第四十四話 中東・1
「各国が動き出すよ。」
エリオットの一言に仮面が微かに反応する。
「エリオット、空気読みなさいよ。」
「ルーカスの事かい?良いやつだったね。僕は嫌いだったけど。」
「はっきり言うわね・・・。まぁ好きでは無かったわよ。」
「浄土に流れてもこの言われ様。彼もさぞ笑っているでしょう。」
冗談交じりに初老は腕を垂れ下げ会話に入る。朗らかな顔とは裏腹に、左手の生傷が重さを物語る。
「・・・ルーカスの最後は?」
『掃除屋』の問いを素早く理解した『改造屋』は極めて淡白に、しかしとして要点を漏らさず答える。
「最後まで笑ってたよ。序列21位に手酷くやられても最後までアレを使わなかったみたい。」
「ルーカスは優しい。相手の強さに合わせて手加減してしまうほどに・・ね。」
「そういうところも含めて嫌いだね。僕らは遊んでるわけじゃない。」
『運送屋』の苛立ち。それは故人に向ける感情として問題があるだろう。
悼むべき、慎むべき言葉。それが『掃除屋』に無いわけではない。それでも、目的の一致した者として、同志として彼の最後の『甘え』は『組織の理』として看過できなかったのだ。
「エリオットの言うことは尤もだ。」
仮面は気持ちを汲みながら言葉を続ける。
「あそこで『駒』を落とせたら我々としても動きやすかっただろう。だけどルーカスはそれをしなかった。敢えてしなかった。自罰的で自己中心的なルーカスだ。きっとそれは『掃除屋』としての行動ではないだろう・・・・。」
『総長』は立ち上がり、仮面を外す。
「まぁちょうどいいじゃないか。このクソっ垂れた世界に対するハンデだよ。計画に支障はない。」
仮面の下の不敵な笑み。煌めく瞳。それらを最も適格に表す慣用句は「おもちゃを目の前にした子ども」そのもの。
*
――――イスラエル国際空港 バス乗り場
手酷く熱くそれでいて人が多い。その人の多さ故に活気があるというわけでもない。
このバス乗り場、引いては空港に来るものの顔は「悲しみ」、その一色である。
「葬式みたいな雰囲気だな・・・。」
「そりゃそうだよ空真。”戦争中”の国で笑顔溢れろってのは酷な話だよ。」
「多少は分かってはいたが・・・。」
言葉に詰まる。国外に発つ人々の瞳、老若男女問わず色彩を失った瞳たち。
泣きじゃくる子どもたち。それを引っ張る大人。その双方どちらにも心の余裕などないように感じた。
中東支部ならばなぜ入れるか?その答えはこの人混みが示す通り。入国する意味がないからだ。
「空真・・・。行こう。」
小さく頷き二人はこの場を後にする。
バスに乗る予定も変えタクシーに変えた。
迅速かつ確実に目的地に行けるから、と空真は自分に言い聞かせていたが本当は、この光景を見ていられなかった。
ただそれだけ。
*
「運転手さん、WOO中東支部までお願いしたい。」
「”運転手”?そんな無機質な呼び方やめてくれ。俺はアリクってんだ。リックでもいいぜ。よろしくな!アジアのブラザー!」
エンジンを吹かせ、軽快に少々荒っぽくも運転する彼は器用にもそのまま空真と握手を交わした。
「WOO?あんた若いのに国連員なのか!」
「まぁ今のところはな。」
「意味ありげだねぇ。アンタもこの国の戦争に飽き飽きして辞める予定かい?」
「”も”ってことは何人かいたのですか?」
レイが後部座席で跳ねて揺れてを繰り返しながら会話に入る。
「泥沼の戦争に国民からの突き上げ、そこそこなストレスだったんだろうな。俺のタクシーにも目が死んだ魚みたいな職員何回か乗せたぜ。まぁ可哀想ではあるが仕事なんだしこの戦争終わらせてくれねぇとな。」
「・・・すまない。」
自然と零れ出た謝罪は無力さよりもこの事態に対する無知さ、そしてこの国を隠れ蓑にして動こうとした己の卑怯さ。その二つを心で押し込めた言葉だった。
「あんたに謝らせても戦争終わんねぇし俺が悪いみたいじゃねーか!ガハハハハ!お詫びに絶品のファラフェル(※1)の店教えてやるから元気だせって!!」
戦時下とは思えないアリクの明るさに暗かった空真の心は幾分か救われていた。洗われるよう、というのはこういう出会いを指すものだと実感さえしていた。
それからというものアリクの奥さんのブチギレエピソード10連発、子どもたちの成長についてとても長々と自分語りをされた空真とレイ。
しかし、何一つ不愉快な感情もでずタクシーでの時間が一瞬にも感じられた心地よさであった。
※1
「ファラフェル」とはひよこ豆やそら豆のペーストを揚げたコロッケ。ソースをつける店もあるがいくつか香辛料が混ぜられているのでそのままでも美味しいピリ辛コロッケ。




