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~技能研究を志す少女は変態フリーター盗撮魔の手を取る~  作者: スタイルフリー
第1章 『フリーター脱却編』
3/22

第3話 「交渉」


「きっしょ」



「きしょい………気持ち悪い………本当に気持ち悪い」


 ただただ険悪感を込めて少女は言う。


 極限にまで俺を軽蔑し、これ以上はないほどの冷たい感情を瞳に宿して俺を射く。


 えーっと、分かってはいるんだが一応自分に確認。


 これって俺に………言ってるんだよな? 

 というより俺以外いないか。


 言われる心当たりしかない。てか今写真撮られたよな?


 はい、人生終了。対戦ありがとうございました。解散っ!



 はぁー、人生終わったことだし首でも吊るか。  



 というわけにもいかないので、回らない頭を無理やり回して打開策を考える。


 焦る気持ち、積みを察する気持ち、不安な気持ちをふっぱらって考える。


 ここで思考を放棄して考えなしの行動をとったら本当の意味で終わる。


 実際に今、終わりかけていることは当然理解している。


 この状況で考えうる最善手を打てたとしてなお助かる見込みは低いだろう。


 だが、、、ここで足掻かなければ普通に捕まっしまう。


 23歳職歴なしのフリーターでお先真っ暗な立場といえ捕まるのはなんとか避けたい。


 100パーセント自分側に過失があり、捕まるのは当然の末路なんだが………すんませんっ、何でもしますっ! 警察だけは勘弁して下さいっ!


 というわけで、、、


 手に持ったスマートフォンをポケットにしまい直角になるくらいまで腰を折り頭を下げる。


「すいません」


 ウォークインの中からなので俺の声が届いているかはわからない。

 

 でも、俺は謝罪した。


 これが今の状況をやり過ごすための最善手とは思わない。

 そもそも今この瞬間に超速で思考を巡らし最善手を思いつけるほど俺の頭はよくない。


 ただ、この状況で一番よくないのは言い訳をすること。


 十中八九俺が盗撮していたであろうことが向こう視点で確定しているこのタイミングで、さらにそれをゴマかすような行いをするとどうなるか……。


 当然相手は怒るだろう。


 過ちを犯した直後にそれを隠すためにさらに過ちを犯す。

 これが、一番してはいけないこと。

 

 今はまだ被害に遭った直後ということもあり、あまり頭が回っていないはず。しかし時間が経てば段々冷静さを取り戻し、状況の把握に頭を回すようになる。そこでさらに相手を怒らせる行いをしてしまえばその時点で終了だ。


 問答無用で警察を呼ばれてしまう。


 なので、まず取るべき選択肢は素直に謝罪。


 ほとんど積んでいる。ほとんど積んではいるがこの少女がとても温厚であまり騒ぎにしたくない、問題にしたくないと世間体を意識して恩情を与えてくれる可能性も極僅かに残ってるかもしれない。


 そういった意味も含めての謝罪だ。

 



 どうだ……? 



 頭を下げたまま1分くらいは経過したはず。



 反応は、何もない。



 今気づいたが謝罪をするならウォークインの中からではなく相手の前までいってきちんとすべきだった。


 とっさの出来事ということもあり、ウォークインの中から謝ってしまったが向こうからだと見づらかったに違いない。ヘタすると謝罪した旨が伝わっていない可能性もある。



 客の前まで行ってもう一度謝った方がいいか?



 謝罪してる光景を店長に見られるのはまずいが、このままというのもよくはない。客の方から店長にバラされればそれで終わりだ。


 だとするなら、そうなる前に直接謝罪しに行った方がいい。

 仮にその姿を見られたとしても、それだけなら最悪誤魔化し切ることも出来なくはない。



 下げに下げた頭を上げ、チラリと少女のいる方を見ると………あれ、いない?



 どこだ? どこに行った?


 まさかっ、もう店長の方にチクりに行ったのかっ!



