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~技能研究を志す少女は変態フリーター盗撮魔の手を取る~  作者: スタイルフリー
第1章 『フリーター脱却編』
6/22

第6話 「チーズインデミハンバーグ」

「ふぁ~………今、何時だ」


 起床。


 大きな欠伸をしながら時計を見ると時刻はちょうど9時を回った辺り。昨日寝床に就いたのが23時くらいだったから、ざっと10時間程の睡眠か。

 

 十分すぎる程の睡眠で脳が満足したのか起床直後ではあるが随分と爽快な気分だ。


 昨日は色々とあって晩飯を食いそびれていたので腹が減ったな。


「ご飯食べるか」


 スマホを手に持ち、3階の自室を出て階段をつたい2階にあるリビングへ向かう。


 リビングに入り、キッチン目前にあるテーブルに目をやると朝食が作り置きされていた。


 お皿にラップが掛けられていてその隣には食パンが袋に入った状態で置かれている。


 ラップに小さなメモ用紙が貼り付けられていたのでそれを手に取ると、チンして食べて下さい。行ってきます。とだけ記されていた。


 (れい)はもう仕事に行ったのか……本当よく働くな。


 俺の唯一の家族は俺よりも遅く帰って来て、俺が起きるよりも先に仕事へ向かう。


 令はいつも仕事へ向かう前に朝食を作って置き手紙をしていき、俺はそれを見ながら朝食にがっつく。


 これがいつもの(つかさ)家の朝。


 メモにあった通り皿に入ったベーコンエッグをレンジでチンして、ついでに食パンを一枚オーブントースターでチンした。


 パンにバターを薄く塗ってベーコンエッグと共にかぶりつく。


 うん、まずまずの味だ。


 パンはともかくベーコンエッグは普通にうまい。焼き加減と塩コショウでの味付けが絶妙だ。


 もぐもぐもぐ。


 もぐもぐもぐ。


 そういえば昨日の朝もこれを食べたな。


 さらに数日前にも食べた気がする。



 令は料理がうまいがレパートリーが少ない。


 一般家庭の朝食なんて元々レパートリーが少ないのに令が作るとさらに少なくなる。


 本音を言うともう少しレパートリーを増やして欲しいが以前それを令に伝えた時、


「あなた……どの面下げてそんなこと言ってるんですか? 働きもしないで養ってもらっている立場で。不満があるなら食べなくて結構ですよ?」 


 と、ドン引きされながら軽蔑交じりの視線を浴びせられた。令ちゃん怖いお。


 当時は正真正銘の無職だったからな。

 かなり長い間令は我慢していてくれたが、俺が23歳になった辺りから段々と職を進めて来るようになってきて、それでもシカトぶっこいていたらついにキレられて働くか出ていくかの択を迫られ仕方なく働くことにした。


 高卒で職歴のない俺がいきなり就職するのも厳しかったのでひとまずはアルバイトということで令も納得してくれた。

 


 それで始めたのがあのコンビニなんだが……クビにならなかったとはいえ次から行きづらいな、、、


 などと思っていたらテーブルに置いていた俺のスマホが音を立て振動した。


 ラインか?


 誰だ?


 画面を見やるとそこには、、、Iと表示されていた。



 技能の指導いつから出来る? 今日とかどう?



 おーーう、愛からの初ライン。

 何だこのなんとも言えない感動は。


 何の飾り気もないシンプルな文面なのに、jcが送ったと考えるだけで可愛いく感じる。不思議だな。


 技能の指導をいつから出来るのか俺に予定を聞いているくせに、今日はどうかと自分の予定を押し付けてくる。

 

 実に中学生らしくて可愛いらしいな。


 そういえば指導の内容や日程などはまだ決めてないんだったか。

 てっきりそういった細かい連絡はラインを使ってするのかと思っていたが……ちょうどいい、直接会って話すか。


 よし、愛の心証を悪くしないためにもすぐに返信しよう。



 今日の17時に昨日行った公園で会えるか?

