第十話 『疾病屋ケビン』・中
※誤字脱字等はご報告いただければ幸いです。
『掃除屋』の行ったテレビ回線の乗っ取り。これは嘘偽り無く、全ての国の回線に行われていた。
事態に理解が及ばない一般人。それに対し、要人達は至って冷静に事を見ていた────。
*
────ワシントンD.C. ホワイトハウス 大統領執務室
「大統領!映像をッ!!映像をッ!!」
蹴破ったかのような勢いで大扉が開かれる。走り、汗もかいたのであろう。高級なスーツに汗水を吸わせ、皺を大層作った首席補佐官達が踏み入る。
「うるさいわねぇ、男のくせに情けない声出して。」
机に足を掛け、椅子を揺らす自称女。その姿に補佐官達は気が抜ける。
「大統領、この非常時に・・・。」
「非常時?あんた達この程度の事で慌ててるの?やーねぇ、おバカって。」
手を肩まで挙げ、あからさまに呆れた様子を見せる。
「見てみなさい。国家元首共は誰一人として電話寄越して来ないわよ。」
「で、ですが、回線への介入を許した事は今後に問題が―――。」
「対策済みよ。」
「え?」
「同じ事何度も言わす為に働かしてる訳じゃないのよ。ま、少しは肩の力抜いて状況でもまとめなさい。」
「・・・・。」
どこか腑に落ちない彼らを他所に、爪を磨きだす彼女。仕方なく部屋を後にしていく補佐官達。
「さて―――。」
机に並べられたナイフの内一本が宙で踊り、そして制止する。
「掃除屋風情に舐められるのも癪ね。」
ピクリとも動かないナイフがその刃先を向けるは、先ほど出入りがあった大扉。
「そろそろ、潰 そ う か し ら 。」
トン。
厚さ数センチはある扉に、いとも容易く、深々と刺さる。
彼女は口角を上げ、楽し気にその爪を磨く――――。
*
────ワシントン特別病院 フロアラウンジ
空真達も含め、此処にいる全ての人間が事態を理解できずにいた。
『今ので伝わる奴には伝わったはずだけどなー?それでも敢えて説明はするべきかな?』
男が上半身を戻し画面から顔が離れる。それでもその不快な笑みが視界から消える訳では無く、人々は緊張を緩める事ができない。
『合衆国さんさぁ、中東で大規模な作戦実行する気でしょ?それを今回の依頼主が嫌がっててさ、それをお掃除する為に掃除屋が選ばれたって訳。め~っちゃ、分かりやすいでしょ~?』
「ふざけるなッ!!」
耐え切れず、堪え切れず、抑え切れず。空真は叫んだ。
それが聞こえるはずも無く、男の話は進む。
『あ!もしかして、能力範囲外に逃がせばいい。とか、腑抜けた事考えてる?甘いね~。試しに今、一人殺してやろうか?それで分かるでしょ。そ~れ。』
パチン。
マジシャンを気取り、軽快に指を鳴らす。
まさか・・・。
誰もが目で会話し押し黙る。
ドクン、ドクン。
自身の鼓動音で耳がいっぱいになる。
一秒にも満たない静寂。
そして、『最悪』は始まる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
病室方向からの悲鳴。それが全てを物語る。
『そんじゃ、俺の話が本当か嘘かは自分達で確認してくれ。お偉いさん方、良いお返事を結果で示してくれよ!バ~イ。』
一方的に映像は切れる。戻った画面は非常時放送に切り替わっていた。
混乱する皆を落ち着かせるべきなのであろう。
しかし、三人の脚は病室へと向かっていた。
*
ピーーーーー。ピーーーーーー。
ガラス越しからも聞こえる異常を知らせる電子音。
中では医師たちが懸命に処置を行っている。が、始まった『最悪』は止まらない。
ピーーーーーーーーーーー。
小さな手が天へ伸びる。
「除細動!!早く!!」
医師たちの焦りが伝播する。
「お願い・・、神様・・・。お願いします・・・。」
涙で歪む母の顔。今にも崩れ落ちそうな父の身体。
「もう一度ッ!!」
医師は諦めず、最善を尽くす。
だが、その小さな手は、力無く、倒れた。
ピーーーーーーーーーーー。
無情の音。ここに奇跡も救いも無い。
「なんでッ!!なんで・・・。あああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
母はただただ泣き崩れ、叫ぶ。
父も泣く妻を力無く抱くことが精一杯のようであった。
『絶望』。その雰囲気だけがこのフロアを支配する。死を弔うかのような静寂には母の泣く声のみ。
コトン。
周囲一帯が言葉を失う中、その音は大きく響いた。
レイが端末を落としたのだ。
当然、音のする方へ視線が動く。クラリッサの隊服を見て、跳ねるよう飛び掛かる。
「本当なのねッ!さっきの男の言葉!なんで防げなかったの?ねぇ?なんとか言いなさいよ!!ねぇ!!」
涙でぐしゃぐしゃな顔を近づけ、クラリッサの襟を強く掴む。
夫が止めようとするが、もう止まらない。
「何が『能力者』よ・・・。何が『秩序機関』よ!!『能力者の人権保護』?『能力犯罪の抑止』?この結果は何よッ!あんた達、何してたのよッ!!大層な力があるのに事件ばっかり!!」
「申し訳・・・ありません・・・。」
唇を噛み締め、クラリッサは言葉を絞り出す。
その言葉で彼女が収まるはずもなく、クラリッサの髪を引っ張り力のままに引き千切る。
罵詈雑言を続ける彼女を夫がなんとかクラリッサから引き剥がすも、周囲の目はクラリッサをじっとりと睨みつけていた。
「・・・行くわよ。」
クラリッサは乱れた髪も戻さず、空真達は連れ去る。
その去り際に空真の耳は聞いてしまった。
能力者なんか、消えればいいのに。
と。
その言葉は、空真の心に大きな楔を打ち込んだ────。