 即座に視線を店長がいるレジの方向へ、、、、



 いない。


 あれっ、本当にどこに行ったんだ。



 ここで、出入口付近から客の出入りを知らせる音が聞こえる。


 思わずそちらへ視線を向けると、まさに今あの少女が店から出ていくところだった。何も買い物はぜずに。



 その出入口から出ていく瞬間、目の前の陳列された飲料が邪魔だったが隙間から確かに見た。


 出口から出る瞬間に一度、俺がいるウォークインに対して侮蔑を込めた凍えるような眼差しを向けたところを。





 嫌な予感がする。これはあくまでも直感だ。


 あの少女はただ、家に帰っただけなのか…?


 直前までお茶のオマケをそれは真剣にゴソゴソと漁っていたのに何も買わずに帰る。お目当てがなかったとか?


 いや、都合がよすぎるだろう。


 そもそも店を出たのは俺の盗撮に気づきその光景を写真で撮った直後だ。


 あの意味深な視線も気になる。


 盗撮被害に遭った直後で相当混乱しているであろうタイミングにもかかわらず証拠を納めるためにすぐに写真なんて撮れるか?


 普通は驚きと恐怖ですぐにその場を離れていくものじゃないのか?


 衝動的に盗撮をしてしまったとはいえ、盗撮をするのはこれが始めてだ。

 だから被害に遭った直後の人間がどういった行動に出るかは厳密には分からない。


 だが、何かしらの意図があるからこそ写真を撮ったのだろう。



 意図…。


 この状況でもっとも最悪なのは撮られた写真を警察に突き出されるかSNS上で拡散されること。


 いずれにしろ、そんなことをされればおしまいだ。


 今の俺に出来るのはあの少女を追いかけて再度謝り倒すことくらいだろう。

 

 まあ大丈夫だろうと楽観的になって放置するのが一番よくない。




「店長すんませんっ、休憩行きます!」


「まだ休憩の時間ちゃうやろ……って、おいっ!」


 俺は走りながら店を出る。


 店長には悪いが強制的に休憩に入らせてもらおう。

 後で嫌みを言われたり説教をされるんだろうがそんなものは知らん。



 今っ、あの少女を追いかけないとっ、ヤバイことが起きる気がするっ!!!



―――――(#)―――――



「おい、そこの少女よ。ちょっと待てーいっ!」


「…っ!」


 追いつけた。


 幸いにも徒歩で移動していたみたいで、店から100メートルもしないぐらいの距離で捕まえることが出来た。



 背後から声を上げる俺に対して驚きながら少女が振り返る。


 うん?…制服? ウォークインの中から顔とスカートしか見ることが出来なかったがどうやら学生らしい。


 どこか見覚えのある………なっ、えええっっっっ!? 俺の通ってた中学の制服じゃないか!! 

 

 しかも特進クラスのやつだ。


 マジでいってるのか…? 俺は自分の母校の後輩の中学生を盗撮していたのか、、、


 一瞬、本気で首を吊ろうかと思った。人間として恥ずかしい。


 いや、盗撮してる時点で相手に関係なく恥ずかしいんだが。


 相手は中学生か…慎重に対応しよう。


 間違えるな、間違えるなよ…?