 




―――――(#)―――――





 時刻は16時、俺は例の公園で愛を待っている。


 jcとの待ち合わせが嬉しすぎて一時間も早く来てしまった……というのは半分嘘で、もう半分は考える時間が欲しかったから。


 愛と会う直前に、今後の展開についてある程度は想定しておきたかった。



 さて、どうするべきか。


 俺は愛に対して嘘をついた。

 俺は技能力検定で2級を取得していない。


 この嘘が今バレれば間違いなく愛はぶちギレ、即座に警察へ通報するだろう。証拠の写真がある以上言い逃れは出来ず、今バレることは何としてでも避けたい。



 俺が2級であるという嘘はいつか必ずバレる。

 バレる理由は2つあって、そのうちの1つは技能の指導を行うことにある。


 技能を指導するということは技能の行使が許される環境の下、指導される側が技能を行使しそれを指導者が近くで見守り、指導及び監督して行くということになる。


 これは法律で定められていて遵守しなければならない。

 


 この指導及び監督を行うには資格がいる。

 技検で4級または5級を取得する事でその資格が与えられるが、級持ちでない俺はその資格を持っていない。


 級を取得すると免許証が与えられ、それが級持ちの証明にもなる。


 ちなみに技能の行使が許される環境というのは、技能開発を行う上で安全面がしっかりと確保されていると国が認め、認可された設備の整った施設などを指す。


 個人の技能開発のためにそのような施設を造ったとしても国からの認可は降りない。これは技能行使が許される場所を、個人によって独占させないためにある。


 多くの技能力者達が利用出来て、独自に技能開発を行えるようにそういった場所が造られ開放されている。


 その施設を使わせてもらう時に指導及び監督する資格があることを示す必要があり、そこでライセンスの開示が求められる。



 ここだ。ここでバレる。


 

 騙し騙し実技を避けた指導を行うことも可能だが、いつか必ず限界がくる。

 当然愛は俺を疑うだろうし、そもそも免許証を見せるように要求されたらその時点でかなり厳しい。



 もう1つは推薦をする資格がないこと。


 これなんか誤魔化しようがないので時期が来れば一瞬でバレる。

 しかし3級を受験出来るのは大学卒業以降の話なので時間的に余裕はあり、今は後回しで構わない。



 これら2つが、嘘がバレる要因となる。


 とにかく俺に出来るのは、時間を稼いでバレるのを先伸ばしにすること。

 

 時間があれば何かしらの策を思いつくかもしれない。


 ひょっとしたら時間の経過と共に愛の気持ちが風化し、仮に嘘がバレたとしても盗撮の件を水に流してくれるかもしれない。


 希望的観測かもしれないが、可能性がないわけではない。



 これから愛に技能を指導していく上でなるべく実技を避け、嘘がバレないよう臨機応変に対応し時間を稼ぐ。



 よし、しばらくはこれを軸にしてやって行こう。

 

 




