第三十九話 虚世界論
剣線すら見えない。残像、それだけが視界を掠める。
剣術に疎い空真でも解った。これは剣技の極地であると。
「『重力波・変更』ッッッ!!!」
咄嗟の演算により空間に常在する重力の波を書き換える。『処刑屋』のペースを崩さなければ、と考えていたからである。
空間座標の改変は異形とも言える反射速度により対応されてしまっている。故に別の手口に出たのだ。
「────『虚世界論』。」
一言、そう言うだけで能力、いや事象の全てが解除される。
その顔に先ほど一瞬だけ見せた焦りは無い。微笑み、そこから邪悪さなど微塵も感じ取れない、からこその異質な笑み。不気味という言葉が的確であろう。
「・・・・チッ。」
間合いに入られ更なる追撃が繰り出される。
あと何回、『切断・裂傷耐性』が付与できるか分からない。空真は数秒後にも現れておかしくない己の『限界』とそれによる『敗北』、そして己が憤怒を打ち破られる『無念』。それらを絶望と捉えず憤怒の炎へと置き換える。
「(ここで負ける訳には──!!)」
「1人で盛り上がってるようですね。ふふふ、ならおもしろいことお教えしましょう。」
「だからお前と話す気は──。」
「貴方の母、『久遠 慈世』を直接対峙し、殺害したのは、私です。」
ニッコリ、そんなオノマトペが的確なのだろう。
だが空真の心はそんな和やかな言葉など通らない。
暗い、昏い、闇い。ドス黒い感情。それが止めどなく決壊していく。
「・・・・・・『死ね』。」
生命を否定する言葉。空真が本気としたそれは現実となり肉体を蝕む。
文字通り肉体が『死』に向かう現実改変。
「(身体機能の拒絶反応!!だが──!!)」
『虚世界論』。事象全てを否定するこの能力により『身体の死』は回避される。
『否定』と同時に居合を構えるが刀が固い。
固い、と感じたのは所有者故の直感的感覚だろう。空真が行ったのは『空間の固定』それも刀に限定して何重にも固定を掛けたのだ。
「────詰みだ。」
目の前に存在座標を移動し腕を振り上げる。
その腕は幾重にも真空を重ねそれが巡回する空気のチェーンソー。『否定』はもう間に合わない。
そう思った。空真はそう思ってしまった。
「おもしろいモノをお見せしましょう!」
『掃除屋』に常識は通用しない。その意識が緩んでいた。
腕が────────、
────────────────吹き飛ぶ。
何が起こったのか、そんな事を考える必要などなかった。
幾重にも重ねた『空間固定』がノーモーションで解除された。
「『虚世界論』・『世界逸脱』と言う技術でしてね。否定しているんですよ、全てを。それもこの世界から!」
吹き飛んだ腕を掴み切断面に添える。
いずれ生物の肉体再生も可能であろう空真。だが、今はまだそれをできない。今できる最大の想像と演算は『接着』、それだけだった。
「(痛い。が、腕は問題無く・・・動く。今は痛みより・・・・!!)」
接着した腕の感覚を確かめ『処刑屋』を強く睨む。
「おお、怖い怖い。愚かな怨嗟とはここまで悪鬼に見えるものでしょうか。」
「黙れ!・・・・・・・黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
憤りが止まることが無い。
「『無知は罪』とは言います。知りたくないのですか?『あの日』の真実を。」
「両親の、いや人の命を奪う事への理由なんて聞きたくない!!」
『世界逸脱』という能力がタダクニの刀に付与された今、近付くのは危険だと考えた空真。
冷気、大気、大地、それらを幾多にも改変し遠距離攻撃を波状に行う。
「それは本当に本心ですか?」
否定、否定、否定。全てを無力化され遠距離では埒が明かない。
「貴方も感じているのでは?WOOなんて大きな組織がありながら貧困・暴力・差別が消えないのは何故なのか?と。」
「黙れ。」
「貴方は見たのでは?WOOに泣きつく民を、明日の生活すら保証されない人以下の者たちを。」
「黙れ!」
「不思議に思わないのですか?自身の両親が狙われる理由など普通は無いと。」
「黙れッ!!」
「全てを個々の問題と捉えると偶然。だが、それらを個々ではなく、1つの纏まりとして見たら1本に繋がるのでは?」
空真の攻撃の手が自然と止まる。
「つまり俺の両親が死んだのも・・・、世界の不安定さも1つの大きな理由であるって言ってるのか?」
「貴方はおかしいとおもわないのですが?『掃除屋』はテロリストとして通っています。ならば思想や主義に関係なく貴方の両親を狙う理由は?」
「・・・・いや、お前らは無差別にも行うはずだ。ロサンゼルスの『疾病屋』、いやそれだけじゃない。民間人を狙った行為もたくさんあるはずだ。」
「『疾病屋』の不始末は申し訳ない。だがあの病院に運ばれていった子どもたちの親、彼らは有力な政治家の傘下だったのです。ある理由で彼らに威嚇をせねばならなかったのです。民間人もそうです、一見無関係に見えてこの世界の『闇』の一端なんですよ、彼らも。」
「そうまでして、世界から恨まれて、お前らは何がしたいんだ。」
「私たちには『阻止しなければならない事』があるのです。そのためには世界も変えねばならない。それだけです。その為に────────、」
刀に力が籠もる。
「────────貴方に生きてもらっては困るのです。」
「お黙り。」
防御不可の刀は突如現れた老女の刀で弾き返された。
究極の能力者、ワンズである。
「不出来な弟子がすまないねぇ。今、終わらせるから。」
「言うじゃないですか師匠・・・!」
「あんた、空真くん相手ですらそんなに余裕ないだろう?」
「師匠のそういうなんでも見透かすところ、嫌いなんですよォッッ!!」
間合いなど無意味な両者の剣戟。
幾度の演算を脳に強いたタダクニとワンズ、どっちが有利か明白だろう。
きっとこの状況で安心するところである。だが、空真の心の天秤は揺れていた。
それは微かな揺れであった。
この波紋は、彼の眼に映る景色を変えるだけの大きな波へとゆくゆく変わる。




