第十五話 辛勝の理由
※誤字脱字等はご報告いただければ幸いです。
夜の街の喧騒と打って変わって、局長室は静寂に包まれていた。
広くない和室に老女が一人。
「これをどう見るかねぇ・・・。」
手元にある紙の報告書。そこに書かれた「疾病屋ケビン 護送失敗」の文字。
ワンズはあまり見せない目をしてその文字列を反芻していた。冷たく、底が見えない闇の水底のような双眸。
護送ルートは関わった支部の局員数名と合衆国の特殊部隊。その内容の閲覧権限は局長と大統領、または指揮系統において両者の次点になる者────。
ワンズは机に紙を置き、目を閉じる。
「考えたくはないけど、『そういう事』よねぇ・・・。」
ワンズはその人望の厚さによって局長である訳では無い。
その圧倒的な実力。演算能力、状況分析能力、事態判断能力、そして超能力。何れもがずば抜けて高いからである。
故に機関内階級一位。故に世界秩序機関局長。
「私を舐めてるか、はたまた―――。」
瞼が上がり瑠璃色の眼が顔に映える。
左頬のみで歪な笑みを浮かべ、局員の誰しもが見たことの無いような顔に変わる。
「────私への『宣戦布告』か・・・?」
その笑みのままにするりと立ち上がり、壁際にある連絡用の回線のボタンを押す。
連絡先は情報統制室。
『いかがしましたか、局長?』
「少し気になる事があってね。招集連絡を他の支部や基地にお願いしたいの。」
『誰を招集されますか?』
「────『Outer SIX』、五名全員をお願い。」
その言葉を発した時も歪んだ笑みは続いてたが、決してその眼は嬉々としたものでは無かった。
深海の淵を彷彿とするような、気味の悪くもどこか魔性の誘引さを持つ、そんな鋭い眼―――。
*
空真が目を覚ましたのは護送の失敗から三日後の夕方であった。
身体に管を繋がれ、色々付けられ。それに煩わしさを持ったのが最初の感情であった。そして最初に見たものは―――。
「くうううううまああああああああ!!」
レイの情けない顔であった。
「頭痛い?大丈夫?僕の事分かる?」
「・・・どちら様?」
「え・・・そんな・・・!?」
「なんてな、冗談だ。久々にお前のアホ面見たくなっただけだ。」
そのアホ面はタコのように膨れ上がる。
「く、空真!!君は昔から本気か冗談か分からないからこっちはビックリして・・・、いや、何事も無く元に戻ってここは安心するべきかな。」
(タコみたいになったと思ったら今度は穏やかな、能面みたいな顔になった。ホント、レイは見ていて飽きねぇや。)
レイの心情なぞお構いなく、空真は達観した感想を抱いていた。
二人のじゃれ合いが一段落したところで病室の扉が開かれる。入ってきたクラリッサは起き上がった空真を目にするや否や、その翡翠のような髪をヒョコヒョコと動かし近寄って来た。
「起きたのね。あ、急に動いたりしちゃダメよ!脳への影響が完全に消えた訳じゃないんだから!」
すぐに小言を言いだすクラリッサだが、その眼が潤んでいることや、やや大振りな身振り手振りから本心がどうなのかは凡その検討が付くものである。
それに気付かぬ程空真の情緒は乏しく無い。ふっ、と微笑し心がどこか満たされていくのを楽しんだ。
「あーそれと空真。能力の『アレ』についてなんだけど。」
声のトーンが落ちた。冗談や社交の言葉ではなく、真面目な話へと変わったようだ。
空真も一時、心を切り替える。
「『連続瞬転』、あれは当面の間使うの禁止よ。」
「それはまぁ、言いたい事は分かるが然るべき時には使わないといけないんじゃないか?」
「使えば絶対に成せる、という類の能力であればそうね。ただ、あなたの『アレ』は今のところデメリット付きの初見殺しよ。あればかりが通用するほど現場は甘くないわ。それに────。」
言葉が続くところでまたしても病室の扉が開かれる。
入って来たの長身の男。アンダーフレームの眼鏡を光らせ、綺麗な立ち姿のまま歩み寄ってくる。
「クラリッサ。もっと直接的に言わないとコイツに話が通らないぞ。君はいつも回りくどい。」
「ローラント・・、来てたの・・・?」
「疾病屋の件のついでにな。気になる事もあった。空真・・という名前だったか?」
眼鏡のブリッジを指でクイッ、と上げる。
「彼はローラント。フルネームはローラント・エーデルハルトで能力科学部門の部門長よ。局内階級は───。」
「そのへんでいい。それよりも先ほどの話だが、君の能力は未熟で未形成で歪だ。だから使うなと言っているんだ。分かるか?」
「・・・相変わらず鋭く言うのね。」
クラリッサもその言葉に引きはするも否定はしない。口にする言葉の違いこそこれが二人の共通見解なんだ。
と、空真は冷静に言葉を受けた。
「能力者の未熟ってのは分かるけど、未形成ってのはどういう意味ですか?」
長身に物怖じしつつもレイが質問する。
「本来能力者というのは自分の能力を他者や他物に使えるようになると、それと同時に『物質感知』というのができるようになる。能力者が媒介としている素粒子や原子を通じて知覚能力を得られるのだ。だが、空真。君はそれができない、だろう?」
「いや、でも能力を使えば周囲を視覚的なイメージで観察することができますが・・・?」
「それ自体がおかしい。」
ローラントは空真の話をピシャリと否定する。
「そもそも、空間操作能力者で周囲を知覚するのがベースの能力というのは能力科学的にあり得ない。それは能力の階梯が上がらずとも使える、言わば能力に勝手に付くオマケだ。おい、クラリッサ。」
「あたしに聞かないでよね。あたしは生命作用系で世界干渉系の空真の事はてんで分からないの。こんなもんなのかなーぐらいに思ってたんだから。」
「お前・・・。」
レイも空真も聞きなれない単語が飛び交い付いて行けてはいなかった。
物質感知?階梯?生命作用系と世界干渉系?おいおいおい、同じ能力者だよな?知ってる事のレベルが違い過ぎるだろ。それともこれが能力者の世界・・・。
空真が驚嘆に呆けているところでローラントの視線がこちらに向く。
「動けるようになったら俺の元に来い。お前の知りたいことを俺は知っているし教えられる。」
そう言うと要件が済んだのか足早に病室を後にして行った。
レイは「感じ悪いー」とあからさまに嫌な顔しているが俺はそう思わない。今回の件、たまたまケビンには効いたが少しでも対峙す時間が長引けば、先に倒れていたのは俺の方だっただろう。クラリッサやローラントの言う通りまだまだ足りないしおぼつかない事は事実だ。仇を取る為にも、より多くの悲しみを防ぐ為にも力がいる。力を制御する知識がいる。揺るがない程の意志も。そしてもう二度と────。
先日の病院での一件。
死にゆく子は何思っただろう。何を思って宙へ手を伸ばしただろう。何もできず我が子の命が消えていく様子を、両親はどれだけ否定したかっただろう。
それただただ見てるだけの自分はどれだけ無力なのだろうか。どれだけ無知なのであろうか。
感傷を胸に、空真は病室の窓から見える夕空を遠くに見る。
あんな顔は、見たくない────。