―――――





「ごめん! 待った?」


 目を瞑って周囲の音に耳を立てていたら愛の声が聞こえた。


 目を開けるとそこには超絶美少女愛ちゃんの姿が。


 髪サラサラ、目クリクリ、肌真っ白でめちゃくちゃ可愛い。

 少し焦りながら、上目遣いで俺を見てくるのも可愛い。


「いや、今来たところだ」


「ホントに!? ちょっと遅れちゃったから帰っちゃわないか心配だったよ。でも政も今来たならお互い様だね!」


 時刻は17時30分。

 お互い様なわけあるか。30分待ったわ。

 なかなか来なかったから一瞬嵌められたかと思った。


「用事でもあったのか?」


 無難に質問してみる。


「ホントは時間通りに来るつもりだったんだけど、知り合いに捕まっちゃって」


「そうか」


 知り合いを優先して約束を遅らせたと。中学生らしいな。


「そんなことより技能の指導してよっ!」


 いきなり来るか、まあいい。

 今日のスケジュールは予めから考えている。


「わかった。だが指導に入る前にいくつか話合っておく必要がある。お前は中学生だろ、門限もあるだろうし今日は今後指導していく上で必要な話し合いだけして解散にする」


「ええっ、それだけ!?」


「それだけだ。今後のことを考えれば、お前の技能や指導する日程など詳しく話をしておく必要があるだろ」


 とりあえず今日はこれでいい。


「ああ……確かに。あとお前じゃなくて愛って呼んで。その呼ばれ方嫌いって昨日も言ったじゃん」


「おう、そうだったな。悪い」


 昨日言われたことはもちろん覚えている。


 本人からの許可を得てるとはいえ美少女を下の名前で呼ぶのは緊張するな。気を抜くと今みたいに名前で呼ぶのを避けてお前と言ってしまう。


「ここで話し合いするの?」


「そのつもりだ。長く時間はかからない」


 あれ、不満か?


「それならどこかのお店に入ろうよ、お腹空いたし!」


 そういうことか。時間的にも夕飯時だしな、ちょうどいい。


「確かこの公園の近くにファミレスがあったな。そこでいいか?」


「いいよー。そこ行こ」


 俺の提案に愛は快諾し、互いに公園の出口に向かってゆっくりと歩を進めた。





―――――(♠️)―――――



「んー、何にしよっかなー」


 数冊のメニュー表を全て一人で独占し、長考の構えをとる愛。


 向かいの席にいる俺のことなんてまるで眼中にないみたいだ。




 俺と愛は今、某有名チェーン店のファミレスにいる。


 このファミレスは公園を出て徒歩で5分もしないくらいの位置にあり、学校帰りの学生達や家事を終えて一息ついた主婦達がよく利用しに来る。


 俺もたまに令と一緒に来るときがあるのでこの店はそこそこ馴染み深かったりもする。



 ちょうど夕飯時ということもあって客の入りは良く、店内に人は多い。待たされることはなかったが席を選ぶことは出来ず、空いてる席に適当に通された。



(つかさ)~、何にする?」


 メニュー表を独り占めしておいてどの口で言ってるんだ。

 

「その質問をするなら俺にもメニュー表を見せろ」 


「あっ、ごめんごめん。じゃあ……これでいっか、はい」 


 手元にあった中で最も不要と判断したであろうメニュー表を俺に差し出してくる。

 

 なになに……トマトフェア?


 メニュー表を見てみるとトマトパスタだのトマトパフェだのトマト関連のメニューしか乗ってない。あまりにも限定的すぎるだろ。


 ネタでやってるのかと思い愛を一瞥すると、当の本人は俺の方など見向きもせずに再び注目するメニューの厳選作業に戻っている。


 こいつ……何かこういうとこあるよな。


 天然というか、意図的でない悪意というか。


「よし決めた。私このチーズインデミハンバーグとライス大にする。政は?」


「俺も愛と同じのでいい。そんなに食べて夕飯は大丈夫なのか?」


 見た目に反して結構喰うんだな。俺的にはポイント高いが。


「うん、家帰ってもお母さんいないし。自分で作るのもめんどくさいから」

 

「親、帰ってくるの遅いのか?」


 俺の家も似たようなもんなのでつい親近感を覚えて突っ込んだ質問をしてしまう。


「日によるかな。帰って来ても早くて20時過ぎとかだし、そもそも帰って来ない時もあるし」


 拒絶されるかと思ったが意外にも素直に答えてくれる。

 だが、昨日会ったばかりの中学生に対して家庭の事情を聞くというのはあまりよろしくないな。自重しよう。


「そうか」


「うん」 



 テーブルに置かれているベルを鳴らし、オーダーを受けに来た学生バイトらしき店員に手短に注文をすませる。


 どうでもいいがあの店員、オーダーを受けている間ずっと愛の顔をガン見していたな。やっぱり誰から見ても愛の容姿は魅力的に映るのだろう。




「………」


「………」



 互いに無言の時間が続く。


 技能の指導に関して詳しい話は食事を終えてから、ということになった。

 さっきまでは注文をする上で必要な会話が出来ていたが、それが終わり少しでも間が空くと次に何を話せばいいかわからない。


 そもそも技能指導の話をしに来たのだからそれ意外の会話は求められていないんじゃないか?