「まず、単刀直入に言わせてもらおう。えーっ、先程は誠に申し訳ありませんでした。」


 腰を折り、頭を深々と下げる。

 まずは軽いジャブから入り様子を伺わせてもらおう。

 結局俺がすべきことは謝ること以外にないのだからひたすら謝るしかない。


「………気持ち悪い」


 ただただ嫌悪を込められて罵倒された。


 一瞬、心にヒビが入ったんじゃないかと錯覚するくらいの衝撃を受けるが、こんなものは想定済みだ。さっきも同じこと言われたしな。


 仕方ないだろう、自分の行いに対する当然の反応だ。


 だが、諦めるわけには行かない。

 足掻くと決めた以上なりふり構わず足掻かせてもらう。

 回りの目や迷惑などいっさい気にしないことがポイントだ。とことんにまで自分を下げ、回りからの顰蹙を買ってでも自らを貫き通すんだ。


 少なくとも俺の方から折れるということはない。



 というわけで、、、ひたすらに謝り倒した。


「本当にっ、すんませんでしたっ!」


「ごめんなさい、本当にごめんなさいっ。…話だけでも聞いてもらえませんか?」


「5万でどうですか? 本当にすいませんでした」


「金輪際、二度とこのようなことは致しません。誓います! 何でもいうことを聞きますから今回だけは勘弁して下さい。」


「一応言っておくが俺の方から折れるなんてことはありえな…ませんっ! お金払うんで妥協してもらえませんか? もちろん悪い事をした自覚はあります。本当にすいませんでしたぁぁあああああっ!」



 全力、全身全霊。

 自分と一回りは違うんじゃないかって相手に敬語で頭を下げ続ける。



 そして、、、そのことごとくを無視された。


 もはや気持ち悪いとすら言ってくれない、反応すら示してくれない。


 ただただ俺を無視して歩いていく。自分の世界から俺という存在を完全に切り離している。


 なるほど、取り合うつもりは全くないということか。

 

 ふむ。


 ならば、土下座をしてやろうw


 お前がその気ならこちらもそれ相応の態度で示させてもらおう。


 一応言っておくが土下座というのはする方もされる方も恥ずかしいんだ。

 する側は自分のプライドをすべてほっぽりだして恥を承知の上で土下座をする。

 される側は土下座をされているという状況を周りに認知される。


 公衆の面前でそんなことをされれば周囲からの奇異な視線に当然恥じらいを覚えるだろう。女であるならより周囲からの視線が気になるはずだ。



 やがて心は折れ、許しを得ると。



 よし、覚悟は決まった。



 前を歩く中学生の正面へと回り込む。

 目と目を合わせ、対峙する。


 しかし…改めて顔を見るが、、、


 めちゃくちゃ可愛い。身長は150センチくらいで…よく見ると少し胸は大きめか…? 


 それにすごく華奢な体つきをしている。

 細くて、少し強めに抱きしめでもしたら簡単に壊れてしまうんじゃないかと思うくらい儚さを感じる。


 いやっ、こんなことを考えてる場合じゃない。

 



「すぅーーーっ。深くお詫び申し上げます。誠に、誠に、誠に、本当に、申し訳ありませんでしたぁぁあああ」




 渾身の土下座。一世一代の改心の謝罪。


 どうだ? 


 まだ中学生なんだ、生まれて土下座なんて初めてされるだろう?


 ドン引きされるんだろうがこれこそが俺に出来る最大の謝罪。



 頼む……許してくれ。




 ゴリッ。




 あれ…なんだ? 


 頭に妙な違和感を感じる。


 何か重りを乗せられたみたいな…あれ、重りが勝手に動いて今度は背中に…。


 重りが消えた…?



 スタッ、スタッ、スタッ。



 俺の背後から歩く音が聞こえる。



 ああ、なるほど。土下座した俺を踏んづけていったのかっ!




 クソアマガァァァァァァアアアアアアアッッッ!!!




 なんだあのクソガキはっ!


 オレのっ、オレの一世一代の渾身の土下座をっ、、、


 この野郎…こうなったら謝罪など必要ない。


 恫喝して強引に写真を消させてやろう。抵抗するなら実力行使も厭わない。

 腕っぷしには自信がある、相手がどんな奴でも対面ならまず負けないだろう…。




 などと、中学生の少女相手に本気でぶちギレそうになり中学生の肩に手を置いたのだが…


「……チッ」


 こいつ…この状況でまだ口も開かないのかっ!

軽蔑される行いはしたがどんだけ強情なんだ。


 しかし…。


 いや、、、何かがおかしい。


 おかしい気がする。


 そもそもこの中学生はどこに向かって歩いている?


