第二十六話 Outer SIX・上
閉じきった双眸。ある一言ともにそれがゆっくりと開く。
「・・・寒い。」
ここはどこなのか、なぜ寒いのか、あの後何があったのか。
その答えへの無意識の渇望が届いたのか、よく知る人間がベッドへ訪れる。
「く、くうううううまあああああああああ!!!」
鼻を決壊させながら弾丸のように飛んでくるレイ。
「(こんな事、前もあったな・・・。)」
「空真げんき?まだ痛む?痛むよね?リンゴ・・・食べれる?」
「医者から聞いてから買えよ・・・。」
「いや買ってないよこれはね────!」
「あたしがレイに渡したのさっ!」
扉を大層豪快に開けて仁王立ちする美女。ひしゃげてしまった引き戸は一体誰に請求がいくのか、と空真は一歩引いた感想を抱いていた。
「どうだい?あたしが実らせたリンゴ。自慢じゃないけど味は良いと思うよ!」
「食べてない・・・と言うか、こういう時は医師を呼んでくるもんじゃねぇか・・・?」
冷静すぎる空真に不満げな顔を見せる両者。
「どう思います?クラリッサさん?空真いつでもこの調子なんですよ?」
「『年頃の一般男性』感が無くてイヤねぇ。この子のクールフェイス、いつか破ってやりたいわ。」
「同感です。」
空真に対し謎の共同戦線を張る二人。「調子が狂う」そう思う空真の脳とは裏腹に小さく微笑んでしまうのだった。
あの日、『掃除屋』に家族を奪われたあの瞬間が無かったら。自分は“こんな”ささやかな日常を今日まで、毎日と遅れていたのか。だとしたらこういうモノが『幸せ』なのだろう。
そう目の前の景色に対し走馬灯のような緩やかな思考が動いたのであった。
「で、いつになったらお前らは状況を教えてくれるんだ?」
「あ、そうか。空真は今ロシアの病院にいること知らないんだ。」
小さな口をぱっくりと開け驚嘆を示すレイ。
「寒いとは思ったが・・・ここロシアなのか?フランスにいたはずだったが随分と時間が経った・・・・と?」
「二週間、ね。」
よいしょ、と近くの椅子に座るクラリッサ。個室病室故の高待遇、その副産物としての一つがクラリッサの座した大きめの肘掛け付椅子。慎ましく座していれば華奢な体型も相まって、人形か何かと見間違うであろう光景が目の前に生じる。
「空真は一応あたしの部隊の人間って事になってるからね。それであたしが護衛の為にココにいるって訳。」
「なるほど・・とはならないな。何故ロシアにまで移動してるか、と、あの後のフランスの────。」
「聞きたいの?」
言葉が閉じる前に口を挟む。その眼を見るだけで察しが付き感情を飲み込むところだ。
だが、空真はあえて聞いた。“現実”を“受け止めたい”と思ったのだ。
「・・・・聞かせてくれ。」
しかめっ面をこれ以上なく顔に表してるレイがまず口を開く。
「空真が『解体屋』と交戦していたのは後から聞いたよ。ただ、『掃除屋』は1人じゃなかったんだ。」
「そういえばあの時、本部から通信が一切なかったな・・・。」
「結果から言うとフランス支部は陥落した。そのもう一人の『掃除屋』のサイバー攻撃によってね。」
バツが悪そうに視線を逸らすレイ。責任の一端を感じてしまっているであろうことが窺える。
複雑な心境な本人を他所に更に問う。
「サイバー攻撃?詳しくないが相手も超魔術級ハッカーを雇ったって事か?それで同時攻撃?」
「防げなかったボクが言うとなんか言い訳がましくて嫌なんだけどその・・・つまりだね。・・・・人間業じゃなさすぎるんだ。」
「これをWOOは仮称として『通信屋』と呼ぶことにしてるの。ぶっちゃけあたしも初めての話でね。『能力』で『ハッキング』なんて聞いた事ない。ただ一番詳しいレイの所見を聞くに疑いようも無いみたいなのよ。」
フォローされている事に気付いていないレイは進行形で申し訳なさそうな雰囲気を出している。
「大前提としてね空真。施設の根幹にあるデータに接続するなんて不可能なんだよ・・。そういうサーバー機材なんかは独立制御なんだ・・・。外部ネットワークから侵攻するなんて物理的に不可能なんだよ。」
「そう全員が考えた。だから支部内で犯人探しをしてるんだけど・・・無駄だと思うのよね。あのローラントが管轄してる支部で工作員がいるとは考えづらい。」
気落ちのレイに続き、クラリッサも難しい顔を見せ腕を組む。
濃霧の中にいるような示しどころのない不穏な空気が病室に渦巻く。
「だから『前提』が違う、ということか。」
「そう。『物理的に不可能』『ならば潜入されていた』というロジックの前提が違うと考えるべきね。」
「つまり、『遠隔の地点に対してハッキングを行える技術・能力を相手が持っている』になるんだけど、残念ながらそんな技術があるとは思えないんだ。電磁波を衛星から流すのとは訳が違う。緯度経度よりも正確な・・・、それも0.01度たりともズレが許されず独立制御の機材に電波の類を当てなきゃならない。そんなの衛星を通じてドンピシャにできると思う?」
「一瞬ならできそうなもんだが・・・。いやお前を見ていたから分かるな。改竄行為なんてのは一瞬じゃ終わらない。」
「そういうこと。常にアクセスしてなきゃならないなんてそんな機材、恐らくこの世に存在しない。では、『技術では無い』と可能性を潰した先にあるのが・・・空真のような『能力者』なんだよ・・・。」
小さな口からため息が出る。
空真も絵空事のような仮説に全身を痛ませながら思考を巡らす。
『前提が違う』というのは考え方として正しい。あのレイが断言するほどの事。消去法的に『能力者』と考えるのが筋なのも解る。
が、有り得るのか?『遠隔地点に』『好きなように』『電波・赤外線・電磁波を送る』ような能力が・・・?
思考の迷いを打ち消したのは何よりも覆らない空真自身の『経験』であった。
『爆弾屋』、『運送屋』、『疾病屋』、そして『解体屋』。いずれも世界にある能力者に対する常識が通用しない異能の使い方であり、それを何よりも理解していた。いや、させられた。
『通信屋』と仮称される存在がイレギュラーな能力を持っていても不思議では無いのだ。
そして何より────。
「・・・・この人もだな。」
クラリッサ。能力により肉体が文字通り『瞬時』に再生する規格外。
「何よ。人の顔見て小難しい顔して。」
「いや、世の中怖いほど上がいるな、とな。」
「達観できるようになったわね。じゃあ、その『怖いほど上の人』に会わせてあげる。」
そう、この後空真は常識・定説蔓延る靄を切り裂く人物と出会う。
Outer SIXの一人、『千を仔を連れし超越者』。
機関内序列三位 ソフィア・イシュニガラブ、と。




