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~技能研究を志す少女は変態フリーター盗撮魔の手を取る~  作者: スタイルフリー
第1章 『フリーター脱却編』
9/22

第9話 「回って肉食って」

 ~特訓4日目~


「はい、今日愛ちゃんにはぐるぐる回ってもらいますっ!」


 自宅から持参した金属バット片手に元気よく、勢いよく、愛ちゃんに本日の特訓メニューを発表する俺。


「……ぐるぐる? ……ちゃん? (つかさ)、ちゃんと説明して」


 疑問符を浮かべながら当然のように詳しい説明を求められる。


「ここに金属バットがあるだろ、これを軸にしてグリップ部分に頭を固定させ回りをぐるぐる回ってもらう。そしてその後にイメトレを行う」


「………なにそれ」


 愛が小さく呟く。


 思わずポカーンと口を開けながら唖然としている。


 茫然自失というのはこのことを言うのだろう。


「安心しろ、まだ説明は終わっていない。続けていいか?」


「……う、うん」


 上ずりながらも何とか返事を返す愛。


「これまでは体力を消耗させた状態や肉体に特殊な刺激を与えた状態でのイメトレを行って来た。限定的に一部分だけ肉体的不可を掛けその直後にイメトレを行う、俺達がして来たのはこれだ」 


「うん、それは知ってる。あとして来たのは私一人で俺達じゃないよ」


 うん、それは知ってる。


 流れで言っただけなんだが愛からすれば重要なことらしい。


 確かにこれまで体を張って来たのは愛だ。

 口を出してるだけの俺に俺達扱いされるのは不快なんだろう。


 ジト目ぎみの愛からの視線を流し説明を続ける。


「今回は限定的ではなく複合的に不可を掛け、直後にイメトレを行う」 


「複……合的?」 


 まだ察することは出来ないらしい。

 なるべくかみ砕いて説明しよう。


「そうだ、今までを思い出してみろ。走ってしんどい、かき氷を食べて頭が痛い、どれも限定的で不可が掛かるのは一部分だけだ」


「うん、確かに」


「さっき説明した金属バットを軸に回る行為は視界を奪い、さらには気分も悪くなる。これは肉体に対して複合的に不可を掛けてると言える」


「あー、なるほどっ! それが複合的かぁ」


 理解したみたいだな。


「複合的に不可が掛かればその分イメージもしづらくなる。だからこそものに出来ればそれだけイメージ力もつく」


「うーん………なんか」


 微妙そうな顔で苦笑いする愛。

 

 あれ? 説明を理解してくれた割にはいまいちな反応。


「不満か?」


「………昨日はかき氷だったじゃん。その後たこ焼きも一気させられたし」


 下を向きながら拗ねた風な口調で愛が言う。


 こんな特訓を繰り返して本当に大丈夫なのか不安なんだろう。

 

 確かに俺が行ってるイメトレは実技を避けた騙し騙しのもの。


 技能開発においてイメージトレーニングは重要なものであるが、地味な上に実技を用いたトレーニングと比べればずっと効率は悪い。


 それに、技能開発をしてるという実感を持ちづらい。

 これは中々のストレスになるだろう。


 そのうち愛の不満がたまって爆発する時が来るかもしれないな。


 だが、今はとりあえず押しきるしかない。


「ねえ………ほんとに、ほんとに意味はあるの?」


 俺を疑う……というよりは、すがりつくような心配そうな声で問うてくる。


「……………………意味はある」


 やばい、心が張り裂けそうだ。

 俺は、何度愛に嘘をついただろう。


「………」


 無言を貫く愛。


 説明を聞いて尚、納得いってないんだろう。


 ならば、ひと押しするしかない。


「最近愛は頑張ってるし特訓が終わったら飯でも食いに行こう。もちろん俺の奢りだ」



「………………ホントに?」



「本当だ。何でも好きな物を食べていい」



「じゃあ………………焼肉で」 


 