 家か?


 もし家に帰っている途中なら俺に付きまとわれながら帰るのはおかしい。盗撮してきた張本人に対して自宅がバレるのは避けたいはずだからな。



 う~ん、


 うん、


 ウンッ?



 バカか俺は。どうして気が付かなかったんだ。


 何もしないわけがない。何の目的も無いわけがない。


 ごく普通に、常識的に、一般的に考えてみろ。


 自分が盗撮されている光景を写真に納め決定的な証拠を掴んだのだ。


 そして、その場を離れる。離れてどこへ行く?



 そんなもの交番に決まっている。



 交…番…に…。




 そう、そこには、30メートルくらい目の前には、交番があったのだ。







―――――(#)―――――


 「……フフッ」


 強情にもさっきまで無口を貫いていた中学生が不適に笑う。


 まるで自身の勝ちを確信したかのように、これでチェックメイトですと言わんばかりに。


 

 やばい。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。


 ここまで必死に謝り倒してもやっぱりダメなのか。


 クソがっ、謝り損じゃないかっ!!


 何か…何か、他に手はないか?


 時間がない、考えろ。この中学生と出会ってからまだ1時間もたっていないはずだ。何かこの中学生を引き留めるだけの手掛かりはなかったか?


 考えろ、考えろ、考えろ……考えるんだ。


 お茶のオマケ?


 そうだ、お茶に付いているあのオマケをこっそり外してこの中学生にやるのはどうだ?


 2つでも3つでも構わない、望むならそれ以上でも。

 店長にバレると流石に不味いがその時はお茶の代金は俺が弁償すればいい。たかだかお茶だ、何本だろうとたいした金額にはならない。


 よしっ、これで………いけるわけがないか。


 お茶に付いているオマケ程度で釣られるわけがない。


 そもそもさっきした謝罪の一部で金との取り引きを提案したがまったく見向きもされなかった。

 お茶のオマケ程度で心が動くならあの時に立ち止まって俺の話を聞いていたはずだ。



 考えを巡らせてるうちにも中学生は歩みを止めることなくスタスタと進んでいく、交番に向けて。


 本当に時間がない、もっとちゃんと考えろ!


 あの中学生の特徴は? 服装は? 表情は? 歩き方は? 息遣いは?


 出会って間もない俺は何を見てきた?

 

 クソッ…何もわからん。そもそも出会って間もないのに分かるわけがない。情報もまるで足りない。

 

 ああ、汗が止まらない、俺はもうすぐ捕まる。

 

 前科がつく。


 職歴がなくただでさえ就職するのが困難なのに前科なんてつけば就職の難易度はさらにはね上がる。


 当然家族や親戚にも連絡が入り迷惑もかける。


 終わった、終わった、終わった、終わった、終わった、終わった、終わった。




 終わった…………………………………制服!?



 そういえば俺と同じ中学の制服だったな……。



 もしかすると……いや、分からない。



 今は深く考えるな、そんな時間はない。


 考えるよりも先に思ったことを声に出して叫べっ!




「お前、どのレベルまで目指してるんだ!?」

 

 大きく、声を上げる。


「うん? えっ……」 


 いきなり大きな声を出されて驚いたのか中学生が立ち止まる。

 わずかに反応がある。一気にまくし立てる。


「俺はお前の通ってる中学の卒業生だ。あの学校のことは当然知っている。お前、技能が使えるな」


「いきなりなに。 ……卒業生? それ、本当?」


 よし、喰いついた。無視はされていない!

