第十一話 『疾病屋ケビン』・下
※誤字脱字等はご報告いただければ幸いです。
────世界秩序機関 アメリカ合州国支部
支部の中は騒然としていた。
ケビンが意図して起こしたのか、偶然を脚色したパフォーマンスなのか。どちらにしても一般人の不安を最大限まで煽る事に成功していた。
不安という抗えない感情に駆られ、電話に、窓口に、人が殺到する。
それら一階の騒動に一瞥もせず、六階に上がる。
六階、情報統制室。そこでは機関全体で情報が集積・共有される。
「情報部、あの映像について分かった事は?」
室内に入ったクラリッサが鋭く言葉を発する。
十八ある液晶に情報の数々が表示され、職員が答える。
「映像の風景や室内の特徴から五区港側の空オフィスの一つだと思われます。ただ────。」
「ただ?」
「捜査部からの報告によると、痕跡のみ残されており姿は未だ見つかっておりません。」
「能力についての解析は?」
「菌やウイルスに能力の形跡が無いか調べていますが進展はありません・・。」
まずい。非常にまずい。
この状況が最悪な事は、傍で聞いていた空真にも分かった。
能力の対策も詳細も不明、本体を叩こうにも居場所が分からず。一方で相手は今この瞬間にでも命を奪い取れる。
命を奪われた子の両親の顔が焼き付いて離れない。
空真はその激情を必死に抑えていた。
クラリッサの指揮の下で情報が整理され、州内に張り巡らされたカメラから移動ルートが割り出される。
しかし、一歩足りない。網を掻い潜るようにケビンは動き、痕跡こそ残すがその姿を捉え切る事ができない。
協力者がいるのか。これもケビンの能力なのか。タイムリミットまでの時間稼ぎなのか。
様々な憶測が情報と共に飛び交う。空真もそれに加わり、様々な角度から意見を交わす。
逃がすものか・・・、逃がすものか・・・、逃がすものか・・・!!
此処にいる全ての者がそう思った。この卑劣な行為を何としてでも止めなければならない。
限界近くまで脳を回したところで、ふと、一つの考えが下りてくる。
「コイツ・・・、なんで逃げないんだ?」
「それはどういう事、空真?」
「いや、いつでも攻撃できるならどこかで隠れてればいいんじゃないか?何故そうしない?」
「おちょっくてるのよ、私達を。・・・いやでも待って。一理あるかもしれないわ。」
ケビンの動きと行動予測ルートを合わせた地図が中央液晶に映し出される。
クラリッサの指示によりそれは縮小され、先ほどよりも広域が一目で見れるようになった。
「これを見て。ケビンは港と隣接する五区から内陸側に移動しているの。この時点で『海上には逃げる気がない』もしくは、『海上へ逃げる手段がない』と考えられるわ。だけど、一度西へ移動して以降は北へ行ったり、港側に戻ったり、はたまた南へ行ったりと不規則で読めない。」
「距離もまちまちだな。」
「そうね。まだ確証はないけど移動助けてる協力者がいると思う。ただ、能力が分からない以上、断定して考えるの危険よ。対能力者の基本だから覚えといて。」
「覚えておく。話を戻すが、ケビンは州の中心部に行くわけでも無く、州外に離れる訳でも無い。不規則ではあるがどの方向にも大きく動かない。これは、『わざと逃げない』以外の理由があるんじゃないか?」
「でも、その『理由』が分からないと動けないわ。」
「・・・そうだな、憶測すらも浮かばない。レイ、何か分からないか?」
画面をぼーっと眺めていたところを突然呼ばれ、慌てるレイ。
「ちょっ!急に無茶振りしないでよ!」
「さっきから黙ってたのは情報を眺め、整理してたってのは俺には分かってる。」
「買い被りだよ・・・。ただちょっと・・、なんて言うか、凄い人ばっかの世界で呆然としてたんだ・・・。」
「ん?」
「いや、だってさ。『掃除屋』のあのレベルについていける人達がいて、僕なんかよりも上手のハッカーがいて・・・。それに空真も成長してる。順応して吸収して、こんな時でも相手に食らい付いてる。それに引替え、僕は何にも無いなぁ、ってさ。」
「そんなくだらない事考えてたのか?」
「くだらない?僕なりに辛くて────。」
空真がレイに近付き、肩を掴む。
強く、しっかりと。
「『何も無い』?馬鹿言うな、お前は此処にいる誰よりも凄い。」
