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第6話


第6話「妥協という名の進展」



「きゃっ!? ゆ、ユウ兄ぃ!?」


鈍い音がしたかと思うと、ユウ兄ぃが胸の中に倒れ込んでくる。

さっきまで熱心に手を触ってきたかと思っていたら、唐突に手が離れ、体重をこちらに預けるように倒れてきた。

人に体は本人に力が入っていないと頭だけでも重いものだけど、男の人の体は十二分に重たい。

それでもユウ兄ぃなら全然問題ないのだけれど、突然のことすぎて完全にパニックに陥っている。


「ど、どうしたのユウ兄ぃ!? いいいきなり、突然すぎるよっ!?」

「慌てふためく前にそいつを離したらどうだ?」


ユウ兄ぃを支えるために抱き抱え、ゆっくりと膝を落とすと上から凄みをきかせた声が耳に届く。

目線を上げれば目の前に腕を組み、仁王立ちするあの西表先輩の姿があった。


「意識がないとはいえ、そんなに胸を押し付けるとは少々品がないんじゃないか?」

「お、押し付けてる訳じゃありませんっ! というより殴ったんですか!? 背後から!?」

「私としては助けたつもりだが? 夢岸が後輩にセクハラをしているようにしか見えなかったからな。それとも気のある異性なら問題なかったか?」

「気のっ!? そ、そういうことじゃなくてですね!? 私が言いたいのは、その、えっと……」


言葉に悩んでいると、西表先輩はユウ兄ぃの制服の襟を掴み、無理やり私から引き剥がす。

さっきまであった温もりが消えると、咄嗟に手を伸ばしかけるのを何とか止める。

それでも心臓は未だに早鐘を打ち、何とか平常心に戻ろうといつものように呼吸を整えていく。


「……まぁいい。夢岸は他人との距離感が滅茶苦茶な奴なのは知っている。それよりこんな場所で堂々と乳繰り合ってるとは何事だ?」

「乳繰り合ってませんっ! 西表先輩を探してたんですっ!」

「私を探しててどうしてああなる? 本当にワケが解らん」


ユウ兄ぃのポケットから西表先輩のスマホを手渡す。

そして手短にだけどさっきまでの経緯を話すと、先輩は顔を歪め、心底嫌そうに長い溜息を吐く。


「そうか、杏と出遭った所為か。一癖も二癖もあるような奴でも、アイツとは関わり合いたくないと思ってしまうような奴だからな。仕方がない」

「そんな人には見えなかったですけど……」

「見える奴が生徒会長になれる訳がないだろう。そもそも、こんな大人数の学校の生徒会長を二年の頃からやっている奴など、よほど他生徒から人望がなければできない。自分と同じ学年だけじゃない。上からも下からも一定数の票が必要だからな」

「そう、ですけど」

「それに他にも立候補者は何人も居た。そもそも生徒会長という役職は通例では三年が行っている。前年で副会長をやっていた奴とかな。だがアイツは違う。アイツは二年になった時に生徒会長となった。どんな手品を使ったかは想像するしかないが証拠はなく、結果は見ての通りだ。アイツは今もなお生徒会長をやっている」


理由は解らないが、と西表先輩は締めくくる。

西表先輩の言ったことが本当なら彼女は全校生徒、約六百人のうち過半数の票を取ったということだろうか?

二年生であった彼女は日本人離れした美しい帰国子女として目立ったことだろう。

だけど、それだけで信頼に足る何かがあるだろうか?

例えば一年の時に成績優秀者として名を残していようと二年や三年が生徒会長に推すだろうか?

何人もいる候補者のなかで彼女を選ぶだろうか?