―――――(☆)―――――





「わぁ……肉だっ!」


「さあ食え」


「うんっ、ありがと」


 本日の特訓を終え、俺達は今焼肉屋にいる。


 あの後、愛ちゃんたくさんぐるぐる回って頑張ってたからな、思う存分食べるといい。


 目の前には白い皿が5枚程並べられていて、その皿の上には新鮮で綺麗な赤身がびっしりと敷き詰められている。


 ひとまず注文したのはタン、カルビ、ハラミ、ロースの4種でタンが二人前、他は全部一人前ずつ。


 念のため……食べ放題にしておいた。


 以前愛と一緒にファミレスに飯を食いに行った時、結構な量食べていたにも関わらず俺の分までやや強引ぎみに飯を食われたのは記憶に新しい。


 愛のちゃんとした食事風景を見たのはあの一回きりだが、その一回で愛がよく食べる部類の人間であることは理解した。


 それ故に食べ放題。


「肉焼くねっ」 


 嬉しそうにトングで肉を掴み、次々と皿の上の肉を網に掛けていく愛。


 特訓を頑張ってるご褒美とは言ったがぶっちゃけ愛の機嫌を取るために飯に連れて来たので、しばらくは好きに食べさせよう。


 いくつか愛に聞きたいことがあるがそんなものは後でいい。


「うーん、美味しそう」


 肉一式を網に掛けきった愛は、テーブルに肘をつきながら返すタイミングを伺っている。


 ジュウ、ジュウと肉が焼ける良い音がする。香りも良い。


 こうやって肉を食べるだけじゃなく視覚や聴覚でも楽しめるのが焼肉のいいところだ。


 俺も食いたくなって来たな。


 おっ、そろそろ返す頃合いか。


 愛が大切そうに肉を一枚一枚丁寧に返していく。


 俺も手伝おうかと思ったが肉を返していく愛の顔がそれはもう幸せそうだったので半端な手伝いはむしろ邪魔になるかと思い辞めておいた。



 ジュウ~。


 ジュウ~。



 おっ、そろそろか?


 どれ、俺も一枚もらおう。


「いっただきまーす」


 元気よくいただきますを言い、次々と育った肉達を自分の小皿へと移していく愛。


 愛のための焼肉だ。先は愛に譲ってやろう。


 俺は残ったやつで構わない。



 しかし、止まることなく、、、



 次々と、、、



 いや、ほんとに次々と肉を移していく。



 俺は残りもので、、、



 ………は? 


 残ってない?


 

 いやいやおかしいだろ。


 今、肉を焼いたよな?


 5枚ぐらい一気に網に掛けた。


 今食べる準備をしてるのは愛と目の前にいる俺。


 当然愛ちゃんは俺の存在を認識してるはずだ。

 そもそもこの店に連れて来たのが俺。


 大切にお肉を育てて………育った5枚のお肉を、全部自分の元へ持っていく。


 目の前に食べる準備をしてる俺がいるのに。


 おかしいよな?



「んぐっ……もぐっ、もぐ。ひぃ……おーひぃ……おいひぃよ政っ!」

 

「………」


「もごっ……もぐっ……すごいよお肉」


「………愛」


「おいひぃね政。政……食べないの?」


 もういい。こいつはそういう奴なんだな。


 前から薄々感付いてはいたが、今はっきりと理解した。


 こいつはそういう奴なんだ。




―――――



 

 あの後は、凄まじかった。



 肉を食べ始めてからしばらくの間は愛の焼肉無双が続き、いい加減自分の分が食べられないことに腹を立てた俺は肉を愛とは個別に注文し、極力愛の手から届きにくい位置に肉を配置してさらには配置した肉の上に常時トングを構えて愛からの強奪に備えやっとのことで肉を食べることが出来た。



 焼肉ってこんなに疲れるもんだったか?



 そうこうしてる内に愛の腹も脹れて来たのか徐々に食べるペースは落ちてきて………



「おなが……ぐるじぃ」


 

 どうやら満足したみたいでようやく一息つけそうだ。


 しかしよく食うなこいつ。何人前食べた?


 目の前には肉が入っていた皿が山を築いていて、その数を数える気すら失せるほどだ。

 この中には俺が食べた分も当然含まれているが、俺が食べた分より愛が食べた分の方が圧倒的に多い。


 こんな小さな体のどこにあそこまでの量の肉が入るんだ?



 まあいいか。


 それに、頃合いとしてもちょうどいい。

 いくつか愛に聞きたいことがあるんだった。


「そういえば愛はb群だったな。施設通いだけでb群になったんだろ、なるまでにどれくらいかかったんだ?」


 変に改まって聞くと逆に警戒され兼ねないので唐突に思いたった風を装ってみる。


「なにいきなり」


 いきなりの質問に不思議そうな顔をしているが警戒はされていない。


「ただの世間話だ。店を出るまでもう少し一服したいだろ、その暇潰しにな」


「ふ~ん。……どれくらいだろ? b群を目指すようになったのが中2の春くらいで、なれたのが中3の夏だから一年ちょっとかな」


 はやっ。えっ、早くないか?


