィアンに向ける。
「速炎!」
掌から高速の火炎弾が射出される。住宅は緑色の光に染まる。
しかし火炎弾はまたも琥珀色のレーザーに打ち消される。
「もっと僕を殺すつもりで来ないと。そんな遅い炎じゃかすりもしないよ」
ロキはまた歯を食いしばり、踵を返して走りだす。
「エネルギー切れかい? そんな燃費の悪いスキルはあまり好きじゃないな」
その背中にレーザーを撃ち込むラヴィアン。
「別にあなたに好かれなくてもいいわ」
ロキは掌を後方に向けて、炎を放つ。
レーザーを見ていないにも拘わらず、炎はレーザーの進行を塞いで相殺した。
さらに、自動販売機を見つけ、そこにも火炎弾を放つ。
鍵が壊れ、中身のペットボトルや缶があらわになる。
「補給なんてさせないよ?」
レーザーがロキを襲う。ロキが躱すと、レーザーはその奥の自動販売機に当たる。
綺麗に並んでいたペットボトルや缶は弾け飛び、何本かは破裂する。
破裂したどの残骸からも黄金の液体が流れ出る。
「速炎!」
ロキはそう叫び、掌から火炎弾を二度射出しつつ、アスファルトに転がっている中で無事そうなペットボトルを二本掴み、ふらつく足で住宅街を駆けていく。
ラヴィアンは火炎弾をレーザーでやり過ごし、自動販売機の残骸に歩み寄り、これまたペットボトルを一本掴んで中身の黄金の液体を喉に流し込む。
「さて……どこに消えた?」
路地裏。ロキは疲れ切ったように座り込み、ペットボトルの蓋を開ける。
「はぁ、はぁ……キツいわね。やっぱりまだ実力差があり過ぎたかしら」
黄金の液体をごくごくと飲むが、それが美味しかったのか不味かったのかも表情からはわからない。
ただ、戦意高揚とした瞳で、歯を食いしばる。
再びペットボトルに口をつけ、中身を流し込む。
500ml容器をすぐに空にし、それを握り潰す。
「でも私には、アレがある」
不意に、背後に気配を感じる。このフィールド「住宅街」には、対戦中のロキとラヴィアンしかいない。
前に転がる。後ろから琥珀色のレーザーが二発、ロキを追うが、一つは振り返ったロキの前方1mで、もう一つは彼女の左耳にぶら下がる星型のピアスを揺らし、後方でアスファルトを焼く。
振り返った先、ラヴィアンは先程とは違って銃を二丁持っている。
「何があるって?」
見つけたとばかりに、にんまりと笑うラヴィアン。
「そんなの教えるわけないじゃない!」
ロキはそのまま後ろに下がり、また大通りに出る。その間も琥珀色のレーザーは襲い来る。
ロキが大通りの舗装したてのアスファルトに足をつくかつかないかのところで、ついにレーザーは彼女の右腿を貫く。
「うっ……!」
「クハハハハハッ! ようやく当たったね? やはり僕の勝ちだよ。君では僕を倒せない」
さらに連射されるレーザーになんとか炎で対応しながら後ろへ下がるが、ついに背中が冷たいコンクリートブロックの壁に当たるのを感じる。
「くっ……うぁ……っ!」
そのまま横を向いて立とうとするが、貫かれた脚が痛んで立てない。
ラヴィアンはそんなロキを冷酷に見る。
「夏夜夢。君はこれを避け切れない」
銃口から琥珀色のレーザーがまた放たれる。まるでロキを殺す殺人鬼のように、そのレーザーは活き活きと彼女に近づく。
ロキは壁にもたれ、躱すことを諦めたような目をしている。
「躱す気力もないかい? この僕には、やはり君も敵わないようだね!」
ラヴィアンは高笑いする。
しかし、ロキの生き延びる意志の感じられない明褐色の目に、たった一瞬、輝きが現れる。
しかしそれにラヴィアンは気づかない。
