第5話 「ラインと店長」
「ちょうど技能を指導してくれる人探してたんだ~」
嬉しそうに中学生が呟く。
何とか取り引きを成立させ、ふと時刻を見ると時計の針が21時を回ろうとしていた。
俺が店長に指示されてウォークインに入ったのが18時過ぎだったから店を出て3時間近くも経つのか。
今思えば一瞬のことのように感じるがそんなに経っていたんだな。
店長の許可も得ず勝手に店を出たんだ、恐らくクビだろう。
次のバイト先を見つけるのはダルいが捕まるよりはマシだ。
今日の出来事を教訓に二度と盗撮はしない。
いや、どんな犯罪も絶対にしない。誓おう。
そういえば、こんな時間に中学生が出歩いて大丈夫なのか。
警察に見つかれば間違いなく歩道の対象だろう。早めに帰さないとな。
「帰らなくていいのか? 親が心配するんじゃないか」
帰宅した方がいいと中学生へ促す。
「うわっ、もうこんな時間。お母さんに怒られる!」
だろうな。俺も店に帰って店長に怒られる。
「送ろうか? 暗いし一人は危ないだろう」
どうせクビだろうし、すぐ店に帰っても送ってから店に帰ってもたいして変わらない。
ならばここは一つ大人の対応を見せよう。
「え、やだ。盗撮魔に家知られたくない」
予期せぬ言葉の暴力が鋭く突き刺さる。
素で言ったんだろうが……なかなかの切れ味だ。
「だが一人で帰るのは危ないぞ? 警察に出くわせば間違いなく歩道される」
「大丈夫、タクシーで帰るから。念のためお母さんに連絡して運転手さんに話通してもらうし」
なかなか聡いな。
運転手と言えど、歩道対象の時間に中学生一人が利用しに来たら不振に感じて警察に通報する可能性がある。
もちろん普通に利用出来る可能性もあるがリスクを排除するという意味で瞬時にそれを思いつけるのは少し驚いた。
「わかった、だったらお前がタクシーに乗るのを見届けよう。それぐらいはいいだろ?」
「うん。………あと、私の名前は愛。そっちは?」
そういえばお互い名前を名乗ってなかったな。
出会ってから3時間近く経つが、出会い方が特殊過ぎたせいで名前を訪ねるという発想すら湧いてこなかった。
愛っていうのか……可愛いらしい名前だ。
「つかさだ。政治の政と書いて、つかさと読む」
初見で読める人はそういないだろう。
「下の名前? どこかで聞いたことあるような気がする」
あまり触れて欲しくない話題だな。流すか。
「名字だ。ちなみに下の名前は守と書いて、しゅうと読む。お前の名字はなんだ?」
「やだ、言いたくない。まだそこまで信用はしてないよ」
名字は言わなくて下の名前は言うのか。
それはそれで変わってるな。
「それなら愛って読んでもいいのか? それともお前のままでいいか?」
下の名前で読んでいいか相手に訪ねるのは少し緊張する。
昔からタイミングがわからないんだよな。
親しくなれたとしても、どれくらいから呼べばいいか判断が難しい。
許可は必要なのか、勝手に呼んでいいのか。
昔から人付き合いが限定的過ぎて、一般の人と比較して名前を呼ぶ経験が少ないというのも理由としてあるのかもしれない。
「愛でいいよ。お前って呼び方はあんま好きじゃないから愛でいい」
なんと、、、
許可された、、、
jcに下の名前で呼ぶことを、、、許可された。
なんだ、、、このなんとも言えない感動は。
今日の日付は10月16日。
この日を記念日にしよう、jc記念日だ。
俺は生涯、この日のことを忘れない。
なんてしょうもないことを考えていたら、、、
「政、ライン交換しよ」
ラ……イン?
えっっっっっっっ!?
いいのかっ!?
盗撮魔のこの俺に!?
本当に大丈夫か!?
「いいのかっ!?」
思わず心の声が出てしまった。
「うわ、びっくりした。いきなり大きな声出さないでよ」
「悪い。でも俺なんかと連絡先交換して大丈夫なのか?」
「ちょっと嫌だけど、しょうがないじゃん。連絡先交換しないと会ったりする時に困るし。技能を指導してくれるって話、忘れてないよね?」
ちょっと嫌なのか?
でもまた俺と会ってくれるのか?