もちろん可能性はゼロではないが、その可能性はあまりにも低いように感じた。


「そう言われると何だか怖いですね……」

「アイツを怖いと思えるならマシだ。大抵の連中はアイツの見た目と上っ面に騙される。あとに残るのは……まぁ骨が残ればいいほうだろう」

「そこまで言うほどですか? でも、気をつけます」

「その方がいい。だがまぁ、やはり夜刀宮。お前には見所がある。お前は我が部に入るべきだ」

「ここで勧誘ですか?」

「今回は正式な勧誘だ。断りたかったら断ってもらっていい。夢岸が言った通り私は明らかに危険なことへ首を突っ込もうとしている。自分でもそんなことは重々理解している。だが解っていても止めるつもりは全くない」

「……どうしてそこまで」


思わず口から出た言葉は先輩の耳に届き、小さな、ほんの小さな微笑とともに返される。


「ふっ……入ったら教えてやるとも」

「むっ」

「まあ一日考えてみてくれ。ただ他の部では得られない経験はある。それこそ剣道の実践。いや、夜刀宮家の剣術の冴えが光る日もあるだろう」


呼吸が止まる。

西表先輩は私の家に伝わる技を知っているのか。

だとしたら先程まで散々生徒会長を悪く言っていた彼女も大概ではないかと内心で驚いていると、先輩はユウ兄ぃの頬を何度もはたき出した。


「おい、起きろ夢岸! いつまで気を失っている気だ?」

「ちょ、ちょっと先輩っ!? そんなびしばし叩かなくてもっ!」

「いいんだ、こいつは。この位しないと起きや―――「ううっ」―――しないんだからな」


うめき声をあげてユウ兄ぃの瞼がゆっくりと開いていく。

そして瞳が動いて私や先輩の顔を見つけると、状況が呑み込めないのか何が起きたのかと訊いてくる。


「お前が後輩にセクハラしていたのを私が止めた」

「…………物理的に、ですか」

「そうだ。そして意識がないお前に夜刀宮はセクハラをしていた」

「してませんけどっ!?」

「そうだったか? 乙女の品位が駄々下がりしてそうな顔で胸を押し付けていなかったか?」

「してませんから! してないよユウ兄ぃ! ホントにしてないからねっ!?」

「そ、そうか。それより顔が近いんだが」


ユウ兄ぃに迫って強く否定しておく。

何度でも否定しておかないとイヤらしい子だと思われてしまってはかなわない。

私は高校に入ってからお淑やかになると誓ったのだから。


「やれやれ。証拠写真でも撮っておきたかったが今度にするか」

「今度とか無いですから!」

「そうだな。今回だけの―――「先輩。その辺で」―――しょうがない。後輩を茶化すのはこの辺にしようか。それじゃあな。スマホは受け取った」

「待ってください」


スマホをひらひらと見せながら、先輩が去っていくのをユウ兄ぃが呼び止める。

先程までの和やかで騒がしい雰囲気は一瞬で霧散し、あの部室内で感じた張り詰めた雰囲気が戻ってくる。

ユウ兄ぃの顔を見れば真剣なのだと分かる。


「なんだ、夢岸。私のプライベートに口出しする気か? 何様のつもりだ、お前?」


西表先輩の声は業を煮やした怒りが込められ、その目には飢えた獰猛な肉食獣を連想させるギラついた炎が灯されている。

返答を間違えれば血が舞い、歯が飛び、二人の縁は金輪際結ばれることはないだろう。

ただの高校生が出す重圧プレッシャーではない。

それはかつて我が家に道場破りにやってきて父と対峙した強者と類似した、後先を考えていない気迫を放っていた。

西表先輩は本気だ。それは武道に素人であるユウ兄ぃにも分かるようで、大きく唾を呑む音がした。


「先輩。先輩がいつだって本気なのは知ってます。昔から変わらない無鉄砲さで怪我をすることも度々あった。だから大抵のことなら先輩なら仕方がないって思えます。でも最近の先輩は何か変だ。自分を傷つけるのは身体だけにしてください。ハッキリ言って……心配なんです。なんでこんな事件に首を突っ込もうとするんですか?」