 必要最低限の会話はするが、お前なんかと世間話をするつもりはないと言われでもしたらどうする?


 幸いにも愛はスマホを取り出してポチポチといじってるし、しばらくは無言を貫いて様子を見るか。


 愛が俺に求めるのは推薦と指導であって、仲良くすることではないということを自覚しておこう。



「今日はバイトなかったの?」


 と、自分自身を軽く戒めていたら愛から話を振られた。しかも世間話だ。


「今日はシフトに入っていない。入ってるのは月、水、金の週三日だけだ」


 今日のことを聞かれてるのに、愛から話を振って来たことが思いの外嬉しくてつい余計なことまで答えてしまう。


「ふーん、休職しながらアルバイトしてるんだったっけ。いつ復帰するの?」


 こいつはこいつで昨日会ったばかりの俺に随分と踏み込んだ質問をしてくるな。


「まだ未定だ。そうだな……俺の心が回復したら……かな」


 当然休職してると言うのも嘘だ。

 つい数ヶ月前まで無職だったんだぞ、本業なんてあるわけないだろ。


「あははっ、病んでる風には見えないけどね。盗撮もしてたし」


「い、いやっ、だからそれは」


 取り引きしただろうが、人が大勢いる前で蒸し返すな。

 まあ、嘘な取り引きなわけだが。


「えー、でもホントのことじゃん。すごく怖かったし傷付いたんだけどー」


 ニヤニヤと笑いながらイジってくる。

 

 これは……イジりでいいんだよな?


 盗撮した側の俺が言うのもなんだが、普通こう言ういじりをするもんなのか?


 被害者からすればかなり敏感な話題だと思うが。


「もしかして、ああいう被害に遭うのは初めてじゃないのか?」


 これは前から思ってたことだ。


 盗撮被害に遭った直後の愛の対応はかなり冷静で手慣れていたと言える。

 仮にああいった被害に遭うのが初めてなら、冷静さを欠いたり取り乱したりしていてもおかしくはないはず。


 経験があるからこそ、あのような対応が出来たんじゃないかと推測する。


「たまにあるよ。電車に乗ってたらお尻触られたり、スカートのなか撮られたり」


 さっきまではニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべていたが、俺の質問を受けると同時に表情を消し、感情の無い声で返答する。


「そっか……」


 質問をした瞬間に、しまったと思った。


 突っ込んだ質問は控えようと自身に言い聞かせた直後にこれだ。


 会話の流れがあっとはいえ、全然自重出来ていない。


「初めてされた時はすごく怖くて、何も言えなくて我慢するしかなかった。でもさ、それがすごく悔しくて。だって悪いのは向こうじゃん、何で私が我慢しなきゃいけないのって! それからは痴漢とか盗撮して来る人がいたらどんだけ怖くても戦うって決めたの」


 さっきまでとは打って代わって、瞳に怒りを宿しながら自分の気持ちを吐き出すように伝えてくる。




 う、ううっ、凄まじい罪悪感だ。




「……すいませんでした。本当にすいませんでした。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「その気持ちが本当なら、もう絶対あんなことしちゃダメだよ? された方は一生覚えてるんだから」 


