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第5話


第5話「後輩との触れ合い」


「でもあの先輩さん、勝手すぎだよ」

「まぁ、そうだな」


スマホを返しそびれたため先輩を探しに部室から出て、崇之に別れを告げて、今は膨れっ面の夜刀宮と廊下を歩いていた。

何が気に入らないのか解らない場合とは違い、今回はストレートに先輩の批判をしている。


「先輩のことを多少なりとも知っていれば理不尽なんて当たり前だと思うのかもしれない」

「そうなの?」

「ああ。でも今回の件は遊びとか部活動とか、そういう理由で関わっちゃだめだ。そういう類の話なんだ。それぐらい先輩だって解ってるだろうに」


先輩のことは昔からの付き合いもあり、多少なりとも知っている。

それでも今回のような明らかな事件性のあるものには関わらない人だと思っていた。

関わるとしても今までなら警察が犯人を捕まえ、事件が解決されてから現場を見に行くなどにとどまっていた。


「先輩に何か、あったのか?」

「……ユウ兄ぃ……」


立ち止まり、外の景色を見てみれば、春という季節もあってか、ようやく外は夕暮れ時となっていた。

オレンジ色の日差しが差し込み、廊下を赤く染めている。

いつの間にか時間は大分経っていて、広い校舎を当てもなく探すよりも誰かに訊いたほうが下校時刻に間に合うだろう。


「いや、何でもない。それより夜刀宮。ふと思ったんだが、あのお淑やかな雰囲気、消し飛んでるぞ?」

「っ!」


びくっと身体を震わせ、小さく何度か咳き込むと前髪を整える。

別に乱れてはいなかったが気にしたい年頃、という訳でもなく羞恥心の現れだろう。


「そ、それでユウ先輩は、い、如何、思ってるんですか?」

「喋りにくそうだな。俺には今まで通りでいいさ。昔に戻ったみたいで気楽だ」

「む~~。練習してきます。それよりユウ兄ぃは先輩のこと―――「さて先輩はどこに行ったのかね?」―――あぁ! やっぱり話をはぐらかしてるんだ!」


露骨に話を変えていることに笑いを堪えていると、さっきよりも膨れる夜刀宮の顔。

昔よりも綺麗になってはいるが、中身が昔通りだからか何とはなしに安心する。


「別にどうでもいいことだろ。俺にとって先輩は面倒事が好きな先輩なんだなって程度。憎むべきは縦社会か、尊敬すべき先輩か。俺の安寧の未来はいずこにってところだよ」

「う~ん? ユウ兄ぃが何を言いたいのかさっぱり何ですけど」

「…………悪いな。真剣に答えたくても俺にもその手の話は難しくてさ」


自分が思う恋愛観というものが、本の中で主人公たちが感じる甘酸っぱい感情のようなものだとしたら残念ながら無い。

歌で歌われるほどの熱も、本で語られるほどの繊細さも、他人の惚気から聞く欲望も未だに誰かから得たことは無い。

そういう話題には鈍感なのかもしれないと自覚するのに、崇之という彼女持ちのリア充を近くで見ていてようやく気付いたくらいだ。

自分にとって他人はどこまでも他人だ。

それが友達、親友、恋人という括りに止まらず、自分にとっては兄妹、両親でさえも他人という括りに入っている。

世界は自分以外と他人によって構成され、その中で気に入った相手と生涯をともにする。

ならそれは気に入らない相手と無理に関わることも、好きになる必要も、興味をもつ必要もない。

だとしたら自分というものは、そもそも誰にも関心など無いだけではないか? などと無駄なことを中学時代はよく考えたものだ。

それならそれでいい、そう諦めてからは大分楽になったのだから今は問題ではない。


「ユウ兄ぃはきっと、真面目すぎるんじゃないですか?」

「そうか?」

「難しく考えすぎなんだと思います。恋って、誰かかを好きになるなんて単純ですよ?」

「単純ね。夜刀宮の恋愛は将来大変そうだな?」

「……………………………………そうですねっ!」