「そんなすぐになれるもんなのか? 施設通いなら技能開発出来る機会なんて多くてもせいぜい月に一度ぐらいだろ」


 令曰く、場所によっては数ヶ月かかることもあるらしい。

 ここは都内だから人が多く、施設の数も多い。

 多く見積もって月に1度というのは的外れな見方ではないはずだ。

 それで、一年ちょっと? そんなことあるか?


「やっぱり才能あるのかな?」


 少し嬉しそうに、ニマッと頬を緩める愛。

 

 いや、才能あるとかの次元じゃないだろ。


 月に一度技能開発を行ったと仮定しても春から年を跨いで夏までに14ヶ月~16ヶ月ぐらいで、施設を利用出来る回数は14回~16回程になる。


 元々の逆力が高かったとしても、その程度の回数技能開発を行ってb群にまで上がるというのははっきり言って以上だ。


 それに継続的な開発ではなく月に一度と間が空いた開発になる。

 当たり前だが、間が空いた開発よりも続けて行う開発の方が伸び代は大きい。間を空けてしまうとその分技能の使い方を体が忘れてしまったり、鈍りが生じやすい。


 もちろんイメトレなどを行って施設が使えない時も努力して来たんだろうが……それでも違和感は残る。


 それに、、、


 才能があるのは前提として、どうやって短期間でb群にまでなれたのかあまり考えたくはないがある程度の察しは付く。


 一つ、聞いてみるか。


「ああ、才能がある。それだけでb群になれるなら本物の化け物だ。愛は技能検定で3級以上を目指していたな? それだけの才能なら1級も夢じゃないだろう」


 実際のところ、3級以上を目指そうと思えば技力以外にも求められるものは多くあるので技力だけが高くても級を取得することは出来ない。


「バケ……モノ? 言い方は可愛くないけど………まあ、控えめに言ってバケモノかな?」


 まあ、ここはスルーでいい。


「月に一度の技能開発のみでb群になった、しかも一年ちょっとで。本当だな?」


 愛の目をしっかり見て、少しだけ圧を掛ける。


「………まあ、バケモノだからそれくらいはね」


 愛が目を逸らした。


「…………」


 続けて愛を見つめ続ける。より圧を加えて。


「………イメトレとかも毎日してたし。元々技力だって高めだったし」


 やっぱり技力自体は元々高かったんだな。


 だが、、、


「なあ愛、現実的に考えてそれだけでb群になれると思うか?」


 責めるのではなく諭すように問う。


「えっ、でもほんとにb群になれたよ。政、疑ってるの?」


 違う、そっちじゃない。


「b群であることを疑ってるわけじゃない。本当に月に一度だけの技能開発でb群になったのか?」


 俺が何を問いたいのか、これで理解したはずだ。

 逃げ道はもうない。


「それは………ちょっと違う」


 だろうな。少し嫌な予感がする。


「どう違うんだ?」


 感情を表に出すな、別に怒ってるわけじゃない。

 

「えーっと、施設の役員さんと仲良くなって………自分の番をたくさん回してもらいました」


 察しは付いていたがやっぱりそうだったか。


 どれだけ才能があろうと間を空けながら十数回程度の技能開発で群種になれるわけがない。


 だとするなら話は簡単で技能開発を行う回数を増やせばいい。

 間を空けずに技能開発が行えるなら尚いい。


「政………怒ってる?」


 不安そうに愛が聞いて来る。


 他の人達がまっとうに順番待ちをして技能開発を行ってる中、ズルをして優先的に自分の番を回してもらう。

 そのことに対して後ろめたい気持ちがあるから、自分からは切り出せなかったんだろう。


「別に怒ってはいない。せこいとは思うが」


 怒っていないのは本当だ。


 それにこの場合過失を問われるのは役員側だろう。


 ただそうなって来ると不安に思うことがある。


 先日、バイト中の暇な時間を持て余して小村と世間話していたのを思い出す。


 確か……役員が気に入った学生に目を付けて体を対価に優先的に番を回す、だったか。


「やっぱズルだよね。でも技力高い人はみんなしてるって言ってたしなー」


 みんな……してる。


 そのみんなはヤッてるのか?