「………はい」


 申し訳ないという気持ちしか出てこない。

 俺はそれだけのことをしたんだ。


「でもさ、政って不思議だよね。普通は盗撮被害に遭ったらすごく気分悪いし、思い出したくもないのに政相手だと何でかイジっちゃう」


「はい……どうぞイジって下さい。すいませんでした」


「なにそれ」


 今の愛にかける言葉が出てこない。

 こういう時、何と言うべきかわからない。




「お待たせしました、こちらご注文の品になります。チーズインデミハンバーグとライス大でお間違いありませんか?」


 と、このタイミングで注文の品が届いた。

 どうしたらいいかわからなかったので助かった。


「うわっ、来た! おいしそう!! はい、間違ってないです!」


 無表情だったのが一気に満面の笑みに変わり、温度差の激しさに驚く。そんなに腹が減ってたのか?


「ご注文ありがとうございました。ごゆっくりどうぞ」


 オーダーを取りに来た時とは別の店員がそそくさと注文の品を配膳し、去っていく。


「いっただきまぁす!」


 さっきまでの重かった空気がまるで何事もなかったかのように元気よくいただきますをしてハンバーグにかぶり付く。


 思いの外愛は切り替えが早いタイプなのかもしれない。


「うん……うんっ……おいひぃ」


 すごいがっつき具合だ。

 ナイフでハンバーグを豪快に切り、フォークを雑に刺して口に運ぶ。

 自分の口の小ささなんてまるで考慮していない。

 ああっ、口元がソースでベタベタじゃないか。


 続けて愛はすごい勢いで白米をかきこむ。

 こらこら、口元を拭いてからにしなさい。


 この光景になぜか既視感を感じる。


 こういう飯の食い方……どこかで見たことがあるような気がする。



 あっ……悟空だ。こいつドラゴン◯ールに出てくる悟空見たいな飯の食い方をしてる。


 

 それに気づいて、少し笑いそうになる。


 周囲の目線なんてまるで気にしない。


 自分の食べたいように食べる。


 でもそれが妙に惹かれるんだよなー。


 愛の食べっぷりを見ていたら無性に俺も腹が減って来た。


 食うか。

 

 いただきます。





―――――(*)―――――





「ごちそうさまでした。はぁ~、おいしかった」 


 あの後も愛はものすごい勢いで食べ続け、ものの五分でペロリと完食した。

 女子中学生が食べるには結構な量あったと思うが、見た目に反してよく食べるんだな。


「じゃあ技能の指導に関してお話しよっか」


 いや待て、俺はまだ食べてる途中だぞ。

 向かい合わせに座ってるんだから愛からも見えてるはず。


「俺はまだ食べてる途中だぞ」


「知ってるよ? 大人の男の人なのに中学生よりも食べるの遅いなんて政はダメだね。食べながらでもいいよ」 


 何だそのマウントは。

 それに食べながらでいい、ではなく俺自身が食べてから話をしたいんだが。


「話は俺が食べてからだ。もう少し周りを気づかえ」


 やっぱり愛はこういうところがあるな。

 悪意を持って……というわけではなく無意識なんだろうが。


「ええー、待つのかあ。やだなー」


 上半身をテーブルに預け、突っ伏したような態勢になる愛。

 顔を俺の方へ向け不満そうな視線を浴びせてくる。


「ちょっとぐらい我慢しろ。10分もあれば食い終わる」


 少し食べるペースを上げるか。

 もともと食べるのが遅いというわけではないが、特別早くもない。

 目の前の中学生が尋常じゃなく早すぎるだけだ。


 ハンバーグをナイフで切り、フォークで刺して口へ運ぶ。

 モゴモゴと噛んで呑み込んだ後に白米もしっかりとかっ込む。



 と、普段よりも少しだけペースを上げて食べていると愛からの視線を感じた。

 


 チラッ、チラッ、チラッと。



 なんだ?


 視線の先を見てみると、どうやら俺の手元を妙に気にしている。


 もしかして……食べたいのか?