怒涛の如く、ユウ兄ぃは先輩に思いの丈を打ち明ける。

言葉が少なく、さらに偏屈な部分があるユウ兄ぃからは普段では聞けないような言葉がでてくる。

それだけ先輩のことが心配なのか、と胸中では嫉妬し、同時に相手が自分だったら同じように心配してくれるだろうかという疑問が湧き出してしまう。


「心配、か。お前にそう言われるとは初めてだな。だが余計なお世話だよ、それは。自分のやりたいことをして怪我をすることも、たとえ死んだとしても私は一向に構わない」

「先輩……どうして―――「西表先輩」―――夜刀宮?」

「どうした夜刀宮? 大事な話の最中に割り込まないでくれないか?」


ユウ兄ぃの不安げな顔を見た瞬間、口が勝手に動いていた。

色々頭の中で浮かんでいた言葉が、たったひとつを残して消えている。


「それは、私が部員ではないからですか?」

「そうだ。部外者はすっこんでいろ、ということだ」


この展開はきっと先輩の手のひらの上だったのかもしれない。

そう気づいていても、私の口は頭で浮かぶより早く言葉を紡ぐ。


「なら入ります。私、貴女の部に入ります」

「夜刀宮!?」

「夜刀宮。それは冗談ではないな?」

「もちろん。貴方の部が具体的にどんなものかは知らないです。けど、入らなければ発言できないというなら躊躇いません」

「ちょっと待て夜刀宮! お前は―――「ユウ兄ぃ。今は黙って」―――黙れって……」


板挟みになったユウ兄ぃには申し訳ないが、こっちにも引けない時はある。

さっきまでユウ兄ぃと西表先輩の話だったと思うけど、今は私と西表先輩の話だ。

決着をつけられるなら今ここでつけないといけない。

ライバルとの戦いでは押してダメなら、さらに押さなければ負けてしまう。それが女の勝負というものだから。


「私はユウ兄ぃの言ってることが間違いだと思いません。それでも、貴女は危険なことに手を出すというんですか?」

「当然だ。私は私の生き方を、否定される憶えは無い。それに無理な受容も求めてはいない。協力も否定もお前たちの自由だ。だが私は自分の自由を最大限行使し、その結果が不幸に見舞われようとも、幸運に恵まれようとも、受け入れる覚悟はある」


人の覚悟は目に宿る、と父に教わったことがある。

覚悟のない者の瞳はあちこち動き、その者の覚悟が、心が揺れ動いているのだという。

だからこそ西表先輩の揺るがず、真っ直ぐに見つめ返す瞳と間髪入れずに返ってきた答えを聴けば、それが彼女の本心からの言葉だと信用できてしまう。

覚悟を打ち崩すことが出来なければ、彼女を止める方法なんてないのだと解ってしまった。

ならもう、私が訊かなければならないのは一人だけ。


「ユウ兄ぃ。西表先輩は私たちが止めても独りでも行くよ。だからユウ兄ぃに訊くしかない。ユウ兄ぃは何で西表先輩を止めるの?」

「なんでって……止めるだろう? 危険なんだぞ、どう考えても」

「解ってるよ、そんなこと先輩は。でも止まらないよ、先輩は。言葉で幾ら止めても覚悟がある人は止められない」

「なら力ずくで止める」

「無理だよ。ユウ兄ぃと先輩の力量さは一番ユウ兄ぃ自身が分かってるでしょ?」

「………………なら、見逃せっていうのか。危険な目に遭うかもしれないと分かってて身近な、大切な先輩が傷つくって知ってても心配するなっていうのか!?」


ユウ兄ぃの瞳は揺れ動く。

揺れて揺れて、それでも最後は私に怒りという感情をぶつけてくる。

たぶんユウ兄ぃは自覚していない部分もあるのかもしれないけど、それでも彼なりの答えを持っていた。


「ユウ兄ぃ。だったらもう、答えなんて決まってるよ。見捨てることも、止めることも出来ないんだもん」

「ぬぅ……ぐっ」


頭を抱えて呻き、悩み、葛藤すること数秒ほど。

大きな溜息を吐いて、頭から手を退かし、その顔を見れば答えはしっかりと出ていた。


「やります。手伝いますよ! 一人で危険だっていうなら二人で、三人でやればいい!」

「ユウ兄ぃ」

「夢岸……お前という奴は」


西表先輩はユウ兄ぃの両肩に手を置いて、真正面から腹に膝を打ち込んだ。

流れるような自然な動作に、何の警戒もしていなかったユウ兄ぃに会心の一撃(クリティカルヒット)を届ける。


「ぐおっ!?」

「ゆ、ユウ兄ぃ!?」

「ふん、恥ずかしい奴め。どうせ付いてくるなら最初からつべこべ言わずに付いてこい。ホントに恥ずかしい奴だ」


ユウ兄ぃに寄り添って様子を見ていたら、西表先輩の夕日に隠されていた顔が一瞬だけ見える。

はにかんで頬を赤らめた、同性でも見惚れるような笑顔がそこにあった。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