一つのレーザーはロキの眼前数センチまで迫り、残り二つはそれを躱すことを許さないように彼女の真横を通り、コンクリートの壁を貫かんとする。
だがそこで彼女は呟くのだ。
「閉界者」
その瞬間、世界は灰色に染まる。三本のレーザーは彼女の鼻先で静止し、ラヴィアンは空を仰いで口を大きく開けたまま動かない。
アスファルト舗装された道路を転がり、元いた場所、あのままいれば確実にやられていたであろう場所に別れを告げ、そのまま彼女は最後の力を振り絞るように緑色の火炎弾を掌から射出する。
「……業紅火」
先程まで住宅街に飛び交っていた炎とは違い、あまり速さはない。しかし、ここで決めるという意志が、メラメラと燃えているような炎だ。
その炎が、立場逆転、ラヴィアンの鼻先に迫る。
これで、決まる。
ふっと笑みを浮かべ、そのまま意識を失うロキ。
「閉界者」の効果が切れたらしく、閑静な住宅街には色彩が戻る。
しかし、笑みを浮かべていたのはロキだけではなかった。
「美酒収」
腕を広げ、ただただ無防備に笑っていたはずのラヴィアンは、急にそう呟く。
ラヴィアンから見れば、ロキが一瞬で壁沿いから道路の真ん中に移動し、自分の目の前に火炎弾がいきなり現れたのだ。
誰もが、ラヴィアンの敗北に異議を唱えなかっただろう。
だが、火炎弾はラヴィアンの体に溶け込んだ。
全くダメージを受けていないように見える。
同時に琥珀色のレーザーはコンクリートの壁を貫く。
「クハハハッ! 閉界者? そんなものもう対策され尽くしているんだよ! いくら『転』のスキルと言えどね!」
ラヴィアンは笑い、右手に持った銃をロキに向ける。
「新星と言われる君でも、やはり『ディヴァイン・ウィル』最強のプレイヤーである僕たち『十二神』には勝てない……か」
悲しんでいるのか、それとも哀れんでいるのか、細長い目をさらに細くし、ラヴィアンはトリガーを引く。
「じゃあね、ロキ。また会える日を楽しみにしているよ」
抵抗などもはやできず、ロキの体は琥珀色のレーザーに包まれる。
映像はそこで途切れる。
『エキシビションマッチ、ロキvsラヴィアン、ラヴィアンの勝利です』
映像が終わり、音声も無くなった、薄暗く静かな部屋に、女性の声でアナウンスがなされる。
「言われなくても見ていたのだからわかっているわよ。ま、当然の結果ね。ロキはまだプレイを開始して四日目の未熟者よ? ラヴィアンに勝てるはずないわ」
先程まであの映像を見ていた銀髪の女は冷たく言い放つ。
「して、ロキの生死は?」
長い青髪を後ろで結んだ屈強な男が、天井を向いて訊く。
『「夏夜夢」でヴァーチャルの心臓を貫かれたことに伴い、リアルでも心臓が破壊されましたが、一瞬で修復いたしましたので至って健康です』
天井のスピーカーから、先程のアナウンスと同じ声が聞こえる。
部屋にいる男女は共に胸を撫で下ろす。
「そうじゃなければ私はラヴィアンを殺していたわ。言っておいたことを守ってないのだから」
「そうだな。逆に、殺すなという指示無しの場合、あの状況で殺せないのなら『十二神』の一柱・ディオニューソスとして失格だ」
女は小さな動作で頷く。
「それもそうね。それより、アテーナー候補はどうなのかしら?」
『あと数時間で「ベース」が彼の自宅に到着することになるかと』
女は背筋の凍るような、しかし凛とした表情で笑う。
「楽しみだわ。彼を『十二神』に迎えられたらいいけど」
イラスト:ばにら。様
DW info 「転」
「ディヴァイン・ウィル」の7タイプのうちの一つで、戦況を大きく変えることのできるようなスキルが属する。