 落ち着け、まだそうと決まったわけじゃない。


「自分の番をたくさん回してもらうと言ったな、それは何を対価にしてだ?」


 ストレートに行こう。

 もし小村が言っていたようなことをしてたなら施設に乗り込んでその役員をぶっ殺す。


「………対価ってなに?」


「対価は対価だ。自分の番を回してもらう代わりに見返りを払っていたんじゃないのか」


「なにそれ。見返りなんてないよ」 


 うん?


「本当か? 何もなしにそんなことをしてくれるのか?」


「逆に聞くけど何かしないといけないの?」


 嘘を言ってるわけではなさそうだな。

 だが見返りなしなんてことあるか?

 

「いや、何もないならそれでいい。具体的にどれぐらい回してもらってたんだ?」


「………週に一回くらい」


「週一!? お、おう……なかなかのペースじゃないか。ということは一年ちょっとの期間そのペースで技能開発していたのか」


 普通にせこいなこいつ。


「それは違う。役員さんに自分の番を回してもらえるようになったのは今年の4月から」


 あれ、そうなのか?


「今も続いてるのか?」


「ううん、7月に辞めちゃた。b群に上がったタイミングでその施設には行かなくなったから」


「行かなくなった理由はあるのか?」


 b群に上がったから……が理由ではないだろう。

 技検で3級以上を目指すならb群なんて通過点でしかないはず、それ以降も技能開発を行っていく必要がありここで切るのはもったいない。


「うーん、やっぱズルは良くないって気持ちはあったし……役員の人も苦手だったから」 


 なるほど。それが理由でb群に上がったのを機に施設に行くのは辞めたと。


 しかしその役員が気になる。

 リスクがあるにも関わらず何の見返りもなしにそんなことするか?

 愛は今その役員が苦手と言ったな、どんな風に苦手なんだ?


「その役員に何か変なことをされたりはしなかったか?」


「変なことっていうかスキンシップが激しかったんだよね。指導の時に肩触ってきたり腰に手回してきたり。普通にキモくて嫌だった」


 下心ありまくりだなっ!! ぶっ殺してやろうかっ!!


「それセクハラだろ。ずっと我慢してたのか?」


「ううん、我慢なんてしないよ。しつこかったら突飛ばしたりしてたし。でもそういうことしちゃったらその後が気まずくなるんだよね」


 それも嫌だった……と加えて愛は言った。


 やっぱりというか……そうか、セクハラがあったか。


 だとするならある程度の推測はつく。


 その役員は、はなから見返りを求めて愛に近づいた。


 相手が中学生ということもあり、警戒してすぐには取り引きを持ち掛けなかった。


 愛との接点を持つために一方的に愛の番を優先させ指導・監督を行い、関係を深めてから取り引きを持ち掛けるつもりだったんじゃないか?


 愛からすればいきなりのことで戸惑っただろうが、技力が高い子はみんなやってるから、なんて言われて丸め込まれたんだろう。


 さっき愛もそれっぽいことを言っていたしな。


 そうやって愛と接点を持つまでは順調に行ったが、ここで狂いが生じる。


 取り引きを持ち掛ける前に愛が施設に来なくなった。


 自分の番を優先的に回してもらう罪悪感と指導にかこつけて行われるセクハラ。両方とも思うところはあったのだろう。


 ちょうどb群にも上がれたのでそれを区切りに施設に行くのは辞め、役員の企ては頓挫した。


 だいたいはこんな感じだろう。


「そうか、色々大変だな。その役員とはもう接点はないんだな?」


 念のため聞いてみる。


「あるわけないじゃん、もう会いたくもないよ。連絡先とかも全部消したし」


 よし、それでいい。


「一応気を付けておけ、その役員は明らかにお前に対して気がある。連絡先を消して関わりを断ったつもりでも向こうは今だにお前のことを探してるかもしれない」


 思いの外、愛の警戒心が薄い気がする。

 今の発言だけではどれ程のセクハラをされたのかわからないが多少くどくても注意を促しておく必要があるだろう。


「うん……わかった。そんなに心配?」


「当たり前だ、何かあってからじゃ遅いだろう。とにかく注意しておくんだ、いいな?」


「うん。………ふふっ、なんか変な感じ」


 何が面白かったのか急に笑いだす愛。


 何だ?


「何が変な感じなんだ? 今のどこが面白い?」


「だって盗撮魔にそんな心配されたら可笑しく感じるじゃん」


 なっ………!? 