Outsiders record



生徒会室が夕日に照らされ、室内にいる者の影を伸ばす。

その部屋の主である少女は今日一日のことをノートに書き記していたが、鬱陶しそうに自らの金色の髪を耳にかける。


「何をしているの? 早く入ってきなさい」


コン、と一度叩かれて開く扉。

部屋の主はノックをされる前に入室を許可してしまい、扉を開けた女子生徒は頭をさげて入室する。


「いやはや。やはり敵いませんな」


女子生徒は異様なことに、人間の生態を無視したかのような男性の声を発する。

顔をあげた女子生徒の目は虚ろで、焦点は合っていない。

まるで眠っている者を無理やり動かしている操り人形のようだったが、生徒会長は一切気にした様子はない。


「あら。貴方だったのね」

「ええ。お久しぶりです。貴女はあまり変わらないご様子で」

「そう? 血が混ざっているから変わっている所は多々あるのだけど。魂に引っ張られているのかしら」


二人は他愛のない雑談を交えていたが、唐突に雰囲気は入れ替わる。

そこは二人以外の他者が居たならば気絶しかねないほど剣呑としていた。


「邪魔が入ったようね」

「ですな。他の組織同士の潰し合いにしてもお粗末な話です。民間人に気づかれるなど愚の極みかと」

計画プランに支障をきたすなら排除しなければならない。妨害のつもりなら手段を選ばず誰であっても葬らなければならない」

「……順調なのですか?」

「ええ。彼女は撒き餌だと分かっていても喰らい付く。それこそが好奇心の本質。この国ではそれは猫をも殺すのよ?」

「はたして星間を飛びまわる猫をも殺せるものですかな。しかし、それならば教授の計画だけで問題ないようで」

「ロンドンでの貴方の拾いモノは役に立っているわ。優秀な人材は今の時代、貴重よ?」

「人助けですよ。スイスには別人を用意させただけですがね。しかし面倒事は湯水の如くというべきですが。何者かが裏で糸を引いているとしか思えないほどです」

「…………神の悪戯、かしら?」

「かもしれません。今回は大分秘密裏に動いていました。かの神にはお気に召さなかったのかもしれません。招待していない者も数名この地に混じっています」

「可能な限り排除を。今日の敵は明日の友。明日の友は未来の敵。今更主導権争いに巻き込まれる訳にはいかないわ。例え信奉する神の差配といえども」

「どちらの計画プランがお気に召さないのか解りませんが、かの神は気まぐれでありますから。全てをご破算にされかねません」

「今回は上手くやる。前は妨害を受け、主の覚醒(めざめ)まであと少しだった。教授の計画プランは以前の失敗をもとにして改良されている」


彼女たちは暗い笑みを一瞬浮かべ、すぐに態度を改め、生徒会長は指令を下す。


「彼女たちのフォローは私が行う。貴方は妨害者の足止め、または排除を行いなさい」

「了解しました。実践者プラクティカスは教授に任せても?」

「ええ。彼の試練でもあるのだから」

「解りました。それではまた後日」


紳士然とした一礼をした女子生徒は、全身の力が抜けたかのように床へと崩れ落ちる。

見ていた生徒会長は席から立ち上がり、倒れている女子生徒のもとへゆっくりと歩み寄り、彼女を抱き起こす。

声をかけて目覚めさせると、困惑している彼女に適当な理由を話して部屋から退出させた。

残った生徒会長は、窓の外から見える景色を眺めながら―――


「全てはアナタ達にかかっているのよ、探索者たち」


―――この世界の真実に触れようとする者たちに呟いた。







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