 慎重に、焦るな。


「ああ、嘘じゃない。心配なら後で学校の方に問い合わせればいい。俺は今から8年前の卒業生だ」


「ふーん。その卒業生が8コも下の後輩を盗撮するんだ」


 ングッ、グハッ。なかなか強力なボディブローをかましてくれるな。


「話題転換するな。俺が今話してるのは技能についてだ」


 どこからどう見ても話題転換しているのは俺の方なのだが盗撮の方へ話の流れを持っていかれるとこちら側が不利になる。あくまでも会話の主導権はこちら側が握りつつ、その上で盗撮の件を水に流してもらうべく交渉をする必要があるだろう。


「別に話題転換してないし。盗撮したのは本当のことじゃん!」


「いいや、しているな。先に質問を投げかけたのは俺の方だ。自分の質問に答えて欲しいならまず俺の質問に答えるんだ。その後でお前の質問に答えよう」


 条件の提示、自分の要求を通したいならまず相手の要求を聞くこと。

 まあ、もっともらしいことを言ってるが要はやってることは勢いで畳み掛けているだけなんだよな。

 相手は中学生の子供だ、こんなやり方でもそれなりに効果はあるはずだ。


「さっきまで土下座してたくせに勝手なことばっかり。……わかった、いいよそれで。でもその後できちんと盗撮のこと説明してもらうから。警察官の前で」


 目の前の交番を指差しながら絶対に逃がさないと言いたげな強い視線で俺を射く。


 あれ、これ大丈夫か?


 僅かな希望が見え始めてもしかしたら何とかなるかもしれないと思い始めていたが、逆に積められそうになってないか?


 ダメだ、余計なことは考えるな。目の前のことに集中しろ。


「それで、目指すってどういう意味?」


「技検についてだ。どの階級まで目指しているのか聞きたい」


「技検の話なんてした覚えないけど」


「言ったはずだ、俺は中学の卒業生だ。学校の事情は理解している。あの学校にいて技険の受験を考えない学生はいないだろう」


「ふーん、そういうこと。でも何でそんなこと聞くの?」


「単純に興味があってな。お前特進クラスだろ? それなりに技能が使えるのは分かる。自分が通っていた中学の後輩にたまたま会って、そいつが特進クラスの奴なら何を目指してるのか聞いてみたくてな」


「たまたま会ったんじゃなくてたまたま盗撮した相手が中学の後輩ってだけじゃん」


 ぐっ、中々鋭い切り返しだな。ぐうの音も出ない。

 だが、、、


「さっきも言ったはずだがまず俺の質問に答えてもらおう」


 相手の正論を無視し、強引に答えを求める。

 今はこれしかない。

 

「別に関係ないじゃん。…………まあ、技能の研究とかしたいとは思ってるけど」


 ため息を吐きながら嫌そうな顔で少女は答える。


「ほう…研究職志望ということは技検で3級以上を目指しているのか? 分かっているとは思うが4級から上は相当難しいぞ。実技試験だけでなく技能倫理に関する筆記試験や面接もある」


「それぐらい知ってる。聞きたいのはそれだけ? ……じゃあ」


 ヤバい、ここからどうもって行く?


 勢いで思い当たったことを聞いてみたはいいが先が続かない。


 相手にとっての利を示すんだ。とりあえず一旦は盗撮の件を保留にしてもいいと思えるような提案を考えろ、多少の嘘はついても構わない。

 まずこの状況を切り抜けるのが先決だ。


「待て、まだ話は終わっていない。何がじゃあだ! 俺は……2級だ」


「え……何が? ……2級?」


「俺は、技能力検定で2級を取得している」


「えっっっ!! 2級!? そんなの絶対嘘じゃん!」


 やはり反応がいい、技検の資格に相当興味があるんだろうな。

 あの学校はそういった場所だ。

 才のあるものが親や周囲に期待され受験させられる。

 その中には技能力検定で上級を目指すものも一定数はいる。

 

 少し懐かしいな…昔を思い出す。

 

 よし、だいたいの方針は決まった。これで行こう。


「嘘ではない。こう見えても技能にはそこそこ自身があってな。 どうだ、技検を受けて上級の資格を得たいなら後輩のよしみで推薦してやってもいいぞ」


「………………」



 ふん、どうだ? 脈ありと見て良さそうだな。


 技検で上級の資格を取得するのは至難だ。

 技検で上級の資格を取りたいなら一人で挑むのには無理がある。

 