「政遅いなー。門限あるしもう帰ろっかなー」


「モグ……モグ、モグ」 


 無視して無言で食べ続ける。

 技能の話はどうした。


「ねえ、政食べるの遅いし……手伝ってあげようか?」

 

 ………は?


「かしてみ。」


 ハンバーグを載せた鉄板に敷かれたお皿を強引に取り上げられ、自分の元へと持っていく愛。


「なっ」


 嘘だろ。


「こうやってね、一回で大きく切って口に入りきらないくらいの量を詰め込むのが一番美味しい食べ方なんだよ」


 半分くらい残っていたハンバーグのうちの7割程を豪快にナイフで切り取り、大きく口を開けてかぶり付く愛。



 こいつマジで言ってんのか。



 食べていいなんて一言も言ってないし、食べるのが遅いとか帰りたいとか言ってたのもこれをするための口実だったのか?


 俺の分も欲しかったから……なのか?



「お前……」

 

 厚かましさに素で驚いていると、、、


「そういえば政って野菜嫌いだったっけ? このブロッコリー食べれるかな。うーん、しょうがないから代わりに食べてあげるね。あとついでにポテトも」


 ついにはハンバーグの隣に添えられていたブロッコリーとポテトにまで手を出し始めた。


 こいつ……いくらなんでも図々しすぎるだろ。

 どれだけ食い意地張ってるんだ。


 それに昨日遭ったばかりのこいつに野菜が嫌いなんて話は一切していない、あと俺は別に野菜が嫌いじゃない。


 ただ飯を食べてるだけでどれだけ突っ込ませる気だ。


「モグ……グッ……ゴクッ。はい、残りこれだけなら食べれるでしょ。 ご飯とかちょっと残ってるけどまだ手伝った方がいい?」


 あっと言う間に食い尽くされ、残ったのはハンバーグの切れカスと少しのブロッコリー、白米のみ。


 なんなんだこいつは。


 どんな教育を受けてきた、親の顔が見てみたい。



 だが、、、まあいい。



 俺の分もかっさらってやっと満腹になったのか、満足そうな顔でニコニコしているのを見ると怒る気も失せてくる。


「もういい。食いたいなら残りも全部食え」 


 よく食べるとはいえ流石に満腹になってると思うのだが、まだチラチラと皿の方を見ていたので残りも全てくれてやった。


「ホントにっ!? ありがと、政いいやつだね!」


 クリクリの目を大きく見開いて礼を言う愛。


 ムシャムシャと残った分も平らげていく愛。


 今さらだが、俺の食べかけとか気にしないんだな。

 もしかして間接キスとか気にしない系女子か?


 それにしてもまるで小動物に餌付けをしてるような感覚になる。


 モグモグ、ムシャムシャと。


 ああ、可愛いな。


 何か目覚めそうだ。


 




―――――



 愛が俺の分の飯まで平らげてから、一息ついて10分程が経った。



「お腹もいっぱいになったし、今日は解散にしよっか」 


「お前は本当にさっきから……技能の話はどうした?」 


「あっ……そうじゃん! その話しに来たんじゃん!」



 今確信を持って言える。こいつはバカだ。


 話をするためにこのファミレスまで来たのに、飯に夢中でそのことを完全に忘れていたらしい。


 そういえば昨日技能を見せた時も、見るのに夢中で取り引きのことを忘れていたな。


 どうやら愛ちゃんは目の前のことに夢中になりすぎて本来の目的を忘れてしまいがちらしい。


「一応確認しておくが技能を指導してほしいと言うのは本気なんだな? 生半可な気持ちならやめておけ、時間を無駄にするだけだ」


 念のため確認をとっておく……風を装って軽く揺さぶってみる。

 この程度で動揺してくれるならどうせ長くは続かないだろうし楽なんだが。


「当然、本気だよ。そうじゃなきゃわざわざ盗撮魔なんかに頼まない」


 それは確かに。

 確かにそうなんだが、、、言い方。

 まあ本当のことだから仕方ないか。


「わかった。今日する話し合いは主に3つある。まずは愛の技能について詳しく知りたい。次に技能指導していく上での具体的な目標、最後は技能を指導する日程についてだ」


 話の流れを軽く説明して、予めから話し合いにおける互いの意識を共有させておく。


「了解。いいよ、それで」

 

