第73話 アルマース帝国の魔手 その1
「相席よろしいかな」
「どうぞどうぞ……ってあなたは」
「ひええ、お、お師様!?」
仕事を終えた翌日。
酒場でゆったりしていた俺達の元に、ローブ姿の男が現れた。
フランチェスコ枢機卿だ。
周囲にバレないようにか、地味なローブを纏い、髪を結ってはいるが。
そこにいるだけで発される強烈な存在感は隠しようもない。
「ご注文はー?」
「ワインを。それとフライドシュリンプを頼もう」
「はーい」
犬獣人のウエイトレスが、注文を聞いてから戻っていく。
「さて、昨日の仕事はご苦労だった」
俺達に向き直る枢機卿である。
「枢機卿、どうしてこちらにいらっしゃったんですか? 報告は使いの方にしたと思うんですけど」
「私もたまには教会の外を見て回るのだよ。そのついでで立ち寄ったに過ぎない」
どうして俺達が酒場にいるって分かったんだろうな。
「そのついでだ。今現在、我が国が直面している事態についてお前達に話そうと思ったのだ」
「俺達でいいんですか? 外国の人間ですが」
「司祭アリサがいる。それに、国内の人間の方が信用できぬものだ。どこに他の枢機卿の回し者がいるとも限らぬからな」
恐ろしい国だ、イリアノス。
「その点、お前達は信用できる。いや、一人できぬものもいるがな」
枢機卿の目がファルクスを見ている気がする。
ハーフエルフの吟遊詩人は曖昧な笑みを浮かべていた。
「わたくしめ、イリアノスで稼がせてもらっておりますよ。仕事場を荒らす詩人がどこにいるというのですかな」
「それならそれでよかろう。少なくとも、今回の件に灰色の王は絡んでいないということだろうからな」
意味ありげなやり取りに、カイルが「マジカヨ」という目でファルクスを見た。
クルミは何も分かっていない。
手のひらの上でローズを転がして遊んでいる。
ローズも、同じげっ歯類仲間だと思っているのか、クルミに懐いている気がする。
「では聞け」
フランチェスコがそう告げると、突然周囲の音が消えた。
「神聖魔法のサイレンスですわね。お師様ほどの方になると、祈りの言葉なしでも神聖魔法を行使できますの。もっとも、お師様以外に祈りの言葉なしで魔法を使える方は存じ上げないのですけれど」
「アリサ」
「す、すみませえん」
フランチェスコに窘められて、アリサが小さくなった。
「この事件の裏で蠢いている者は、アルマース帝国だ。内海を挟み、我が国と向かい合う大国。千年に及ぶ歴史を持つ、奴らが陰謀を巡らせている」
「随分話が大きくなりましたね」
「国と国の陰謀とか、燃えるっすねえ。そこに巻き込まれる我がモフライダーズ……これは大冒険の予感っすよ」
カイルがうんうんと頷いた。
英雄の叙事詩とか大好きだもんな、君。
「アルマース帝国と我が国……かつて、ディアマンテという名だったが……は、争い続けてきた。我が国にはラグナの教えがあり、帝国にはザクサーンの教えがあった。相容れぬ教え同士だ。我らの争いに決着がついたことはない。此度は、奴らが我が国の貴族を狙って仕掛けてきた企みと言えよう。これはお前達の調査によって分かった事実で……」
「はい! ジョッキワインとシュリンプフライお待たせ!」
静寂の結界みたいなのを突き破って、犬獣人のウエイトレスが注文した品を持ってきた。
「ジョッキワイン……?」
枢機卿が、解せぬ、という顔をする。
「うち、飲み物入れるのは陶器のジョッキしかないのよね。薄めだからガブガブいっちゃって! あっはっは!」
犬獣人の女性、枢機卿の肩をバンバン叩いて笑い、そして去っていった。
知らないということは強いものだ。
「ひえーっ、お師様の肩をバンバン!!」
「構わない。今日の私はお忍びだからな……。しかし……ジョッキワイン……。こんな文化が形成されていたのか……。むっ、水で薄められたワイン……。ソフトドリンク感覚だな」
話が中断し、しばらく枢機卿は、シュリンプフライとワインを口にしていた。
俺達も食事を頼み、傍から見ると談笑しながらテーブルを囲んでいるような光景になる。
まさか、このテーブルで一国の命運を左右するような話がされているとは思うまい。
「体に悪い食事をしてしまった……。これも心の栄養だな」
枢機卿がぶつぶつ呟くが、ちょっと楽しそうだ。
ずっとお硬い仕事をしてるので、色々ストレスが溜まっているのだろうな。
「話を戻そう」
「枢機卿が張った無音の結界みたいなの、割とフランクに破られるんですね」
「破れないものであればばれてしまうだろう。この程度の脆弱な魔法でいいのだ。さて、アルマース帝国についてだが……お前達のお陰で、貴族の摘発が容易になって来た。この機に、我が国は貴族制度を取りやめる方向で動いている」
「そりゃあ急ですね……!」
「ああ。形ばかりだが法王を王として、王国を名乗っていた。だが、これからはイリアノス法国となるだろう。いつかはやらねばならぬと思っていたが、お前達の働きがよい機会となった」
各地の貴族は廃され、希望する貴族は試験の後、枢機卿になれるチャンスが与えられるらしい。
日々研鑽を積んでこなかった貴族が、まとめて平民に落ちるらしいのできっと大混乱になることだろう。
「いきなり凄い話ですね……!!」
「私の中では、やろうやろうと思っていたのだ。そしてお前達の仕事だが……。各貴族と接触を図った、アルマース帝国の使いがいるのだそうだ。それは女の魔術師で、おそらくはアドポリスを襲った召喚士の仲間であろうと私は見ている」
「女魔術師……。覚えがあるような」
魔の森で、ショーナウン・ウインドから離れる時。
俺にパラライズの魔法を掛けたあいつだ。
あいつだけ、レブナントの中に姿を見ていなかった。
もしや……召喚士を伝って、黒幕の下についたってことだろうか?
因縁だなあ。
「センセエ、なんか怖いかおしてるですよ!」
「あ、ごめん。そんな顔してた?」
いかんいかん。
俺はどうやら、未だにあの時の事を怒っているようだ。
「お前とも関係浅からぬ相手のようだな。その女を追え。こちらからも情報は随時提供する」
「引き受けました」
俺の完全な私怨なら、ぐっと腹に収めて女魔術師は追わない。
だが、仕事であり、報酬も出るならばやる。
今の俺は私人である前に、パーティのリーダーだからな……!
これはあくまで仕事なのだ、仕事。
クールに行くぞ。
枢機卿、結構おちゃめなところがありますぞ!
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