「何故キレる?」


唐突に黙ったかと思えば突然にキレる十代女子の恐ろしさを遺憾なく発揮されても、ただの学生には難易度高めの問題だ。

特に自分のような奴にはベリーイージーな小学生でも解けるぐらいで丁度いいくらいだ。

それでも夜刀宮が不機嫌なままというのは居心地が悪いのも確かで、その原因は自分の言動と思われる。

なら、なにかしらで詫びなければ機嫌も治まらないだろうと検討し提案する。


「そう怒るな。そのうち何か……そうだな、夜刀宮が好きだった抹茶アイスとか奢るから機嫌直せ」

「……今は抹茶パフェが好きです」

「ならそれで。だからここら辺で手打ちにしよう」

「………じゃあそれで。ふふっ。ホントにしょうがない先輩ですね。後輩を買収ですか?」

「夜刀宮の機嫌を買収できるなら安いもんさ。さて、それじゃあ先輩を探すか。夜刀宮はどうする?」

「手伝います。このまま帰っちゃうと気になっちゃうんで」


真面目なのは夜刀宮も同じだと思ったが、また先ほどのように機嫌を損ねられても困るため口にはしなかった。

それから先輩の行きそうな場所として候補をあげようとするが思いつく場所がなかった。


「職員室は部室に集まる前に行ってるから居ないとして、他に行きそうな場所は…………」


一番無さそうな場所を除き、考えられそうな場所を思いつく限りあげていく。

第一にもう一度職員室に行き新しい情報がないか聞き出すこと。

第二に、竹林先生との関わりの深い人物との接触をはかること。

第三に、現場に乗り込み近くの家やビルから覗いている可能性もある。

恐らく先輩のことだから第二の聞き込み調査を行っている可能性が高く、そうなるとやはり広い校舎内で当てもなく探すのは至難の業だ。

夜刀宮と二人で探すには時間が足りないかもしれない。

ならばこういう場合、あたりをつけて待つこと。つまり相手から来てもらうのが効果的だ。


「けど、あの先輩が行きそうな場所が分かったら苦労はしないんだが」

「だったら先輩の行きそうな場所じゃなくて竹林先生って人に関わる場所だったらどうかな?」

「竹林先生、か。と言っても俺が知ってるのは……ん? そう言えば生活指導の担当か?」

「なら生徒指導室があるかもっ!」


夜刀宮の弾んだ声を聴きながら、もしかしたらそこに居るのかもしれないと思ってくる。

しかし、生徒指導室なんて場所がどこにあるのか憶えていない。

そんな場所、一部の生徒以外は用がないので通り過ぎたとしても記憶に残っていないものではないか。

あの問題児である先輩はそこに居るのかもしれないが、どこにその部屋があるのかが今度は問題になってしまった。


「通り過ぎたことはあるはずなんだが」

「そんな所で何をしてるのかしら」


真後ろから届いた声とともに、背中に冷たくて細い手がハッキリと分かった。

触られた瞬間に背筋が凍るような、冷気が体中を駆け巡るような感覚。

五指の全てが見てもいないのに認識でき、その声は脳を揺さぶられるような甘ったるさを感じられる。

ゆっくりと振り向けば、そこには想像通りの人物が立っていた。

夕日に照らされてもなお輝く金色の長い髪。深い海のような青い瞳。作り物めいた白い肌をひっくるめて洋風人形染みたその姿からは日本人らしさは一つも見られない。

ここまで来ると人間らしさも感じないが、それでも呼吸をして心臓も動いているらしい彼女は、この学校の生徒会長だった。


「杏、生徒会長っ……」

「今心臓が跳ねたわ。そんなに驚かなくてもいいのに。ふふ……」


ただの微笑みに妖艶さを醸し出す彼女に、距離を取るために後ずさって彼女と対面をする。

男子の平均身長より小さい自分と背丈が変わらない彼女を近くで、しかも正面から直視することが出来る人物はこの校内で何人いることだろうか。

遠くから見るには有名な絵画を見るようだが、すぐ近くで見れば恐ろしいものを見ている気分にさえなってくる。