 そもそもの受験資格として3級以上を受験するなら1級か2級の級取得者から研修を受け、推薦をもらう必要がある。


 それら上級の級取得者は圧倒的に数が少なく知り合いになれる機会なんては滅多にない。


 3級以上を目指すなら受験資格を得るためにある程度のコネが必要になってくるとも言われている。

 


 そこで、取り引きだ。


 推薦してやる代わりに盗撮の件は水に流せと。


 技検で上級を目指すなら推薦は喉から手が出るほど欲しいはず、その気持ちが強いなら俺の交渉を前向きに検討してくれる可能性は高い。


 それに、ここで即答させる必要はない。

 変に焦って答えを求めると警戒させてしまう。


 とりあえずは保留で構わない。

 じっくりと考えさせて後日返事を聞けばいい。仮にノーと言われてもその時はその時で何とかするさ。


 時間さえあればその時に備えての策を練ることも出来る。


 今、目の前に交番があるというこの状況がまずい。


 まずはこの場を切り抜けるところからだ。


「本当に2級なの?」


「ああ、本当だ。お前は研究職志望なんだろ? だったら技検で上級の資格を得る必要がある。推薦は必要だと思うが」


「どうしていきなりそんなこと言うの?」


 不審に思って当然か、あまりにいきなりすぎたからな。


 ここから先は嘘は必要ない、正直な気持ちを伝えればいい。


「さっき盗撮した件をなかったことにしてほしいからだ」


 これ以外にない。


「なっ、えっ………そのためなの?」


「そうだ。お前を推薦してやる代わりに盗撮の件は水に流せ」


「………………」


 素直に、ドン引きされた。


「自分自身みっともない発言をしていることは認める。お前がドン引きする気持ちもわかる。だが今はその気持ちを一度流し、取り引きをするという意味で考えてほしい。 研究職志望なんだろ? 自分の将来のために推薦が必要なんじゃないか?」


 最大限に相手の心を惑わし、誘惑する。

 ここでの交渉が失敗すれば俺は捕まる。そりゃ必死にもなる。


「それは……」

 

 しばらく、沈黙が続く。


 俺の発言が嘘かもしれない、裏があるのかもしれない。


 色々なことを考えているんだろうな。


「2級だって証拠を見せることは出来るの?」


 まあそうくるよな。疑われて当然だ。

 ここは何とか誤魔化すしかない。


「今は出来ない。見ての通り手ぶらで店を抜けて来たからな。後日でいいならライセンスを見せよう」


 ライセンスというか、単に免許証だな。

 級取得者にはそれを示すための免許証が発行される。

 今の俺は何も持ち合わせていないのでこの返答におかしな部分はないはずだ。


「そっか。うーん……でもな~。3級を受験出来るのって大卒以上からだし、そもそも5級すら取得してないし」


「今すぐには必要なくてもこれから先の将来で必要になって来るんだろ? 今ここで俺とコネを作っておくことに価値があるんじゃないか?」


「それはそうだけどさ、やっぱり信用出来ない。だってついさっき私のこと盗撮してたんだよ? そんな人間の言うことを簡単に信じることなんて出来ない」


 思いのほか慎重だな。

 いや、当然か。俺は加害者で目の前の中学生は被害者なんだ。

 俺の言葉を信じられるわけがない。当たり前の話だ。


 だったら、少し攻め方を変えるか。


「それは自分の夢を諦めるということか? その程度のものなのか?」


 信用するしないの話から方向性を変える。

 自分の将来にとってその選択が本当に正しいのかを問う。



「私は、自分の夢を絶対に諦めたりなんてしないっ!!!」



 今の俺の発言が何か琴線に触れたのか、予想に反してかなり大きな声で中学生が吠えた。


 ひょっとして地雷でも踏んだか?