「いやっ、それはだなっ………確かにそうかもしれんが俺は俺なりに」


 思わぬ不意打ちに焦りを隠せない。

 それを言われたらどうしようもない。


「うっふふっ……あっはははっ」


 俺の反応が可笑しかったのか、笑いをどんどん加速させて行く愛。


「おい……」


「あっははははははっ………いっひひひっ」


 その後も愛の笑い声は続く。


 手に負えん。しばらく放っておくか。



 取り敢えず、ひとまずは安心だな。

 愛が被害に遭ってなくて良かった。


 それにしても役員の連中は何を考えているんだ?


 中学生相手にそんなことをしてバレたらどうなるかなんて考えるまでもない。下手したら捕まるだけでなくライセンスまで剥奪されるぞ。


 級を取得するのにそれなりの努力や苦労はしたはずだ。

 それだけのリスクを犯してまですることなのか?


 

 しかし、、、あれだな。


 愛のことを盗撮しようとした手前、その役員のことを避難しづらい。


 自分のことを棚に上げて……と、どうしても思ってしまう。


「はぁーあ、面白かった!」 


 どうやらやっと笑いが収まったらしい。

 一度笑い出すと止まらないタイプみたいだ。


 そういえば、あと一つ聞きたいことがあったが……今はいいか。


 急ぎではないし、会話の流れからして今聞くようなことでもない。


「あーでもさー、あの施設使えなくなっちゃったから苦労したんだよね、あそこ家から一番近かったし。おかげで遠くの施設使うハメになって変更届け出すのとか面倒くさかったんだよね」


 確か一般向けに解放されてる施設は予め登録しておかないと利用出来ないんだったか。


 一人に付き一つの施設までしか登録出来ない。

 これは遠征組が技能開発のため手当たり次第にあちこちの施設に予約をしてより混雑することを防ぐため。


 基本的には地元の一番近い施設に登録するが、事情がある場合は変更届けを出すことで一度登録した施設を別の施設に登録し直すことが出来る。

 

「施設を移してから今もそこを使い続けてるのか?」 


 俺の指導を受けながら、平行して遠くの施設にも行ってるのだろうか。


「政に会うまでは行ってたけど今は行ってないよ。政が指導してくれるって言うから行くの辞めた」


 俺から言い出したんじゃなくてお前から言って来たんだけどな。


「そうか」


「うん。施設遠いし、そっちの方が効率的だって思ったから。実際には全然実技の特訓してくれないけど」


「段階を踏んでるんだ、慌てる必要はない」  


 不意を突かれて一瞬固まりそうになったが華麗に切り返す。


「政には政の考え方があるんでしょ? しばらくはついて行くよ」


「ああ、任せろ」


「うん、任せた」



 そこからはお互いに数分間の沈黙が続いた。


 特訓はしたし、肉もたくさん食べた。


 程よく一服も出来て、話も一区切りついた。



「そろそろお開きにするか」



 ゆっくりと腰を上げようとしたら、、、



「ねえ、政ってほんとに2級なんだよね?」



 唐突に愛が口を開く。


 どうしたいきなり。


 愛が無表情でジーっと俺のことを見つめている。


 何だろう……何だか嫌な予感がする。


「今って2級の免許見せれる?」


 免許、、、ライセンスのことかっ!?

 

 そんなもの持ってないぞ。

 

 やばいやばいやばい。


 何で今なんだ?


「い、今は………見ての通り手ぶらだ。財布しか持って来ていない」


「財布の中に入ってないの?」


 ないないない。


「こういうものは特別な用事がない限り普段から持ち歩いたりはしないんだ」


「ほんとに?」


 勘弁して勘弁して勘弁して。


「本当だ」


「ふ~ん、そうなんだ。だったら今度でいいよ、今度見せてね」


 こ、今度ぉ。


「わ、わかった、了解した。ま、まだ疑ってるのか?」 


「疑ってるっていうか、そういえば一度も見せてもらえてないなーって。確認するに越したことないし、実物見たことないからどんななのか興味あるんだー」


「………」 


 興味……あんなもんただの紙切れだろ、興味なんて持つな。


「政?」


「何でもない。要望通り準備しておこう」


「準備って、大げさだね。うん、でもお願いね! じゃあお腹もいっぱいになったことだし帰るかっ!」


 伝票を勢いよく俺へと突き出し、席を立つ愛。


 今日はありがとう、じゃあねと愛の声がすれ違い様に聞こえて来る。


 やばいやばい……どうしよう。


 最後の最後でとんでもない爆弾を落として行きやがった。


 




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