いや、会うのは当然か。さっき取り引きしたばかりだからな。
「当然だ、約束は守る。わかった、交換しよう。」
「じゃあスマホだして」
互いにスマホを取り出し、ラインを交換する。
お、おおぅ、、、これがjcのラインか。
新しく登録され表示された愛のラインは、名前がIと表記されていてピースをしながら自撮りした写真をアイコンに使用していた。
めちゃくちゃ可愛いな、Iちゃん。
「よし、交換出来たね。技能を指導してもらう日とか、細かいことはラインで連絡しよ」
「あ、ああ。了解だ」
何だか物凄く悪いことをしてしまった気分だ。
ただラインを交換しただけなのに、その相手が中学生というだけでまるで犯罪を犯してしまったかのような気分だ。
「じゃ、タクシー呼んで帰るね。今日は一旦解散」
「そうしよう。一応タクシーに乗るまでは見届ける」
―――――(#)―――――
あの後、愛がタクシーに乗るのを見届けてから俺は店に戻った。
あえて、なに食わぬ顔で店に戻ると物凄い顔で店長に睨まれた。
どうやら俺の代わりとなる助っ人を一人呼んでいたみたいで、店長とその助っ人の二人体制で店を回していたらしい。
いくらこの店が暇とはいえ、ピークを向かえるであろうゴールデンタイムの時間帯に一人で店を回すのは厳しかったみたいだ。
「政君、ちょっと事務所入ろか」
まあ、そう来るよな。
この後のパターンは容易に想像出来る。
大きな声で徹底的に説教され、クビになる。それだけだ。
ある程度覚悟の上なので動揺はしない。
本当はバックレてやってもよかったんだが辞めた月に支払われる給料は店に直接取りに来なければならないらしく、金を諦めるつもりは甚だないため、どのみち後になってから店に行く必要があるなら今行っても同じだと思い店に戻った。
「単刀直入に聞くけど何してた?」
めちゃくちゃ俺を睨みながら圧を掛けてくる。
こりゃ相当怒ってるな。
「知り合いに会ってサボってました」
初めは嘘をつこうと思ったが3時間近くもサボる嘘を思いつかなかったので正直に答えた。
「知り合い…………お前ほんまなめてるなぁ!!!」
うおっ、安定の初手恫喝来たな。
恫喝されるなんて想定済みだったが想像以上に声が大きくてびっくりした。
「すいません」
とりあえず謝罪だ。謝罪し尽くしてクビを言い渡されて早く帰ろう。
「すいませんじゃない。違うやろ? 何してたか聞いてんねん」
続けて大きな声で圧を掛けられる。
知り合いに会っていたとさっき答えたはずだ。
「ですから知り合いに会ってました」
「嘘つけぇ!!! あの中学生と何してたか聞いてんねん!」
まさか中学生に会っていたのがバレたのか?
聞き方的に俺が中学生に会っていたと確信を持っているように感じる。
盗撮の件がバレた……ということはないはず。
時間的にも愛が店長に報告する余裕はなかった。
愛との交渉は店を出た後だったので店長の知るよしもない。
店内では愛と目立った会話はしていない、強いていうならウォークインの中から謝罪はしたが位置的に店長からは見えていないはずだ。
「話をしてました。同じ中学の卒業生なんですよ、俺」
中学生と会っていたことを認め、答える。
「卒業生……やっぱ知り合いやったか。それで、まだ嘘つくきか?」
いやこれは嘘じゃない。何を聞きたがってるんだ?
「正直に答えろやっ!!!」
「だから何がだよっ!!!」
しまった。
訳のわからないことで恫喝されてついやり返してしまった。
「わかってんねんぞ。俺は全部わかってる」
何をわかってるんだ。
わかってるなら聞いてくるな。
「政……お前、あの中学生とセックスしとったやろ!!!」
はあ?
何言ってんだこのおっさん。
はあ!?
「何が話してたや! その話ってのは性器と性器の会話のことか? 誤魔化してんちゃうぞこの腰抜け!!!」
いやいやいやいやいやいや、意味がわからん。
何で俺が愛とセックスしてたことになってる?
俺がしてたのは盗撮だ。
あとそれがバレて土下座もした。
このおっさんは何を勘違いしてそんな妄想をしてるんだ?
「何黙っとんねん、未成年淫行しとってんやろ! 同じ中学の卒業生って立場利用して襲ったんちゃうんか!」
いやいやいや、だからその妄想はどこから来た!?
「いい加減にしろ! あんたさっきから何言ってんだ!」
いい加減、俺もぶちギレる。
いくらなんでも意味がわからなすぎる。
「真実を言ってんねん、警察呼ぶぞごらぁ!」
「それは何の真実だ? 俺と愛が一緒にいるところを見てすらいないだろ!」
「あ………い? あい…………あの子の名前あいって言うんか?」
は?
「あい、あい、あい………あいあいあい。そうか、あいちゃんか」
きもすぎぃ!!
さっきから何なんだこのおっさんは。
「いや今はそんなこと関係ない! ヤッてない言うんやったら他に何やっててん!」
「だから話をしてたんだよ! 今日のあんたどうした? おかしいぞ」
「いきなり消えて3時間もサボってたお前に言われたないわ。話って何の話してたんや」
「そんなもんあんたに関係ないだろ!」
「関係あるわ、俺が知りたいねん!」
「関係ないっ!」
「関係あるっ!」
この後、同じような言い合いが20分くらい続いた。
何なんだこのおっさん、サボってた俺を怒るというよりも愛と会っていた俺に怒っているみたいだ。
まさか……愛に気があるとか、、、ないよな?