その眼差しは真っ直ぐにレイを見ていた。
「俺らは『能力者』。お前が『できないこと』をできて当たり前だ。秩序機関の人間だってそうだ。各分野の専門家、もしくはそれから指導受けて何年も戦ってきた。それと比べてレイ、お前は一般人だ。一般人が一般人じゃない奴と同等に渡り合う、そんな凄い事できてるのはお前だからだ。レイ、お前の力は誰よりも凄い。三年見てきた俺が保証する。お前は凄い。」
普段は多くを語らない空真からの意外な言葉。それを聞いてレイの心から重石が取れていく。
人から認められる。これよりも心強い事はなかった。まして、レイの特殊な生い立ちにとっては、この言葉は一閃の光のように見えた。
空真は、誰よりも僕を認めてくれている。初めて出会った時から、受け入れてくれている。
心の炎が再び燃える。
力強く身体が脈打つ。
「その目なら大丈夫そうだな。」
ふっ、と小さく空真は笑う。
「じゃあ、レイの為に最初から資料出してちょうだい。」
「あっ、その必要は無いよ。」
「え?あなたまさか―――!」
「うん、だいたいの事は一度見れば覚えてるからね。今まとめるからちょっと待って?」
そう言うと自身の携帯端末を忙しなく操作しだす。
クラリッサは文字通り目を丸くし、驚きを隠し切れなかった。
「クラリッサ達がどんな資料持ってるかは知らないが―――。」
ゆっくりと後ろ足でクラリッサの隣へ戻る空真。
「あいつは、『楽園の失敗作』なんかじゃ無い。変に同情するのは止めてやれ。」
肩を並べ、二人はそれ以上何も言わなかった。
それからほんの二十秒程度。
「やっぱりだ。」
そう言い、レイは端末から目を離す。
「何か分かったの?」
「風だよ。海風。それの勢いが弱まり切らない辺りに移動してるんだ。気象データの更新情報も重ねてみるとドンピシャ。」
クラリッサの指示の下、液晶の地図に気象データが重ねられる。
「本当だわ・・・。目撃された地点はどれも海風の勢いが残る地点。これで更に絞り込める!!」
「まぁ・・・、なんでこんな移動をしているかは、僕にもよくわからないんだけどね・・・。」
レイから齎された新たな情報。それは空真の思考に十分な刺激を与えた。
海風・・・、風・・・、菌やウイルス・・・、まさか・・・!?
空真の行き着いた推論に同じくしてクラリッサも行き着いていた。
「空真のその表情から察するに、あたしと同じこと考え着いたようね。」
「『風の勢いを利用して散布している』、そうだろ?」
「そうと考えるのが妥当ね。少なくとも能力の条件に関係していると仮定して間違いないわ。」
「それなら後は簡単だ。風の影響範囲を包囲してその中を集中して調べれば・・・!!」
「そうしたいんだけど、難しいのよ。包囲の人数を用意すれば操作の人数が足りないの。かと言って緩い包囲をするのも意味がないわ。それに、移動の協力者の件も解決してない。」
「それなら私がなんとかするわ。」
透き通るような声が入り口付近から聞こえる。
誰もが一切気付かず、空真を含め全員が驚いた。
「ワンズ局長!」
第一に声を出したのはクラリッサであった。
「頑張ってるね、クラリッサ。いい話を持ってきたよ。」
理由なく落ち着く、包み込むような声。
緊迫した状況にも関わらず、空真もどこか安堵してしまっていた。
「大統領と協力が結べたよ。包囲は大統領が派遣してくれる軍の特殊部隊に任せて、捜査に専念してちょうだい。」
「信用できるのか?」
「大丈夫だよ。私も包囲の方に回るからね。」
疑問への返答によって更なる疑問が空真に浮かぶ。
この老婆が包囲に回る。それがどういう事かわからなかった。
「局長が出るなら心配ないわね。」
希望に満ち溢れた顔でクラリッサは応える。
空真に一抹の疑問が残った。
「空真、出るわよ。レイは局員と一緒にここでバックアップをお願い。位置が分かったら通信で知らせて。あ、空真は小型通信機ちゃんと着けてね。」
そう言いながら出口へと向かう。
局員から小型通信機を受け取り、クラリッサの後を追う空真。
すれ違いざまに、ワンズが言葉をかける。
「届かないと思ったら、何度も試してみなさい。」
その言葉は、確かに空真の耳に届いた。
しかし、この時の空真にはコレが何を意味するかは分からなかった────。