「まずは愛が使える技能を説明してくれ。群、種、類について」


「うん、わかった。私が使えるのは火種と風種の2つ。火種はⅠ類とⅡ類が使えるよ。風種はⅡ類だけ」


「ほう……2つの種類が使えるのか。なかなか優秀じゃないか」


「ふふん、そりゃどうも」 


 すなおに驚いたな。

 2種以上の技能が使える者はかなり少なく非常に珍しい。

 ひょっとすると才能があるのかもしれないな。


「それで、群はどっちに属する?」


「ふっふっふ、待ってたよその質問。政はどっちだと思う?」 


 両腕を組み、にちゃあっと笑いながら自慢気な顔でドヤッてくる愛。

 何だそのフリは。


「質問に質問で返すな。もしかして………b群か?」


「ええっっっ!? 何でわかったの!?」


「明らかにフリがおかしかっただろ。本当にb群なのか? すごいじゃないか」 


 前フリがあったせいでリアクションは薄くなってしまったが、これもかなり驚いた。


 2つの種類が使えてしかもb群だと!?


 こいつはまだ中学生だろ、年齢を考えれば普通に天才と言える。


「もうっ、当てないでよ! 自分から言って驚かせたかったのに!!」


 いや質問して来たのお前だろ。


「十分驚いてるさ。お前結構すごいんだな」


 技能が使える者はその技力の高さによってa群もしくはb群に分別される。

 技力は10段階で評価され1~4がa群、5~10がb群と認定される。

 

ほとんどの人はa群であり、b種に属する人は極めて少数と言える。


 ちなみに技力と言うのは、どれだけ自分の技能を扱えるのか相対的に評価され、それを数値で表した一つの指標のことを言う。


「お前じゃなくて愛。政から見てもすごいって思う?」


 思わず勢いでお前と言ってしまった。すまん。


「ああ、かなりすごい。さっきのフリも納得だ」


「でしょ! かなり苦労したんだよ」


「誰か優秀な指導者と契約して見てもらっていたのか?」


「ううん、指導者と個人的な契約はしてないよ。施設にいる級持ちの役員の人にたまに見てもらってたくらい」


「それでb種までいったのか? 愛は才能あるんだな」 


 思わず感心してしまう。


 技能開発と言うのは技能力者全員が平等に行えるわけじゃない。


 技能を開発するには、国が認可した環境が整った施設とそれを指導、監督する責任者がいる。


 施設には何人か級持ちの役員がいて技能開発の指導、監督をしてくれたりもするが、そこには人が殺到してなかなか自分の番は回ってこない。

 かなり前から予約する必要があり、自分の番が来てもわずか数時間程しか見てもらえないため大した成長は見込めない。


 基本的には指導者と個人契約するなりして定期的な技能開発を行わないと、技力を上げることは難しいと言われている。


 ただ個人で契約するとなるとどうしてもお金が掛かるため、経済的な事情なんかも含めると平等とは言えない。


 限られた時間で必死に頑張って来たんだろう。

 その中で少しずつ技力を上げてb種にまでなったとするとそれは本当にすごいことだ。


 少し、評価を改めないといけないな。


「そ、そう? そうかぁ……才能あるかぁ」


 嬉しそうにニヤけ、少しだけ頬を赤らめる愛。


「ちなみに技力の高さはいくらくらいなんだ?」


「5だよ。実は数ヶ月前にb群になったばっかなんだ」


 なるほど。b群の中で技力は一番低い部類だが、それでも優秀だ。


「愛の技能に関してはわかった。次は技能開発に向けて具体的に何を目指すかだ」


「具体的に?」


「そうだ。漠然と技能を開発してもそう簡単に成長は見られない。何が出来るようになりたいか具体的に目標を立て、それが実現出来るように技能開発のメニューを作る」


「おおっ、何かそれっぽいね!」


 愛のテンションが上がる。

 

「これが普通のやり方だろ。今までどうして来たんだ?」


「うーん、役員の人に言われるがままして来たかな。私よりも技力高いし、いいかなって」 


 そう言うもんなのか?