 見た感じ怒ってるというわけではなさそうだが……。


 もしそうなら、こっちの方向で攻め続ければうまく交渉を取り付けることが出来るかもしれない。


 やってみる価値はあるだろう。


 相手からすれば相当敏感な部分であることに違いはない。

 慎重に、爆発させないように立ち回る必要がある。




 と、ここで、、、

 



「君たち、ちょっといいかな? さっきから交番の前で何か話してるみたいだけど困ったことでもあった?」



 …………………………………………な………に…? ……警察だと!?



 中年の警察官が、、、話しかけてきた。



 おォ、オッッ、オッッッ、終わった。



 ここでか…。



 明らかに不審がっている。


 交番の前で中学生が成人男性とわちゃわちゃしていたら不審がるのも当然か。


 この後、間違いなく事情を聞かれるだろう。


 仮に俺一人が誤魔化しきれたとしても隣の中学生は全てを喋るだろう。それに証拠の写真だってある。



 ははッ…ここまで粘って結局はこれか。


 全部無駄だった。土下座したのも交渉したのも意味がなかった。


 最後の最後で希望の光が見えかけたタイミングで、、、


 終了、


 終わり、


 おしまい。


 間違いなく本当の意味で終わったな。 完璧な詰みだ。


 もういい、どうなってもいい。全部どうでもいい。


 あー、しょうもない。


 結局悪いことをすれば捕まるってことか。


 もうどうでもいいし精神疾患を装って狂ったフリでもしてやるか。


 まともに取り合う気力など今の俺にはない。


 

「おーい、きみきみ。聞いてるかい?」


「うえっ」


「何?」


「…おえっ」


「何、ふざけてんの? それコンビニの制服だよね、もしかして従業員?」


「うえっうえっうえっうえっうえっうえっうえっうえっおえっ」


「うわぁ…壊れたフリでもしてるのか? ねえ君、この男の人に何かされなかった?」


 はい、ここで完璧な積みだ。


「………はい、別に何もされてませんよ。さっきそこのコンビニで買い物してお釣りを受け取り忘れたんでこの人がわざわざ届けに来てくれたんです」


 中学生はニッコリと、天使の微笑みで警察官に答える。

 その微笑みについ見とれそうになるが警察官は自身の職務を全うすべく踏ん張って、


「う~ん、でもこの人おかしくない? 何かうえうえ言ってるし」


「うえっ、うえっ、うえっ、おえっ…………おいっ、今何と言った!」


 今、あの中学生は俺のことを庇ったのか?


 なぜ? どうして?


「はあ…君さっきから何なの? いいや、とりあえず職務質問させてもらうね」


「いやそっちではなくっ!」


「はいはい、ちょうど前に交番あるから来て。お店抜け出して来たみたいだけど大丈夫だよね、お店の方には僕から直接説明しとくから」


 警察官に肩を捕まれる。逃がさないからねと視線で訴えてくる。


 おい待て、あの中学生はいま俺のことを庇ってくれたはずだ。


 なのに…なぜ、職務質問?


 もしかして狂ったフリをしたのが警察官の不敬をかったとでもいうのか?



 なにやってんだよ俺はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!





 ガシッ。


 ガシッと腕を捕まれた、小さい手で。


 

 

「走って! こっち来てっ!」


「お、おい。…何を」


「いいからはやくっ!」


 え、どういうことだ。いきなりすぎて何が何だか…


 もしかして、助けようとしてるのか?


「ちょっと君たち! おい、おいちょっと! 待てっ!!」



 腕を掴まれながら中学生のペースに合わせて走り出す。

 笛の音が聞こえる。おそらくあの警察官が吹いたんだろうな。

 自転車で追いかけて来るかもしれない。

 

 走って走って走って。

 

 曲がって走ってまた曲がる。


 なぜ?


 どうして助けてくれるのかと疑問に思いながら前の中学生に続いてひたすら走り続ける。




―――これは、交渉成立ってことなのか?













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