だからこそ会うたびに冷や汗が止まらない彼女とは適切な距離がある、というのに彼女のほうから気付かれないように近づいてくることが最近になって増えている。

どんなに近くても廊下の端と端くらいの距離ぐらいはあって欲しいというのにだ。


「ふあぁ……」

「夜刀宮?」

「えっ? あっ! いや! その!」


あたふたと会長と俺の顔を交互に見る夜刀宮の姿に、会長に見惚れていたということに考えが行きつく。

完全に夜刀宮は会長の雰囲気、というよりも存在感に呑まれてしまったらしい。


「落ち着け、夜刀宮」

「そそっ、そうだね! ももちだよっ!」

「……とりあえず深呼吸でもしておけ。すいません、会長」

「頭を上げて。謝るなら私の目を見て言って欲しいのだけど………まぁ、今回は後輩さんの手前、大目に見てあげる」


会長と話す際は必ず焦点をズラすか、違う方向を見るようにしていることを彼女は把握しているようだった。

これからは何か違う対処法を思いつかなければならない、と今後の課題に決意を固めたところで会長の口は開く。


「そちらの子は夜刀宮さんというのね。確か中学時に全国大会を準優勝したという子かしら」

「私のことご存知だったんですか!? でも、それほどのことではっ!」

「謙遜することはないわ。凄いことよ? 誰にでもチャンスはあっても出来るかどうか、それは貴女の努力の賜物でしょう?」

「生徒、会長……っ!?」


何故か涙ぐんでいる夜刀宮の背中に無言で平手を叩き込む。

今の一瞬で完全に生徒会長のペースに呑まれている夜刀宮もいる以上、このまま生徒会長を相手にするには分が悪い。

今は先輩を探すこと以上の厄介ごとに巻き込まれる訳にはいかない。


「会長。自分たちはこの後所用がありまして。急いで向かわないといけないんです」

「あら、そうだったの? 急ぎの用ってことは、また栞が関係しているのかしら」

「栞って?」

「先輩の名前だ。西表栞(いりおもて しおり)。自己紹介とかされなかったのか?」

「突然教室に来て…………」

「栞らしいわ。そういうことなら保護者を引き留めるのは野暮かしら。さっき見かけたばかりだから近くにいると思うのだけど」

「校内にいるならそのうち会えると思います。それじゃあ自分らはこの辺で」

「ええ。あまり無茶はしないように」


二コリ、と笑った彼女の顔から逃げるように頭をさげ、夜刀宮の手を掴んで逃げるようにその場をあとにする。

いや、実際のところ逃げるようにではなく、彼女から逃げた。

自分のような凡人とは違うし先輩とも、恐れられている教師や街で出会うヤバイ職業の人とも違う迫力。

あの奇妙で不気味で独特で、人間離れしたただらぬ雰囲気に気圧されたのかもしれないが、一秒でもあの場に居るのはご免だった。

あんな人を気に入るなんて奴なんて気が知れないとさえ思うほどに。


「……あの、ユウ兄ぃ。その、手」

「手? あっ。あぁすまない。痛かったか?」

「そうじゃなくてっ! ただその……なんていうか。急というか、その」


握った手を緩め、改めて彼女の手を見る。

剣道で鍛えられた手は一見白く細い指で繊細そうに見えるが、その実触ってみれば掌は固い。

何千回、何万回と竹刀を振るってきた手は、大多数の女子高生とは明らかに違う重みを感じさせる。

凄い手だ、と生徒会長の言っていたことと同じだが、まさしく自らが培った努力の積み重ねをその手に宿していた。


「あの、ユウ兄ぃ? そんなに触られると、ひうっ!? ひゃっ!」

「うん……ん? うん」

「えっ、止めないのっ!? 聞こえてないの!? ユウ兄ぃ、ちょっ、ダメッ、だめだよぉっ」


肉球を彷彿とさせる柔らかい肌触りと、それに反するかのように鍛えられた強者の手のひら。

何度も触ってみたくなる手の感触に浸っていると、後頭部に強烈な衝撃に意識が飛んだ。





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