 確かに最終的には指導者の言う通りに励むことになるが、事前にある程度の打ち合わせくらいしそうなもんだが。


 まあ俺は施設の役員から指導を受けたことがないので考えても仕方ないか。向こうには向こうのやり方もあるだろうしな。


「そういうことか。だが俺はその役員とは違う。俺は俺のやり方でやらせてもらうぞ」


「うん、いいよそれで!」


「愛はどういうふうに技能を開発したい? あくまでも現実的な範囲で考えるんだ」


 とりあえずは直球に聞いてみる。


「現実的にかあ……まずは火種でⅢ類を習得したいかな。あとは風種でⅠ類も」


 ふむ、なかなか現実的な回答だ。


 Ⅰ類……特定の物質を増加、減少させる。

 Ⅱ類……特定の物質を意図的に運動させる。

 Ⅲ類……無から特定の物質を生み出す。


 技能の種類によっては細かく意味合いが変わってくる部分もあるが、基本的な定義はこのように分類されている。


 愛は火種がⅠ類とⅡ類、風種がⅡ類、使えると言っていたな。


 そして愛が目指すのは火種がⅢ類、風種がⅠ類か。


 火系でⅢ類を習得したいと言うのは、火を生成出来るようになりたいということ。


 風種でⅠ類を習得したいと言うのは、風を増加、減少出来るようになりたいということ。


 とりあえずはこんなところか。


「なるほど、目標はわかった。だがそれに沿ったメニューを作ったとして同時に開発を行っても得られる経験値はたかだか知れている。片方に絞って集中的にやった方が効率的で結果も出やすい」


 さっきから開発なんて仰々しく呼んでいるが、要は技能を開拓するためにトレーニングを行うというだけなんだよな。


 研究室所属でもない限り大した開発なんて出来ないし、マンツーマンでやる技能開発なんて正直言ってたかだか知れてる。


「そうなんだ。じゃあ……まずは火種Ⅲ類かな」


「それでいいんだな? だったらその開発メニューを作っておこう」


 とりあえずは今後指導していく上での方向性を定める。


「は、はいっ。よろしくお願いします!」


 途端に殊勝になって頭を下げ始めた。中学生らしいな。


「では最後に指導する日程を決めよう。たかだか数回の指導で目標が達成出来るほどあまくはない。定期的に会って指導を行う必要がある」


「もちろん! 政はいつ行ける?」 


「出来ればバイトがない日にしてほしいな。夕方から夜までシフトに入ってるから愛が学校に行ってる時間なんかも考慮すれば互いに会いづらいだろう。あと会う時間もなるべく日中がいい。遅くなりすぎると愛は歩道の対象になるだろうし、そこまではいかなくても隣に成人男性がいれば警察に怪しまれたりもする」 


 一気に捲し立てる。


「ちょ、一辺に言い過ぎだってば」 


 焦りながら今俺が言った発言を必死に思い返して考える素振りを見せる愛。


「えと、えーっと……土日とか?」


 学校があることを考えればそれしかないだろうな。


「そうしよう。用事が入って会えない場合は事前に連絡を入れればいい。これでいいか?」


「オッケー決まりね」 


 ひとまずはこんなところでいいだろう。


 しばらくの間はそれっぽくやればいい。


 時間を稼いで後のことを考えよう。


「よし、だったら今日は解散だ」


 



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