―――――
「ほんまに、ほんまにヤッてないねんな? 信じてええねんな?」
「何回もそう言ってるじゃないですか。また同じ会話を繰り返したいですか?」
20分くらいのみっともない言い合いを続け、ようやくお互いに落ち着いてきた。
お互いというか、店長が一方的に落ち着いただけか。
元はと言えば、この人がわけのわからない妄想を展開して暴走したのが原因だからな。
「わかった。ひとまずは信じるわ」
いや、ひとまずじゃなく。
「もうクビでいいんで帰っていいですか?」
愛との取り引きがあった直後にこれだ。
流石に疲れた、早く家に帰って寝たい。
「いや人おらんしクビにはしやん。しゃあないから今回だけは見逃したるわ。俺もちょっと勘違いしとったしな、大きな声出してごめんな?」
ちょっとどころじゃないだろクソジジイ、ふざけやがって。
「とにかく今日はもう帰りたいです。何でもいいんで」
俺の勤務時間は22時までで、今は22時を過ぎている。
22時から出勤予定の人は先ほど事務所に入ってきて準備をし、すでに出勤している。
俺と店長の壮絶な言い合いの途中に入ってきたので非常に気まずかった。
すでに勤務時間は終わっていて、俺が抜けた代わりも呼んでいたみたいだし俺がいる意味もない。帰るか。
「次からは勝手にサボったらアカンで! はい、お疲れさん」
「お疲れさまです」
はあ、疲れた疲れた疲れた。
本当に疲れた。
帰ったら速攻で寝よう、そう思いながら俺は帰路についた。
―――――(★)―――――
なかなか眠れない。
精神的に凄く疲れてるはずなんだが。
俺は家に帰った後、風呂や飯をそっちのけで歯だけ磨いて寝床に就いた。
激動の一日を終え、これはぐっすり眠れるだろうと瞳を閉じ眠る態勢に入った。
そこまではよかったが、いざ眠りに就こうとしても全然眠れない。
それどころか今日一日の出来事が頭の中でフラッシュバックしてきて眠気が引いていくのを感じる。
「ダメだ。全然眠れない」
仕方ないので今日一日の出来事を振り返って見る。
最後の店長との喧嘩はつくづくどうでもいいので割愛するとして、
まず、愛を盗撮した。
盗撮がバレて警察に突き出されそうになったのを、取り引きを持ち出して何とか事なきを得た。
推薦と技能の指導。
愛からすれば推薦だけでは不十分だったんだろうな。
技能検定を受けられるのは18歳以上からであり、3級に関しては大学を卒業していなければ受験資格すら満たせない。
中学生の少女からすれば、そんな先の約束なんて本当に果たしてもらえるのか不安に感じたのかもしれない。
そこで推薦に加えて技能の指導も求めた、そういうことなのかもしれない。
自分のことを盗撮してきた加害者相手に指導を求めるというのもなかなかクレイジーだが、背に腹はかえられないと言ったところか。
それだけ技力が高い指導者の数が少ない。
個人で契約を結ぶとなると指導料なんかでそれなりにお金がかかると聞くし、そもそも指導者の数が少ないが故、契約を結ぶこと自体も難しいらしいからな。
技能の指導や推薦を求める特別な事情があるのかもしれない。
夢は絶対に諦めないと愛は言っていた。
いま愛の言動を思い返してみれば、あの発言をした瞬間だけ愛の本心に触れられた気がした。
ただの思い違いかもしれないが少し引っ掛かる部分ではある。
ひょっとしたら愛は愛でなにかしらの問題を抱えてるのかもしれない。
それに、、、俺が気にすべき問題はそこじゃない。
どうしたものか。
これからどうしよう。
俺は愛に嘘をついた。
俺は技能検定で2級を取得していない。
それどころかどの級も取得していない。
俺には、受験資格がないからな。
それに推薦をする資格も持っていない。
3級を受験しようと思えば2級か1級の級取得者から推薦を貰う必要がある。
どの級も取得していないのだから推薦をする資格なんてあるわけがない。
愛と取り引きをするためにその場で思いついた嘘。
愛と同じ中学に通っていた俺からすれば、愛が技能の研究に興味があると言った時点である程度の算段は立っていた。
あとはそれっぽく誘導して騙すだけ。
盗撮をした直後にこれだ。
ああ、俺は本当にクズだな。自分で自分のことが嫌になる。
そのうち、報いを受けるときがくるだろう。
罪悪感に苛まれていると少しずつ眉が重くなっていくのを感じる。
段々と……意識が薄れていく。
とりあえず……今は目一杯眠りたい。
ああ……そういえば、令はまだ……帰ってきてなかったな。
まだ仕事……してる……のか。
意識が……完全に、途切れる。